
日本福音ルーテル豊中教会
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礼拝メッセージ
(当分の間、毎週更新します)

2026年4月19日
復活節第3主日
「心が燃えて」
ルカによる福音書
24章13節 ~35節
何の前触れもなしに、「記憶」が蘇えると云う体験をしたことはないでしょうか。ある人が「記憶」についてこのように書いています。「『記憶』が、―あるいは記憶に媒介された出来事が―『私』の意思とは無関係に、わたしにやって来る。」「そして、(過去の)出来事は記憶のなかでいまも、生々しい現実を生きている」と。
実は、私もそうした体験をしました。昨日のことです。
エルスベート・ストロームさんという宣教師がいました。彼女は、日本に三十一年間滞在され、その内の二十一年間を大阪市の西成区にある「釜ヶ崎」地域と、隣接する山王地域で働かれました。そして、山王地域では託児所の「西成ベビーセンター(現山王こどもセンター)」と、釜ヶ崎地域ではアルコール依存症の患者のための回復施設「喜望の家」を設立しました。また、釜ヶ崎で活動を始めていたキリスト教の施設や諸団体に呼び掛けて、「釜ヶ崎協友会」(現在の釜ヶ崎キリスト教協友会)という、エキュメニカル(超教派)なネットワークを組織しました。そして釜ヶ崎地域にある日雇い労働者の組合とも連携して、今日に至る地域での社会的な活動を始めました。彼女は、1982年に引退して帰国され、2022年、百歳の誕生日を迎えて、しばらくしてから亡くなりました。
一昨年、ストロームさんの姪御さんが、ストロームさんが働いていた釜ヶ崎を見てみたいと希望されている旨、ドイツの知人から連絡を受け、昨年末になって、ようやくその姪御さんが来日される日程が決まり、喜望の家と山王こどもセンターでお迎えすることになりました。そして昨日、ドイツから二人の女性、その内の一人はストロームさんの姪御さん、もう一人は、ストロームさんが最後に入居されていた老人ホームで、ストロームさんが亡くなるまでケアを担当されていたスタッフの方が、釜ヶ崎の喜望の家を訪ねて来られました。
その場にはストロームさんと面識のあった関係者が何人か集まり、午前中を喜望の家で、午後からはこどもセンターで、懇談のときを持ちました。生前のストロームさんの写真や資料を見ながら、それぞれが「思い出」などを語り合ったわけですが、興味深かったのは、ドイツから来た人たちと日本の私たちがそれぞれに知るストロームさんの断片的な印象がつながっていく中で、ストロームさんの生きた痕跡・証がより鮮明になっていったことでした。ストロームさんの家族しか知りえない話を聞くのは、日本にいる私たちにとっては貴重な体験でしたし、特にドイツの家族・関係者にとっては、話でしか聞いていなかった釜ヶ崎でのストロームさんの具体的な活動が、彼女が日本を離れてドイツに帰国してからも、四十年にわたって、「後継者たちに」よって続けられていることを目にすることができたのは、大きな感動であったし改めて誇らしい気持ちになったそうです。
その時に私が感じたのは、「記憶」が、それこそ、フッと頭の中に印象として、突然に思い浮かんでくるということでした。姪御さんが話すストロームさんのエピソードを聞きながら、何度もストロームさんの姿が思い浮かび、それと同時に、ストロームさんと出会った場所、交わした言葉、その時に感じた感覚などが、甦って来たのです。どんなことがあったのかを「物語」として話す前に、「記憶」が感覚を伴って「瞬間的に」やって来るのです。そうした「記憶」の中には、懐かしさだけではなくて、緊張感やほろ苦さを感じたものもあります。たとえば、ストロームさんと私が、お互いに考えていることが理解し合えず、言い合いになった時の光景が頭をよぎります。その時に感じた後味の悪さや歯痒さ、もどかしさや「言わなければよかった」と云う後悔は、まさに「(過去の)出来事は記憶のなかで今も、生々しい現実」であるのです。
と同時に、私が、ストロームさんから知らず知らずのうちに受けた影響も、「生き生きとした現実」として甦ってきました。その影響が今の仕事につながっていることを思わされましたし、また改めて、彼女が何を想い、この日本で今も続いている仕事を始めたのかを、また私がストロームさんから何を引き継いできたのかを、静かに、じっくりと、「心燃やされながら」、考える時間を持つことができたと思います。
今日の日課、ルカによる福音書24章13節以下に記された物語は、二人の弟子が復活されたイエス様と出会うことで、彼らの大切な記憶を呼び覚まされ、励まされたというお話です。
それは、「ちょうどこの日」、つまり、イエス様が復活して女性たちの前に姿を現した当日に起こりました。二人の弟子は、エマオに行く前に、「イエスは生きておられる」という証言を耳にしています。そのことに驚きつつも、彼らはまだその証言の内容を理解できていません。理解と云うよりも、何が起きたのかが腑に落ちてはいない様子です。墓から遺体が消えたという知らせに困惑しています。彼らはまだイエス様が復活されたことを、現実として受け止めることができていません。「弟子は暗い顔をして立ち止まった」と云う表現に、そのことが現れています。ただ、彼らは、「イエスは生きておられる」という証言を、否定しきってもいません。そこには、結論を出すことへの保留があります。彼らの心の揺れ、半信半疑な状態が、浮かび上がってきます。そして、そうした彼らの心の動きが、彼らの目を曇らせています。
人が大きな悲しみや失意、あるいは不安や困惑の内にあるとき、その人は時として、目の前の出来事に気づかずにいることがあります。ほんの数日間の思いもかけない展開は、弟子たちに(この二人にも)、大きな衝撃を与えました。彼らはまだその衝撃から立ち直ることができていません。彼らの失意と喪失感は、癒えてはいないのです。だから彼らは、目の前にいる復活されたイエス様を認めることができないでいたのです。
考えてみれば、二人の弟子たちは、イエス様の福音宣教について、そして逮捕され、「苦しみを受け」、十字架で処刑されたこと、葬られた三日後に「復活」されたらしいことを、「話し合い論じ合って」はいます。また彼らは、「見知らぬ旅人」に、エルサレムで何があったのかを、いわば事実を整理して話すことはしています。でも、彼らは、イエス様の受難と十字架上の死と、そして復活の出来事が示している意味を、自分の事としては捉えることが出来ていません。それを可能にしたのは、先ず、旅人の姿で現れたイエス様による聖書の解き明かしでした。
二人の弟子たちは、見知らぬ旅人(実は復活されたイエス様)から聖書の解き明かしを受けることで、生前のイエス様から教えてもらった言葉を、そして同時に、イエス様から教えを受けたときの場面を、また気持ちや感覚を思い出したのではないでしょうか。言い換えれば、弟子たちとイエス様との交流の記憶が、甦ってきたに違いないということです。弟子たちの一人ひとりが、イエス様と個人的な出会いをしていたはずです。自分の思いを伝え、イエス様に聞いてもらいながら、イエス様から言葉をかけられた。笑いあい、また時には自分の至らなさを叱られたり、悲しんでいるときには慰められ、涙を流したかもしれません。
見知らぬ人から聖書の解き明かしを聞くことで、弟子たちは、そのイエス様との交流の記憶を揺さぶられたのではないでしょうか。弟子たちは「心が燃えた」、と聖書に書かれています。それは、イエス様との出会いとふれあいの「(過去の)出来事」が、彼らの「記憶のなかで今も、生々しい現実として生きて」いて、それが彼らの「心を燃やさせた」のです。
そして、ここでもう一つのイエス様との交流の記憶、食事の、食卓の記憶が引き起こされていきました。「心を燃やされた」からこそ、二人の弟子たちは、先を急いでいる様子のその見知らぬ人を引き留め、食事を勧めました。面白いことに、見知らぬ旅人は、招かれた者でありながら、食卓では自らが主人(ホスト)として振る舞っています。彼は、「パンを取って、賛美の祈りを唱え、パンを裂いて(弟子たちに)渡した」のです。そして、その姿から二人の弟子たちは、「目が開け」、その人がイエス・キリストであることに気づくのです。
生前、イエス様がいつも食事を共にすることで、弟子たちを労い、弟子たちとお互いを認めあって、心を通わせられたこと、そしてその度に、弟子たちの心が熱く燃えたこと。その体験と感動が、「記憶」によって、今現在の出来事として感じられた時、弟子たちは、目の前の旅人がまぎれもないイエス様本人であることを悟るのです。それと同時に、墓に行った女性たちや他の弟子たちが語っていた、イエス様が復活されたという証言が、彼らにとっても現実のこととなっていったのです。
エマオへの旅の途中で二人の弟子たちが体験したのは、復活されたイエス様との再会ということだけではなく、彼らがイエス様と過ごした「過去」の出来事が、彼らの記憶の中で、活き活きとした現実として生き続けていることの発見でした。彼らは(復活したイエス様による)聖書の解き明かしと共同の食事によって、そのことを改めて認識することができたのです。
それは、現代に生きる私たちにとってもまた、同じく大切なことです。私たち一人ひとりが、イエス様のことを知り、聖書を読むことでイエス様と出会い、イエス様の言葉とわざに慰められたり、励まされた体験があるはずです。また、辛い時間を過ごして希望を見失ってしまった時、人との様々な出会いや関わり、語らいや執り成しの祈り、共にする食卓での交わりを通して、癒され慰められ、励まされ、また力づけられたという経験を持っているはずです。私たちの一人ひとりが、「誰かが自分の存在を喜んでくれている」という、そんな体験を持っているはずです。
それはとりもなおさず、私が、あなたが、復活のキリストと出会っているということです。心の交流の記憶を通して、その記憶を思い起こすことで、イエス・キリストは常に私たちに近づき、一緒に道のりを歩き、働きかけておられます。
復活のキリストは、実に、今も私たちに出会っているのです。信仰によって人が目的を見出し、新しい関係に生かされていくとき、「心が燃やされて」、生命と魂が活き活きとさせられていくとき、人は、復活のイエス・キリストと確かに出会っているのです。またこうもいえます。聖書の語る言葉の真実は、時として私たちには隠されています。ただ、出来事としての体験が、自分が体験した何かが、聖書の理解を豊かにしてくれます。隠されていた真実が、明らかにされるのです。聖書の言葉を通して、聖餐や共にいただく食事の交流を通して、私たちの心が躍るとき、私たちはキリストとの出会いを体験しているのです。ちょうどエマオで二人の弟子たちが体験したように。
主イエス・キリストは生きておられます。主は死から復活されました。
「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」(ヨハネによる福音書11章25節)
この言葉を信じていきたいのです。

2026年4月12日
復活節第2主日
「恐れを越えて」
ヨハネによる福音書
20章19節 ~23節
部屋の扉に鍵をかけて閉じ籠ってしまうこと、引き籠りもそう云えるかもしれませんが、人間、生きていると誰しもが、なにがしかそうした経験があるだろうと思います。
それには、いろいろな理由が考えられます。例えば、生活の中で、傷ついたり、悲しい思いや恥ずかしい思いをした。とんでもない失敗をして、どうしていいかわからず、他人と顔を合わせたくない、この世界から逃げ出したいと思う、等々。
そして、その時のことを思い出してみると、そこには、なにほどかの恐れ、若しくは恐怖の感情があるのではないかと思われます。つまり、他の誰かに何を言われるかもしれない恐れがある。そのことで自分の尊厳が傷つけられることへの恐れもあるでしょう。失敗したことで、自分の将来の可能性を失うことへの恐怖があります。そして、その人自身が過去に傷ついた体験や、恥の意識、劣等感などを持つ体験があった場合、それは恐れを大きくさせてしまいます。場合によっては、それが文字通り心も身も共に傷つくこと、あるいは命を失うことへの恐怖かもしれません。そんな恐れを覚えたとき、人は部屋に閉じ籠って息をひそめて、じっとしてしまうのではないでしょうか。
ここで厄介なのは、一度人の中に恐れが生じると、ときとして人は動けなくなってしまうと云うことです。その恐れが大きくなってしまうと、今度は恐れが人間の行動を支配してしまうのです。その結果、人は自分を守るために、「扉を閉めて」部屋に閉じ籠ることを選んだりもするのです。それはまた、物理的にではなくとも、可能性がそれしかないと思い込んで、あるいは頑なになってしまい、自分で自分の心に扉を閉めてしまうのも同様です。そして、この自分で閉めた扉は、自分から開けることがなかなか出来なくなってしまうのです。
復活されたイエス様が、弟子たちの前に現れたとき、弟子たちはやはり、強い恐れに囚われていました。イエス様が十字架によって処刑され葬られた後(少なくとも三日の間)、弟子たちは、「ユダヤ人を恐れて」、家に閉じこもっていました。自分たちもまた、「イエスの一党」として、「捕われ、咎められ、拷問され」、場合によっては、犯罪人の一味として(石打ちによって)処刑されるかもしれないと考えたのかもしれません。「その日の朝」早く、一度は、女性たちが「イエス様が復活した」と伝えたにも拘らず、彼らはその証言を信じられずにいたわけです。扉を閉め切って、これから状況がどうなっていくのだろうか、不安を抱えていたとも言えます。一緒にいたとしても解決方法が見えてくるわけでもない。心配と不安、恐れがその場を支配していたことでしょう。
こ の閉ざされた部屋の中に、しかし、突然イエス様が姿を現しました。恐れを抱いて、ただ閉じこもっていた弟子たちのただ中に、イエス様は現れたのです。
「平安があるように。」 そう言ってからイエス様は、弟子たちにご自分の手とわき腹の傷跡を見せました。それは紛れもなくイエス様が十字架に架けられていたことを証するものでした。その様子を見て弟子たちは喜びました。その弟子たちにイエス様は、「あなた方を遣わす」と言って、息を吹きかけて聖霊と力とを与えて行ったのです。それがイエス様の復活についての一つの証言でした。
さて、この日課では、復活のイエス様に出会った「弟子たちは主を観て喜んだ。」とだけありますが、その驚きと喜びは、相当なものだったろうと思います。三日前に確かに死んで葬られたイエス様が、今目の前にいる。その不思議さは、弟子たちには、最初は驚きとして、次には湧き上がってくる嬉しさとして感じられたのではないでしょうか。
弟子たちの驚きは、先ず、閉ざされていた扉にもかかわらず、そこにイエス様が姿を現した奇跡に対してでした。しかも、それは決して霊や幻、もしくは幽霊と云った現象ではなく、肉体を伴った、それも手やわき腹に傷を負った姿で現れたという奇跡でした。復活したのは紛れもなく十字架上で亡くなったイエス様であることが示されたのです。他の福音書には、イエス様は弟子たちが差し出した魚を食べたと云う記事が記されています。想像をたくましくするなら、イエス様が手とわき腹の傷を示されたとき、弟子たちはイエス様の手を取り、また腕や肩を抱き、その復活と再会を喜んだのではないでしょうか。
それはまた、弟子たちにとっては、イエス様の処刑という事実の前で、自分たちが感じた喪失感と無力感を一気に拭い去るものだったと思うのです。自分たちが従ってきたイエス様が、間違いなく「神の子」であり、この世の勢力はその「神の子」キリスト、イエス様の前に勝利できない。イエス様の言葉とわざは、滅びない。そのことが実感できたのではないでしょうか。弟子たちにとっては、イエス様の復活は、それまでのイエス様との過ごした三年間の福音宣教の旅が、決して間違った人生の選択ではなかったことを表しているということです。
そして、そのイエス様が 弟子たちに息を吹きかけ「聖霊を受けよ」と語った言葉は、ヨハネ福音書の14章にある聖霊の派遣の約束に関わっています。「私は父にお願いしよう。別な助け主をあなたがたに遣わす。」 聖霊は弟子たちに、イエス様の言葉を教え、わざを思い出させます。その聖霊が弟子たちに与えられる。それはまた、創世記の人間の創造を思い起こさせる場面でもあります。神様は、人に息を吹き入れ命を与えられました。だから、そのとき弟子たちは、イエス様によって、息を吹きいれられ、聖霊を与えられることで、新たな命を与えられ新たに派遣される者に、創造されたとも言えます。
また、「だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る」と云うイエス様の言葉は、聖霊とともに一つの「人の罪を赦す」力、権能が与えられたことを示しています。これはまた、マタイ福音書にある「弟子たちに権威・権能を授けて」、ガリラヤの町や村々へ派遣された出来事を思い出させます。
日課が描く復活のイエス様による弟子たちへの聖霊の付与も、同様です。聖霊を受けることで、弟子たちは、イエス・キリストと神様の許に立って、神様の地上での働きを助けること、人々の罪を赦す力を委託されるのです。
「平安があなたがたにあるように」という呼びかけは、「恐れなくてもいい」という意味でもあります。それは、一つには復活した「私」、イエスを見ることに恐れを抱かなくてもいい、ということでもあり、そしてもう一つには、外の世界に対して恐れを持たなくてもいい、ということでもあるのです。
外の世界で弟子たちを待ちうけている状況、ユダヤ当局が「イエスの残党」たる弟子たちを探している状況、「逮捕され、投獄され、拷問を受けたり、処刑されるかもしれない」状況は、変わったわけではありません。弟子たちが恐れを抱いた原因は、依然としてあるわけです。それなのになぜ、イエス様は「恐れなくていい」と言われたのでしょうか。その理由は、たとえ恐れが支配しているような世界にあっても、イエス様が確かにいつも共にいて下さる、ということです。しかも別な助け主をよこして、弟子たちを支えてくれるということです。「だから、あなたがたは心配しなくてもいい。道は開けるのだから、勇気を出しなさい。」ということなのです。言い換えれば、イエス様は、恐れが彼らを支配したままには置かれないのです。
祈ることで、恐れと戦った人がいました。
黒人の自由・公民権運動に携わっていたマーチン・ルーサー・キングJr.牧師は、しばしば脅迫を受けていたそうですが、ある晩、殺害予告の―それも彼だけでなく家族の殺害予告―電話を受け、その夜に大きな恐れに囚われたと云います。「勇気がすっかりくじけ去り疲労困憊した状態のなかで」、彼は、運動から手を引くことも考えるほど思いつめましたが、最終的には、「この問題の解決を神様におまかせしようと決心」します。そして、眠れぬままに真夜中の台所で彼は「声高く」祈りました。その祈りの中で彼は、自分が恐れていること、今、自分の力は尽きようとしていて、一人では到底たちむかうことの出来ない状態にいることを、赤裸々に神様に語りました。「この瞬間、ぼくは神の御前にあることを感じた。(中略)あたかも、『正義のために立て。真理のために立て。しからば神は永遠に汝の傍にいますであろう』という内なる声のしずかな約束をきくことができたように思われた。」 そして、彼の恐怖と不安は消え、何ものであろうと立ち向かう覚悟を、彼は決めることができたと云います。
祈りの中で、人は、恐れと向き合い、恐れの正体に気付くことができます。そして、その恐れをイエス様が一緒に担ってくださることに気づくことができます。
「わたしは生きてここにいる」とイエス様は呼びかけます。「あなたがたのいる場所に、そこがどのような状況であれ、私はあなたがたと共にいる」と語りかけてくださるのです。
閉ざされた部屋の扉(あるいはそれは、日課に登場するトマスのように頑なになった心かもしれません。)、それを中から開けるには勇気がいるし、「その時」、時機があると思います。ただ忘れてならないのは、その閉ざされた部屋の中、空間にも、復活したイエス様は来られるということです。復活したイエス・キリストは、空間や時間で縛られたり、遮られることはないからです。閉ざされた扉の中に、恐れから人が頑なになり、自分の身体と心とを堅く縮めてしまう場所にも、イエス様は現れるのです。だから、もしも、私たちが恐れを抱いてしまう状況に陥ったのなら、むしろ私たちはそこで、不安を不安として祈っていいのだし、口にすることが許されているのです。その恐れに自分だけで立ち向かうことは必要ありません。「別な助け主」を求めることが許されているのです。
その祈りに応えて、イエス様は聖霊を私たちに与えて下さいます。新しい命、可能性を私たちに吹き込んでくださいます。そして、閉ざされた扉を私たちがあけて外に出るための勇気と、そして具体的な助けを下さるのです。その助けは、私たちの思いを超えた仕方で、たとえば友人や知人の助けを通して、あるいは見ず知らずの人との出会いを通して、思いもかけない出来事を通して与えられるのです。
「父がわたしをお遣わしになったように、私もあなたがたを遣わす。」 イエス様の教えを伝え、わざを行う権能、力を与えられ、私たちも今のこの世界に派遣されています。
主イエス・キリストは生きておられます。
私たちもまた、この復活節のとき、私/あなたの上に働いている聖霊によって、イエス・キリストの復活の証人として、立てられ、また派遣されていることを覚えたいのです。

2026年4月5日
復活祭(イースター)
「喜びの朝を
迎えて」
マタイによる福音書
28章1節 ~10節
今日は、復活祭です。主イエス・キリストが十字架に架けられて死んでから三日後に甦ったことを覚える日です。
イースター、復活祭。日本では、クリスマスほどには世間的には定着していないですが、キリスト教の最も古い大切なお祭りです。イエス・キリストの復活を記念して祝われるもので、元々はユダヤ教の過越の祭りに合わせて祝われたようですが、四世紀頃からは、春分の日を基準にして復活祭が祝われるようになったそうです。
さて、イエス様の復活は、今日の日課マタイによる福音書によれば、次のように始まりました。二人の女性、マグダラ出身でイエス・キリストに従って旅をしていたマリアと、もう一人のマリアが、イエス様が埋葬された翌々日、つまり日曜日の明け方に、墓の様子を見に(おそらくはイエス様の死を悼むために)やってきました。
そのとき大きな地震が起こり、神様の使い(天使)が墓の入り口を塞いでいた大きな石を取り除き、その石の上に座りました。「稲妻のように輝き、衣は雪のように白い」天使の存在は、復活の出来事が、神様の力の介入によって起こったことを表しています。ただ、天使の出現は、女性たちを困惑させ、恐れさせます。
その女性たちに天使は、「恐れることはない」と告げてから、かねてイエス様自身が語っていたように、彼は復活されてここにはおられない、と言うのです。そして、墓が空であることを自分たちで確かめて見るよう彼女たちに促します。また、急いで弟子たちのところへ行って、「主は復活されて、あなた方より先にガリラヤに行かれる。そこで主と逢えるだろう」と伝えることを命じるのです。
ここでイエス様の復活を示す証言の一つが記されています。墓が空になっていたと云う証言です。復活されたイエス様が墓から出て来る姿は直接には描かれていません。天使の姿に驚き、「震えあがり死人のように」なって気を失っていた番人たちはもちろん、女性たちもまたそれを目撃はしていません。イエス様の復活は、天使によって伝えられただけです。
ところで女性たちにとって、イエス様が復活したと云う知らせは、大変な驚きであったことは容易に想像できます。たとえ、生前に「わたしは三日のうちに甦る」と予告されていたとしても、それこそ三日前には確かに、磔になった十字架の上で息が絶えて、その遺体が墓に葬られた人が、にわかに生き返るということは、信じがたいことだったはずです。しかし、同時に彼女たちは、半信半疑ながらも、その知らせ、「イエス様が復活された」という知らせに喜びます。それまで抱いていた悲しみに替えて、恐れと喜びを感じながら、弟子たちのもとに急ごうとします。
その彼女たちの前に、イエス様が姿を表しました。そして、「おはよう」と挨拶したのです。この「おはよう」と訳されているイエス様の挨拶は、もともとのギリシャ語では、「幸いあれ、幸いがありますように」、あるいは「あなたに平安がありますように」という意味の言葉で、「ご挨拶申し上げます」というような、丁寧な挨拶に使われていました。(韓国語、ハングルで、アンニョン(安寧)という言葉が使われているのと同じです。)
因みに、イエス様が処刑される前夜、イスカリオテのユダが、イエス様を祭司長たちに引き渡す際に、イエス様に近づいて「先生、こんばんわ」と挨拶したと、マタイ福音書に記されていますが、その「こんばんわ」も、原典のギリシャ語では同じ言葉が使われていて、さらには、イエス様を鞭打って辱めたローマ兵たちが、イエス様を嘲笑して「万歳、ユダヤ人の王」と叫ぶのですが、その万歳と訳された言葉もまた、同じものです。イスカリオテのユダの挨拶も、ローマ兵たちの呼びかけも、慇懃さを装いながら、実は底意地の悪い挨拶でした。しかし、イエス様は、その挨拶の言葉を、元々の意味の通り、親しみと敬意をこめて、二人のマリアたちに語りかけるのです。「(あなたがたに)幸いがあるように」と。
そのイエス様の愛のこもった言葉を聞いた時、二人の喜びは頂点に達しました。彼女たちは、イエス様の足を抱いて、その前にひれ伏しました。彼女たちの反応は、復活がまさに、肉体を持った甦りであったことを指し示しています。彼女たちの悲しみは、ここですっかり吹き払われ、心からの喜びが彼女たちを満たしていくのです。
イエス様が直接彼女たちの前に姿を表わしたことは、復活の出来事が信仰と深く結びついていることを表します。復活したイエス様を直接目撃したのが、信仰者である二人の女性たちだからです。その彼女たちに、イエス様は、改めて弟子たちへの言葉を託します。「恐れることはない。兄弟たちにガリラヤへ行くように告げなさい。そこで彼らはわたしに会う」と。二人のマリアは、ここで、イエス様から、弟子たちに「イエス様が復活された」という喜ばしい訪れ(福音)を告げる使者とされていったのです。
では、イエス様の復活が意味するものはなんでしょう。
先ずそれは、イエス様を殺したこの世の力、祭司長や律法学者といったユダヤ人支配者たち、そしてローマ帝国総督などに対する勝利です。神の勝利の証明です。この世の力は、決して神の子イエス様を殺すことも滅ぼすこともできなかった。イエス様が復活されたことによって、世の権力は、敗北したのです。
それはまた、復活の出来事によって、イエス様の言葉とわざは決して空しくはないということが示されました。イエス・キリストは甦った。その言葉もわざも、そのまま朽ちてしまうのではなく、そのまま終りになるのではない、神様はそれを無にしない、ということが復活によってはっきりとされたのです。
さらに、復活は、死がすべての終わりではないことを現わしています。死がすべてを取り去り、飲み込んでしまうのではないことが現わされたからです。そしてそれは絶望しなくてもよいというメッセージを私たちに伝えています。なぜなら死が、すべてを破壊するのではなく、絶望することがすべてを終わりにするからです。
そして、復活は、罪の赦しの宣言、罪の状態から解放されることの宣言です。人の罪によって死んだイエス様が甦った。神様は罪に克つことができる。人の罪の状態は神様を殺すことはできないし、神様を信じる者をも滅ぼすことはできない。それが復活のメッセージです。
興味深いのは、今日の日課の復活物語の中で、「ガリラヤへ行きなさい」という命令が二度告げられていることです。ガリラヤは、イエス様と弟子たちの出身地であり、またイエス様と弟子たちの出会いの場所です。そして三年の間活動を共にした懐かしい思い出の場所です。その「ガリラヤへ行きなさい」という言葉は、弟子たちにとっても、また女性たちにとっても、イエス様の公的な生涯の歩み、その日常へと戻ることを示唆しています。
彼らがガリラヤに行くことで、今一度イエス様の教えとわざとに立ち返り、そして、改めて、イエス様との出会いから、見聞きしたこと、辿った出来事を見直すことを求められているわけです。それは、ただ単に懐かしい思い出に浸ることではなくて、以前の自分たちの歩みを振り返り、反省し、見直すことで、そこから、彼らの人生を新しくやり直すことを意味します。復活したイエス様と新しい関係を築き直すことが求められているのです。復活されたイエス様とのガリラヤでの再会を通して、傷ついた彼らは、再生することができるからです。
つまり、イエス様の復活とは、弟子たちにとってはまた彼ら自身の復活でもあったということです。イエス様の逮捕の後、恐れのあまり姿を隠していた弟子たち。しかし、彼らは、復活のイエス様と再会し、そして、再び福音宣教の使命を託されていく中で、励まされ、変えられて行きます。そして、迫害にもめげずにイエス様の教えを広め、その生涯を語り伝え、またイエス様のわざを行って行くのです。それは、復活の出来事の力強い証言であるといえるでしょう。そして、その活動の大きな流れと歴史の中に、今ここにいる私たちも連なっているのです。
最後に、イエス様の復活の出来事は、聖書の、しかもそれぞれに異なった福音書の証言にのみ、語られています。それ以外には、歴史的な確たる証拠はありませんし、その証言もイエス様を信じていた者のみに、イエス様が姿を現したというものばかりです。「イエス様が復活された。」という証言は、信仰によるものです。しかし、その証言とその後の弟子たちの働きとは、ひとつのことを力強く証ししています。
主イエス・キリストは生きておられます。主は死から甦られました。その甦ったイエス・キリストは、弟子たちを力づけ、励まし教会を創られました。また、常に歴史の中で働き、また時代の良心として、時代々々の教会の歩みを導き、時には糺し、支えられました。主イエスは、生きて、今も働かれています。
「復活したのは、希望だ。」といった人がいます。復活とは希望の復活を意味します。先の見えない困難な状況で、希望を見出すことは容易ではないでしょう。しかしそのただ中に、イエス様は復活しています。イエス・キリストは新しい希望なのです。私たちはその希望に招かれています。悲しみを喜びにかえていく希望に招かれているのです。その希望によって、私たちは立ち上がり、人生を新しく、出発することが出来るのです。何度でも。
「神は豊かな憐れみにより、わたしたちを新たに生まれさせ、死者の中からのイエス・キリストの復活によって、生き生きとした希望を与えてくださった。」(ペテロの手紙一、1章3節)
そして、私たちもまた、復活のイエス・キリストに出会うことができます。私たちが、イエス・キリストへの信仰によって人生の目的を見出し、新しい関係に生かされていくとき、希望を持っていのちと魂が回復していくのを経験するとき、分裂から和解が生まれるとき、私たちは確かに、復活のキリストに出会っているのです。今この世界のあらゆる場所で人々に臨み、人々を慰め励まし、働かれている復活のイエス・キリストに。
「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」(ヨハネによる福音書11章25節)
主イエス・キリストの復活の大きな喜びと、神様の豊かな祝福と恵み、平安とが、皆さんの上に限りなくありますように。アーメン

2026年3月29日
主の受難主日
「あなたは十字架を
見たのか」
マタイによる福音書
27章33節 ~54節
二〇〇四年に「パッション(受難)」という題名の映画が日本で公開されました。俳優のメル・ギブソンが私財をなげうって監督を務め製作した映画で、イエス様の受難と十字架の出来事が主題に描かれたものでした。イエス様の受難を出来る限り福音書にあるように、忠実に再現するため、イエス役も弟子たち役もアラム語を話すという念の入れようで、日本でも公開される前からずいぶんと話題になった作品でした。ただ、私はそれを観に行く気になれませんでした。と云うのは、その映画が公開される前年に始まっていたイラク戦争で、アメリカ軍によるイラクの刑務所での囚人虐待事件が起こっていたからでした。
二〇〇三年の三月、アメリカ軍をはじめとする多国籍軍はイラクに侵攻し、サダム・フセイン政権を倒し、イラク全土を占領していました。ただ、占領に反対する武装勢力との戦闘が続いていました。その戦争のさなか、イラクのアルグレイブ刑務所で、上官から命令されたアメリカ軍兵士による囚人への虐待が問題化しました。その場に居合わせた憲兵が内部告発して、一連の虐待の写真を公開したのが発端でした。公開された写真には、一人の囚人が全裸にされて、頭に袋をかぶさられて、まるで十字架に架けられたようにポーズを取らされ、その足もとにはやはり全裸の囚人が多数重なり合って寝かされていました。囚人のほとんどがイスラム教徒のイラク人たちだったと思われるのですが、その人たちに屈辱を与える目的で、おそらくはクリスチャンのアメリカ兵が、囚人を裸にして「十字架刑」のポーズをとらせて写真を撮っていたことに、私はショックを受けました。
私が、映画「パッション(受難)」を観に行きたくなかった一番の理由は、その映画が、いくらイエス・キリストの十字架刑を再現していたとしても、それは「お芝居」にすぎないからです。イエス様が逮捕されて、でっちあげられた裁判で有罪となり十字架で処刑された出来事の悲しみと残酷さは、「現実的(リアル)」ではないのです。むしろ、アルグレイブ刑務所で、日常的に行われていた囚人虐待の事実、「十字架刑のポーズ」をとらされた囚人の写真こそが、イエス様の体験した出来事を「現実に」再現しているようにさえ感じたからなのです。今でも、四旬節と受難週を迎えると、私の思いは、そのアルグレイブの刑務所の一枚の写真に引き戻されるのです。人間の罪を明確に告発したその写真に。
イエス様の受難と十字架刑の場面は、先ず何よりも様々な人間の罪の姿を現わしています。
政治的な思惑や算段で、イエス様を不当に逮捕し、にもかかわらず死刑に処する責任を負いたがらない指導者たちや、買収され人を陥れるために偽証する証人たちの姿があります。また、まるでそれが当然のように、囚人であるイエス様を辱める兵士たち。そして十字架に架けられたイエス様を、痛ましいとも思わずに嘲笑し、からかう見物人たちの姿がそこには描かれています。
明らかな悪意を持って、あるいは一時の衝動に突き動かされて動く人の姿、他者の苦痛に対する想像力を欠いた態度、無関心。そうした行動一つ一つが人間の持つ罪の姿です。その姿は、現代の私たちの生活の中でも容易に見つけることができるだけでなく、実は、その場面に「私やあなた」の顔、自分自身の顔を見出すかもしれないのです。しかもこの人間の罪、それはさらなる罪を生み出すことにもつながっていきます。罪によって生み出される人の苦しみ、嘆き、悲しみ。それはときとして憎しみ、憎悪をも生み出します。苦しみへの復讐といった憎しみの連鎖をも引き起こしてしまいます。あるいはまた自らの欲にかられて、他人を平気で踏みにじる、また自らの保身のために、無関心を決め込む。これらの罪は、まさに人間の本性として、常に私たちの中に存在し続けています。
イエス様の十字架は、そんな人間の罪に対する告発であり、裁きのしるしでもあります。なぜなら、その場所で罪をあらわにした人々によって、イエス様は十字架に架けられたからです。「神の独り子」として、イエス様は人々に悔い改めを説き、神様に立ち返ることを促しました。しかし、この世の人々は、そのイエス様を拒み、その命を奪おうとしたのです。十字架は私たちに、本来裁かれるべきは誰なのかを突き付けてきます。
そして、十字架上のイエス様の姿は、人間の罪の姿を、浮き彫りにすると同時に、こうした人の罪によって、この社会の中で無視されたり、差別を受けて、傷つけられ、尊厳や存在を奪われ、名もなく葬り去られてきた人々の苦痛や痛みを、神様自身が、受け止め、担い、負う姿を現しています。イエス様の苦しみを通して、共に痛む神様がおられるのです。その十字架上での「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」というイエス様の叫びは、その人々の苦痛や苦しみを、神様自身も嘆き、悲しんでいる叫びです。イエス様の時代も、今も、そしてこれからも、この世が罪を生み出し続ける限り、神様もまた、人々の代りに痛みを背負い、共に苦しみと痛みを経験し続ける。十字架は、そのしるしなのです。
人間の罪を告発し、罪のゆえに苦しむ人々の苦難を共に負うしるしである十字架は、その一方で、人間を罪の中から救う出来事であり、その宣言でもあると、聖書は証言しています。
イエス様は、それまでの福音宣教の旅の途中で、弟子たちに三度も自分が受ける受難と死を予告してきました。「人の子、すなわちキリストは、宗教指導者たちに引き渡され、死刑を宣告される。また異邦人(ローマ人)に引き渡された後、侮辱され、つばをかけられ、鞭打たれ苦しみを受け、殺される。そし人の子は三日後に復活する」と。イエス様は自分の受ける苦しみを覚悟していました。しかもイエス様は、その予告通りの死を迎えていきます。言い換えるならば、イエス様が辿って来た道は、神様によって、すでに定めていた道であったわけです。従順にその定められた道に従って行くイエス様。ではなぜ、イエス様は、その死への道のりを、あえて歩まれたのでしょうか。
マルコによる福音書では、その目的をイエス様自身が、次のように語っています。「人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また多く人の贖い(の身代金)として自分のいのちを捧げるために来たのである。」 多くの人を贖う、つまり多くの人の代りに自分のいのちを捧げるために来た、それがイエス様の目的であると語っているのです。その目的のために、イエス様は、十字架へと続く道を辿って、歩まれたのです。
イエス様の受難は、この世のため、この世界に生きるすべての人のためである。それは言い換えれば、イエス様が苦しみを受けられ、十字架に死なれたのは、現代を生きる私のため、私たちのためでもあるということです。イエス様は人の罪を赦し、引き受ける。人を新しく生まれ変わらせるために。「あなたの犯した罪は赦される。もうあなたは咎めを受けなくてよい。あなたは神様の前に義しく、ふさわしい存在となるのだ」と、十字架のイエス様は、私たちに語っておられるのです。
十字架が示しているもう一つの意味。それはイエス・キリストが、罪を赦すだけでなく、その罪の痛みと苦しみを担って、一緒に歩んでくださる、ということです。
イエス様に信頼し、イエス様をキリスト・救い主として受け入れることで、人はその罪を赦されます。しかし、私たちは、その肉体が滅ぶその時まで、この世で生き続けなければなりません。それは、日々、新たな罪を起こすかもしれないという「可能性」の中にいることを意味します。
たとえ信仰を持っていたとしても、罪を犯さないでいようと思っていても、時として人は(私は、あなたは)、自分の心の動きや感情を持て余し、またそれに振り回されてしまうことがあります。自分が誰かに傷つけられたと感じたり、不条理な境遇に置かれることで、怒りや憎しみ、妬みといった感情に支配され、それが制御不能に陥ることで、人は罪を犯してしまうことがあるものです。そして、正しく生きようと願っている人ほど、罪を犯してしまったあとで、自らの罪の姿に気付く時、そんな自分の姿を背負いきれず、身も心も支えられなくなってしまいます。そうでなくても、疚しさはその人の心を蝕んでいくものです。
どうしたら私たちは、自分を損ない、他者を傷つける感情や行動から、自由になることができるでしょうか。そのためには、よく理解してくれる誰かが、一緒にいて支えてくれることが必要なのです。自分が抱える怒りや不安、悲しみや苦しさに耳を傾け、共に分かち合ってくれる友がいることで、人は、自らが置かれた境遇に押しつぶされることなく、自らの尊厳を回復し、保ちながら、人生を歩むことができます。また、それによって、新たな罪の誘惑に陥ることを回避できるのです。
イエス様が私と、あなたと共にいて下さいます。私の生きる苦しみを理解し、共に重荷を担ってくださる。一緒に歩んでくださる。イエス・キリストは苦しむ私を、あなたを支え、神様の目に適った正しい道に、本来の自分自身に、引き戻してくださる、そう聖書は語っているのです。
冒頭で言及したアルグレイブ刑務所での囚人虐待は、私たちの身近なところで云えば、学校で発生している「いじめ」の問題と根は一緒です。力のある者が抵抗できない者を侮辱し、虐げていく。周囲にいる者は気付いていても、それを注意したり止めることができない。勢い無関心を装うか、さもなければ同調することで、自分への攻撃をかわそうとする。そのような罪の実相が、私たちの身近なそこここにある。
イエス様の受難と十字架は、そうした罪の実態を告発し、その罪を引き受けられるのです。それは、私のため、あなたのため、この世に生きるすべての人のためです。この世界から、欲望や憎しみによる争いや、より弱い人々への虐げがなくなり、人々が互いに大切にしあい、神様に喜ばれる社会となるように。人が悔い改めることによって、何度でも新たに生まれ変わってやり直すことができるように。
今日、私たちは、受難主日を迎えました。そして、教会の暦ではイエス・キリストの受難と十字架上での死を覚える一週間、受難週が始まります。この一週間、私たちは、イエス様の受けられた苦しみを覚えると共に、自分自身と向き合い、自らの罪を省み、そして祈りのうちに、ありのままの私をイエス様の前に投げ出し、委ねることが許されています。私たちを、またこの世界を、罪から自由にし、新たに生かすために、十字架に死なれたイエス様の、計り知れない愛の大きさに感謝しつつ、私たちもお互いに愛し合い、お互いの存在を大切にし合い、この一週間を過ごしていきましょう。

2026年3月22日
四旬節第5主日
「共に悲しむ神」
ヨハネによる福音書
11章17節 ~45節
人との死別は、悲しいものです。その人との関係が親しければ親しいほど、死による別れは、悲しく切ないものです。
ましてやその別れが、病気であったにせよ、あるいは災害や何か突発的な事故であったにせよ、突然のことであればなおさら、人が抱く悲しみは深いものがあります。特に遺された者にとって、突然、何の前触れもなしに、襲ってくるその死別の瞬間は、大変に悲しく苦しいものです。なぜならその人とのこの地上での別れのための時間を、十分に持つことができないからです。
場合によっては、それは、遺族にトラウマ(心的外傷後ストレス障害)を引き起こすことが報告されています。突然に襲った死は、肉親や親しい者には納得のいかないこと、理解するには難しい、不条理な出来ごとに思えるからです。その際には、遺族は、悲しみと同時に、ショックややり場のない怒りをも感じることがあると云われています。そして、その悲しみと怒りを鎮めるのには、時間がかかるし、また、たとえどれほど時間が経過したとしても、遺族が抱いた喪失感は消えず、悲しみは残り続けるのです。
そうした出来事の前では、周囲にいる人は、往々にして言葉を持ち得ません。その場合、言葉は、なんの慰めにもならないようにさえ思えるのです。むしろ、そうしたときには、悲しんでいる人の傍にいて、死者のことをいつも覚えて、思い出を共有し、その悲しんでいる人に「寄り添い」、その思いを受けとめ、(たとえかける言葉がないとしても)共感することが、一番その相手を慰めることになるのではないでしょうか。
今日の福音書の日課ヨハネによる福音書11章に描かれているラザロの死と甦りの物語は、死別の悲しみの深さと共に、その悲しみに共感するイエス様の姿を現わしていると云えます。
イエス様の友人ラザロが、以前から病気であったのか、それとも突然の病でしかも様態が急変したせいなのかはわかりませんが、危篤状態だという知らせを、イエス様は受け取りました。
イエス様がラザロの家、彼の姉妹であるマルタとマリアの待つベタニアの家に到着したのは、ラザロが亡くなって埋葬も済んだ四日後のことでした。その時、イエス様を出迎えたマルタは、こう云いました。「あなたがもしもここにいて下さったなら、私の兄弟ラザロは死なずに済んだでしょう。あなたが神にお願いになることはなんでも、神が与えられることが、私には今でもわかっています。」
このマルタの言葉は、ラザロの臨終の場にイエス様が間に合わなかったことを残念がっていますし、取りようによっては、「どうして、もっと早く来てくださらなかったのですか」と、イエス様を非難しているようにも感じられます。マルタは、これまでイエス様が行ってきた数々の癒やしの奇跡(業)を通して、「イエス様だったら兄弟ラザロを癒してくれたに違いない」と信じていたとも云えます。言い換えればそれは、イエス様への信頼の表れでもあったわけです。「イエス様が願うことならば、神様は必ず聞き届けてくださる」と。ただ、ラザロが死んでしまった今は、なにもかも手遅れだとも、彼女は思っているようにも感じます。
このマルタに対して、イエス様は、「あなたの兄弟は、復活する」と応えました。ただ、マルタは、そのイエス様の言葉を、ユダヤ教で広く信じられていたように受け取りました。「はい、終わりの日の復活の時に復活することは、知っております。」と。しかし、イエス様が語ったのは、復活という出来事が、遠い未来に起きるのではなく、今この時、「わたしによって」起きるのだということでした。それが、「わたしが復活であり命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも決して死ぬことはない」という言葉だったのです。
「わたしが復活であり命である。」 それは、イエス様が命の源であり、また命を与える存在であるということです。そして、「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも決して死ぬことはない。」 とは、イエス様を信じる者、イエス様に信頼し、望みをかける者は、たとえ肉体は死んだとしても、霊によって生き続ける。肉体の死は、滅びを意味しないと云うことを表しています。イエス様は、この言葉によって、「もし、あなたたちがわたしを命の主と信じるならば、あなたたちはわたしと共に永遠に生き続けるのだ」と約束され、宣言されたのです。
そして、イエス様は、マルタに向かって、「このことを信じるか」と決断を迫りました。それは、「私が誰であると、あなたは信じるのか」という問いであり、同時にまた、「あなたは、このわたしの言うことを信頼し、わたしと共に生きようと願うのか」とも問うことでした。このイエス様の問いに対して、マルタは、「はい、主よ、あなたがこの世に来るはずの神の子キリストであることを、私は信じています。」と、はっきりと答えたのです。
ここでマルタは、イエス様を神の子キリストであるとはっきりと信仰告白した、最初の女性として描かれています。もちろん、彼女が何もかも理解していたかどうかは判りません。彼女は、目の前で死んですでに葬られたラザロが、まさか再び甦るなどとは、思ってもいなかったからです。しかし、それでもマルタは、イエス様への信仰を、はっきりと告白していったのです。
それは、弟子のペテロが、イエス様に「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と聞かれた時、「神からのメシアです」と答えたことに匹敵する、信仰の告白でした。今日の日課における物語では、一人の自立した女性の弟子として、マルタが描かれているのです。
このマルタと対照的なのはマリアでした。マルタに呼ばれてイエス様の所にやって来た妹マリアは、マルタと同様、イエス様の顔を見るなり、「どうして間に合わなかったのか。早く来て欲しかった」と無念さをぶつけました。そして、そのすぐ後で悲しみのあまり、泣き崩れてしまいました。その姿を見てイエス様は、「心の深いところで、憤りを覚え、かき乱され」、そして涙を流しました。
この場面に見えるイエス様の悲しみ、それは、言い換えれば、人の死という厳しい現実に対する、人間の無力さ、愛する人を亡くす喪失の悲しみが、どれほど辛いものかということを、イエス様自身がよくわかっておられたということを表しています。
冒頭でも触れたように、愛する人が突然亡くなった時、近しい者にとって、その事実を受け入れるのは、決して容易なことではありません。悲しみや喪失感は簡単にはなくならないからです。その人の死という冷酷なまでに厳しい現実に直面しているからこそ、イエス様も悲しんだのです。マルタが心の内に抑えているであろう悲しみに、そしてマリアが抑えることもなく表す悲しみに、心揺さぶられて、共に感じ、同じ思いを持って、涙を流したのです。
ここでイエス様は決して、「今からラザロは私が甦らせるから何の心配もないよ」と、平然と構えていたわけではありません。ラザロの死はまぎれもない事実であり、厳粛な現実でした。それゆえに、イエス様がその後で、ラザロを甦らせた出来事は、また驚くべき出来事であったわけですが、それ以前に、人の悲しみと心の痛みに共感するイエス様の姿は、印象的なものがあります。
それは、いわばイエス様を通して、神様ご自身が、今、苦痛や苦しみ、悲しみのさなかにいるその人と共に、泣き、悲しんでおられるのだということです。そして神様は、苦痛や悲しみのさなかにあり、打ちのめされている人が、なおもイエス様を信じ、そこに復活の希望を見いだそうとするとき、そこでなされる信仰告白を、しっかりと受け止め、それに応えてくださるということなのです。
「ラザロよ、出て来なさい」 というイエス様の呼びかけに応じて、ラザロは、「手足を包帯で巻かれたまま」墓を出てきました。マルタの信仰の告白に応えて、またマリアの示す悲しみに心動かされて、イエス様はラザロを墓から呼び起こしました。死んで葬られていたラザロは甦ったのでした。
この出来事は、死によって中断させられたラザロの「いのち」を、もう一度彼に与えたことを意味します。ただしその甦りは、限界のあるものでした。肉体には必ず終わりがあるという意味での限界です。イエス様が死者を甦らせた物語は、他にも祭司長ヤイロの娘や、たまたま出会った葬列でこどもを生き返らせた話などありますが、甦った死者は、やがてはまた訪れる肉体の死を迎えることになります。限られた「時間といういのち」の終わりを迎えるからです。
しかしイエス様は、「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも決して死ぬことはない」と語っています。それはつまり、限界のある肉体と「時間といういのち」のその先に、イエス様を信じる者には、なお、生きる命があることを約束しているのです。肉体の死は、決して滅びを意味していません。それが「永遠の命」です。ただ、それがいったいどのような状態になることなのかは、私たちには明らかにされていません。それはあくまで、神様の領域のことだからです。
このラザロの甦りの出来事は、イエス様が、十字架に掛けられ処刑される前に行った、最後の奇跡だといわれています。
イエス様は、死んだラザロを甦らせることを通して、ご自分の上にこれから起こるであろう復活の出来事を、つまり死の彼方にある復活の出来事を、弟子たちと多くの人たちに、そして私╲私たちに対しても、暗示しています。イエス様自身が、「自分はどこから来たのか、何者であるのか、そしてどこへ行くのか」を示したとも言えるでしょう。
四旬節の前に、ラザロの甦りの物語が読まれるのは、意義深いものがあります。
「わたしは復活であり命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者は、だれも決して死ぬことはない」というイエス様の言葉は、「イエス様が、私╲私たちに、時間であるいのちを授け、共に今を生きて、またこれからの時間を共に生きるお方だ」ということを意味しているのです。
と同時に、この物語は、人の死を前にして、涙を流し、その死を悼み、強い憤り似た感情を覚えて悲しむイエス様を描いています。それは、イエス様が、死者を覚えておられることでもあります。そして、イエス様は、私たちの悲しみや苦しみをすべて知っておられ、その思いを共に分かち合い、担ってくださる。その悲しみを克服する道を、私たちに示してくださいます。
「あなたたちは、わたしイエスと共に生きる。」 イエス様はそう宣言されています。そのイエス様を、「キリスト(救い主)と信じます」と告白していきたいのです。イエス様こそが、私たちを悲しみや苦痛の状況から救い、「永遠の命」へと導いてくれることに信頼して、与えられた今を精一杯生きる者でありたいものです。

2026年3月15日
四旬節第4主日
「神の業が
この人に現れる」
ヨハネによる福音書
9章1節 ~41節
今日の日課は、イエス様と出会った一人の人間が体験した奇跡物語です。
ある通りで、イエス様と一緒にいた弟子たちが一人の生まれつき目の見えない男性を見かけたところから、このお話は始まります。弟子たちはイエス様に質問しました。「先生、この男の目が見えないのは、この男が罪を犯したからですか、それとも両親の罪ですか。」
この物語をテーマにした聖書研究会で出席者の一人が、この弟子の質問について、「とても不躾で、その男性に対して失礼ですよね。」と感想を述べたことがありました。確かに、目の見えない男性本人を前にして、その質問は、思いやりとか気配りを欠いたものと云えます。しかし、イエス様はこの不躾な問いに対して、こう応えました。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。」 そして、その男性の目に、唾でこねた土を塗って、「シロアムの池に行って洗いなさい」とだけ命じました。男性は池に行き、目を洗うと今まで見えなかった目が見えるようになっていました。それは安息日のことでした。生まれつき目の見えなかった男性が、イエス様の行為によって、目が見えるようになったこと。それはイエス様の一つの癒しの奇跡でした。「神の業が現される」しるしであるとも云えます。
ここで一つ興味深いのは、この出来事がイエス様による一方的な癒しの業であったということです。つまり、男性からは、イエス様に対して「癒して欲しい」とか「目が見えるようにして欲しい」と云うようには願ってはいないのです。その男性は、いわばされるがままに「目に泥を塗られ」、その目を「シロアムの池」で洗っただけだったからです。男性の願いに先立って、イエス様による癒しが起こったのです。
そして大切なのは、この癒しの物語はここで終わらなかった、「神の業が現される」しるしとしての奇跡は、ここで終わりではなかったと云うことです。
男性が、目が見えるようになって「シロアムの池」から帰って来た時、「近所の人々や、彼が物乞いをしていたのを前に見ていた人々」は、彼が「座って物乞いをしていた人」本人なのかどうか不思議に思いながら、男性をファリサイ派の人々のところに連れて行きました。
さて、ここから第二部が始まります。ファリサイ派の人々は、男性に次のように質問しました。「お前はどうして見えるようになったのか。」 男性は、「あの方が、私の目にこねた土を塗りました。私がそれを洗うと目が見えるようになりました。」と、素直になにが起こったのかを答えました。
ところがそれを聞いたファリサイ派の人々は、男性を癒した人(イエス様)が、安息日に癒しを行ったから罪人であるのか、それともこんなしるしを行うからには罪人であろうか、と議論を始めたのです。彼らにとっては、男性の目が見えるようになり、視力が回復したという出来事は、ある意味ではどうでもよい事柄であったといってもいいでしょう。ですから、彼らは男性の言うことを信用しません。男性の両親が呼ばれて、何が起こったのかを尋ねるさえしたのです。もちろん両親は、生まれつき彼の目が見えなかったことを話しましたが、それがどうして見えるようになったのかまでは説明できませんでした。下手なことも言えずに、証言するのも怖くなって「もう大人ですから、本人に聞いてください」といいました。ファリサイ派は、もう一度目の見えなかった男性を呼び出すと、再度聞きました。「神の前で正直に答えなさい。私たちは、あの者(イエス)が罪ある人間だと知っているのだ」。男性は答えました。「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです。」
ここで、明らかなのは、ファリサイ派の人々にとっての関心事は、あくまでもイエス様の癒しの行為が、「安息日を守る」という律法に違反しているのかどうかにあったということです。言い換えれば、「だから、あの者、イエスは罪人である」と決定づけたい、という意図が透けて見えるのです。一方、男性にとっては、自分の目が見えるようになったという事実、そのこと自体が大切なのです。その事実以上の証言はないわけです。しかし、ファリサイ派はその事実に目を向けることがない。そこからこのやり取りは、チグハグナものにならざるを得ないのです。
面白いと思うのは、この物語のはじめから終りまで読んでみるとき、周囲の質問に対する目の見えなかった男性の答え方が、どんどん変化している点です。
シロアムの池で目を洗って、目が見えるようになった時、その男性は、「これは座って物乞いをしていた男だろうか」と訝しんでいる周囲の人々に向かって、「わたしがそうなのです。それはわたしです」と、自分で証言しています。そして、そこから彼の受け答えが、どんどん発展していくのです。
ファリサイ派とのやり取りでは、「あの方が罪人かどうか、わたしには分かりません。ただ一つ知っているのは、目の見えなかったわたしが、今は見えるということです」と言い、それにも拘わらず何度も聞いて来るファリサイ派に向かって、「もうお話ししたのに、聞いてくださいませんでした。なぜ聞きたがるのですか。あなたがたもあの方のお弟子になりたいのですか」と、苛立ちとまるで挑発するような物言いをし始めています。そして、最後にはこう言い放っています。「あの方がどこから来られたか、あなたがたがご存じないとは、実に不思議です。あの方は、わたしの目を開けてくださったのに。神は罪人の言うことはお聞きにならないと、わたしたちは承知しています。しかし、神をあがめ、そのみ心を行う人の言うことは、お聞きになります。生まれつき目が見えなかった者の目を開けた人がいるということなど、これまで一度も聞いたことがありません。あの方が神のもとから来られたのでなければ、何もお出来にならなかったはずです」。
つい先ほどまで道端に座って物乞いをしていたとは思えない、実に堂々とした弁論です。彼の言葉は、彼が内面的にも、成長していっているようにも思わせます。あるいは、それまで黙っていざるを得なかった思いを、堂々と頭を上げて発言することが出来るようになったのかもしれません。男性は自分が体験した出来事、目が見えるように癒されたという事実を通して、確信を持って語っていきます。彼は、自分が体験した事実を介して、「私が私であること」をはっきりと表現する、自分の言葉を回復して行ったのです。またそこには、「あの方」、イエス様への信頼、「信じる」姿勢がそこに育っているとも云えます。
考えてみれば、この男性は、目が見えなかったことで、物乞いをするだけの存在にさせられていたと思います。ある意味、周囲の人たちや両親の助けによって、そのような仕方で生活の糧を得るための、いわゆる「仕事」をすることが出来ていたわけですが、同時にやはり彼は、負っていた障がいによって、可能性を制限されていたといえるでしょう。イエス様との出会いは、そんな彼の社会的な境遇を変えていきました。
遡って考えてみたいのは、弟子たちが彼を見かけたとき、「その男の目が見えないのは、罪の結果なのかどうか」という議論を始めようとしたことです。そこでは、「題材」になる男性の気持ちや思いは、問題にされていません。単なる議論の「題材」は、固有の言葉を持ち得ません。聞いてもらえないのです。つまり、このあたりの感覚は、ファリサイ派の関心とどっこいどっこいだと云うことです。ファリサイ派は、あくまで、イエス様が罪を犯したかどうかという、イエス様の行動にしか関心が向いていません。目が見えなかった男性は、ただイエス様を追い詰めるための手段の一つでしかなかったわけです。
イエス様は、しかし、その男性に直接かかわることで、彼を単なる議論の「題材」にととどめることを拒否しました。「神様の業がこの人に現れるためである。私は、世にいる間、世の光である」といい、男性の目を癒しました。議論の「題材」としてではなく、個別に問題を抱えている一人の人間として、直接関わりを持っていったのです。それは、また、男性が、本来の「私である」ことを回復させ、社会の中で「私が私であること」を言い表す言葉を取り戻すことへと、促していったのです。それこそがもう一つの「神様の業がこの人に現れる」ことだったのです。
生まれつき目の見えなかった男性を巡る物語は、最後にファリサイ派から追い出された彼が、再びイエス様に出会うという場面を描いています。イエス様は男性に尋ねました。「あなたは人の子を信じるか。」 男性は、「主よ、その方はどなたですか。その方を信じたいのです。」と答えました。イエス様は云いました。「あなたはもうその人を見ている。あなたと話しているのが、その人だ。」と。男性は、ひざまずいて、「主よ、信じます」と答えました。男性は、イエス様を「人の子」として認めて、「信仰」を告白していったのです。「神の業が現された」瞬間でした。
「わたしがこの世に来たのは、裁くためである。こうして、見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」
よく云われることですが、「人間は、自分が見たいものを見て、自分が聞きたいことを聞く」そうです。言い換えれば、その人が持っている先入観が、事実を見て認識することを妨げると云うことです。ファリサイ派の人々は、イエス様に対する先入観で物事を考えていました。だから、目の前で起こっている「奇跡」を、神様の業の「奇跡」としては認識できなかったのです。
イエス様の語る「裁き」とは、今その場所で働く神様の業を認識するか否か、ということです。この物語では、「生まれつき見えなかった」男性が、神様の業を体験して、認識できるようになり、「見えている」と自称するファリサイ派の人々が、実は神様の業を認識できていないのです。
「神の業がこの人に現れるためである」
この物語全体を読んでみると、一人の存在を大事にするイエス様の、そして神様の愛に満ちた眼差しがあります。そしてまた、一人一人が、神様の業が現れる存在であることを表している、そう感じるのです。「私が私であること」を回復する人の存在を喜び、祝福し、栄光で照らす神様がそこにおられます。それがイエス様の福音の現れです。
ここに集う一人一人が、その人生の歩みにおいて、神様の業が現れて、今ここにいるのです。お互いが、神様の業が現れる存在であることを大切にしたいと思います。そんな私たちの教会でありたいと思います。

2026年3月8日
四旬節第3主日
「いのちの水を汲む」
ヨハネによる福音書
4章1節 ~42節
出会いが、人を変える。それも対話することで、人が変えられていく。それは、ある種の奇跡とも云えます。その一つの出来事が、今日の福音書の日課に記されています。
イエス様が弟子たちと一緒にサマリヤ地方に入り、シカルという町に立ち寄った時のことでした。
サマリヤ地方の人々は、何世代もの間、エルサレムよりも古いゲリジブ山の聖所を守って、モーセ五書を中心とした独自の旧約聖書の理解を発展させてきました。しかし、それは、「正統な」ユダヤ教からは、伝統から「外れた」宗教と見なされました。またサマリヤは、一時期ユダヤ人の王朝に征服されたりもしたため、ユダヤ人たちは事あるごとに、「自分たちこそが正当なユダヤ教の伝統を守っているのであり、サマリヤ人の拝む神は偽物である」として、サマリヤ人を見下し差別していました。一方のサマリヤ人たちもまた、そうしたユダヤ人たちのことさらに狭い意識に反発していました。
ただ、そのサマリヤには、ガリラヤとユダヤを行き来する最短距離の街道が通っていました。その街道を、イエス様は通って旅を続けていたのです。
さて、イエス様は、「旅に疲れて、そのまま(ヤコブの)井戸のそばに座って」いました。それは「正午」のことでした。
そこに一人のサマリヤ人女性がやって来るところから、物語は始まります。昼の暑い盛りに、町にある「ヤコブの井戸」に水を汲みに来た女性。彼女は、他には誰も水を汲みには来ていない時間に、まるで人目を避けるかのように、水を汲みにやって来ました。ところがその井戸の傍に一人の男性、イエス様が座っていたのです。
彼女はイエス様がユダヤ人だと気付きました。そのときイエス様は彼女に「水を飲ませてください」と声をかけましたが、彼女は、その申し出に対して、ぶっきらぼうに応えました。「ユダヤ人のあなたが、サマリヤ人の私にどうして水を飲ませてくれと頼むのですか。」 日頃は自分たちサマリヤ人を馬鹿にして差別するユダヤ人が「水をくれ」とは、自分をからかっているのか。彼女の答えには、拒絶と反発が感じられます。このサマリヤ人の女性が示した反発に対して、しかし、イエス様は、黙ったり、怒りだしたりはしませんでした。むしろ自分が誰であるかを暗示するように話しかけたのです。
「神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのが誰であるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」
「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、(そこから)永遠の命に至る水がわき出る。」
カウンセリングの一つの技法に、対話する相手に対して、関心を持つ、若しくは好奇心を持って臨むことが大切だと云うのがあります。イエス様の言葉は、自分とサマリヤ人女性との間に、ある種の関係を築こうと働きかけている言葉とも云えます。言い換えれば、イエス様は、その女性に関心を向けていると云えるでしょう。
イエス様の言葉に対して、女性は、「御主人、あなたは汲む物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。」、「渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもいいように、その水をくださいな。」と、応じています。
彼女は、井戸から汲み上げる「水」について語るのに、イエス様は、「永遠の命に至る水」について語っている。この会話のチグハグさが、ここで頂点に達しています。と同時に、この言葉からはまた、最初は顔を合わせないように、横を向いてイエス様を「あしらう」ように対応していた女性が、少し苛立ちながらも、正面からイエス様の方を向いている様子がうかがえます。彼女の態度が少しずつ変化しているのです。
するとそのとき、イエス様は、彼女の生活の背景にいきなり触れていきました。彼女が抱えていた問題に触れていったのです。
人は誰しもが、「心の渇き・魂の渇き」を覚えるときがあるのではないでしょうか。自分が実は心の奥底で問題に感じている事柄があるのではないでしょうか。
「夫を呼んで来なさい。」(中略)「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ」と。ここで、この女性がどのような境遇にいたのか、なぜ、彼女が人目を避けて、昼の熱い時間帯に井戸に水を汲みに来たのかというその理由が明らかになってきます。彼女と周囲の人たちとの関係が浮かび上がってくるのです。
彼女には五人の夫がいたというのは、おそらくは、彼女が結婚した相手が(若くして)亡くなった後で、再婚を繰り返したという事情でしょう。レビラート婚(若い寡婦を死別した夫の親族が娶る)という風習もあったでしょう。五人も夫に先立たれたのかもしれないし、あるいは離婚をしたのかもしれません。
また、夫ではない男性と一緒に「連れ添っている」という彼女の生活は、ユダヤ教、若しくはサマリヤの宗教の持っている「正統的な」価値観(たとえば結婚という制度)から「外れている」と見なされていたでしょう。そのせいで、彼女の周囲の人たちは、彼女をそれとなく遠巻きにして、よそよそしく扱っていたのかもしれません。
彼女は、周囲の冷ややかな態度やまなざしに対しては、それを意識的にやり過ごそうとしていたのかもしれません。だから、周囲の人たちとの接触をできるだけ避けるように、「正午」に水を汲みに来ていたのでしょう。それでいて、きっと心の中では、孤独や空しさを感じていたのだろうと思います。
彼女は、このイエス様が指摘した事実に、気分を害したり腹を立てたりはしませんでした。むしろ、イエス様のすべてを見通すような力に驚きつつも、イエス様が自分の抱えている問題を理解していることを認めて、態度を改めて、こう問いかけました。「あなたは預言者ですね。エルサレムが正しい礼拝の場所なのですか。私たちの先祖はこの山で礼拝しています。」
ここで、このサマリヤ人女性が、もうひとつ心の中で問題と感じていたことが明らかにされます。
それは、どうして自分たちサマリア人は、ユダヤ人から見下され、「差別」されなくてはならないのかという疑問です。彼女は、自分がサマリヤ人であることを、ユダヤ人からは、まるで「悪い」ことであるかのように見られているのを感じていました。自分が慣れ親しんできたサマリヤの文化は、ユダヤ人がいうほど劣っているのか、私たちは偽の宗教、偽の神様を拝んでいるのか、私が受けてきた教え、価値観は間違っているのか。彼女は、ユダヤ人からの差別や侮辱に接するたびごとに、自分が否定されるような思いを持ってきたことでしょう。彼女は、ユダヤ人から向けられる民族差別と、自分の現在の生活を理由としたサマリヤ人社会で感じる疎外感という、二重の偏見に苦しんでいることが読み取れます。
その彼女に向かってイエス様は、福音の核心を語りました。
「婦人よ、私を信じなさい。まことの礼拝をする者が、霊と真理をもって礼拝する時が来る。今がそのときだ。」神様の前では、エルサレムだろうとゲリジム山だろうと、どこで礼拝をするかは問題にはならない。霊と真理にもとづく礼拝であるかどうかが大切なのだ、と。彼女の思いを肯定し、受け入れ、それに応えるイエス様がおられます。
「救い主が来られることは知っています。その方が来られるとき、私たちに一切を知らせてくださいます。」ここで女性の秘めていた信仰が、救いを求めている気持ちが明らかになりました。
「あなたと話しているこのわたしがそれだ。」 彼女が、救いに触れた瞬間でした。
人と人の間に差別を生みだす偏見は、人の「いのち」を失わせるものです。イエス様は、ユダヤ人が持っていたサマリヤ人への偏見を越えて、彼女に語りかけ、しかも彼女が抱えている事情をすべて承知で、彼女と向き合っていきました。
イエス様がサマリヤ人女性に向って働きかけたことは、人とのつながりの回復でした。常日頃、偏見に晒されていた相手からの反発はあって当然ですし、傷つく言葉をかけられるかもしれません。しかし、イエス様は怯まずに、「わたしはあなたと向き合い話がしたいのです」と語りかけて行きました。その働きかけは、女性自身を変えました。人目を避けるようにしていた彼女が、少しずつイエス様の方に向き直り、そして、投げかけられる問いに答えるだけの自分から、自ら問いを投げかける者へと変わったのです。また彼女は、自分の存在を問う者へと変えられました。そして、彼女は、自分の存在と生き方を、肯定して行くのです。まさに自分のいのちを回復するのです。
それは一つの癒しの奇跡でした。彼女の「魂の渇き」が癒されたときでした。決定的なのは、彼女が、イエス様の存在を他の人々に告げ知らせる者へと変えられていったことです。彼女は、町の人々に向けて語りました。「この方が、私の行ったことをすべて言い当てました。もしかしたら、この方が救い主(キリスト)かもしれません。」 それは、彼女の信仰の発露です。それまで抑えていた彼女の思いが、イエス様と出会ったことで溢れてきたのです。そして、その彼女の言葉を聞いて、多くの人々が、イエス様の言葉を直接聞いて信じていったのです。
「人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。」
「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」
イエス様が一人のサマリヤ人女性に「いのち」を与え、彼女が生き生きとしていることに驚き、その出来事を通して、イエス様がユダヤ人とサマリヤ人の隔ての壁を壊して、救いをもたらす「世の救い主」であることを、サマリヤの町の人々が実感したからこそ、彼らは、イエス様を信じたともいえるでしょう。
「生きたいのちの水」であるイエス様は、偏見、先入観、差別の意識といった、人を不自由にさせるもの、人と人の関係を損ない阻むものを取り崩し、生き生きとした関係に立ち返らせてくださいます。私たちの渇いた「いのちと魂」を甦らせ、人と人のつながりを修復し、また回復する水として、イエス様がそこにおられます。
私たちもまた、自分の「心の渇き・魂の渇き」を、イエス様の前に投げ出して、イエス様の言葉やわざから「いのちの水」を汲むことを、祈り求めたいと思うのです。
2020年8月2日 (平和主日)
「平和の基」
ヨハネによる福音書
15章9節~12節
イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。
ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。
その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。
イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。
イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。
「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」
それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。
あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」
人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。
イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。
「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」
それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。
しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。
もちろん、注意しなければならないことはあります。
「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。
最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。
と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。
「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。
「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」
日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。
「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。
「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」
この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。
私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。
それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。
なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。
日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。
昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。
そこでは、次のような祈りがささげられました。
「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」
「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」
「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」
「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」
「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」
「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」
「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」
「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」
「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。
平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。
人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。
「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン
2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)
「天の国の実現」
マタイによる福音書
13章31節~33節
+44節~50節
イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。
私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。
イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。
先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています
「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。
からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。
讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。
「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」
球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。
からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。
次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。
「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。
パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。
パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。
「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。
また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。
「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。
もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。
そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。
もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。
44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。
二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。
つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。
イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。
現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。
しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。
「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。
日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。
「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。
2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)
「生き直すということ」
マタイによる福音書
11章28節~30節
人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。
競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。
行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。
生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。
「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。
今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。
軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。
ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。
つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。
ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。
「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。
旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。
ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。
イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。
本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。
イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。
と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。
「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。
それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。
それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。
あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。
またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。
イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。
「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。
この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。
生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。
だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。
だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。
2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)
「あなたが花束」
マタイによる福音書
10章40節~42節
「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。
歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。
「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。
それは、その相手を励ましたいからです。
「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。
歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。
歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。
「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。
「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。
その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。
歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。
そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。
「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。
この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。
いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。
自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。
そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。
「あなたが花束」になっていくのです。
「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。
今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。
ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。
そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。
「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)
「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。
「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)
この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。
弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。
二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。
使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。
「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。
パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。
福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。
もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。
たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。
生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。
弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。
教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。
それが、弟子の使命です。
どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。
2020年1月26日
「天の国は近づいた」
マタイによる福音書4章12~18節
韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。
共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか
共に平和をつくり 共に生きる その町で
平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら
貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で
平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で
私たちの労働が お祭りになる その日に向かって
共に生きる町 小さくても 美しい町
共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか
教えてください 教えてください 共に生きる町を
詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。
その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。
この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。
一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。
と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。
この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。
八〇年代、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。
このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。
「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。
明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。
勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの
かもしれません。
いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。
「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」
その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」
イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。
「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。
ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。
具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。
不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。
それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。
悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。
この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。
私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。
大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。
それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。
それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。
確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。
「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。
「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。
「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います
(2020年1月26日)