

日本福音ルーテル豊中教会
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礼拝メッセージ
(当分の間、毎週更新します)

2026年1月18日
顕現後第2主日
「この人を見よ」
ヨハネによる福音書
1章29節 ~42節
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ。『わたしの後から一人の人が来られる。その方はわたしにまさる。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。わたしはこの方を知らなかった。しかし、この方がイスラエルに現れるために、わたしは、水で洗礼を授けに来た。」
聖餐式で唱えられるアグヌス・デイ(神の小羊)、「世の罪を取り除く神の小羊よ、憐れんでください」は、今日の福音書の日課、洗礼者ヨハネの言葉に由来します。
ヨルダン川の畔で洗礼を授けていたヨハネのもとに、イエス様が近づいていくと、ヨハネはその姿を認めて、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊だ」と云いました。彼は、そのときイエス様を見るまで、イエス様のことを知らなかったのですが、直感的に、イエス様を「自分に優る方であり、自分よりも先におられ、まさに(先触れとしての)自分の後から来られる方」だと知り、洗礼を受けに来ていた大勢の人々の前で、そのことを証言しました。そして、彼が人々に水で洗礼を授けたのは、「この方がイスラエルに現れるため」であったと語ったのです。
また、ヨハネは、イエス様の上に「 “ 霊 ”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た」と、証言しました。それは、ヨハネが、「わたしをお遣わしになった方」(神様)からあらかじめ受けていた予告、「 “ 霊 ”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である」ということが、現実に起こり、それを確かに目撃したという証言です。「わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである。」
ヨハネ福音書には、洗礼者ヨハネがイエス様に洗礼を施したとは具体的に書かれていませんが、前提として暗示されています。
今日の日課で洗礼者ヨハネは、実はイエス様が誰であるのか、どのようなお方であるのかを証言する人として描かれています。そして、その証言が、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」、「見よ、神の子羊だ」という言葉だったのです。
では、この「世の罪を取り除く神の子羊」という名称は、いったいどんな意味を持っているのでしょうか。旧約聖書の背景の中に、それを解くカギがあると考えられます。
ひとつには、神殿で贖罪の犠牲として捧げられる、純白で穢れないものの象徴としての、小羊を意味すると考えられます。
もうひとつは、イザヤ書53章に記された「主の僕」と結びつけることができます。
イザヤ書に登場する「主の僕」は、いわゆる「贖罪の山羊」として描かれています。当時イスラエルでは、一年の間にイスラエルの民全体が犯した罪を、神様に許してもらうために、一頭の山羊にそのすべての罪を身代わりに背負わせ、贖いとして荒野に放つというということがされていました。その贖いの山羊の姿と重ね合わされた「主の僕」とは、いわば人類全体の罪を身代わりに引き受け、贖う使命を負った人であることが記されています。
彼は、「見るべき面影はなく輝かしい風格も、好ましい容姿もない」し、「軽蔑され、人々に見捨てられ多くの痛みを負い、病を知」り(3節)、「罪人のひとりに数えられた」(12節)存在として描かれます。
「彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、わたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた」(5節)。
「屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった」(7節)
「多くの人の過ちを担い、背いたもののために執り成しをしたのは、この人であった」(12節)。
この「主の僕」の姿を、福音書記者はまた、洗礼者ヨハネの口を通して、イエス様に当てはめるのです。「多くの人が正しい者とされるために(贖われるために)、彼ら(人々)の罪を自ら負った」のが、イエス様だと考えるのです。そのための、イエス様の受難と十字架による死が、ヨハネの言葉の中に暗示されていると考えることができます。
さらに、「神の小羊」は、出エジプト記に記されている「過ぎ越しの小羊」を暗示していると考えられます。
神様の使いによるエジプト人たちへの災いが、イスラエル人たちに及ばないように、イスラエル人たちの住居の鴨居に塗られた「小羊の血」。そこでは屠られた小羊(とその血と)が、イスラエル人たちの救いのしるしであることが示されています。その出来事を記念して毎年守られるのが、「過ぎ越しの祭り」です。そして、イエス様が十字架刑に架けられたのも、その「過ぎ越しの祭り」の最中でした。
洗礼者ヨハネは、イエス様のことを、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」と語ることで、「イエスこそ、罪なき方であり、私たちの罪の贖い主であり、救い主である」と、人々に(そして読者に)、はっきりと証言をしているのです。
ところで、イエス様は、「罪を贖う(担う)」だけではなく、「世の罪を取り去る方」だと云われるのですが、この「世の罪」とは、何のことを指すのでしょうか。
「世の罪」、それは、たとえば「この世に生きている私たち一人一人の罪」のことを意味するとも云えます。私たちが、毎日の生活の中で、「思いと言葉と行いによって」具体的に犯した罪、また「なすべきことをなさなかった罪」を意味すると云っていいでしょう。
「世の罪」、それはまた、「この世自体が犯している罪」、若しくは「この世の仕組みが生み出す罪」と云ってもいいかもしれません。経済的な仕組みによって生じてしまう貧困の問題や社会的な構造、あるいはそれを支える「常識」によって引き起こされる差別、または人への抑圧。他人への思いやりや多様性への寛容さを欠くことで、人を傷つけ、行き過ぎれば人を殺しもしてしまう社会は、その社会を形作る私たち一人一人の姿勢の「罪」でもあり、社会全体の「罪」でもあります。その「世の罪」を「取り除く」方が、イエス・キリストであると洗礼者は語っているのです。イエス様によって、「この世の罪」は、取り除かれる。つまり「罪」は滅ばされ、その罪が生み出す悲惨な状況は、人の暮らしからも社会全体からも、この地上から一切拭い去られる。それが洗礼者の伝えるメッセージなのです。
そして、弟子たちは、そして教会は、イエス様の言葉、教え、癒しのわざに、貧しい者への福音と、苦難からの人々の救いと解放を見ました。イエス様の受難と十字架は、人々の苦しみを担う姿として、受け止められました。死の三日後の復活は、神様によるこの世の力への(この世の罪への)勝利であり、イエス様を通して神様が人々と共にいることを示していると、弟子たちも、後の教会も認めて行ったのです。
だから、聖餐式で唱えられる「世の罪を取り除く神の小羊よ、憐れんでください」(アグヌス・デイ)は、聖餐に与ることで、世の罪が取り除かれ、信仰によって、私たち一人ひとりが強められ、守られ、永遠の命に至ることができるように、と願う祈りなのです。
日課の後半で、洗礼者が彼の二人の弟子に向かって、「歩いておられるイエスを見つめて、『見よ、神の小羊だ』と」言ったことが記されています。 そして、このヨハネの証を聞いた二人の弟子たちは、「それを聞いて」、イエス様に従っていくことを選びました。
ここには、他の三つの福音書とは違った弟子たちの召命の記事が記されています。(アンデレも、その兄弟シモン・ペトロも漁師であったとは記されていません。) そこでの弟子たちは、洗礼者ヨハネの証言によって指し示されたイエス様を、「メシア(キリスト)‐『油を注がれた者』」と認めて、彼に従うことを選び取るのです。
「イエスは振り返り、彼らが従って来るのを見て、『何を求めているのか』と言われた。」 そして、彼らが(教えを乞うつもりで)、イエス様の泊まっている場所を知りたがっていることを知ると、イエス様は彼らにこう言いました。「来なさい。そうすれば分かる」と。
「来なさい。そうすればわかる。」 それは、イエス様に従おうとする者すべてに対する、招きの言葉です。興味深いのは、イエス様の招きの言葉は、弟子たちによる問いかけの後になされていることです。だからもし、私/あなたが、自分の人生の目的を見い出し、また救いの出来事に触れたいと思い願うなら、イエス様を信頼して、その後に従ってついて行くことが求められています。そのとき、人は、その人自身の目的を見い出し、また救いと解放の出来事を体験するでしょう。
また、「見よ、神の小羊」という(弟子たちへの)呼びかけは、彼らに、イエス様自身の姿に注目することを示唆しています。そして、その呼びかけは、今現在も、私/あなたに、私たちに向かって響いています。それゆえ、私たちは、人々に救いと自由と解放をもたらすイエス様に目を向けていくことが、また祈ることが求められています。
皆さんにとって、イエス様とはどのようなお方でしょうか。イエス様とはどのような方なのでしょうか。おそらくここにいる一人一人にとって、様々なイエス様への理解があると思います。
イエス様のその生涯の姿は、私/あなたにとって、何を意味するのでしょうか。イエス様の言葉、教え、癒しのわざは、私/あなたにとって、何を教えてくれるでしょうか。イエス様が十字架に架けられる苦難は、そして復活は、私/あなたにとって、何を示してくれるでしょうか。
人生の折々に、節目に、私/あなたの生活の中で、イエス様がどのようにかかわって来たのか、また来るのか。今一度振り返って考えてみたいし、心静めて思いを馳せてみたいのです。
洗礼者ヨハネは、イエス様に、「世の罪を取り除く神の小羊」としての神の子の姿を見ました。私/あなたはイエス様の内に何を見るでしょうか。
新しく始まった一年、この年も、洗礼者ヨハネが示す「見よ、神の小羊」という言葉に耳を傾け、私たちからイエス様に語りかけ、またイエス様の「来なさい。そうすればわかる」という招きに応えて、歩んでいきたいと思うのです。

2026年1月11日
「私の心に
主の洗礼日
適う者」
マタイによる福音書
3章13節 ~17節
今日は主イエス・キリストの洗礼日、イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受けた出来事を覚える主日です。
ヨルダン川の畔で、洗礼者ヨハネが、人々に「罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼」を授けていました。そこには「ユダヤ全土」、あるいは「ヨルダン川沿いの地方一帯」から、大勢の人たちが、罪の赦しを求めて集まっていました。
人が生きていくとき、様々な経験をします。そうした経験の中には、たとえ犯罪ではなくても、知らずに他の人を傷つけたり、不利益をこうむらせたりすることがあります。そのことで後ろめたい想いに駆られ、苦しむ人もいたでしょう。また、ユダヤ教の規定に背く行いや生き方をして、後悔している人も多くいたでしょう。ある人は、神の裁きを前にして、「私たちはどう生きて行ったらいいのか」という問いを抱いたかもしれません。そして、もしも、そうした罪を神が赦してくださるのなら、自らを改め、人生をやり直したい。洗礼者ヨハネのもとを訪れた人たちの思いは、そのようなものであったかもしれません。彼らは洗礼者に対して、それらの自覚した「罪を告白し」、「赦しを得」て生き直そうと、洗礼を受けていったのではないでしょうか。
イエス様は、その場所にいました。イエス様は、人々の喧騒の中に、ざわめきの中に立っていました。洗礼の場所へと向かう人々の列の中に立っていました。このとき、イエス様はほぼ三十歳になったばかりといわれています。そこには同じような年恰好の人たちもいたでしょう。
福音書を読む限りでは、イエス様は他の人たちと同じように順番を待ち、ヨハネの前に立ち、洗礼を受けたいと願い出て、ヨルダン川の流れの中に入り、水に身を沈められて、洗礼を受けたと考えられます。そこにいる群衆の、その他大勢の一人として。
ヨハネは最初、「わたしこそあなたから洗礼を受けなければならないのに」とこれを辞退しようとします。ヨハネはイエス様がどのようなお方か感じとっていたからでえした。「この方こそ、火と聖霊による洗礼を施される方だ」と。しかし、イエス様はヨハネに云いました。「先ず今は、神様の正しさが証明されなければならない。それが神様のみ心である。わたしに洗礼を施して下さい」。そして、イエス様は自ら望んでヨルダン川の流れに身を沈めて、洗礼を受けたのです。
体験の中で、例えば肌で感じるということがありますが、イエス様はそのとき、そこに集まっている人々の思い、気持ち、そして願いを、まさに肌で感じ取ったのではないでしょうか。そして、それはまたイエス様が今から遣わされて行くであろう町や村々に住む人々への思いと重なったかもしれません。なぜなら、イエス様はこの洗礼を境に、その公生涯、福音を述べ伝え人々を癒す働きを始めて行くからです。イエス様が洗礼を受けたときに彼が体験したこと、それは人々の思いを感じとり、共感し、そして自分の使命を実感したことではなかったのか、と思うのです。
人々にとって洗礼は、新しい自分になるための通過点であり、赦されたという安ど感と、自分の人生のこれからへの決意の瞬間であったでしょう。一方それはイエス様にとってもまた、自分の新しい出発点として、意識されたのではなかったかと思うのです。このイエス様を神様は、義とされた、ふさわしい者とされます。イエス様が川から上がると、そのすぐ後に神様から聖霊による祝福を受けます。「あなたは私の愛する子、わたしの心に適うものである」と。
旧約聖書の詩篇113編には、「塵、芥の中に沈み込んでいる、あるいは倒れ込んでいる人を、神は助け起こし、その人がもといた自由な人々の列の中に返して下さる」と詠われています。それは、自ら塵、芥の中に立つ神様であり、遠くにいて眺めているのではなく、求める人々の場所に立つ神です。その「塵芥」の空気を吸い、そこで働く神様の姿が描かれています。それは神様の人々への思いであるといえます。
洗礼者ヨハネが授けていたものは、「罪の赦しを得させるための悔い改め洗礼」といわれています。「私は、悔い改めます」という言葉を、具体的に表すことがこの水による洗礼といえます。 「悔い改める」という言葉は「低みに立って見直す」とも言い換えることができます。つまり洗礼とは、水の中の低い場所からすべてを見直してみる、視点を変えて物事をとらえる、ということです。
先にもいったように、そこに集まった人々は自分の罪を自覚し、生き方を変えることを望んでいたわけです。生き方を変えていくことを望んでいた。こうした救いや解放を求める人々の中で、同じように洗礼を受けるイエス様の姿は、詩篇113編にある神様の姿を示してはいないでしょうか。
イエス様が洗礼を受けられたことは、実は神様の姿勢そのものを表しているとも考えられるわけです。神様が何を意図しているのか、何が神様の思い、み心なのかを表しているのです。
イエス様は洗礼を受けることで、神様の意図を自ら表された。神様に「これがあなたのみ心ですよね」と示したわけです。ですから、そのイエス様に聖霊が鳩のように下り、「これは私の愛する子」という祝福の言葉が向けられたのは、イエス様のその姿が神様によって認められたことであるともいえます。「そう、その通り。おまえは私の心をよく分かっている」と、肯定された言葉ともいえるのです。
神様は人の思いを聞いているし、体験して苦しみを知られている。そのことを、イエス様を通して神様は語っているともいえるのです。
洗礼は、到着(ゴール)ではなく出発点(スタート)である、とはよく言われる言葉です。つまり、「人が何かを、たとえば信仰的な確信を獲得したから、あるいはキリスト教信仰の理解において何らかの段階に到達したから洗礼を受けるのではない。むしろそこから信仰の生活が始まるのだ」ということです。
確かに、キリスト者にとって洗礼を受けるということは、自分がどのような信仰を持ってこれからを生きていくのかを、自分自身だけでなく自分が属しようとするその教会の人々(共同体)に対して、明らかにする行為ということが出来ます。ですから洗礼に際しては、どのような形であれ、自分の信仰を告白することが大切になってきます。
しかし、人間の確信、あるいは思いというものは、それがたとえ信仰的な確信であったとしても、自分で考えるほどには強くはないということも、また事実です。日々の生活の中で、また人生の折々に起こる様々な出来事の中で、信じたことが曖昧になったり、疑いを持ったりして揺らぐことがあります。人と人の関係の中で体験する不愉快な出来事が不信感を募らせ、やがては人を教会から離れさせたりすることも起こります。自分の気持ちや思いの確実さに洗礼の根拠をおくとするならば、人はその信仰が揺らぐことなく堅く確立したときにのみ、洗礼を受けることができるということになってしまいます。
ですが、このイエス様の受洗の物語は、こうした確固とした揺るぎない信仰が必ずしも洗礼の条件ではないということを示しているように思えるのです。
イエス様への祝福と聖霊の降りは、なによりも神様がなさったこと、神様から一方的に与えられたものです。神様の力、聖霊であり、イエス様はそれをただ受け取っているだけです。イエス様はそれをただ謙虚に、神様の前に立って受けられています。洗礼は「悔い改めたこと」のしるしであると同時に、ここではまた、その人の謙虚さを表すものです。
宗教改革者のマルティン・ルターは、洗礼を「聖霊による新しい生まれ変わりの洗い」だといいます。それはいいかえれば、水に沈められることによって古い自分に死に、約束の言葉によって霊的に新しい人として生まれ変わること、つまり復活を意味すると云います。
日本の神道には穢れの払いと清めとしての「禊(みそぎ)」という儀式がありますが、同じ水を媒介にしても、そうしたものと洗礼とは、決定的に違うのです。洗礼とはイエス様の死と復活に日々与ることだとルターは考えるのです。
信仰が先立つのではなく、神様の言葉が先立つのです。信仰が確かであるから洗礼を受けるのではなくて、救われたいと願うかどうかが問われているわけです。
神様の前での謙虚さ、それは今一度、過去から現在へと自分が歩んでいる道を、神様の光のもとに照らして、見つめなおし顧みることです。そうして、神様の赦しと恵み、祝福を受けとめるように待つその姿勢です。
洗礼の条件とは、実は神様の前に身を低くして謙虚に立つこと、自分を飾らずに隠し立てせずにありのままの姿で、神様の赦しと助け、恵みを求めること、そこにあるといえるでしょう。
洗礼は、信仰者にとって、信仰による生き方の出発点、始まりです。まさにイエス様にとって、それが始まりであったように。
この始まりとしての洗礼について、毎年繰り返し覚えることは、大切なことです。思いを新たにすることで、過去からの自分が歩んできた道を、もう一度神様の光のもとに照らして、顧みることができるからです。そしてイエス様の始まり、ヨルダン川の畔から始まる宣教の道に、その道を重ねて定めることができるからです。そのためにも大切なことは、神様の前に謙虚に立つことです。その姿を神様は認め祝福される。神様がイエス様にされたように。
だから、もし私たちが、自分自身について、新しくされていくことを願い、やり直すことを求めていくなら、そして、その決意のもとに立つならば、また、私たちが、神様が願っていることが何であるかに思いを馳せて心を傾けるなら、あるいは、私たちも苦しむ人たちとの側で共に立とうとするならば、その人たちの思いを聞き、慮り、声に耳を傾けるなら、私たちの上には、「あなたは私の愛する子、わたしの心に適うものであるあなたはふさわしい」という祝福の言葉と聖霊とが働くのです。

2026年1月4日
主の顕現主日
「救い主
キリストと出会う」
マタイによる福音書
2章1節 ~12節
今日は、キリストの顕現主日です。イエス様が世界の救い主(キリスト)、あるいは「王」としてこの世に姿を顕したことを覚える主日です。
今日の賛美唱は詩編72篇ですが、そこでは「王」が、神様のみ心に適った政治を行うことを願う詩が詠われています。
「神よ、あなたによる裁きを、王に、/あなたによる恵みのみ業を、王の子にお授けください。//王が正しくあなたの民の訴えを取り上げ、/あなたの貧しい人々を裁きますように。//山々が民に平和をもたらし、/丘が恵みをもたらしますように。//王が民を、この貧しい人々を治め、/乏しい人々の子らを救い、虐げる者を打ち砕きますように。//王が太陽と共に永らえ、/月のある限り、代々に永らえますように。」(1~7節)
それは、「王」が訴える人々の声を聴き、正義と構成によって貧しい民に正しい裁きを行い、彼らに平和と恵みをもたらし、虐げられ、乏しさを訴える民を救うことを、神様に望むものです。
「タルシシュや島々の王が捧げ物を、/シェバやセバの王が貢ぎ物を納めますように。//すべての王が彼の前にひれ伏し、/すべての国が彼に仕えるように。//王が助けを求めて叫ぶ乏しい人を救い、/助ける者のない貧しい人を救いますように。//王が弱い人、乏しい人を憐れみ、/乏しい人の命を救いますように。//王が、不法に虐げる者から彼らの命を贖い、/王の目に彼らの血が貴いものとされますように。」 (10~14節)
そして、キリスト教では、イエス・キリストこそがこの詩篇で詠われている「王」であり、「王」の「王」として、この世界を治めると解釈されているのです。
さて、キリスト教の暦の上では、一月六日が顕現日となっていて、この日までがクリスマスの季節となります。顕現主日は、その顕現日の前後の日曜日をお祝いするものです。そして、この主日に読まれるテキストは、クリスマスの物語でもよく知られた、マタイによる福音書2章1節から12節、誕生したイエス様のもとに占星術の学者たちが訪れた物語です。
この物語には、二通りの人々が登場します。一番目は、東の国からやって来た占星術の学者たちでした。彼らは、ユダヤ地方を遠く離れた東の国から、ひときわ輝く星に導かれるままに、「ユダヤ人の王として生まれた」乳飲み子を訪ねてやってきました。
その旅は、ある種の冒険でした。「新しいユダヤの王」を見つけられるという保証はなにもありませんでした。星の予告は外れるかもしれないし、またたとえ星の観測に間違いがないとしても、目的は漠然としていて、しかもユダヤ地方に辿りつけないかもしれないというリスク(危険)がありました。しかし、彼らは出発し、星を観測しながら、危険な夜の旅を続け、ユダヤの地までやって来ました。
ではなぜ、彼らはそんな危うい冒険に出かけたのでしょうか。
この当時、ローマ帝国の東では、戦争や内乱が続いていましたから、バビロン捕囚の後も、パレスティナ地方に帰還せずに残ったユダヤ人たちにとっては、(旧約)聖書の預言書に記された、やがて現れる「ユダヤ人を救う王」の誕生は期待されることだったのかもしれません。そしてそれは、「東の国」に住む異邦人たちにとっても広く共有されていた願いでもあったと思うのです。
何らかの救いを必要とする民衆の願いと祈り、声があったのでしょう。だから、占星術の学者たち自身も、その「生まれるユダヤの王」が、ただユダヤの民だけでなく、諸国民、全ての民族、全世界の民を救うことを、望み信じていたのかもしれません。ともかく彼らは、彼らと全世界の救い主である「新しく生まれたユダヤの王」と出会うために、危険や困難も恐れず、不確実な冒険の旅へと踏み出して行ったのです。
この物語に登場する二番目の人々は、ユダヤの王宮にいたヘロデ王や祭司長、律法学者たち、またエルサレムに住む多くの人々です。彼らは、占星術の学者たちが持ち込んだ「新しいユダヤ人の王」の誕生という知らせに、恐れと困惑を覚えました。
というのは、ヘロデ王はユダヤ人ではなく、エドム人の出身で、しかもローマ帝国の後ろ盾で権力を手にした人だったからでした。ですから、彼は、いつも自分の王位の正当性を疑われるのではないか、という不安を抱えていました。そして、王位を狙う者がいると感じていたわけです。彼はその恐れから、実際に自分の后と後継者であった息子を殺してもいました。ですから、「新しいユダヤの王が生まれた」という知らせは、その不安を恐怖にまで掻き立てたのです。
祭司長たちや律法学者たちは、「救い主」誕生の預言を知ってはいました。ただ彼らにとっては、「来たるべき救い主」の到来は、現実味のないお話でしかありませんでした。また、彼らは、「新しいユダヤの王」が登場することで、現状が変化するのを嫌っていたとも云えます。また祭司長や律法学者たちは、基本的には占星術の学者たちを蔑み、軽んじていました。だから、彼らがもたらした告知を、本気で受け取ることが出来なかったのです。
エルサレムの住民の大半もまた、今の生活を享受していた者にしてみれば、急激な変化は望まなかったでしょう。現状の生活、環境と地位、財産や収入を変えたくない者にとっては、学者たちの言葉は、「不穏」な情報でしかなく、その「来たるべき救い主」の出現の情報は、波風を立て、物議を醸すことでしかなかったのです。だから、その告知に触れても、調査にすら赴かなかったと云えるでしょう。今日の聖書の物語が、はっきりと示しているのは、そうしたヘロデをはじめとしたエルサレムの人々のような「現状維持」の姿勢からは、救い主キリストとの出会いは期待できなかったと云うことです。
この物語の大切な点は、「来たるべきユダヤの王」の出現、顕現が、ユダヤ民族の枠を超えて、異邦人である占星術の学者たちに示されたことです。しかも博士たちは異邦人と云うだけでなく、旧約聖書の教えから禁じられていた占星術を生業としていたと云う意味で、ユダヤ人から二重に差別されていたる人たちでした。その彼らに、キリストの顕現が表されたのです。
もちろんその場所に、救い主が確かにいると云う明白な証拠はありませんでした。天使の出現もないし、栄光がその場所を覆っていた形跡もありません。学者たちが目撃したのは、家の中の、(ルカ福音書によれば)家畜が飼われている場所に続いている土間に、質素な身なりのカップルと布にくるまれた赤ん坊だけでした。初めての出産を終えた年若い母親が、乳飲み子に乳を与え、父親がそのそばで世話をしている姿だったかもしれません。たぶんそこに感じられるのは、ささやかな「幸福」の姿であると云えるでしょう。
その幼子が「新しく生まれたユダヤの王」であるかどうかは、その時点では不明でした。将来、どの様な救いがもたらされるのか、学者たちにも見当がつかないことでした。しかし、学者たちは「星の導き」を信じ、その赤ん坊を「救い主」と認めていったのです。彼らは、見つけ出した幼子のイエス様に、持参した貴重な宝物、黄金、乳香、没薬を、彼らが出来る最大の感謝を表す贈り物として捧げました。それは一説には、彼らの占星術のための大切な道具であったとも云われています。学者たちは、その生活のための大切な道具を、イエス様に差し出したのです。それは、彼らにとって恵みと喜びが十分に与えられたと感じられたからです。だから、彼らは、見返りなく大切な宝を捧げることができたのです。
学者たちは、探し当てた幼子をひれ伏して拝みました。そして、彼らは、大きな喜びを抱えて、帰路に就きました。学者たちがその後、どのような生活を送ったのかは、聖書には書かれていません。しかし、彼らの旅の終わりは、また新しい始まりであったということができます。それは、よりよい明日へ続く新しい生活への始まりであり、希望をもって明日を信じてよいというメッセージを、彼らは受け取ることができたからです。
キリストを探す旅は、神様と共に歩む旅であるともいえます。それは、幼子のイエス様に出会うまでも、星の輝きを通して神様が導き、また博士たちの帰り道を、ヘロデ王の魔の手から神様が守り、別な道を通るように教えてくれていることからもわかるからです。
キリストの顕現を、今の私たちが体験する。
それは、たとえば、マリヤやヨセフが泊まり、イエス様を出産した場所のように、私たちが生活する日常の中かもしれません。労働者や勤め人が行き交う街中かもしれませんし、夕餉の匂いのする路地や市場であるかもしれません。そうした人々の暮らしのただ中で、もしも私たちが、悩んでいる人の話を聞き、相談に乗り、祈り、解決の糸口を一緒に探すなら、そこで私たちはキリストと出会うことが出来るでしょう。私たちの社会で起きている問題や課題に心を向けて、その適切な解決方法を、いろいろな人たちと共に議論し合いながら探るとき、私たちはその場所で、人々の上に、そして内に働く生きたイエス様と出会うことができるでしょう。日本で働く外国人と出会い、彼らと共に生きることを始めていくなら、そこで私たちはキリストを見るでしょう。失業して路上生活を余儀なくされている人たちを支えようとするとき、あるいは社会の周縁に追いやられている人たちの声を聴くとき、私たちはそうした人たちの中にキリストを見い出すでしょう。自然災害で被災した人々、旱魃や飢饉で難民となった人々の命と生活を支え援助することもそうです。また、戦争や内戦で、負傷した人々や避難民を、間接的に、あるいは直接助けることもそうでしょう。キリストの福音は、人が人に働きかけることで生きた力となり、物事を動かしていくからです。
「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」(マタイ25章40節)
人と人が関わり、世界と人とが関わる社会の中で起こるキリストの顕現。それは、私たちを生き方を変える、姿勢を変える、世界に臨むそのあり方を変えることへと、踏み出させていくかもしれません。そのときには、私が持っているもの、大切にしてきたものを、手放すかもしれません。しかし、それをすることで、より大きな喜びを手に入れることができるでしょう。占星術の学者たちのように。
占星術の学者たちの旅がそうであったように、今までの私たちの歩みが、神様と共なる旅であり、キリストが共にいる旅であることを覚えたいと思います。そして、私たちもまた心新たにして、今年2026年の歩みを始めて行きたいと思うのです。

2025年12月28日
降誕節第1主日
「善き力に
守られて」
マタイによる福音書
2章13節 ~23節
クリスマス、それは、すべての人々にとって救いの始まりです。喜びに満ちた知らせ・福音の物語です。そのイメージは、例えばたくさんのロウソクの明かりに表されるような、あるいは大きなクリスマスツリーの飾りのような、明るく闇夜を照らす光と言うことができます。しかしながら、このクリスマスの物語、実は喜びや華やかな光だけを伝えている訳ではありません。光が輝くことで、かえって闇もまたその存在を色濃く現すように、イエス様の誕生がある人々には不安と怖れを与え、そのことが原因で、たくさんの命が奪われるという悲劇が起きたことを、今日の福音書の日課の物語は記しているのです。
「さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。」(マタイ2:16)
イエス様が生まれた当時、ユダヤを支配していた領主は、ヘロデ・アンティパスでした。彼は、東の国からやって来た占星術の学者たちが伝えた「新しいユダヤの王が生まれる」という預言の言葉に、不安と怖れを覚えました。彼は、自分の地位が奪われるのではないかと怯えたのです。そして、その不安が恐怖に変わったとき、彼は、ベツレヘムとその周辺にいた二歳以下の新しく生れた赤ん坊たちを「一人残らず」殺すことを命じたのでした。
「一度権力を手にした者は、簡単にそれを手放さない」という言葉があります。地位や権力に固執するヘロデ・アンティパスにとっては、クリスマス、救い主の誕生は、困惑と恐怖でしかなかったのです。もし彼が、神様の預言の言葉を信じ、従順に聞き従っていれば、誕生したイエス様は、彼自身にとっても、また救い主であったかもしれないのに、彼は怯え、力によって彼の地位を守ろうとしました。そうして多くの無実の赤ん坊の血を流すことになるのです。
神様が計画された救いの出来事、それがクリスマスでした。そして、その救いは成就されることが旧約聖書には預言されていました。しかし、その一方でヘロデ・アンティパスのように、その神様の救いの計画を阻もうとする力も、そこには確かにあったのです。
一方、ベツレヘムにいたヨセフのもとに天使が現れて、「エジプトに逃げよ」と教えます。ヨセフとマリア、そして生まれたばかりのイエス様は、エジプトへと避難しました。福音書には、彼らは、避難先のエジプトで、ヘロデ・アンティパスが死ぬまでの間、身を隠していたと記されています。そして、ヘロデ・アンティパスが死ぬと、彼らはユダヤに戻りますが、彼の後継者から追及されないように、彼らはガリラヤのナザレの町で生活を始めていくのです。
このイエス様がエジプトに逃れる物語は、旧約聖書に登場するモーセの物語を思わせます。エジプト王・ファラオの命令で、新しく生まれたユダヤ人の男の子は殺されることになっていたにもかかわらず、生まれたばかりのモーセは母親の機転によって、エジプトの王女に命を救われ、王宮で育てられます。その後、モーセは、ユダヤ人の指導者として、エジプト人に抑圧されていたユダヤ人たちを解放し、父祖の地カナンへと彼らを導いていくことになるのです。
赤ん坊のモーセの命が救われた物語も、やはり神様が計画した救いの出来事、エジプトからの脱出を成就するためのものでした。イエス様の命もまた、彼に与えられた使命を果たすために守られていったのです。そして、その守られた命は、多くの人々の命を救うために、その三十三年後に十字架の上で差し出されることになるのです。それまでの間、イエス様は、やはり人の手によって匿われ、その命を狙う権力者から守られていくのです。
さて、ここで一つの大きな疑問が生まれます。なぜ神様は多くの赤ん坊たちが殺されるのを黙って見ていたのか、ということです。そのことに対して聖書は沈黙しています。多くの命が奪われるのは許されることではありません。それはまた合理的に解釈されたり、理由を説明されて正当化されることでもありません。ただ、はっきりしていることが一つあります。それは、このような不条理な出来事、何の理由もなしに、不当に多くの人の命が奪われていくことは、過去においてだけでなく、今現在もまた繰り返されている悲劇だということです。
二〇二三年十月末、イスラエルによるパレスティナのガザ地区への軍事侵攻が始まりました。ことの発端は、十月七日に「イスラム武装勢力ハマス」が行った「襲撃」による千二百人もの「無差別殺人」と二百人以上の「人質の拉致」でした。その報復として、イスラエルは、ガザ地区全体で「ハマスの戦闘員」の掃蕩を始めましたが、実際には七万人以上の一般市民が犠牲になっています。そのうちの二万人以上はこどもの死者です。もちろん十月七日の事件は、許されるものではありません。しかし、「ハマス」の行動の背景には、一九四八年のイスラエル建国以来、数十万のパレスティナ人が故郷を追われ難民となっている事実があります。ガザ地区の封鎖だけでなくヨルダン川西岸地区へのイスラエル人の「入植」、あるいは日常的なパレスティナ人への差別があります。
イスラエルの軍事侵攻は、今年の十月に一応の停戦合意を見ましたが、しかし、それ以降もイスラエル軍によるガザ地区への爆撃は、続いています。この戦争をイスラエルが続ける大きな理由の一つに、恐れがあると云います。ネタニヤフ首相は汚職問題を抱えていて、もし戦争を止めればとたんに彼は訴追される可能性があるからです。もちろん、パレスティナ人に対する恐れもあるでしょう。為政者の抱く恐怖と保身の姿勢が、こどもを含む何万人もの市民の虐殺を生んでいる。それはまるでヘロデ王の「幼児虐殺」を彷彿とさせます。
世界の至る所で、自由や人権の尊重を求める人々が弾圧されたりしています。人種や宗教、文化の違いを理由として、多くの人たちが差別され、ヘイト・クライム(憎悪犯罪)が起こっています。私たちは、その様子を報道写真やニュースなどで、日々目にしています。そして、そうした出来事に対して、神様はあたかも沈黙を守っているようにも思えるのです。しかし、そこで注意したいのは、人を傷つけ命を奪う悲劇を産みだしている責任は、神様にではなく、実に人間自身にあるということです。人間自身が、その手にした力を振るうことによって、人の命を損ない、また奪うというその現実を引き起こしているということです。
聖書は、神様が人間の歴史の中で働かれることを記していますが、同時に、その神様の意志を阻み、抵抗するこの世の力があることも語っています。ヘロデ・アンティパスのように、常にそうした力は存在するのです。言葉や直接の暴力によるものであれ、経済の力であれ、人々を追い詰め、支配しようとするこの世の力があるのです。ただ、その暴力に抗い、その力を退けるのは、またその暴力を根絶するには、やはり人の力が必要なのです。人間が手にしている力、たとえば能力や技術、それはときに人の命を奪ってしまうかもしれない力ではあっても、それらを用いることで、人の命を癒し、人を慰め、再生させていくこともできるからです。人間自身がその現実に向き合い、変えていくように取り組まなければならないのです。ですから、私には、神様がベツレヘム周辺の赤ん坊たちが殺されるのを、「イエス様の命を守るために仕方のないこと」、「大事の前の小事」とばかりに沈黙しておられたのではないと思えるのです。「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。」という旧約聖書の予言者エレミヤの言葉が引用されているのは、神様もその出来事に苦悶し、嘆き、悲しみと痛みを覚えていたことを表しています。神様は、殺された赤ん坊と、こどもを失った親たちの、その嘆きと悲しみを、共に担われた、そして、このような現実を失くしていきたいと願ったのではないかと思うのです。それゆえに、神様は、人の手を借りて、ちょうど、イエス様とマリアを守ってエジプトへ避難したヨセフがそうであったように、この世界に介入し続けているのです。
ヨセフは、神様の言葉と導きに従って、マリアと幼子のイエス様を守って、エジプトへと逃れていきます。このヨセフの姿は、私たち自身に託された務めを現しています。大きなこの世の力、暴力の前で、それでも神様から託された「命」を守るという務め、使命を。大きな暴力であれ、小さな暴力であれ、その力から命は守られなければならない。その使命を果たそうとするヨセフがいます。想像を逞しくするなら、ヨセフは避難生活をする間、いつも祈っていただろうと思うのです。「神様、妻のマリアとこどものイエスを守ってください。安心して暮らせる日がきますように」と。その平和な日常を願う祈りをもって、ヨセフは、託されたイエス様の命を守ろうとしていくのです。
神様の計画を阻もうとする力、それは人の心から生まれているともいえます。地位や名誉への固執、力をもつことを羨み(権力への羨望)、また力をもって他人を支配することに快感を覚え、あるいは他人を妬む気持ち。そうした思いが、時には怯えと不安を生じさせ、恐怖から今度は自分を守るために、他人を暴力で押さえつけたり、抹殺しようとする。だからこそ、そうした人の心を変える務めを、命を守る務めを、平和をもたらす務めを、私たち自身が神様から委ねられているように思うのです。
人の命を脅かす力、神様の救いの計画を阻む力は、なおも強く働いています。しかし、私たちは「私たちを試みにあわせず、悪からお救いください」と祈ることが赦されています。だからこそ、ヨセフがそうであったように、神様の守りの内に、私たちに託された責任と務めを果たせますように、と求めていきたいのです。
今年一年を振り返って見れば、物事が必ずしも予定した通りに、あるいは思った通りには、進まなかった年だったかもしれません。しかし、そこに神様の手が働いていたことも、また実感しています。私たちそれぞれが困難に陥ったときに、ヨセフのように色々な仕方で手を差し出して、私たちを支え導いてくれている人たちが、実は私たちの周りにいたし、今もいるのではないかと思うのです。
私たちもまた、神様の「善き力に守られて」きたことを感謝したいと思うのです。

2025年12月21日
主の降誕主日
「神、われらと
共にいます」
マタイによる福音書
1章18節 ~25節
アドべント・クランツの四本目のロウソクに火が灯りました。
このロウソクは「愛」を表すと云われています。この「愛」、ひとつには神様からすべての人に向けられた愛を指しますが、もうひとつは人と人の間にある愛をも意味しています。そして、クリスマスのこの季節に示される愛は、何よりもすべての人のためにこの地上に生まれた「神の子」イエス様の姿と云うことができます。イエス様を通して、神様の人々への愛が示され、またお互いを大切にし慈しみ合う、人と人の間にある愛が表されているからです。
さて、クリスマスの物語の中で、一つの愛の形として登場するのが、「聖家族」と呼ばれる、あの家族です。布にくるまれ飼い葉おけの中に寝かされた幼子のイエス様と母マリア、そしてその二人に寄り添うヨセフ。たとえば聖画に描かれたその姿は、温かで穏やかで、愛をあらわす家族の象徴であるかのようです。しかし、クリスマスの物語をよく読んでみるとき、マリアとヨセフという一組のカップルが、それぞれ突然自分たちの身に降りかかった出来事を前にして、悩みながらも一つの重大な責任を引き受けていったことが、浮き彫りになってきます。
今日の福音書の日課は、そのことをヨセフの側から描いています。
大工であったヨセフは、マリアという少女と婚約していました。当時のユダヤでは結婚するのが、十四~十五歳ぐらいだったそうですが、その婚約者のマリアが、結婚前に、「聖霊によって」妊娠をしていることをヨセフは知りました。ヨセフがどのようにそれを知ったのかはわかりません。もしかしたらマリア自身がそのことを告げたのかもしれません。ヨセフにとっては、自分には身に覚えのないことであるだけに、ひどく驚いたでしょう。いや驚くだけではなく、混乱したことでしょう。
「聖霊によって」こどもを身籠ったというが、そんなことがあるだろうか。ひょっとしたら、マリアが誰かから乱暴されたのか、それとも他の男と関係したのだろうか。だとしたら、それは律法に違反しているし、ことと次第によっては姦淫の罪に該当する。マリアの言い分を受け入れようにも、マリアを疑う気持ちがわいてきて、裏切られたのでは、という思いに捕らわれる。マリアをこんなに愛しているのに、今は絶望しか感じられないし、怒りと悲しみすら湧いてくる。
このときヨセフが、いろいろなことを考えたのは想像できます。ただ、彼は一時の激情に捕らわれて結論を出そうとはしませんでした。努めて冷静に考えて、突然身に降りかかった事態をともかくも収拾しようとしました。
ヨセフのことを福音書は、「彼は正しい人であった」と書いています。「正しい人」、つまり神様からみて「善い」とされるような生き方をしている人という意味でしょうか。それは、彼が律法に忠実で宗教的に厳格であったというよりも、むしろ実直で誠実で、思いやりのある人であった、という意味で理解していいのかもしれません。マリアの、結婚によらない妊娠を公にして離縁した場合、下手をすればマリアは姦淫の罪で死刑になりかねません。ヨセフは、マリアを愛していたのでしょう。彼は、マリアを「ひそかに」離縁しようと考えました。「マリアを晒し者にしたくなかったので」、二人の証人に立ち会ってもらい、離縁状と手切れ金を与えるやり方で、彼は密かに事を進めようと「決心」するのです。
ただ彼は煩悶します。マリアへの思いと人情からいえば、「密かに」離縁した方が、マリアにとって良いのではないか、今の状況ではまだましな決定ではないか、そう思いながらも、本当にそれが「正しい」選択なのか、神様の示す生き方に「ふさわしい」あり方なのか。自分の一旦は下した決断に葛藤を覚えた、としても不思議ではありません。その悶々とした葛藤を抱え、おそらくは眠れない夜を過ごしていたヨセフの前に、神様の使いが現れたのです。
ヨセフは夢を見ました。その夢の中で、神様の使いは彼にこう告げました。「ダビデの子、ヨセフよ。お前の(婚約者)妻マリアを受け入れることを恐れるな。なぜなら、彼女の妊娠は、聖霊によるものだからだ。彼女は男の子を生むであろう。お前はその子をイエスと名づけるだろう。なぜなら、彼こそが、彼の民をそのもろもろの罪から救うからである」。そして、こうも続けます。「それらのことは預言者を通して明らかにされている。『見よ、おとめがみごもって男の子を生む。その名はインマヌエル(神は我々と共におられる)と呼ばれる。』」と。
目を覚ましたヨセフがこの夢をどのように理解したのかは、物語の中には記されてはいません。ただ、彼はそれまで彼が考えていたことを覆します。そして、マリアを妻として迎え入れていきました。彼女がみごもったこどもと共に。
ここで私たちに推測できるのは、ヨセフは、マリアの妊娠が明らかになった時から、何が神様の求める「正しさ」なのか、その問いに真剣に向き合っていたということです。ひょっとすると彼の中ではすでに、答えが出ていたのかもしれません。「お腹の中にいる胎児と一緒に、マリアを離縁することは、正しい答えではない。こどもの命が失われてしまうことは、神様の前に正しいことではない」と。心の奥底では選ぶべき道は見えているのに、なかなか踏ん切りがつかなかった、とも云えます。
いくら隠したところで、婚礼前のマリアの妊娠はわかることですから、もしも彼が、マリアと約束通り結婚したとして、周囲の人間はなんて云うだろうか、親戚はどう思うだろうか、村の人たちは何と云うだろうか、考えないわけにはいきません。受け入れてくれるだろうか、非難されないだろうか、自分が何と言われてもいいけれども、マリアがつらい思いをしないだろうか。いや、それ以上に心配なことは、自分はその生まれてくるこどもを、自分のこどもとして受け入れて育てられるだろうか、そのこどもの父親になることはできるだろうか、云々。
マリアと結婚することで負うリスクはいくつも考えられます、とすれば、たとえ「神様の前での正しい選択」を思いついていたとしても、ヨセフが躊躇して、葛藤したことは理解できます。ある意味では、このときの彼は、助言してくれる人を必要としていたとも云えます。「マリアを離縁しないで結婚する、そのお前の決断は正しい」という助言をしてくれる人を。
夢に現れた神様のみ使いの言葉は、実に、ヨセフのそうした思いを後押ししたのではないでしょうか。
ヨセフの決断を後押ししたキーワード、それは「インマヌエル」、「神われらと共に」であったと云えます。
彼は、「神様が私たちと共にいてくださる」という言葉を、何よりも自分に向けられた言葉として受け止めました。そして、おそらくはマリアとの結婚によって生じるより困難な道を、神様が承認し、神様が共に歩んでくださる、と信じていったのです。それはまた、体面や周囲の視線に惑わされることなく、彼自身の心の奥底にある良心の決定に従うものでした。だから、彼は、周囲からの非難が予想されるにもかかわらず、「恐れずに」マリアを妻として迎えていったのです。マリアの胎内に宿っているこどもが「聖霊による」のだということを信じて、その「救い主」であるこどもの命を守り、その子を自分の子として受け入れ、育てていく決心をしていったのです。彼は、神様から託された責任に応えようとしていったのです。
ここで注目したいのは、ヨセフが「神様が私たちと共にいてくださる」と信じることで、彼自身もまた、「わたしもまた神様と共にいる」という人生を選び取っていったということです。「わたしもまた神様の傍を離れません」と、一歩歩み出していったということなのです。
「責任とは、他者から押し付けられるものではなく、自ら引き受けていくものだ」という言葉があります。ヨセフは、彼自身の責任を主体的に引き受けていったのです。それがヨセフのマリアを愛する姿だと思うのです。
イエス様の養い親になるヨセフは、クリスマスの物語の中にしか、姿を現わしません。何か影の薄い存在のようでもあります。しかし、彼は、一連のクリスマス物語の中で、大変に重要な役割を担っていきました。それは、年若い母マリアと生まれた赤ん坊のイエス様の命を守るというものでした。
ルカ福音書によれば、出産を間近に控えての住民登録のための長旅と、旅先での出産がありました。マタイ福音書が伝えるところでは、イエス様の命を狙うヘロデ王の追手から逃れるためのエジプトへの避難の旅がありました。おそらくヨセフがいなければ、ヘロデ王という「この世の力」の前に、赤ん坊のイエス様の命はなかったかもしれません。また、ナザレに戻ってからは、ヨセフは、文字通りイエス様と母親のマリア、イエス様の兄弟たちを養っていきました。イエス様は彼ヨセフのもとで、やはり大工として修業をして、洗礼者ヨハネから洗礼を受ける三十歳の時まで、ナザレで暮らしていくのです。
聖霊によって身籠ったマリアを、受け入れ、娶るというヨセフの責任ある決断は、この世に現れた「救い主」を守り育てる、その大きな役割を引き受けていく第一歩でした。
私たちが何かを決断しようとする時、迷ったり、それが間違った決断ではないだろうかと悩むことがあるでしょう。だとすればなおさら、そこでその決断の前で、ヨセフのように率直に自分の心と向き合うこと、また神様の求める「正しさ」が何かを聞いていくことが必要なのではないでしょうか。悩みながらも祈り、求め、体面や面子ではなく、神様の判断に聞いていくことが大切です。そうして選び取っていく決断の一つ一つを、神様は祝福してくださる。そしてその決断をする一人一人と「共にいてくださる」のです。その信頼の上でなされた決断こそが、「私もまた神様と共にいます。あなたの傍にいます」という、神様への応答にもなるのです。
「わたしは、あなたと共にいるよ。」
クリスマスの物語の中で、この言葉は様々な愛の姿で響いています。神様からヨセフやマリアに向けた言葉として、またヨセフやマリアからの神様への応答として、あるいは、ヨセフやマリアがお互いに向けたまなざしであり、また生まれた幼子イエス様を包む彼らの抱擁として、その愛は表されています。そして、なによりも、この物語全体として、神様が私たちすべてに向けたメッセージとして、その愛は語られています。
「わたしは、あなたと共にいるよ。」
クリスマスの愛の物語を聞きましょう。クリスマスの大きな喜びと恵みが、皆さんと共に在りますように。

2025年12月14日
待降節第3主日
「キリストの時」
マタイによる福音書
11章2節 ~11節
待降節第三主日のアドベンツクランツのロウソクは、「喜び」を意味するといいます。イエス様が二千年前、一人の幼子としてこの地上に姿を現したことは、なによりの喜びの訪れです。
私たちは未来への、今日と明日への喜びを持って、主の降誕をお祝いしましょう。そして、主の再臨を待ち望み、そのための備えを続けたいと思うのです。
「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、他の方を待たなければなりませんか。」
今日の福音書の日課は、洗礼者ヨハネの、イエス様へのひとつの問いから始まります。
洗礼者ヨハネは、荒野で預言をし、救いを求める人々に洗礼を施しながら、長い間救い主・キリストの出現を待っていました。「聖霊と火」で人々に洗礼を授け、「手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」お方を待っていたのです。
おそらく彼は、ヨルダン川でイエス様に洗礼を施した時のことを、強い印象を持って覚えていたと思います。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたがわたしのところに来られたのですか」とイエス様に向かって云ったことを。その言葉からは、彼がイエス様に出会って、「やっと求めていたお方が、救い主・キリストが現れた」という思いを抱いたことが伝わってきます。
それゆえに、洗礼者ヨハネは、その後のイエス様の活動に、関心と期待を持って注目していたことでしょう。
洗礼者ヨハネ自身は、イエス様との出会いからしばらくして、当時のユダヤ地方の支配者である領主ヘロデ王を批判した(それも彼の結婚という個人的な事柄を批判した)罪で、捕らえられ、投獄されてしまいました。その獄中で、人づてに聞こえてくるイエス様の活動は、しかし必ずしもヨハネの期待通りではなかったようでした。それゆえに、彼はイエス様の所に人を遣って、確かめようとしたのです。
「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、他の方を待たなければなりませんか」と。
この問いかけの言葉に、洗礼者ヨハネの、その時の焦る思いが見て取れます。自分は、どれほど長く監獄に閉じ込められるのか。彼の運命は、ただ、領主であるヘロデの思惑にかかっていました。獄中で体を悪くして、死ぬかもしれないし、悪くすれば(首を切られて)死刑になるかもしれません。彼は、自分の体力が衰えるのを感じながら、神様から与えられた自分の使命、救い主・キリストの到来を予告し、人々に悔い改めを勧めるその使命を振り返ったのかもしれません。
そのさなかに、イエス様の活動について聞き及び、それはヨハネが想像し、待ち望んでいた救い主・キリストのあり方とは、だいぶ異なった印象を受けたのかもしれません。キリストであるお方が現れたら、一度に一切のことが変化するはずだ。人々が待ち望んでいた神の裁きと正義の実現が、すみやかになされるに違いない。ヨハネは、そう思っていたのではないでしょうか。しかし、聞こえてくるのは、「ナザレのイエス」が人を集めて話をしたり、癒やしの奇跡を行ったりしていることであって、そこには劇的な変化も、神の裁きも正義の実現も、目にみえるかたちでまだ起きていません。
自分がナザレから来たイエスに出会った時、「この方こそ、来るべきキリスト」だと思ったのは、間違いだったのか。しかし自分は確かに、この方の上に神の霊が降りたのを、この目で見た。それは彼が聖霊によって人々に洗礼を授ける、救い主・キリストであることのしるしだったはずだ。もしそうならば、彼は何をしているのだ。神の裁きと悔い改めた人々の救いの時は、いったいいつ来るのか。
洗礼者ヨハネは、「私の使命は果たして実を結ぶのだろうか」、「私の働きは無駄ではなかったか」と確かめたかったのかもしれません。だから彼は、イエス様に「本当にあなたに期待してもよいのですか」と問いただしたのかもしれません。
あるいは、ヨハネはイエス様に「まだ自分たちは忍耐をもって、あなたが最後の裁きを始めるまで待つべきなのでしょうか」と尋ねたかったのかもしれません。イエス様の行う業と癒しの奇跡を、「来るべき方、救い主」のしるしだと信じつつも、早く神の裁きと救いの時が来て欲しい、できれば自分の命あるうちにそれを見たい、という思いから、「いつまで辛抱すればいいのですか」と問うたのではないでしょうか。
「行って、見聞きしていることをヨハネに告げなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は歩き、死者は生き返り、貧しい人に福音を告げ知らされている。」
それが、ヨハネの問いに対するイエス様の答えでした。イエス様は、旧約聖書の言葉、イザヤ書の預言や詩篇にある言葉を用いて、自分が行う業の一つ一つが、福音を告げ知らせる教えの一つ一つが、救いの始まりだと告げるのです。ただ、それはヨハネや多くの人々が期待していたような仕方とは違っていることも、イエス様にはわかっていました。だからこう付け加えるのです。「わたしにつまずかない人は幸いである」と。
確かにそれは、明確な「裁き」、「罰せられる者」と「祝福を受ける者」を峻別していくような「裁き」ではありません。また、神様の正義と公正が、直ちにこの世界を根底から覆すのでもありません。旧約聖書の預言者が語るような、天地を揺るがす壮大な変化が起きるわけではないのです。
しかし、イエス様の行った癒やしの業、語られた福音の教えを通して、確かに、そこに神様の力が働いているとしか思えない出来事が起こっていくのです。そして、それによって救われる人が一人、また一人と起こされていくのです。神様の救いは、イエス様の業の中に、確実に現れている。イエス様の起こした数々の奇跡は、そのしるしです。
イエス様の応えた言葉にはそのような「安心しなさい。信頼を持って待ちなさい」という、喜ばしい調子が感じられます。喜びの訪れは始まっている。だから「喜んでいいのだ。期待していいのだ。」そうイエス様は語っているかのようです。
期待を持って待つ。今日の日課は、そのことを伝えています。
ヨハネの弟子たちが帰った後で、イエス様は、群衆に洗礼者ヨハネのことを改めて語りました。
「では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ。言っておく。預言者以上の者である。『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの前に道を準備させよう』 と書いてあるのは、この人のことだ。」
洗礼者ヨハネは、預言者であり、旧約聖書に予告されていた「エリア」の再来であると。再来するエリアは、救い主・メシア(キリスト)に先立って「道を準備させる」「使者」を意味します。そしてこう述べています。「すべての預言者と律法が預言したのは、ヨハネの時までである」。つまり、洗礼者ヨハネが登場したことで、旧約聖書の時は終わり、救い主・キリストが登場したことを告げているのです。キリストの時が始まっていることを告げているのです。
「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、他の方を待たなければなりませんか。」
洗礼者ヨハネの問いに対する答えとして、「わたしが来た」と応えているのです。今、私たちは、キリストの時に生きているのです。再び来られるキリストを待ちながら。
しかし、注意しなければならないことがあります。イエス様が再び来られることを約束してから二千年、歴史の中では多くの人々が、その「天の国」の実現を待っていました。自分たちこそ救われ、「天の国」に入る資格があると信じる人たちの中には、、自らの力で、最後の審判の時を引き寄せようとする人々も現れました。「あなたが来られないなら、私たちが始めます」とでもいうように。また中には、「自分こそがその再臨のイエスだ」と主張して、神に成り代わって、手前勝手な正義を吹聴し、人を惑わせたり、救いを求める人々の心につけ込む者も、後を絶ちません。
「彼(洗礼者ヨハネ)活動し始めたときから今に至るまで、天の国は力ずくで襲われており、激しく襲うものがそれを奪い取ろうとしている。」
ただ、たびたびここでもお話ししたように、最後の裁きとイエス様が再び来られることがいつなのかはわからないと聖書は語っています。忘れてならない一つのことは、このキリストの時、つまりイエス様の生きていた時代から今日に至るまで、イエス様が始められた救いの業は、その時代々々の中で、人々を苦しめる貧困や病い、差別、暴力などを解決しようとする試みとして、今もなお受け継がれ続けているということです。
「虐げられている人のために裁きをし/餓えている人にパンをお与えになる。//主は捕らわれ人を解き放ち、/主は見えない人の目を開き、/主はうずくまっている人を起こされる。//主は従う人を愛し/主は寄留の民を守り/みなしごややもめを励まされる。」(詩編146篇7~9節)
「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いたときに飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。」(マタイ25章5節)
それらの働きは、小さなものかもしれません。しかし、大切なのは、すぐに目に見える変化が起こらないからといって、落胆するのではなく、ひとつひとつの救いが実現していく出来事の中に、神様の、この世界全体に及ぶ救いの始まりがあるということを、疑わずに、焦らずに、信じて、期待し続けることです。イエス様の始められた救いの業と教え、福音、喜びの訪れは、そうした働きを通して、この世界に広がっていくのです。その一つ一つの働きに丁寧に目を止める時、私たちは、そこに神様の救いが始まっていることに、確かに気付くことができます。
だから、このキリストのときに生きる私たちは、預言者イザヤの言葉を聞きたいと思うのです。「弱った手に力を込め、よろめく膝を強くせよ。/心おののく人々に言え。/雄々しくあれ、恐れるな。」「神は来てあなたたちを救う」と。 (イザヤ書35章3~4節)。

2025年12月7日
待降節第2主日
「道を備えよ」
マタイによる福音書
3章1節 ~12節
「そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、 『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言った。」
洗礼者ヨハネは、福音書の中で、イエス・キリストの登場に先立って出てくる、いわば“露払い”、つまり先触れとして描かれています。旧約聖書の預言者であるイザヤとマラキが、かつて預言した神様の使者、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と荒野に呼ばわり、道を整える者です。
荒野、それは人里離れた原野を指しています。それは、旧約聖書の叙述に光を当ててみれば、たとえばモーセが荒野で神様と出会い、神様に導かれていったように、神様と出会う場所を指します。洗礼者ヨハネは、「ラクダの毛衣を着て、腰に帯びをしめ、イナゴと野蜜を食べ物と」していました。一見すると彼は、この世の生活、俗世を捨てて、人里を離れて隠遁生活を送っていたようにも思えますが、そうではなくて、むしろ、彼は神様と出会い、その声を聞こうとして、人々の喧噪を避けて、荒野に住んだと言えます。
その荒野で、ヨハネが行っていたのは、「罪の赦しにいたる悔い改めの洗礼」、それは人々に悔い改めを迫るものでした。
この時、洗礼者ヨハネのところには、「エルサレムとユダヤ全土から、またヨルダン川の地方一帯から」たくさんの人々が、やってきたと、聖書には記されています。彼らは、罪を告白し、来るべき神様の裁きから赦されることを求め、悔い改めのしるしとしての洗礼を受けようとして、洗礼者の住む荒野までやって来たのです。
さて、ここで聖書は、洗礼を受けに来た人々の中に、ファリサイ派やサドカイ派と呼ばれる宗教指導者たちもいたことに触れています。なぜ彼らが、わざわざ洗礼を受けようと思ったのか、日課の記述だけでは判りませんが、彼らなりに、「身を浄めるために」名の通った「聖者」のところに出かけてきたのかもしれません。荒野まで来るくらいですから、彼らは真面目だったのかもしれませんが、しかし、彼らに対する洗礼者ヨハネの言葉は、特に厳しく恐ろしいものでした。
「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、誰が教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。自分たちはアブラハムの子孫だ。だから救われるなどと間違えても思うな。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」だろう、と。
ファリサイ派もサドカイ派の人々も、本来は人々を救いへと導くべき指導的な立場にありました。それだけに、洗礼者は、彼らの悔い改めがうわべだけのものでしかないかどうかを、厳しく問うていたわけです。社会的・宗教的指導者たちだからこそ、より真剣に、真摯に神様の前に謙虚になり、悔い改めることが求められていたのです。悔い改めとは、心の中で思うだけでなく、「ふさわしい実を結」ぶような行動にあらわされなければならないからです。
言い換えれば、彼の言葉の厳しさは、裁かれることへの警告の言葉であると同時に、人々が等しく救われることへの、熱心さゆえの激しい言葉であるということです。それは、洗礼者ヨハネが、人々に対する神様の愛を、神様が人々を本当に大切に思う気持ちを、今このときに、伝えたいがための、熱意からの叫びだったということです。
ある意味、彼自身が、悔い改めの必要性を十分すぎるくらい実感していたからかもしれません。そして、何よりも神様がその悔い改めに対して応えてくださることへの信頼があるからでした。だから、彼は荒野で人々に向かって叫ぶのです。「悔い改めよ。天の国は近づいた」と、人々が神様の愛へとたちかえることを求めて叫んでいくのです。
「悔い改めよ。天の国は近づいた」
悔い改め、それは方向転換を意味します。ある聖書学者は、これを「低身に立って見直す」と翻訳しました。自分の立ち位置を変えて、低い場所からすべてを見直してみるとの意味です。
聖書が語る「罪」とは、もともとの意味からいえば、「的外れ」と言い換えることもできます。つまり、この場合の悔い改めるとは、外れてしまった生き方、心の向き、目線の向きを神様の方に変えること、自分の姿勢と生き方を神様の示す方向に変えることを意味するものです。
そして、ヨハネにとっては、この悔い改めが、やがて到来する「主なる神」の道筋(大路)を整えることの意味なのです。
日課に引用されている預言者イザヤの言葉には、続きがあります。「谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。/険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。」(イザヤ40章4節)
ここで預言者が語っている「山や丘、谷」は、神様の到来を妨げようとするもの、あるいは人が神様と出会う機会を妨げる存在を意味します。険しい山や谷が、交通を妨げ、人の行く手を阻むのと同じように、人が神様と出会うことを阻もうとする何らかの存在が、人と神様との間には、横たわっているといえます。
ある人は、この「山や丘、谷」という存在を、人間の陥っている「悲惨さ、不自由、貧困、無知」、または、「力(権力・暴力)、富、知識」であるといいます。「虚偽や、罪責や、自分の手で作り出したものや、自己愛に自分を引き込む落とし穴」であるとも語っています。「悲惨さ、不自由、貧困、無知」は、他者の状況を顧みる余裕を人から失わせます。「力(権力・暴力)、富、知識」は、人を高慢にさせたり、傲慢さを生み出します。先入観や偏見、思い込み、自分への過信は、人と人の関係を一方的なものにしたり、あるいは抑圧する関係にしてしまうことがあります。
それら一切は、人が神様と出会いたいと思うときに、それを邪魔する存在です。いや神様とだけでなく、人が人と出会うことを阻むものでもあります。もちろん、「救い主」は、自ら到来すると聖書にはありますが、だからこそ、人が高慢になったり、歪んだ自己愛に落ちったりすることで、人が「救い主」の到来を認識しないこと、気づかずにいるということが起こるのです。人が実は、「山や丘、谷」を知らず知らずに自分たちで築き上げていることによって。
それだからこそ、人は、「悔い改めて」、自分たちの内なる「高い山と丘は低くされ」なければならず、自分たちの周囲にある「深い谷は高くされ」なければならないのです。自分の姿勢と生き方を神様の示す方向に変えることをしなければならないのです。
「悔い改めよ。天の国は近づいた」
「悔い改め」、それはまた内面的な反省や洞察といったものにとどまりません。具体的に人と人の間での関係を変えることであり、人と人の心を通わすことにつながるものです。
中南米ニカラグアのソレンチナーメという漁村の教会(共同体)の人々は、このヨハネについて書かれた預言の言葉、「荒野に呼ばわる者の声がする。山は低くされ、谷は埋められる」を、社会的な平等が訪れる言葉として読みました。人々の生活の格差、社会的な階級や階層の格差、不平等がなくなっていくこと、それが「山が低くされ、谷が埋められていくこと」だと理解するのです。それは。確かにそうかもしれません。世界的な規模でも、また日本国内を見ても、「山は低くされ、谷は埋められ」なければならないでしょう。あるいは、それはまた、人と人を隔てる意識や価値観の差や広がりの距離、ギャップといった「山や谷」を平らにしたり、埋め戻していくことをも指すのかもしれません。
悔い改めとは、生き方を変えて「生き直す」ことの準備であり、自分の中にある、あるいは自分の身の回りにある「山と丘、谷」を低くし、または埋めていくことです。そして、これから進むべき道筋を、見極めて行く、目標を定めて行くことなのです。
ヨハネが人々に施した洗礼は、神様に向けて生き方を変えるという決心の「しるし」でした。そして、イエス様が施す聖霊による洗礼は、神様が「生き直そう」とするその人の思いを、「義(ただ)しいこと」として受けとめた約束の証なのです。
ヨハネは、善き知らせを告げます。ただしそれは予告編としての知らせです。洗礼者ヨハネの言葉は、福音そのものではないわけです。彼はいいます。「私の後から私よりも力のある方がおいでになる。私は、その方の履物の紐をかがんで解くほどの資格もない。私はあなたがたに水で洗礼を施したが、その方はあなたがたに聖霊で洗礼を施すだろう」と。福音を告げ知らせる者の到来を予告する、洗礼者ヨハネの叫び。
「悔い改めよ。天の国は近づいた。」
待降節第二週を迎えて、アドヴェント・クランツの二本目のロウソクに火が灯されました。このロウソクは平和を意味します。
平和とは、私とあなた、そしてすべての人の上に、平安が訪れることです。その平安は、なによりも一人一人の身体の安全と安心が保障されていくということです。その生活と権利、自由と尊厳とが保障されているということです。
確かに、今の私たちを取り巻く世界は、平和とは言えない状況にあります。人々の所有欲や支配欲といった欲望が、憎悪や恐れと云った感情が、人を神様から遠ざけ、人々を引き裂きます。他人への無関心や鈍感さもまた「山と谷」として存在しています。人と人を隔てる意識や価値観の差や広がりの距離があります。そうした人と人を隔てる「山や谷」を平らにしたり、埋め戻していくことが必要です。この世界に存在する戦争や内戦、社会的な格差、性別や民族による不当な差別や不平等、貧困や暴力によって苦しむ人たちが、いなくなっていくことが求められます。
だからこそ、私たちは、毎年、待降節にロウソクの火が灯される度ごとに、希望や平和について考え、思いを新たにする必要があるのです。
クリスマスとは、この世界に私たちの救い主イエス・キリストが誕生したことを覚える日です。神様の愛がこの世界に、イエス様という形をとって現れたことを覚える日です。
救い主であるイエス様は、すでにこの世界に人として、存在したのです。神様の愛は、福音は、すでに存在しているのです。それゆえにこそ、私たちは、イエス様と出会い、神様の平和が実現するために、「悔い改めよ。天の国は近づいた。」という洗礼者ヨハネの声を聞く者でありたいし、神様の愛と平和の予告に促されて生きる者でありたいのです。
「心の向きを変えて、悔い改めよ、それが主イエスの降臨に備え、主の道を整えることである。」という洗礼者ヨハネの言葉は、この現代の世界に響いてきます。
2020年8月2日 (平和主日)
「平和の基」
ヨハネによる福音書
15章9節~12節
イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。
ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。
その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。
イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。
イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。
「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」
それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。
あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」
人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。
イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。
「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」
それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。
しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。
もちろん、注意しなければならないことはあります。
「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。
最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。
と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。
「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。
「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」
日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。
「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。
「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」
この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。
私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。
それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。
なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。
日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。
昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。
そこでは、次のような祈りがささげられました。
「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」
「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」
「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」
「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」
「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」
「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」
「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」
「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」
「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。
平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。
人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。
「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン
2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)
「天の国の実現」
マタイによる福音書
13章31節~33節
+44節~50節
イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。
私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。
イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。
先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています
「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。
からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。
讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。
「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」
球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。
からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。
次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。
「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。
パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。
パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。
「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。
また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。
「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。
もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。
そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。
もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。
44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。
二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。
つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。
イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。
現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。
しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。
「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。
日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。
「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。
2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)
「生き直すということ」
マタイによる福音書
11章28節~30節
人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。
競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。
行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。
生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。
「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。
今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。
軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。
ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。
つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。
ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。
「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。
旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。
ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。
イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。
本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。
イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。
と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。
「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。
それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。
それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。
あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。
またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。
イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。
「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。
この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。
生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。
だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。
だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。
2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)
「あなたが花束」
マタイによる福音書
10章40節~42節
「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。
歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。
「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。
それは、その相手を励ましたいからです。
「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。
歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。
歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。
「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。
「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。
その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。
歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。
そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。
「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。
この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。
いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。
自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。
そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。
「あなたが花束」になっていくのです。
「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。
今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。
ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。
そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。
「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)
「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。
「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)
この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。
弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。
二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。
使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。
「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。
パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。
福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。
もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。
たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。
生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。
弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。
教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。
それが、弟子の使命です。
どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。
2020年1月26日
「天の国は近づいた」
マタイによる福音書4章12~18節
韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。
共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか
共に平和をつくり 共に生きる その町で
平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら
貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で
平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で
私たちの労働が お祭りになる その日に向かって
共に生きる町 小さくても 美しい町
共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか
教えてください 教えてください 共に生きる町を
詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。
その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。
この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。
一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。
と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。
この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。
八〇年代、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。
このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。
「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。
明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。
勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの
かもしれません。
いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。
「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」
その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」
イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。
「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。
ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。
具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。
不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。
それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。
悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。
この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。
私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。
大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。
それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。
それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。
確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。
「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。
「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。
「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います
(2020年1月26日)