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礼拝メッセージ
       (当分の間、毎週更新します)
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202619日 
​聖霊降臨後第8主日

「収穫の時まで」

​マタイによる福音書
13章24~30
+36~43節

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 AIの技術の進歩には、驚くものがあります。例えばある歌手が歌っているプロモーション・ビデオの動画でも、それが正真正銘の人間が歌っているものなのか、あるいは生成AIが作成したものなのかは、すぐには判りません。少し前だったら、なんとなく全体の動きがぎこちない感じがして、それが生成AIによって作成したものだと多少は判別もついたのですが、最近のものは、より精巧に出来ていて、素人目には画像も声さえも、区別するのが難しいのです。そして、問題なのは、そうした生成AIによって作成された動画が、いわゆる「フェイク・ニュース(偽のニュース)」を流すのに、しばしば利用されることです。例えば、現存する政治家が何らかの「発言」をしている画像を生成AIで作成して、SNSなどにアップすることで、あたかもその政治家本人が「発言」したかのように、多くの視聴者に「思わせる」ことが容易くなるのです。もちろん日頃その政治家の主張や発言を聞いている人にとっては、その「発言」内容が事実かどうかの判断は、それほど難しくはないでしょう。でも、少なからぬ人たちは、その「発言」が「本当のこと」だと信じてしまうわけです。  

 AIの技術は、私たちの生活に確かに利便性をもたらしましたが、その一方で、何が本当の事実で何が「偽」の情報なのか、何が正しくて何が誤ったことなのか、判別することをいよいよ難しくさせてもいます。

 

 「天の国は次のようにたとえられる。」 イエス様は、こう話されてから、「毒麦の譬え」を語り始めました。

 ある人(人の子・イエス様自身)が良い種(み国の子ら)を畑(世界)に蒔いた。その畑に知らぬうちに敵(悪魔)が来て、麦の中に密かに毒麦(悪い者の子ら)を蒔いた。麦が実ってみると、毒麦も一緒に現れたので、僕たちは『どこからか入った毒麦を抜き集めましょうか』と主人(イエス様)に聞いた。しかし、主人は「毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれないから、刈り入れ(世の終わり)まで、どちらも育つままにしておきなさい」と答えた。そして、「『刈り入れ(世の終わり)の時に、まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れるようにしなさい』と刈り取る者(天使たち)に命じなさい」と言いつけた。つまり、世の終わりには、人の子が天使たちを遣わし、「つまずきとなるものすべてと不法を行う者どもを自分の国から集めさせ、燃え盛る炉の中に投げ込ませる。」 一方、良い麦である「正しい人々はその父の国で太陽のように輝く。」「耳のある者は聞きなさい」と。

 ドクムギというイネ科の植物が、実際にあるそうで、しかもこのドクムギは、家畜がうっかり口にすると、死に至ることもあるほどの毒を持っているそうです。困ったことにドクムギは、若いうちは姿かたちが小麦ととてもよく似ていて、いったん小麦に混じって生えてしまうと、穂が出るまでは判別が難しいといいます。そして、もっと厄介なのは、成長する過程でその根が周囲の小麦に絡みつき、無理に引き抜こうとすれば、小麦までも一緒に抜くことになりかねない。根こそぎにするのは難しく、穂が出るのを待って、小麦だけを選別して収穫するほか選択肢はないそうです。

 

 「天の国」とは、神様が支配されている状態のことを指しています。そして、この譬えが現している「天の国」は、どこか遠くにあるものではありません。そこで語られる「天の国」は、今あるこの世界に、「良い麦の種が蒔かれている」という形で、すでに存在しているのです。イエス様の言葉やわざに促された人たちが、「み国の子ら」として、イエス様に倣って生きていこうとするとき、「天の国」は、現実のこの世界の中に、「今ここに」存在しているのです。そして、その「天の国」は、完成途上のものでもあります。それは、時が満ちて「世の終わり」が来る時、「み国の子ら」が「正しい人々」として、「父なる神様」に受け入れられた時、完成するのです。

 ただ問題なのは、その場所には、同時に「毒麦(悪い者の子ら)」、神様の目から見て「正しくない人々」も存在しているということです。そして、その人たちは、実際のドクムギがそうであるように、「良い麦」である「み国の子ら」と、一見よく似て区別がつかないということです。それが「良い麦」・「み国の子ら」か、「毒麦」・「悪い者の子ら」なのかは、その「実り」によって判断するしかなのです。つまり、人の「思いと言葉と行い」が、最終的に「良い麦」であるか「毒麦」であるかを決定するのです。

 しかも問題をより難しくしているのは、人間一人ひとりが、その心の内にしばしば「良い麦」と「毒麦」の両方を持っているということです。神様に従いたいという気持ちを持ちながらも、それとは裏腹に、反って神様から遠ざかっていくような生き方を、時として人は選んでしまうこともあるからです。怒りや恨み、嫉妬という感情、何かに執着する思いは、人生においてしばしば「悪い」結果を生じさせます。また喜びや楽しみといった一見ポジティヴな感情も、それが自己中心的なものであるならば、やはり「悪い実り」しかもたらしません。ただ考えるべきなのは、実際のドクムギは、良い小麦に変化することはありえませんが、人間は、「悔い改め」て「神様を仰ぎ見る」ことで、「良く」「正しい」「み国の子ら」へと変わることもできることです。それゆえ、人には簡単に、誰が「良い麦」なのか、誰が「毒麦」なのかを判断できないのです。

 

 私たちの生きているこの現実の世界は、「毒麦の譬え」の示す通りだとつくづく感じます。毎日のニュースを見ても、人のいのちや尊厳が蔑ろにされたり粗末に扱われ、更には簡単に損なわれる現実があります。世界的な規模で見ても、キリストの名を語りながら対立を煽って人々を分断し、また他国の主権を平然と侵害し、戦争を正当化する「説教」や「教会」が、大手を振ってのし歩いています。「神の正義」を自己正当化のために振りかざすことは、明らかな誤用であり、「毒麦」の実りでしかありません。

 そこに感じるのは、人の心にある「悪」の存在です。「悪」が、どこから来て、いつから存在したのかは謎です。にも拘わらず、その「悪」は、時として私たちに不安を抱かせ、恐怖に怯えさせ、私たちの存在を脅かし、いのちを奪い取ります。しかもその「悪」は、すぐには「悪」とは判らない姿、例えば「光、善、真実」、あるいは物事を刷新するという形をとって、また歴史的必然性や、社会的正義という形でも現れ、人間に近づき、人の心に入り込み、人の持つ欲望を刺激して、人を間違った行為や道へと誘うのです。これを神学者のⅮ・ボンヘッファーは、「光の形をとった悪」と呼んでいます。しかもその「悪」は、「この世」だけでなく、「聖徒の交わり」である教会の中にも入り込む可能性があるのです。マタイ福音書に記されている「わたしに向かって、『主よ、主よ』という者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである」という言葉は、そのことを表しています。そこでは、たとえ人が神への信仰を言い表していたとしても、主の再臨の日には、正しい者とそうでない者とに分けられる、と語られているのです。

 ルーテル教会の信仰の基準ともいうべきアウグスブルグ信仰告白は、第八条「教会とはなにか」で、そのことを次のように言い表しています。「キリスト教会はもともと全信徒と聖徒の集まりにほかならないが、しかしこの世にあっては、多くのにせキリスト者や偽善者、また明らかな罪人が、信仰ある人々の中にまじっているのである。」 ルターをはじめとする宗教改革者たちは、当時の教会の中に、「毒麦の譬え」が示しているような状況があることを、はっきりと認識していたわけです。

 

 「良い麦」・「み国の子ら」と「毒麦」・「悪い者の子ら」とが混在するこの世界。ではそこで、私たちは、どのように生きるべきなのでしょうか。

 教会の長い歴史の中では、人は、往々にして自分たちで「良い麦」と「毒麦」を選別することを試みることがありました。例えば、教会が、信仰の「正しさ」や「純粋さ」を保とうとすることはもちろん大切ですが、ただそれが行き過ぎれば、人は寛容さを失いがちになり、人が「悔い改めて」変化していくことを考慮することなく、時として他の人を断罪し、傷つけ、排除することも起こってしまいます。それは「真面目」であるがゆえに、反って高慢に陥る過ちでもあります。しかし、先にも言ったように、誰が「良い麦」で、誰が「毒麦」なのかを判断するのは、それほど簡単なことではありません。

 今日の日課で大事なことは、誰がこの世界で「み国の子ら」として相応しく生きたのか、誰が「悪い者の子ら」として、神様のみ心に背いて生きたのかを判断し選別するのは、神様ご自身だということです。その時が来たなら、み使い・「天使たち」が、「人の子」であるイエス様のみ心に沿って、「良い麦」と「毒麦」を見分けて、選り分けていくというのです。

 使徒パウロ(と宗教改革者ルター)は、こう語っています。私たちキリスト者というのは、イエス様の十字架の出来事によって罪を赦され、神様の目から見て相応しいと宣言された義人である、と。その罪赦された人間は、一方で日々、罪を犯すかもしれない、あるいは知らない間に罪を犯しながら、現実の中で生活している存在でもある。それゆえに、私たちは、常に、日々、悔い改めを必要とする、と。

 ですから、私たちにできることは、イエス様の語っている「刈り入れ」、「世の終わり」、「天の国」、「神の国」の完成の時までは、人間の限界をわきまえて、神様の前に謙虚に立って生きることです。もちろんそれは、ただ何もしないで待つということを意味しません。私たちは、自らの「実らせた穂」、すなわち、自分自身の「思いと言葉と行い」が、はたして神様のみ心に適ったものであるかどうかを、その時、その時、適切に判断していかなくてはなりません。

 そして、イエス様が、「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい」と語っておられるように、私たちもまた、「神の正義と公正の実現」を求めていくことです。それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方を生きることです。互いに尊敬を持って、相手を敬い、大切にし、愛し合うこと、そして、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合い、労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合うとすることです。また自分の人生を通して、イエス様に倣って、神様の愛を分かち合い、「天の国」、「神の国」の到来を待ち望みつつ、福音を妨げ、阻む力に対して抗っていくことです。そして、なによりも、今困難の中にいる誰かのための存在として働くことです。「わたしが飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」ように。「聖徒の交わり」の実現がそこにあります。

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202612日 
​聖霊降臨後第7主日

「心を耕す」

​マタイによる福音書
13章1~9
+18~23節

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 もう三十年以上前になりますが、最初に赴任した教会は、おもしろいことに付属施設として牧場を持っていました。そこには教会設立の歴史的な背景もあるのですが、それはさて置き、私は教会の牧師の傍ら、牧場の仕事も手伝う機会を持ちました。

 あるとき、牧草地に乾燥肥料を撒くことになりました。乾燥肥料の粒が入った袋を脇に抱えて、広い牧草地の端っこに牧場の職員と私の四人が、間隔を空けて並んで立ちました。そして、袋の中の乾燥肥料の粒を手に握って、一歩ずつゆっくりと歩きながら、出来るだけ広くばら撒いて行きました。そのとき、私の頭に浮かんだのは、フランスの画家ジャン・フランソワ・ミレーが描いた「種まく人」という絵の情景でした。

 一人の農夫が、耕された畑の上に、今まさに種を播こうとしている瞬間を描いた作品です。彼は、種を広く撒こうとして、その手を思い切り振りきって投げようとしています。その一瞬を切り取った情景は、躍動感に溢れています。それがミレーの絵「種まく人」です。

 今日の日課の譬え話を読むとき、私はやっぱり、いつもその「種まく人」の絵を思い出すのです。

 農夫が、種を播きに畑へと出かけていきました。彼が播いた種の中には、畑の上ばかりでなくいろいろな場所に落ちるものもありました。踏み固められた道端に落ちるもの、石地に薄く土が被さっている所に落ちるもの、茨の生えている場所に落ちるもの。そうした種は、鳥に食べられてしまったり、根がつかずに枯れてしまったり、他の野草や茨に負けてしまったりしました。しかし、よく耕された畑に播かれた種は、芽を出し根をつけ、豊かに育ち、何十倍にも実りをもたらしました。「耳のある者は聞きなさい。」 これがイエス様の語った種まきの譬えです。

 

 18節~23節は、この種まきの譬えの、イエス様による解説です。内容は単純明快なものです。

 イエス様はこの種を「み国の言葉」、あるいは「み言葉」、つまり「福音」の譬えとして話しています。

 「み国の言葉」とは、つまりそれは、イエス様の語った言葉であり、イエス様が示している生き方そのもの、あるいはイエス様の存在そのものを意味します。ですからここでの種を播く農夫とは、イエス様ご自身、あるいは神様ご自身のことを表しているのです。そして、譬えで語られる様々な状態の土地や畑は、町や村でイエス様が出会った人々の状況を、それぞれ描いているともいえます。

 「踏み固められた道端」とは人の心が頑なになっている状態といえます。そのとき人は、「み国の言葉」を聞いても悟ることなく、かえって心の中に蒔かれた「み言葉」の種を、この世の価値観や常識といったもので判断して、疑うこともなく退けてしまう。つまり「悪い者」に奪い取られてしまうわけです。

 「石地に薄く土が被さっている」状態とは、好奇心はあって目新しいものに飛びつくけれども、理解が浅いことを指しているといえます。ですから、「み言葉」を聞いて、すぐに喜んで受け入れるが、生活の中に根付かないので、艱難や迫害が起こると、躓いてしまうわけです。

 「茨の生えている場所」とは、その人の心の内に、様々な思い煩いや欲望がある状態をいうのかもしれません。そのため、播かれた種が、鳥に食べられてしまったり、根がつかずに枯れてしまったり、他の野草や茨に負けてしまったりするように、世の思い煩いや富の誘惑が先だって、イエス様の「み言葉」を覆いふさぎ、実りをもたらさないわけです。

 その一方で、「耕地に適した場所」とは、イエス様の「み言葉」に進んで耳を傾け、自分の生き方を変えたいとする姿勢を持つことを表していると云えます。そのような人は、イエス様の「み言葉」を聞いて悟り、自分の生き方を具体的に変えて、播かれた種が豊かに何十倍も実を結ぶように、豊かな人生を送ることができるのです。

 ここで興味深いのは、「聞いて受け入れる」ことと、「聞いて悟る」こととが区別されていることです。この「悟る」ことは、「聞く」だけにとどまらずに、「聞いて従う」こと、「聞いて行う」ことを意味しています。従来の自分の生き方を顧みて、神様に向かって姿勢を改め、イエス様の教えとわざとに従うことが、イメージされているといえます。

 

 ところで、種まきの譬えは、農夫が耕地に適した場所に種を播くならばその種は育ち、「三十倍、六十倍、百倍もの実をつける」ことを教えていますが、実際のところは、耕地に適しているからといって、農夫が肥料や水をやりすぎたりしても、作物が育たなかったり、根を腐らせてしまうこともあります。しかも土地の状態は、いつまでも同じではありません。それとは反対に、河川の氾濫に見舞われていた土地や泥炭地を、灌漑農業を行うことで地味豊かな耕地へと変えていった実例もあります。耕し方や管理の仕方によっては、土地は更に豊かな耕地にも、痩せた不毛な大地にも変ってしまうのです。

 人の心もまたそれと同じです。同じ聖書の言葉を読んだとしても、その人の年齢や経験の深まりによっては、言葉の理解も違って変化することがあります。それまでとは、まったく新しい理解を「発見する」場合もありますし、新鮮な思いでそこに示された「福音」を受け止めることができる場合もあります。

 と同時に、人がいつでもイエス様の示す福音を素直に理解できるわけでもありません。人は時として頑迷になることがあります。自分の中で一度固まってしまった価値観が邪魔をして、イエス様の言葉や行動への理解が、以前ほど容易にできなくなることもあります。あるいは意固地になったり、頑固になって、イエス様の「み言葉」に素直に耳を傾けることができなくなる場合もあります。本当は判っているのだけれど、なぜか心が素直になれないで、イエス様の言葉に反発してしまう時があります。心がささくれ立って荒んでいたり、他人に対して妬ましく思っていたりすると、その相手を通して語られるイエス様の言葉を受け入れられなくなったりもします。人の状態や心の動きも不変ではないからです。滋味豊かだった土地が、痩せた土地に変わってしまうように。

 

 それだけに、人は、「今、自分は、どのような土地の状態、心の状態にあるのか」を、ある意味、しっかりと見つめ直すことが必要だと思うのです。

 今、私の心は、踏み固められた固い道端のように柔軟性を失って、イエス様の「み言葉」に耳を傾けられなくなっていないだろうか。私は、はたして「み国の言葉」を、「今、聞けて」いるのだろうか。イエス様の言葉に反発を感じていないだろうか。イエス様の「み言葉」を、「聞くには聞くが聞いていない」状態なのか、それとも「聞いて理解し、認め、悟っている」状態なのだろうか。私の中に何かこだわりや先入観、偏見かがあって、イエス様の教えてくれている信仰の生き方を邪魔していないだろうか、云々。

 ある意味、この「種蒔く人」の譬え話は、常に新しく私たちに問いかけてきます。「あなたは、あなた自身の心を耕していますか」と。そのとき、私たちは、気持ちを新たに聖書と向き合うことを、イエス様から促されていると思うのです。

 と同時に忘れてならない大切なことがあります。それは、神様は、様々に異なった生活状況の中にいて、違った心の状態にいる人たちに向けて、すでに「み言葉」を播いているということです。神様の「み言葉」は、私たちのうちに宿っているのです。たとえ、今は、イエス様の「み言葉」を「悟らずに」いたとしても、また、この世の流行に翻弄されて「薄っぺらな理解に」とどまっていたとしても、思い患いや誘惑に晒されていたとしても、私たちの内には「み言葉」の種が播かれているのです。いつか芽を出すことを神様から期待されて。預言者イザヤは、こう語っています。

 「雨も雪も、ひとたび天から降れば/ むなしく天に戻ることはない。// それは大地を潤し、芽を出させ、生い茂らせ/ 種蒔く人には種を与え/ 食べる人には糧を与える。」 天から降る雨や雪のように「わたし(主なる神)の口から出るわたし(主)の言葉も/ むなしくは、わたしのもとに戻らない。」 そして、その神様の「み言葉」は、「わたし(主)の望むことを成し遂げ/ わたし(主)が与えた使命を必ず果たす」と。(イザヤ55章10~13節)

 

 私たちも、自分の心を耕しましょう。播かれた「み言葉」の種がよく育つように。始めから畑に適した土地はなかなかありません。原野を開墾した話を聞いたことがあります。大きな木を切り倒し、その根を起こします。灌木は伐採し、生い茂る雑草、蔓草や茨などを刈り取ります。何度も土を起こしては、石ころを丹念に取り除いていきます。肥料をやり、土を肥やし、そうして、ようやく耕すによい土地になるのです。

 心を耕すことも同じです。それは先ず神様の前に謙虚になることから始まります。「自分が、自分が」という我を張らずに、心静めて今の私の心持ちを顧みることです。今の自分を正直に省みて、無理やり否定せずに、先ず受け入れることです。そのとき、自分の心の中にある固く根を下ろした障害物、意固地になっている原因、たとえば沽券、面子、しがらみなどに気づくことができます。あるいは自分が持ってしまった先入観や偏見、頑固さの正体や原因が見えてくるかもしれません。ポジティブなものであれネガティブなものであれ、自分の感情を受け止めることです。そして、そうした心の問題や課題を解決してください、とイエス様に委ねて祈ることです。

 またイエス様の言葉を自分のこととして読んでみることです。イエス様が何を私に、あるいは私たちに語っているのか、考えながら読んでいくことです。それが、心の石や茨を取り除くことにつながります。自分と一緒に祈りをあわせてくれる姉妹や兄弟と思いを分かち合うことも大切です。信仰の友による私のための執り成しの祈りは、慰めや励ましとなり、心の肥料となります。自分の心の土を豊かにします。

 そうするとき、私たちは、神様によって私の中に播かれた「神の言葉」、「福音」という種の存在に、改めて気づくことができるでしょう。「福音の種」が私の、あなたの中で、すでに芽を出し、根を張っていることがわかるでしょう。

 神様が、私たちの中に播いてくださった「み言葉」の種を、いよいよ豊かに成長させ、実りをもたらすために、私の、あなたの心の畑を耕しましょう。

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2026日 
​聖霊降臨後第6主日

「新しい

生き方への招き」

​マタイによる福音書
11章16~19
+25~30節

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 「今の時代を何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者にこう呼びかけている子供たちに似ている。『笛を吹いたのに、踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、悲しんでくれなかった。』 ヨハネが来て、食べも飲みもしないでいると、『あれは悪霊に取りつかれている』と言い、人の子が来て、飲み食いすると、『見ろ、大食漢で大酒飲みだ。徴税人や罪人の仲間だ』と言う。しかし、知恵の正しさは、その働きによって証明される。」(11章16~19節)

 今日の日課で、イエス様は先ず、広場で子供たちに呼びかけられているにも拘らず、その声を無視する「ほかの者」にたとえて、イエス様自身や洗礼者ヨハネを、その語った言葉や教え、行ったわざなどではなく、ただ表面的な行動や振る舞いなどによって、嘲笑し、拒絶している「今の時代」の人々のことを弾劾します。そして続けて、イエス様は、「神様の裁きと救い」が「今の時代」の、特にファリサイ派や律法学者たちのような「知恵ある者や賢い者」にではなくて、「幼子」、つまり洗礼者ヨハネの言葉を聞いて率直に受け入れ洗礼を受けた人々や、イエス様の教えとわざに素直に神様のメッセージを聞き取った人々に示されたことを感謝します。

 その上で、イエス様は、次の招きの言葉を語るのです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしのは担いやすく、わたしの荷は軽いからである」と。(マタイ11章29~30節)

 

 この箇所での前提となるのが、実は旧約聖書の律法です。

 律法とは、ユダヤ人共同体が生活していく上での、規則(ルール)、法律であり、また倫理の教えを言いました。その最も根本的なものは、出エジプト記にある「十戒」です。それは、ユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出し、カナンの地(パレスティナの土地)で暮らすため、神様から与えられたものでした。共同体のメンバーが、農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、お互いの権利と生活を保障しあうルールでした。またそれは共同体の結束を強め、助け合うためにも必要なものでした。

 そして、ユダヤ教の世界では、たとえば旧約聖書外典のシラの書にあるように、知恵、もしくは律法のたとえとして、軛という言葉が用いられています。「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」という言葉がそれです。その意味は、つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ちなみに、ここで言及されているとは、本来家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常は二頭の動物を左右に並べて担わせました。

 ではイエス様の言葉は、このとしてたとえられた伝統の知恵を学べ、模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしのをとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの」とイエス様が語るとき、そこには律法学者や祭司といった人たちが理解し、教えてきた律法や伝統とは異なった「知恵」、生活の規範がイメージされています。イエス様はこう言われます。それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだと。イエス様は、新しい生き方を示されたのです。なぜなら、イエス様の目から見ると、律法学者や祭司といった高い教育を受けた人々の語る伝統や律法は、その当時の人々を、社会的にも心理的にも縛りつけ圧迫するものでもあったからです。

 

 法律や規則は常に二面性を持ちます。それは、社会において個々人の権利を保障する一方で、その個々人の生活を何らかの形で制約し、縛りつける側面も持っているということです。

 聖書のユダヤ人共同体のことでいえば、時間が経って、彼らがパレスティナで定着するに従って、初めには予想されなかったような様々な試練が共同体を襲いました。また共同体の中でも判断に迷うような問題も生じてきました。その度に律法の新しい解釈が要求されて来ました。そして、今度はそれが一つの伝統となって、人々の行動の判断の基準ともなっていきました。そのような律法解釈の伝統が積み重なり、今度は微に入り細にわたり人々の日常生活に当てはめられていきました。そのとき、それは個人の権利を保障する以上に、個人の自由な行動や判断に、強い影響力を持つようになりました。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映ったのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。本来人を自由にすべき律法が、人を不自由な存在においていると。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法から、またこの世(当時のユダヤ人社会)の常識や尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいと示しているのです。

 

 「わたしのをとって自分に負う」とは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえば「自分を愛するように、あなたの隣人を愛しなさい」、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 そのためには、先ず、神様の前に謙虚になり、自分の感情を正直に認め、受け入れることが必要です。そのことによって、人は「古い自分」、つまり自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことができるし、そのとき私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方、自分を適切に制御しながら、自分と人とに向き合う新しい生き方を見出すことが可能になるのです。

 「イエス様と一緒にを担うこと」はまた、「他者のための存在」として生きるということです。それは、イエス様が示されたように自分の人生を通して神様の愛を示すことです。それが弟子として、キリスト者として生きていくことです。そして、それはイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを共感し、人々の感じている痛みや苦しさを取り除けようとすること、「主の祈り」にあるように、神様の国の到来を願って、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方を選んでいくことなのです。

 それは、古いを捨てながらも、また新たなを背負うことかもしれません。ただし、そのは一人で背負う必要はないのです。なぜなら、それは「イエス様の」、イエス様が今まさに自ら負っているであるからです。そのは、イエス様と私、あるいはイエス様とあなたが、二人で一緒に負うものだからです。それゆえに負担が軽く担いやすいものなのです。

 

 「どのように生きるべきなのか― 大昔から繰り返されてきたこの問いは、現代社会にあっても喫緊の課題である」とは、現代イギリスのある思想家の言葉です。ある意味、今日の日課は、この問いに対する一つの大きな答えであるといえるでしょう。

 私たちは、様々な心配や課題を抱えて生きています。競争を強いる社会の中で生きなければならないストレスがあります。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいるかもしれません。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えているでしょう。また生きがいが見つからずにいるかもしれません。孤独を感じているかもしれません。生きる上での課題は、誰にでもあります。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」  

 この言葉は、そうした課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 新約聖書の福音書に記された、イエス様の教えとわざが示す新しい生き方は、私の目の前に、一つのはっきりとした道を開いてくれるものです。しかもイエス様の言葉とわざは、私たちの人生の歩みと歩調を合わせながら、人の年齢や経験の深まりに応じて、いろいろな可能性を私たちに示してくれます。イエス様は、私たちと人生の道を一緒に歩んでくれるのです。

 むろん困難は続くかもしれません。しかし、イエス様は、そのしんどさを分け合いながら共に歩んで下さいます。また、様々な方法で、たとえば問題を一緒に担い合ってくれる仲間の存在を通して、私たちを助けて下さいます。

 課題は、共に担うことができます。だからこそ私たちは安心して、それこそ「安らぎを覚えながら」その道を、その道筋を辿って行くことが出来るのです。もう一人で苦しまなくてもいいのです。だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思うなら、今こそ、イエス様の招きの声に耳を傾けたいのです。

 「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

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202628日 
​聖霊降臨後第5主日

「キリストの

薫りを運ぶ」

​マタイによる福音書
10章40節~42節

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 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(キリスト)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである。」(40節)

 今日の日課は、先週と同じく、イエス様に代わってガリラヤの町や村々へ派遣される「十二弟子」に向けた言葉の一部です。

 「あなたがた」とは、派遣される弟子たちのことです。ここでは、「弟子たちを受け入れる人は、キリストを受け入れ、神様を受け入れる」、とあります。つまり、弟子たちは、自分たち自身が神様とイエス様を他の人たちに伝える、いわば生きた手紙そのものだということを意味します。

 そしてそれは、考えてみればイエス様もまた、その存在そのものが神様からの生きた手紙であるということです。人々は、イエス様の言葉と教え、わざを通して、自分たちに向けられている神様の愛を、「神様が私たちと共にいる」というメッセージを受け取ることができました。イエス様との出会いを通して、人々は、神様が何を望み、意図しているかを具体的に知ることができたし、それによって慰められ、励まされ、明日への希望を持つことができたのです。だから、今から方々の村や町へと派遣されていく弟子たちもまた、今度は、彼ら自身がイエス様と同じように、神様の愛を人々の所へ運んでいく、伝えていく(イエス様と神様からの)生きた手紙として立てられているのです。

 そのことをドイツの神学者のⅮ・ボンヘッファーは、著作の中っで次のように書いています。「イエスの言葉を担う者たちは、自分の業に対する最後の約束の言葉を受け取る。彼らは、キリストの協力者かつ助け手となっている。」「彼らが自分を受け入れてくれる者の家に入っていく時、彼らと共にイエス・キリスト自らが入って行く。彼らはイエスの現臨の担い手となるのである。」と。弟子たちは、「イエス・キリストと云う高価な贈り物」を、「キリスト共に父なる神を人間にもたらす」のです。彼らは、彼らと出会う人間に、「許し、救い、いのち、幸福をもたらす」のです。そして、そのことが、弟子たちの「働きと苦難の報いであり、果実である」とされるのです。ボンヘッファーは続けて書いています。「それ故にこそ、彼ら(弟子たち)は、あらゆる点でキリストと等しくならなければならないのであり、彼らがおもむく人間のためにも、『キリストのように』ならなければならないのである。」

 

 例えとして適切かどうかはわかりませんが、それは、立場的には、現代の、何かの製品を売り込むために営業をしているセールスマンに似ているかもしれません。新製品を売り込みに来る営業の人たちは、ある意味、その製品を作っている(扱っている)会社・企業を「代表」していると言ってもいいでしょう。買い手である会社は、彼らの所を訪れた営業マンを見て、相手の会社と出会うわけです。先ずは彼らの言葉を聞き、態度を見て、若しくは営業マンの人柄そのものを見て、相手の会社が取引先として、信頼できるのか、それとも「胡散臭い」のかを判断します。それだけに、営業マンの責任は重大です。「そんなら、いっぺん打ち合わせでもしましょう。」と、具体的な商談の糸口をつかめるのか、それとも「まぁ、考えときまっさ」と言われるのかは、その最初の出会いで決まるわけですから。言ってみれば「働く者一人ひとりが、その店(おたな)の顔」といえるかもしれません。

 例えば、私が客として店に入ったときに、かけられる挨拶の声が丁寧で、礼儀正しいものであれば、そして、ついでにプライスレスの笑顔も向けられれば、こちらの気持ちもよくなりますし、その店に対する印象ももちろん良くなります。言ってみれば、営業で外に出ていく者であれ、店先でお客を迎える者であれ、従業員の声や表情、しぐさ若しくは態度が、その店・会社の雰囲気、あるいは経営理念というものを自然に表しているわけです。

 ある作家が書いた江戸時代の商家を舞台にした小説で、「買(こ)うての幸(さいわ)い、売っての幸(しあわ)せ」という文句が出てきます。これは、ある商家が商売をする上で、大切な心構え・理念として語られています。お店も客も双方ともに喜んで、「幸せ」を感じることができるウイン・ウインの関係。それが達成できたとき、その商売は、「正しい」「健全な」あり方をしているのでしょう。また、そうした心持で(奉公人一人ひとりが)商売に臨むことで、その「お店」の性格は「良く」形作られていくともいえます。いわば働く者の態度一つで、実はその店や会社への信用を高めもするし、反対に信用を無くしてしまうことにもつながるのです。

 イエス様から福音宣教を託されて、ガリラヤ地方を回る弟子たちも同様です。彼らの言動や振る舞いを見て、人々は、イエス様の福音宣教がどのようなものであるのかを判断するのです。神様の愛が何であるのかを、具体的に理解するのです。

 

 話を聖書の日課に戻せば、弟子たち一人ひとりが、キリストを運ぶ者であり、イエス様からの生きた手紙であるわけですが、とは言え、ボンヘッファーが書いているように「あらゆる点でキリストと等しく」「『キリストのように』ならなければならない」のは、派遣される者にとっては、荷が重いように感じます。

 (現代のように、営業用のマニュアルがあったとしても、全員が全員、同じように「愛想よく」「そつなく」「上手に」営業できないのと同じように、それはなかなか難しいと思ってしまいます。)

 弟子たちは、当たり前の話、一人ひとり違うからです。一人一人の性格の違いもあります。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。もしも、イエス様の言葉とわざとを伝えるとしても、いきおい弟子たち一人一人が異なった形で、異なったやり方でそれを行うことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。語彙が豊富で、流ちょうに話す者もいれば、訥々と、しかし実直に言葉を選びながら話す者もいたでしょう。いずれにせよ、大事なのは、弟子のそれぞれが、それぞれの仕方・やり方ではあっても、心を込めて、一生懸命に、「イエス様の愛」を表していかなければならないということです。

 ですから、言ってみれば、手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が表れた手紙の文面であるといえるのです。確かにそれは、ある種の限界を持ってはいます。弟子たちは、もちろん生身のイエス様本人ではありません。また書かれた手紙でも、文字にすると、どうしても、言葉に込めた思いの一部しか伝わらないというもどかしさを感じるときがあるからです。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章には、書いた人の想いが表れますし、その人の人柄までもが表れもします。

 それと同じで、弟子の一人一人が、どれだけイエス様の福音を理解し、イエス様の言葉とわざに示された神様の力とメッセージを、自分自身が体験した感動をもって、人々に伝えることができるのか、それがとても大切なことだと思うのです。弟子たち一人ひとりの姿勢が、伝えたい「イエス様の愛」を表すのです。「キリストの薫り」を運んでいるのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(キリスト)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである。」(40節) 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節) 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 「あなたがたを受け入れる」とは、弟子たちの「話を聴いて信じる」だけでなく、弟子たちを自分の「仲間として」迎え入れ、敬意を持って「遇してくれる」という意味でもあるでしょう。

 ある人は、派遣された弟子を「預言者」の一人であるかのように見なして、接するかもしれません。あるいは、「正しい人(義人)」と見なして遇するかもしれません。あるいはまた、ただ単に「キリストの弟子」の一人として、それこそ、「冷たい水の一杯でも飲ませてくれる」ように、特別のこととしてではなく、でも相手を労わる心を持って接してくれるかもしれません。確かにそれは、あくまでも弟子を迎え入れる側の問題です。しかし、たとえどのような形であれ、弟子たちの一人を「受け入れ」もてなす者は、それぞれが神様からの「報い」、祝福と恵みを受け取ることができるのです。

 使徒パウロは、コリントの信徒へ送った手紙の中でこう記しています。「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です。」(第二コリント3章2~3節)

 弟子たちは、神様からの生きた手紙であり、キリストの薫りを届ける者、運ぶ者です。それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身が、神様からこの世界に送られた生きた手紙であるのです。私たち一人ひとりの存在がそのままキリストを表すことになるのです。

 だとするならば、私たちは、なによりもお互いのことを「仲間として」「受け入れ」、敬意を持って、尊重して、接することが大切です。また、以前からのメンバーはもちろん、初めて礼拝に訪れた人に対しても、そのように接することが求められていると思うのです。「買(こ)うての幸(さいわ)い、売っての幸(しあわ)せ」ではないですが、迎える側も、迎えられる側も、双方がともに「ここに来てよかった。ここで出会えてよかった」と、「幸せ」を感じることができる「ウイン・ウイン」の関係を、この教会で紡ぐことが求められているのではないでしょうか。お互いを労える関係を築いていくことではないでしょうか。

 そのとき、私たちは、実際に私たちと向かい合う相手の心に、キリストを運ぶことができるのではないでしょうか。相手の心にキリストの薫りを届けることができるのではないでしょうか。

 この世は、教会の私たちを見て判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。このことを私たちも心して、派遣されて行きたいと思うのです。

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202621日 
​聖霊降臨後第4主日

「キリストに

従う」

​マタイによる福音書
10章24節~39節

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 「和を以て貴しとなす」こと、「調和を図ること」は、一見良いことのように思えますが、「みんなで一緒に行動する」という同調圧力が強い社会や人間関係では、その「場」で保たれている雰囲気や人間関係などの「和」の「秩序」を乱す行為や言動は、とりわけ敬遠されます。そして、「和」を乱す行為や言動に対しては、何らかの圧力、沈黙を強いたり排除するような力が加わることも起こります。そうした場面では、人は周囲の「空気を読む」ことで、自分に害が及ばないように、自分の身を守るためにどう行動するかを判断する、時には自分の考えを表明することに対して慎重になることも、起こるわけです。

 でも、目の前で不当なことが行われたり発言されていたとしたら、そしてそのことによって、少なからぬ人々が傷ついたり、尊厳を損なわれ、極端な場合、命を失いかねない事態に陥っていたとすれば、たとえそうした発言や行為が、それまで世の中や世間一般で「当たり前」のことと見なされていたものだとしても、それは正され、変えられなければならないはずです。

 誰かの命や尊厳が不当に扱われ脅かされているならば、人間関係でも社会の仕組みであったとしても、「今現在、そこに保たれ、調和している秩序」は、一度「乱される」必要があります。そして、そのために行動する時には、ただ「空気を読む」のではなく、変化するために必要な「風の流れを吹き込む」ことが、大切だと思うのです。

 

 「わたしが来たのは、地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるために来たからである。人をその父に、娘を母に、嫁をしゅうとめに。こうして自分の家族のものが敵となる」(34~36節) フランシスコ会の本田哲郎神父は、この個所を次のように翻訳しています。「わたしが来たのは、この地上に平和を投げ与えるためだと思うな。平和を投げ与えるためではなく、包丁を入れるために来たのだ。わたしが来たのは、『人をその父親から、むすめをその母親から、嫁をそのしゅうとめから』切り分けるためであり、『こうして、自分の家族の者が敵対するようになる』」。

 ここでイエス様は、これから町や村々を巡って神様の言葉とわざについて宣べ伝える弟子たちに向って、「私の代りにあなたがたが伝える言葉は、聴いている人たちの間に『包丁を入れる』ように、その関係を『切り分けて』いく」と語っています。つまり、神様への姿勢を明らかにさせ、誰が神様に従い、誰が従わないのか、それぞれの立場を鮮明にさせる、「あなた」と「私」の立場の違いをはっきりとさせていく、ということなのです。

 「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにはふさわしくない。また、自分の十字架を担ってわたしに従わないものは、わたしにふさわしくない。」(37~38節)

 この言葉はまるで、家族が敵対することを推奨しているようにも受け取れる言葉ですし、「あなたの父と母を敬え」という、旧約聖書の教えにも反しているのではないかとも思えます。実際、統一教会をはじめとするキリスト教系のカルト宗教は、この聖書箇所を用いて、信者に家族を捨てて「教え」に従うことを説いています。初めて聴く者にとっては、「だから宗教は怖い」というふうにも受け取られかねない箇所かもしれません。

 しかし、イエス様は、単に家族と敵対してでも自分に従えと言っているわけではありません。イエス様に従って、神様のみこころに適った正義と公正の道を歩もうとするとき、それが身近な家族の持つ「常識」や「世間の価値観」と対立し、関係に亀裂を生じさせることもある。そのことを怖れてはならないということなのです。

 家族との関係や人情に流されてしまわずに、神様が示された道を選んで歩む。言い換えればそれは、自立し、自分一人で神様の前に立ち、目の前にある課題を引き受けていく生き方です。

 それはまさに、イエス様自身が選んだ生き方でした。イエス様自身、貧しい者、罪人とされていた人々に福音を伝え、いやしの業を行うことの「危険性」を自覚していました。イエス様の言葉、教えと振る舞いは、ある意味当時のユダヤ人社会の秩序の破壊であると見なされ、激しい攻撃にさらされたからです。そのイエス様に弟子たちが従って行くことは、弟子たち自身にとっては自立の時でしたが、それはまた周囲の社会との対立をも生む行動でした。

 イエス様が語る言葉、「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。わたしは敵対させるためにきたからである」は、この世界に神様の正義と公正の実現を求める、そのイエス様の価値観、生き方を自分のものとするとき、人は、周囲の人々や(時には)家族とも軋轢を生じ、激しい反発を受けるだろうが、それをあえて引き受けていくというひとつの覚悟と言えるのです。

 

 織田楢次という牧師がいました。1908年大阪に生まれますが、相次いで両親を亡くし、寺に預けられ僧侶となるべく修行していました。しかし、旧制伊丹中学を卒業した17歳の時、寺を飛び出しました。そして、神戸を放浪していたときに、路傍伝道をしていた日本伝道隊の一団に出会い、「僧衣のままふらふらと」ついて行き、そのまま堀内文一牧師の教会に身を寄せました。その二週間後の25年4月に受洗し、聖書学舎(現・関西聖書神学校)に入学をしました。この神戸時代に、織田樽次牧師は、その後の人生を決定づける出会いをしました。

 神戸の教会で韓国人の金という留学生と出会ったのです。彼は、樽次にだけ、自分の父親が1919年の三・一韓国独立運動の際に日本の憲兵に銃殺されたこと、23年の関東大震災の時に韓国人が虐殺されたこと、そして、その時も韓国で日本帝国が行っている植民地政策が非道なものであることを、涙ながらに訴えたのです。樽次は、「同じ人間なのになぜ韓国民族がこのように差別されるのか」、「日本の一番大きな問題は、韓国人差別だ」、「自分は生涯を通して韓国の民衆と一緒に信仰していこう」と思い立ちました。28年、樽次は兵役検査で「甲種合格のくじ逃れ」になったのを機会に、周囲の反対を振り切って、伝道のため韓国に渡りました。実家からは、「耶蘇教徒になりおって」と勘当されてのことでした。

 先ず樽次は、光州の日本基督教会の田中義一牧師を訪ねますが、ここで彼は、田中牧師に「どうして韓国人に伝道しないのか」と問いました。そのとき田中牧師はこう言ったそうです。「ここ(植民地韓国)では日本人は強盗で韓国人は被害者なのだ。日本人が韓国人に聖書の言葉を語るとき、それは征服者の慰撫、甘言、手なずける言葉としてしか聞かれない。君は強盗の一人であり、そうした君が韓国人に罪を悔い改めよと言えるか」と。樽次は考えた挙句、韓国での伝道のため、韓国人になりきる道を選んで、伝道することを決めました。

 その後、彼は京城(ソウル)から韓半島の東海岸まで移動し、そこで苦労しながら韓国語を独学で学びました。しばらくしてから農村で彼は韓国語で説教をしましたが、二年間は教会からは「日本人」と云うことで警戒され、他方日本の警察からは、伝道を妨害されたりもしました。炭鉱夫として働きながら伝道していた樽次でしたが、31年に警察から「独立運動の共謀者」として疑われ、逮捕され拷問を受けました。信仰を捨てることを要求され五日間殴られ続けたと云います。ただ、そのことがかえって、韓国人の間で、「あいつは本物だ」という信頼を勝ち得ることにつながったといいます。

 牧師として活動するようになって六年目の1937年12月、樽次牧師は、平壌の韓国人牧師の依頼で、伝道集会で講演を行いました。この講演の最後に、彼は当時推し進められていた「神社参拝」政策を批判しました。当時、日本政府は、「神社は宗教にあらず」との掛け声で、神社参拝を「愛国心の発露」として各宗教団体・学校でも実施することを強要していました。日中戦争が始まった年であり、日本と韓国が一体であること(「内鮮一体」)が強調されるようになっていました。キリスト教会による神社参拝は、韓国で推し進められた「皇民化政策」の「宗教的総仕上げ」だったわけです。樽次牧師は、「この神社参拝は偶像礼拝である。十戒に背く大きな罪だ。」と主張したのです。因みにこの時、神社参拝拒否を貫いた朱基徹(チュ・キチョル)牧師は、三度検挙された後、平壌刑務所に四年間投獄され、44年4月21日に獄死しました。「信仰の自由」を貫いて殉教したのです。

 樽次牧師は、「朝鮮民族独立運動扇動者」の嫌疑をかけられ、特別高等警に連行され、四か月にわたって拷問を伴う尋問を受けました。その後、不起訴処分で釈放されましたが、韓国伝道は不可能になりました。1939年に家族と共に帰国した樽次牧師は、45年の敗戦を機に、田永福(ジョン・ヨンボク)と韓国名に改名し、在日大韓基督教会の牧師として働き、80年に心不全で天に召されました。

 

 「自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたし(キリスト)のために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」(39節)

 イエス様に従うことは、状況次第では、立場や地位どころか、命を失うことにもつながるかもしれません。しかし、忘れてならないのは、自分で責任を負って決断して歩む者を、イエス様は助けてくださるということです。「だから、だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す。しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う。」(32~33節)

 イエス様に従うということは、もちろん、イエス様の言葉に「闇雲に」聞き従うことを意味しません。私たちに必要なのは、何よりも時流に流されずに、聖書に書かれているイエス様の言葉を読み、心の中で何度も反復して考え、繰り返しその言葉と向き合い、自分の生き方を吟味し、自分の人生を自ら選択して歩み出していくことです。

 その際に人は、それぞれが抱える問題や重荷、たとえばある種の「生きにくさ」を感じたり、自立するゆえに感じる「痛み」を抱えるかもしれません。「自分の十字架を担ってわたしに従う」、「十字架を受け入れ背負って歩む」という言葉は、そうした人が生きていくときの重荷や「痛み」を表しているともいえます。しかし、イエス様は人が抱えるその「痛み」や重荷、その人の十字架を、イエス様自身の十字架と重ねて負って下さる、そう聖書には書かれています。それゆえ、私たちは、自分の十字架を担って歩むことが出来るのです。「痛み」を持ちながらも自立・自律しようとする者を、また人々の命と尊厳を守り、人々の自立を促す者を、イエス様は支えて、なおかつ永遠の命へと導き、恵みと祝福を与えられるのです。

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202614日 
​聖霊降臨後第3主日

「いやしの

わざとは」

​マタイによる福音書
9章35節~
10章15節

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 「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。」(マタイ9章35~38節)

 イエス様が、福音宣教のために、ガリラヤの町や村々を「残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされ」たとき、そこで、彼が目の当たりにしたのは、「弱り果て、打ちひしがれている」「群衆」でした。そしてそれは、あたかも「飼い主のいない羊」のような有様であった、と今日の福音書の日課には書かれています。

 「飼い主のいない羊」、想像してみてください。その群れの羊たちは、餌になる草の生えた「青草の原」に休むこともできず、「憩いの水のほとり」に連れて行っても貰えない状態にいます。誰も彼らの健康状態を気にかけてもくれません。羊たちは、安心して休むこともできないまま、飢えと渇きが続く状態に放って置かれています。でも誰も彼らを顧みることはありません。イエス様が見たのは、そうした状態に置かれていた「群衆」であったのです。

 その中には、農場で働く小作人たちや日雇い労働者たち、様々な仕事をしている職人たち、その家族がいたでしょう。あるいは、社会の周縁に追いやられた人たち、卑しいとされた職業の人たち、たとえば徴税人や遊女たちもいたでしょう。病気で苦しんでいたり、障がいを抱えて生活している人たちもいたはずです。そして、彼らの多くが、貧しく、日々の食べ物の心配をしなければいけない生活をしていたと思われます。

 別な見方をするならば、「飼い主のいない羊」のような「群衆」とは、自分の行く先を見いだせず、助けを求めている人々とも云えます。生活に疲れ果て、先々への不安や心細さ、あるいは苦痛を抱え、訴えながらも、どうしたらその状態から脱出できるのか判らない人々の姿です。

 その状態を見て、イエス様は深く憐れんだと、福音書には書かれています。深く憐れんだという言葉は、はらわた、内臓を意味する言葉といわれます。つまり、「彼らのことではらわたのちぎれる思いに駆られた」とも翻訳できるのです。ここで言う「憐れみ」とは、上から見下ろすような同情とは違います。はらわたの底から突き動かされるような衝撃を受けたということです。そうした思いをイエス様は持ったのです。その瞬間をイエス様は体験したのです。

 

 「そこで、弟子たちに言われた。『収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。』」

 「イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。」

 ここでイエス様は、十二人の弟子たちを集めると、「収穫」のために彼らを福音宣教に送り出していきました。ところで、イエス様が語る「収穫」とは何のことでしょうか。文脈からいえば、「神様の救い」、「福音」を必要とする人々は多い、ということでしょう。そして、それは具体的には、放って置かれた「飼い主のいない羊」の世話をすることであり、「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやす」ことであるといえます。必要な助けを与え、疲れた人を慰め、労り、苦痛を取り除くことと云ってもいいかもしれません。あるいは、人々が生きる力を見い出していくために手を貸すことかもしれません。ただし、だからと云って、それは人々を困窮した状態から救い出すために、なにか大掛かりな企てを行うことではありませんでした。なぜなら、その働き、「福音宣教と癒しのわざ」のために遣わされた弟子たちは、ほぼ何も持たずに、また何の準備もなく、手ぶらの状態で送り出されたからです。彼らは、ただ、イエス様から、「汚れた霊に対する権能を」授けられただけでした。

 このとき、弟子たちが何も持たずに手ぶらで派遣されたのは、ある意味、「収穫のため」の働きが、緊急を要していたからだ、とも云えます。神様の救いを必要とする人たちの状況を考えれば、イエス様の福音は、急いで伝えられねばなりません。そのためにも、弟子たちは、すぐにでも立ちあがって、町や村々に送りだされなければならなかったわけです。その緊急性からいえば、弟子たちの実力や自信のほど、資格や技術は二の次でしかなかったともいえます。

 あるいは、こうも言えるかもしれません。イエス様が語る「収穫」とは、そこで「飼い主のいない羊」のような状態に置かれた人々の「思いを聴くこと」であったともいえます。人々の感じる苦痛や悩み、怒り、あるいは喜び、それを聴いて集めていくこと、それが収穫なのではないか、と思うのです。つまり、弟子たちがなすべきことは、人々の思いを携えてイエス様の前に差し出すことです。人々の思いを聴くことが、癒しを起こすし、癒しそのものであるといえるのです。

 

 二〇一六年に熊本地震が起きたとき、私は宮崎の教会に赴任していました。二度の震度7の揺れに見舞われた熊本市と益城町の被害は大きなものでしたが、当時九州教区には、学生時代に阪神淡路大震災を経験していた牧師が何人かいたこともあって、すぐ救援活動が組織されました。このとき私も熊本まで車で、お米を運んだりしたのですが、その内の何度かは、震源地であった益城町に開設されていた避難所に行って、「カフェ・デ・モンク」の活動に参加をしました。

 この「カフェ・デ・モンク(僧侶のカフェ)」とは、東日本大震災の時に、僧侶や牧師・神父などが集まって、被災者の話を傾聴するために「カフェ」を開いたことから始まった活動です。当時熊本市の大江教会にいた立野泰博牧師が中心メンバーの一人でしたが、避難所になっていた益城町のスポーツセンターの駐車場にテントを張り、また雨天の時は避難所のロビーの一角で、コーヒーや飲み物を提供して、とにかく来られた方の話を聴く、という活動をしていました。話される内容は千差万別でした。世間話から避難所での生活のこと、いろいろな悩みや愚痴も含めて、とにかく話を聴くことを大事にしていました。ときには、お身内で亡くなられた方のことを聞くこともあり、聴くことの緊張はありましたが、しんどい状況の中で、でも訪れた人がホッとできる場所を提供する機会になることを、参加していた「宗教者」たちは、心がけていたように思います。

 阪神淡路大震災の時に、被災者の救護活動に携わっていた神戸大学病院の医師、安克昌さんは、著書「心の傷を癒すと云うこと」の中で、被災者の「心のケア」を、精神科医として「医療」の視点で考えすぎてはいけない、という反省を記しておられます。つまり、一般の被災者は、「患者」ではないし、「医療」とは違う方向から、「精神保健(メンタルヘルス)」を考えなくてはならない、と思ったそうです。災害直後には、踏み込んだ「医療的な」ケアを行うことよりも、被災者に話をさせることや絵を描かせること、慰問をすること、「心のケア」の講演をすることなどといった何かの試みが、実は「被災者を思いやる言葉がけ」になり、大切なことなのだというのです。

 言ってみれば、熊本地震発生後の「カフェ・デ・モンク」の活動は、「聴く」という行為を通した、「被災者を思いやる言葉がけ」の一つであった、と思います。そして、それもまた、イエス様の語る「収穫」のための大切な働きの一つ、といえるのではないでしょうか。

 

 今現代に、もしもイエス様がこの地上で生きていたとしたら、イエス様は、この場所で何を見て、何をおっしゃるでしょうか。何を私たち教会に命じられるでしょうか。おそらくイエス様は、やはり私たち教会に、こう命じられると思います。「『飼う者のない羊のような』人々の世話をしなさい」と。そして、「収穫は多い」と言われるでしょう。

 今、助けを必要としている人たちは、大勢いるのです。生活に悩み、「自分の居場所」がなくて困っている人たち、自分の進むべき道が見えなくなってしまった人たち、自分の自信がなくなってしまって助けを求めている人たちがたくさんいるのです。

 もちろん、私たちに出来ることは限られるかもしれません。貧困や飢餓をなくしたり、格差社会を是正するための効果的な処方箋が、私たちに与えられているわけではないからです。

 しかし、私たちにもまた、十二弟子たちのように、力ある言葉が与えられていることを信じたいと思います。「平安があるように」と語ると人の上に主の平安がとどまり、主の聖霊が働くという、力ある言葉が与えられているのです。そして、私たちはまた、執り成して祈ることが許されています。助けを必要とする人たちの声を聴いて、その思いを受け止めて、その思いを重ねて、イエス様に祈ることができるのです。

 それだけに、私たちは、イエス様が感じた憐れみ、「はらわたのちぎれるような思い」を理解したいと思います。そして先ず、その憐れみが、「私」自身に向けられていることを理解したいと思います。その上で、私たちは、今度は自分の身の回りで起きている出来事を、憐れみ、「はらわたのちぎれるような思いを持って」眺めたいと思うのです。イエス様の思いを共にしたいのです。そのとき、私たちは、自分自身がそうであったように、「飼う者のない羊のような」状態の人々を、そこここで見出すでしょう。だからこそ、私たちは、今ここで、出会っている相手の話を聴き取りたいと思うのです。(時には、私の話を信頼できる誰かに聴いて貰いながら)。私たちもまた、イエス様のために「収穫」を集めたいと思うのです。

 イエス様の弟子たちの群れである教会は、託されています。イエス様から「あなたがたは神様のものである」というメッセージを、「飼う者のない羊のような」この社会、この世界に伝えることを。「救われるのはあなた方だ」という良き知らせを、福音を伝えることを。

 「あなたがたは神様のものである。」

 それは、かつて私たちにも向けられ、今も私たちに力強く臨み、働く、イエス様からのメッセージです。

 「あなたがたは神様のものである。」

 この言葉を、私たちも語るようにと、イエス様はその力を与えてくださっているのです。私たち自身が弟子であり、また「収穫の働き手」となれることを祈りましょう。

 「わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。」(ローマ5章4~5節)

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2026日 
​聖霊降臨後第2主日

「新しい

いのちに生きる」

​マタイによる福音書
9章1~13節+
18~26節

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 今日の日課、マタイによる福音書9章9節~13節と18節~26節には、イエス様の三つのエピソードが記されています。

 これらの三つのエピソードすべてに共通するのは、「穢れ」に関係するものです。この「穢れ」という考え方は、当時のユダヤ教における旧約聖書が定めていた規則・規範によるものでしたが、日課では、イエス様が、こうした「穢れ」についての規範、あるいは価値観や考え方を自ら打ち破って、人々を解放していきます。

 最初のエピソードは、取税人のマタイを弟子として招いたお話です。収税所に座っていたマタイは、イエス様に「わたしに従いなさい」と声をかけられました。ところで、当時のユダヤ人社会では、収税人は、ローマ帝国やヘロデ王家のために直接税や通行税、間接税などを集めていましたが、取り立てが必ずしも公正ではなかったことや、「汚れた存在」と見なされた外国人と接触する機会があることから、その職業自体「汚れたもの」であり「罪人」と同じだと、考えられていました。

 しかし、イエス様は、収税人への職業差別を生み出す「穢れた」職業という考え方を飛び越えて、マタイその人自身に呼びかけました。イエス様はマタイが、その収税所で働いている収税人であることをまるで問題にしていません。イエス様は先入観なしで、マタイに声をかけていったのです。「わたしに従って来なさい」と。おそらくマタイはそれまで、そのように声をかけられたことがなかったと思われます。それだけに、その呼びかけに感じて、マタイはイエス様を信頼し、応答したのです。イエス様について行ったのです。そして、その後、彼は自分の家で、イエス様や弟子たち、そして仲間たちである「収税人や罪人」(と見なされた人たち)と一緒に食事を摂ったのです。

 さて、その様子を見たファリサイ派の人々は、(なぜか直接はイエス様に言わずに間接的に)弟子たちに向かって、「なぜ、あなたたちの先生は収税人や罪人と一緒に食事をするのか」と非難を始めました。イエス様は、この時は未だラビ(ユダヤ教の教師)の一人と見なされていましたから、イエス様が罪人とされている人々と交流することは、ファリサイ派にとっては許し難いこと、つまり律法の秩序の破壊であり、咎められるべきことだったのです。しかし、イエス様は、その非難に対して、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である。『わたしが求めるのは憐みであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と答えたのです。

 この最初のエピソードは、いわばマタイのような「収税人や罪人」(と見なされている)仲間たちの尊厳が、イエス様と、イエス様を信頼する者の間で回復されていった物語でもあるのです。

 二番目と三番目のエピソードは、マタイの召命物語のしばらく後に起こった、出血の病を患っていた女性の癒やしの話と、ある指導者の死んだ娘が生き返ったという話です。

 イエス様が、洗礼者ヨハネの弟子たちと断食についての問答をしていると、(ユダヤ教の)ある指導者がそばに来て、ひれ伏して、「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう」と願いました。彼の必死さに、イエス様がその願いを聴いて、弟子たちと一緒に彼について行くと、その途中で、十二年間病気のために出血が続いている女が近寄って来て、「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思い、後ろからイエス(様)の服の房に触れ」ました。それに気づいたイエス様が「振り向いて、彼女を見ながら」、「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った」と語りかけ、「そのとき」、彼女の出血の病は癒されます。

 十二年間も、出血(おそらく婦人科の病気)に苦しんでいた女性は、旧約聖書の(レビ記などの)規定によれば、やはり「穢れた」存在と見なされていました。つまり彼女は、十二年もの長い間、病気が一向に治らなかったことで、ユダヤ人社会から遠ざけられ、つらい思いをさせられていたということです。彼女が「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思って、イエス様の後ろから近づいて衣にそっと触れたのは、長年差別され、社会の周縁に追いやられていた経験から、人目をはばかっての、しかし思い余っての行為だったと言えます。イエス様は、この女性に対しても、「穢れ」という考え方を飛び越えて、彼女自身に向き合います。

 おそらくは人ごみの中で、「衣の房に」誰かが触れたか触れないか判らないぐらいの、些細な出来事だったであろうに、イエス様は自分に触れたその女性に気づき、彼女に向かって、「娘よ、元気になりなさい」と言葉をかけたのです。その言葉は、「あなたは癒された」という言葉と、同じ意味です。イエス様は、彼女の「癒されたい」という切実な願いとイエス様への「信頼」、そして信じる心をもって行動を起こした、その姿に心動かされて、「あなたの信仰があなたを救った」と言われました。それは、イエス様が、彼女の願いと信頼の思いを、しっかりと受け止めたという宣言です。その彼女の信仰が、救いへの道を開いていったのです。そして、その時に起こったイエス様による癒しは、ただ病気そのものの症状を治しただけではなく、その病気によって引き起こされた社会的な差別を打ち破り、損なわれた人間の尊厳を回復すること、彼女にとっての、新しい人生の始まりを意味するものでした。

 ユダヤ教の指導者の娘、すでに亡くなっていた娘の場合は、どうでしょうか。この場面でも、イエス様は「穢れ」に向き合うことになります。

 イエス様たちが、指導者の家に到着すると、そこには、すでに亡くなった少女の弔いのために、「笛を吹く者たちや騒いでいる群衆」が集まっていました。それを見たイエス様が、彼らに向かって、「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」と言うと、人々はイエス様を「嘲笑」います。「嘲笑う」人々の存在は、その弔いの席に集まった人々のうち、どのくらいの人たちが、娘を失くした両親の悲しみを分かち合っていたのかを表しているようです。ともかくイエス様は、その群衆を外に出して、家の中に入って、横たわっている少女の手を取ったのでした。

 死者はもちろん「穢れた」存在とされていました。死者に触れることは、穢れを身に受けてしまうこととして、忌避されていましたし、穢れを(日常の生活から)遠ざけるために、死者はその日のうちに埋葬されなければなりませんでした。しかし、それでも少女の父親である指導者は、イエス様に「おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」と懇願したのです。イエス様は、父親である指導者の、その切実な願いの言葉に、イエス様に対する「信頼」と「信仰」を認め、その思いに応えて、周りの人々の「嘲笑」にもかかわらず、死者の手を取り、少女を蘇らせたのです。イエス様は、「穢れ」など問題にはしていません。イエス様は、人間の尊厳を損ない、蔑ろにする「浄めと穢れ」という考え方を、あえて無視されたのです。「すると、少女は起き上がった」。イエス様は、「穢れ」とされている死から、その少女のいのちを回復していったのです。

 イエス様が語る神様の救いとは、一つには、社会の中で人間の定めた制度や慣習、仕組み、偏見や先入観によって常に生み出される「罪人」とされた人たちが、尊厳を回復すること、「塵や芥の中に倒れこんでいた人々を、再び立ちあがらせて、自由な人々の列に戻すこと」(詩篇113篇)です。そこではまた、そうした先入観や偏見に縛られたり、囚われて、自分から人と人をつなぐ絆を絶っている人たちも、その救いのわざの対象です。偏見を持つ側も、偏見で縛られていることに変わりはないからです。そのくびきを断ち切ることが、イエス様の福音、教えとわざなのです。

 今日の旧約聖書の日課にある預言者ホセアの言葉は、そのことを表しています。「わたしが喜ぶのは/愛(憐れみ)であっていけにえではなく/神を知ることであって/焼き尽くす献げ物ではない。」 (ホセア書6章6節) それは、犠牲を捧げることや、どれだけ戒律や戒めを守れているかが、神様の判断の基準ではないし、また神様の喜ぶことでもない。人に向き合うときに愛があるかどうか、心温かい憐れみがあるかどうかを神様は見ているし、求めているということです。神様の救いは、ただ神様の憐れみによるのだということです。

 またイザヤ書には、こうも語られています。

 「私の選ぶ断食とはこれではないか。/悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて/虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。/さらに飢えた人にあなたのパンを裂き与え/さまよう貧しい人を家に招き入れ/裸の人に会えば衣を着せかけ/同胞に助けを惜しまないこと。」(58章6節~7節)

 これらの言葉には、イエス様の使命の意味が示されています。

 イエス様が語った、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」を解釈するなら、神様の前に正しく生きるということは、律法を適用して「(律法を守る)正しい人」と「(律法を知らず、守らない)正しくない人」を判断して分けてしまうことではなく、むしろ、世間から蔑まれ、困窮する人たち、「虐げられ」、「飢えて」「さまよい」、「裸の」人たちに、具体的な助けを与えることであり、それが神様の求める愛と憐れみ、慈しみとを現すことなのです。

 日課にあるいずれのエピソードも、人が新しいいのちを与えられた、その瞬間を描いたものと云えます。徴税人マタイが、イエス様による招きに応えたことは、新しい人生のスタートでした。彼が、新しい価値観の中に生きることを選んだ瞬間でした。また、出血の病を患っていた女性にとっても、そして指導者と死んだ少女にとっても、イエス様の言葉とわざとは、それぞれにとっての人生の復活を意味するものだったと言えるでしょう。人と人を隔てる「浄めと穢れ」という価値観を取り除き、人が本来持っている尊厳を回復し、新しいいのちを生きることができるように、手助けをすること、あるいは共に人生を生き直すこと、それがイエス様の願う「復活」の出来事なのです。私たちも、その「復活」の出来事に与っています。「新しいいのち」を生きているのです。

2020年8月30 日(聖霊降臨後第13主日)

「キリストに倣う」 

 マタイによる福音書

 ​16章21節~28節

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 

 中村哲という日本人医師が、活動していたアフガニスタンで何者かに襲われ、命を落としてから、すでに九ヶ月が経ちました。

 中村さんは、著書「医者、用水路を拓く」にも書いておられますが、医療活動を行うだけでなく、水源を確保する事業を進めていました。

 中村さんは、1978年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻によって発生した、多くのアフガン人難民を救援するため、1984年にパキスタンで医療活動を始めます。そして、数年後にはパキスタン北西部の山岳地帯やソ連軍撤退後のアフガニスタン東部で、診療所を開設していきます。

 そうした活動を続ける中で、彼は、人々の栄養状態や衛生環境が改善されていかないと、人々を病気から救う抜本的な対策にはならないことを痛感していきます。

 特にアフガニスタンでは、内戦と長期間に及ぶ旱魃の影響から、本来の穀倉地帯でも大地が干上がり荒れ果てていました。さらに水不足から赤痢やコレラが急増し、全土で多くの国民、農民たちが難民化している状況がありました。

 そこで中村さんは、医療活動に併せて、水源確保のための事業を始めます。中村さんは地元の協力を得て、飲料用や灌漑用の井戸を掘り、伝統的な地下水路を再生していきます。また、約25キロの用水路を建設し、砂漠を農場に変えていきます。干上がっていた荒れ地と砂漠であった場所は、オリーブやナツメヤシの茂る農地や麦畑に変わりました。また畜産業やサトウキビの栽培、黒砂糖の生産も始まるのです。

 ただ、こうした活動は、死の危険と隣り合わせでした。武装勢力に襲撃される危険が常にあったのです。2008年には、中村さんと一緒に活動していた日本人が一人、身代金目的で武装勢力に誘拐され、救出に向かった警察との銃撃戦の最中に殺害されています。中村さん自身もそのことは、十分承知していました。周囲の日本人からも、「危ないから」といつも声をかけられていたようです。

 しかし、彼は、ここでは先ず何よりも食べること、食料を得ることが回復されなければならないこと、自ら働いて、食料を作り、安心して十分に食べることができるようにしていくことが、病気を治すだけにとどまらず、病気の原因を減らす抜本的な取り組みであること、また、人々が安心して農業を続けることができれば、貧困にも陥らず、戦争を起こすこともなくなり、結果として平和をもたらすこともできると考え、一連の事業を続けていきます。

 しかし、昨年12月4日に襲撃され殺されてしまいました。誰が行ったのか、なぜ殺されたのかは未だ判っていません。

 キリスト者であった中村さんは、ある意味では、アフガニスタンでの医療活動と水源確保事業を、大勢のアフガン難民の命を救う働き、「自分の十字架」と意識していたのではないかと思います。それこそ、「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」、イエス様に従ったのではないでしょうか。

 困難の中にあって、「飼う者のいない羊のようなありさま」のたくさんの人々を救う、イエス様の生き方を自分の生き方にしていく姿が、そこにはありした。

 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨てて、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 この言葉は、イエス様が、弟子たちに自分の受難、つまり十字架による処刑と、その後の復活の出来事を打ち明けた後に、重ねてペテロと弟子たちに向かって語ったものです。

 イエス様の受難と復活についての発言は、ペテロを困惑させました。彼は、強い調子でイエス様を諌め始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」 

 しかし、イエス様は、ペテロを叱りつけられます。

 「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者。あなたは神のことを思わずに、人のことを思っている」と。簡単に言えば、「あなたは自分のことしか考えていない。わたしの邪魔をするな」ということでしょうか。

 ただ、イエス様がペテロを叱ったのは、言い換えれば、ペトロが(そしてたぶん他の弟子たちも)、イエス様の旅の目的とその意味を、理解していないことを示しているといえます。イエス様の教えや行動が、現実の世界に対して持っている意味を、判っていないことを表しています。

 イエス様の受難と復活の予告は、ある意味、冷静に自分の語る言葉や行動を見据えた発言です。

 イエス様は、宣教の旅の行く先々で、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々を見かけます。病や日常の生活に苦しんでいる多くの人たち。その人たちを救うためのイエス様のわざや教え。そこで示されるイエス様の価値観、それは、当時のユダヤ人社会、いわゆる「世間」の価値観とは大きく違っていました。

 それは、例えば、「世間」が低く評価する境遇にいる人々、貧しい人、飢えている人、苦しんでいる人、病気や障害を負っている人たちこそが、神様の救いに真っ先に与れるというものでした。差別されたり、疎んじられている「取税人」や「遊女」たちが、神の国に入れるというものでした。神様の救いは、イエス様の癒しのわざを通して、それらの人々の上に現れるというものでした。

 あるいは、宗教的な制度が人を不自由にするのなら、その律法の解釈や制度は変えられなければならない、と語るものでした。

 だからこそ、イエス様の語る教えは、ユダヤ人社会の指導者と呼ばれる「長老や祭司長、律法学者たち」にとっては、許しがたいものだったわけです。それゆえにイエス様は「必ず多くの苦しみを受け」、「殺される」ことになるのです。

 人々を病や苦しみから救い、日々の負担や重荷から解放するために、神様の愛と、神の国の希望、すなわち福音を語り、具体的な行いをもって指し示すこと。それが、イエス様の使命です。しかし、人を解放し、自由にし、この世界のあり方そのものを動かし変えていく福音を伝える使命が、今自分が生きている社会の支配的な人々からは、受け入れられないだろうということを、イエス様ははっきり理解しているのです。

 イエス様がエルサレムに行こうとしたのは、そこでもイエス様の救いの業と教えとを必要としている人々、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々がいたからだと思うのです。それを邪魔してはいけないと、イエス様は言われたのです。

 イエス様に従う者は、どのように生きるべきなのか、それが今日の日課の主題です。

 「自分を捨てて、自分の十字架を背負う」とは、今までの自分の生き方を否定して、イエス様の生き方を自分の生き方にしていくことといえます。

 イエス様の生き方を自分の生き方にする、イエス様に倣うということは、イエス様が何を大切にし、何を尊重しているのかを、自分の人生の道標として生きていくことです。

 具体的には、神様の正義と公正が地上で実現することを求めることです。貧しい者や飢えている人たち、病んでいる人たち、重荷を負っている人たち、社会的に弱い立場に置かれている人たちに想いを寄せ、寄り添い、彼らが今の境遇から救われること、解放されることを共に望み、目指すことです。そのために彼らが抱えている問題や課題を一緒に担い、解決する方法を探ることです。

 ただ、そのような生き方を、信念を持って貫こうとすれば、様々な抵抗にあうこともあります。とりわけ、貧しい人々や弱い立場にいる人々を搾取し、それによって利益を得ている人々、自分さえよければかまわないと考える人々からは、きっと疎まれるに違いありません。

 しかし、イエス様は私たちに「わたしに従いなさい」と語ると同時に、一つ約束されています。「自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救う。」

 「わたしのため」とは、イエス様の福音のためという意味です。

 その福音の実現のために、人生をかけるなら、その人は永遠の命を受けるとされるのです。たとえ、「この世」の力が圧倒的であったとしても、イエス様の言葉とわざに従い、福音の実現のために力を尽くし、なすべき課題を行おうとするなら、その人はイエス様の再臨の時に、「それぞれの行いに応じて報い」られ、永遠の命を受け取る。そうイエス様は約束されるのです。

 

 冒頭でお話しした中村哲医師は、「誰もやらない活動なら、俺がやる」といって、パキスタンとアフガニスタンでの活動を続けられたと聞きます。

 現地の言葉を話し、土地の文化と伝統を尊重して、目の前に現れる課題を、現地の農民と共に汗を流して解決していく中村さんのその姿に、現地の人が感謝をし、深く信頼を寄せたといいます。村人の要請を受けて、モスクと学校を建設もしています。キリスト者がなぜ、モスクを建設したのか問われて、それは現地の人たちの誇りを取り戻すことでもあったと、中村さんは語っています。村の人たちは、外国の文化が押し寄せる中で、自分たちの文化はだめなのか、劣っているのかと劣等感を持っていたそうです。でもモスクが建設されたことで、彼らは誇りを取り戻すことが出来たそうです。

 水源の確保も、荒れ果てた大地を回復し、農民のいのちと生活を回復していくわざであったと言えます。それは、人々に勇気を与え、生きる力を回復する、福音の実現といえるのではないでしょうか。

 不幸にして中村さんは、事業半ばにして凶弾に倒れましたが、彼の仕事は、彼の後援会であったペシャワール会が引き継いでいくそうです。

 誰もが中村医師のようには働けるわけではありませんが、しかしその姿勢に倣うことはできます。たとえ困難を前にしたとしても、イエス様を信じる者として、一緒に生きている人たちと、ともに祈り、重荷を担い合って、福音の実現のために、目の前の様々な課題を引き受けて、乗り越えていきたいと思います。

2020年8月2日 平和主日

 「平和の基」 

 ヨハネによる福音書

 ​15章9節~12節

 イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。

 ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。

 その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。

 イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。

 イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」

 

 それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」

 人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。

 

 イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。

 「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」

 それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。

 しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。

 もちろん、注意しなければならないことはあります。

 「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。

 最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。

 と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。

 「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。

 「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。

 

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。

 

 私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。

 それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。

 なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。

 日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。

 昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。

 そこでは、次のような祈りがささげられました。

 「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」

 「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」

 「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」

 「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」

 「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」

 「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」

 「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」

 「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」

 

 「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。

 平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。

 人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。

 「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン

2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)

 「天の国の実現」 

 マタイによる福音書

 ​13章31節~33節

   +44節~50節

 イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。

 私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。

 イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。

 

 先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。

 からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。

 讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。

 「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」

 球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。

 からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。

 

 次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。

 「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。

 パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。

 パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。

 「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。

 また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。

 

 「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。

 もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。

 そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。

 もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。

 44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。

 二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。 

 つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。

 イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。

 現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。

 しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。

 

 「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。

 日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。

 「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。

 2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)

「生き直すということ」 

 マタイによる福音書

 ​11章28節~30節

 人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。

 競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。 

 行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。

 生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。

 

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。

 軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。

 ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。

 つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。

 ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。

 

 旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。

 ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。

 本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。

 と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。

 

 「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。

 それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。

 またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。

 

 イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。

 この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。

 だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。

 だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。

2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)

 「あなたが花束」 

 マタイによる福音書

 ​10章40節~42節

 「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。

 歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。

 「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。

 それは、その相手を励ましたいからです。

 「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。

 歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。

 歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。

 「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。

 「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。

 その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。

 歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。

 そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。

 「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。

 この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。

 いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。

 自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。

 そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。

 「あなたが花束」になっていくのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。

 今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。

 ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。

 そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)

 「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。

 弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。

 

 二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。

 使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。

 「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。

 パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。

 福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。

 もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。

 たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。

 生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。

 

 弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。

 教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。

 それが、弟子の使命です。

 どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。

 2020年1月26

「天の国は近づいた」 

 マタイによる福音書4章12~18

 

 韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。

 

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

共に平和をつくり 共に生きる その町で

平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら

貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で

平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で

私たちの労働が お祭りになる その日に向かって

共に生きる町 小さくても 美しい町

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

教えてください 教えてください 共に生きる町を

  詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。

 その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。

 この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。

 一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。

 と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。

 この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。

 八〇年代​、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。

 このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。

「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。

 明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。

 勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの

かもしれません。

 いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。

 「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」

 その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」

 イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。

 ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。

 具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。

 不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。

 それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。

 悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。

 この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。

 私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

 大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。

 それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。

 それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。

 確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。

 「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。

 「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。

 「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います

 

(2020年1月26日)

 

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