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​礼拝メッセージ
       (当分の間、毎週更新します)
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2026年10月18日 
​聖霊降臨後第21主日

「神のものは

神に返す」

​マタイによる福音書
22章15節~ 22節

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 「それから、ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談した。」

 イエス様がエルサレムに来てから、ファリサイ派の律法学者たちは、何度も論争を挑みながら、とにかくイエス様を陥れるために知恵を絞って、イエス様が何か失言をするよう仕向けました。そして、日頃は対立しているヘロデ王家の支持者たちと手を組んで、彼らの共通の敵であるイエス様のもとへと出かけました。

 「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てなさらないからです。」

 悪はしばしば善の仮面をつけて立ち現れるといいます。彼らは先ず下出に出て、心にもない言葉、お世辞を語ってイエス様に近づきます。慇懃無礼という言葉通り、あたかも偉い先生の教えを賜りたいとでもいうように振舞いながら、彼らはイエス様を罠にかけようとします。「ところで、どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。」 

 これが彼らの仕掛けた罠でした。

 

 質問は、ローマ皇帝に税金を納めるのは、(旧約)聖書の律法に適っているかいないかということです。そして、この質問には背景がありました。このときのユダヤ・サマリヤ地方一帯は、ローマ帝国の直轄領になっていましたから、その地方の住民は直接税(人頭税)をローマ帝国に支払う義務が生じていたのです(人頭税とは、住民一人につき一定の金額を支払わせるものです)。 

 因みに、この時代の税金は、今日の日本のそれとは違って、国民や市民に還元される公共の事業や福祉などの財源ではなくて、支配者(とその国家)のために徴収されるものでした。そして、この人頭税の支払いは、ローマ帝国の支配に反感を持っていた人たちにとっては、忌々しいことだったと思われます。それはある意味、ローマ帝国による支配の現実を、否が応でも思い知らされることだったからです(ちょうど、復帰前の沖縄でドルが通貨として使用されていたことと似ています)。この人頭税は、内心は嫌々であっても、住民たちは、もちろん支払わなければなりませんでした。​

​ つまり、このときファリサイ派とヘロデ派たちは、このローマ帝国への人頭税の支払いが、聖書の律法に適うかどうかを聴くことによって、実はイエス様の政治的な立場を明らかにさせようと謀ったわけです。

 ですから、イエス様がもしも、この問いに対して、「ローマ皇帝に税を支払うのは律法に適っている」といえば、イエス様は「ローマ帝国寄り」の立場と見なされて、そのことで多くの民衆の信頼を失うことになります。ファリサイ派は基本的には異邦人であるローマ帝国への納税を、快くは思っていなかったからです。反対に「適っていないので支払う必要はない」といえば、ヘロデ派は親ローマ帝国の立場でしたから、「イエスはローマ帝国の政策に反対した」と告発される可能性があったわけです。どちらに転んでも、イエス様を追い込められる、とファリサイ派もヘロデ派も思っていました。それだけこの問いは、イエス様への民衆の信頼を大きく左右するものでもあったわけです。

 

 このときイエス様は、彼らの悪意には気づいていました。ですから、イエス様は、この質問に対して正面から、「律法にはこのように書いてある」とか、あるいは「律法の精神から言えばこのように考えられる」とは答えませんでした。

 そのかわり、イエス様は、税金を納めるのに使用する貨幣を持ってこさせて、その貨幣にどんな肖像と銘が彫ってあるかどうかを確かめさせました。彼らが持ってきたデナリオン銀貨には、ローマ皇帝の肖像と銘が彫ってありました。彼らが、「(銀貨にある肖像と銘は)皇帝のものです」と言うと、イエス様は言われたのです。

「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と。

 貨幣に刻まれた皇帝の肖像と銘。それはある意味、誰が、実質的な支配者なのかを示していると言えるでしょう。ヨハネの黙示録に「人々の額に『666』という刻印が押されている」という表現が記されていますが、この「666」は、その当時のローマ皇帝ネロを意味しているとされます。つまり、これは、人々がローマ帝国皇帝ネロの肖像を刻んだ貨幣によって、経済的に支配されていることを示しているわけです。言い換えれば、ローマ帝国の支配下にある場所では、人々は否が応でも、貨幣経済の下で生きざるを得ない現実が、そこにはあるのです。イエス様の「皇帝のものは皇帝に返してやれ」という言葉の響きには、そうした現実に対して、ある種距離を置いた冷めた意識を感じます。それは、「ローマ帝国で流通している貨幣だから、それならローマ帝国側に返しなさい」とも言っているように聞こえるからです。

 ただし、イエス様はここで、税金の制度について何かの考えを明らかにしたというのではありません。イエス様は彼を陥れようとする質問に、付け入る隙を与えませんでした。先にも言ったように、「皇帝への納税」が、律法に適法かどうかは答えていないのですが、このイエス様の答えにファリサイ派もヘロデ派も驚いて、イエス様を追求するのを止めて、その場に残して立ち去ったのです。

 

 さて、ここでイエス様は、「神のものは神に返しなさい」という言葉も語りました。この「神のもの」という言葉、一説ではすべてのユダヤ人が納める義務を負っていた「神殿税」(エルサレム神殿の維持のために徴収された税金)のことを指しているとも言われています。「あなたたちが神殿税を納めなければならないのと同じように」の意味にとることができるからです。

 では、この「神のもの」という言葉を、あらためて私たちはどのように理解するのか。考えられるのは、「神のもの」とは、人間が神様から受けてきたものすべて、という解釈です。

 たとえば、「神のもの」を愛だと理解することです。

 中南米ニカラグアの村ソレンチナーメの教会で、この「神のもの」という言葉について、一人の農民がこう語っています。「神のものは神に返せっていうのは、神に愛を、兄弟愛を献げろってことだ。だって、神は愛なんだから愛は神のものだろ」と。この言葉を受けて、指導者であるカルデナル神父もまた、こう応えています。「キリストは、(預言者ホセアの言葉を用いて)神がわれわれから望まれるものは、犠牲ではなく(また燔祭などの宗教的崇拝でもなく)、愛と慈しみである」と。つまり、それは、私たち人間が受けた「神様からの愛」を、今度は具体的な形で隣人への愛と慈しみとして表していくことだというのです。あるいは、「愛は(例えば)金(富)を分かち合うことで、神のものを神に返すというのは、人々を互いに愛させ、富をみんなのものにすることである」と語っています。

 イザヤ書の58章6節以下の言葉も、それを表しています。(神様が私たちに望むのは、)「飢えた人にあなたのパンを裂き与え / さまよう貧しい人を家に招き入れ / 裸の人に会えば衣を着せかけ / 同胞に助けを惜しまないこと」であり、それが、「悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて / 虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること」なのだ、というのです。

 言い換えるなら、イエス様がファリサイ派やヘロデ派の人々に対して、「神のものを神に返しなさい」と語ったのは、自分たちが受けた「神様からの愛」を、具体的に隣人への愛として表すことが、あなたたちにはない、という批判でもあるとも言えます。自分たちの恵まれた生活に対して感謝を持って省みることもなく、民衆と互いに愛し合い、大切に思い合い、助け合ってモノや富を分かち合うということを、ファリサイ派やヘロデ派の彼らはしていない。だから、イエス様はそれを指摘したのだといえるのではないでしょう。

 

 「神のもの」を、私たち人間がその生命を保ち維持していくために必要とする、一切のものと考えることもできます。

 私たちは、「主の祈り」の中で「日毎の糧を今日もください」と祈りますが、その「日毎の糧」とは、「食べ物と飲み物」といった生活必需品に止まらない、と宗教改革者マルティン・ルターは、述べています。つまり、それは、健康や教育、職業であり、また安全をもたらす政府や国、自然環境等々、多岐にわたるものだと言うのです。それら一切のものが、「神のもの」、「神様から頂いたもの」であると云えます。

 あるいは、私たちの生命そのものが、「神様から頂いたもの」です。一つの生命がこの地上で生まれ、成長し、そして時を経て、死の時を迎え、神様のもとへと帰っていく。それもまた、「神のものを神に返していく」プロセス(過程)なのではないかとも思うのです。

 そう考えるとき、私たちは、この「神のものを神に返す」という言葉を、より豊かなものとしてイメージし、、より具体的なものとして形に表すことが出来るのではないでしょうか。

 さて、ここで問題なのは、本来神様がすべての人に生命を与え、それを保ち、生活を維持していくために一切のものをくださっているにもかかわらず、現実には、誰もがそうした「生命を保ち、生活を維持するためのもの」を受けられてはいない状況があるということです。貧困や飢餓、病気や障碍、あるいは失業や生活格差、戦争や内戦、環境破壊などの問題によって、生活が損なわれ、生命の危険に脅かされている人たちが、この世界にいることもまた事実です。その原因の一つが、世界の富のかなりの部分を、ごく一部の、僅か数パーセントの人々が独占していることにあると言われています。事実、十年程前のある統計によれば、世界の富裕層上位の8人が持っている資産の合計額が、世界人口の50%にあたる約36億人の資産合計とほぼ同額とされています。

 旧約聖書では、富は神様からの恵みの徴とされています。しかし、他方、教会では伝統的に、「貪り」は罪であるともされてきました。富の独占は、「貪り」とは言えないでしょうか。

 それだけに、私たちが受け取ることのできた「神様から頂いたもの」を、今度は私たちが「神様に返していく」ことは大切です。つまり、私たちが受けた「神様からの愛」を、具体的な形で隣人への愛と慈しみとして表していくこと、人々と互いに愛しあい、「富をみんなのものにすること」です。

 姉妹・兄弟の共同体、教会の働きを支えるための献金も、ある意味、私たちが「神様から受けてきた一切のもの」に対する感謝のしるしであり、その喜びの思いを形にしていくことだといえます。

 「神のものを神に返す」ことはまた、神様に喜ばれるような人生を歩むということかもしれません。隣人のため、「他者のため」に働き、生きる。隣人を活かすために、私は生きる。それもまた、一つの「神のものを神に返す」あり方だといえます。

 私たちも「心と、思いと、精神を尽くして」、自分自身の持てる全てを尽くして、「神様から頂いたものを神様に返していく」ように、努めていきたいのです。

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2026年10月11日 
​聖霊降臨後第20主日

「招かれたなら」

​マタイによる福音書
22章1節~ 14節

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 「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている。」こう言って、イエス様は一つの譬えを話されました。ただそれは最初、ずいぶんと物騒なお話として展開されています。

 王子の婚礼のために、王はあらかじめ招待していた客を、使いの者を送って、「もう準備ができました。どうぞおいでください」と呼びに行かせましたが、招待されていた客は誰一人来ようとしません。王の招待を無視しますし、あろうことか使いの者に乱暴したり、甚だしい場合には殺してしまいました。この仕打ちに王はたいそう怒って、軍隊を送り、人殺しどもを滅ぼし、しまいにはその町を焼き払ってしまいました。当初予定していた招待客はいなくなってしまったのですが、王は「招いていた人々はふさわしくなかった」と言って、家来たちに、町の大通りで見かけた者は誰でも、「見かけた人は善人も悪人も皆集めて」客として婚宴に連れてきなさい、と命じました。おかげで宴席は一杯の客で溢れたのです。

 この譬え、先週の日課の続きですから、王は「天の国」の神様、王子はイエス様本人と考えられます。そして、最初に招待されていた人々は「祭司長たちや町の長老たち」といったユダヤ教の人々を示しているといえます。「使いの者」は「預言者たち」であり、「婚礼への招待」とは、「律法と預言者」たちを通して示されている「神の正義と公正」の道に立ち返れという、神様の呼びかけと考えられます。つまり、「祭司長や律法学者たち」をはじめとするユダヤ教の支配者たちは、この神様の呼びかけに応えるどころか、これを無視している。甚だしい場合には、預言者たちを疎んじ、また殺害さえする。(今日の状況でいえば、こうした「神様の招きに応えない」人々は、神さまの愛を実践することもなく、「今だけ、金だけ、自分だけ」とばかりに、自分の名声や利益だけを優先して考え、他人が陥っている困窮した状況などは気にもとめず、戦争を起こしたりする人たちとも言えます。) だから、神様は、「王子の婚礼」の席に、すなわちイエス様のもとに、「最初予定していた客」ではなく、誰彼の区別なく多くの人たちを呼び集めるのだ、ということなのです。

 

 さて、この譬えで、大切なことの一つは、「どうぞおいでください」という神様からの招きは、何かを言い訳にして後回しにして逃してしまってはならない機会、「今、この時」だということです。そして、それは、まさに「婚礼の花婿」であるイエス様との出会いの時、人が何らかの仕方で救い主キリストであるイエス様と出会うその時、それが神様による招きの時だということです。その機会を逃さずに、神様の呼びかけに応えることが求められているということです。この場所に集っている皆さん一人一人が、私も、あなたも、いろいろな機会に、例えば自分が将来歩む道を求めているとき、あるいは試みや悩みのうちにあるとき、様々な仕方で、教会を訪れ、聖書と出会い、イエス様と出会って来た、つまり「今、この時」の神様の招きを経験してきたのではないでしょうか。今、ここにいるということが、その神様の招きに応えているということなのです。

 

 そして、もう一つ大切なことは、譬えの中で「そこで、家来たちは通りに出ていき、見かけた人は善人も悪人もみな集めてきたので、婚宴は客でいっぱいになった」と書いてあるように、この神様の招きは、すべての人に向けてなされているということです。つまり、その招きは、国籍や職業、年齢や性別、障がいの有無などにかかわりなく、すべての人々が対象だということです。人がそれまでどのような人生を歩んできたかといった経歴などとも無関係です。誰でもがその神様の招きに呼ばれているのです。しかもその招きは、その人が、神様を、イエス様を知り、信じるのに先立って、呼びかけられているのです。

 さて、肝心なのは譬えの後半です。集められて宴席に座っていた人々の中で、「婚礼の礼服」をつけていなかった男が、外に放り出される場面が出てきます。これは何を意味しているのでしょうか。そして、この譬えを文字通り読めば、「天の国」に入れるのは、招かれた人たちの中でも、やはり「婚礼の礼服」を、身に着けた人ばかりが選ばれ「天の国」に入れる、という意味合いにも見えてしまいます。つまり、そこにはやはり選ばれる条件があるようにも思うのです。ただ、その宴席を一杯に埋めた客は、すべて大通りを偶然歩いていて、家来が見かけて集めて来た人たちのはずです。「善人も悪人も」、突然「宴席が用意してあります。どうぞおいでください」と声をかけられて、集められている。そうやって考えてみると、そこに集められた客たちは、婚礼の礼服の用意もないままその場所へ来たと思うのが普通です。王から「なぜ、婚礼の礼服を着ていないのか」と問いかけられて、あげくに外に放り出された人も、そんな一人だったでしょう。でも、なぜか、「婚礼の礼服を着用していない」という理由で、その男一人だけが外に放り出されてしまう。だとしたら、筋が通りません。しかも「誰でも見かけた者を連れてこい」と命じたのは、王自身だからです。

 一説では、古代、王が宴席を設けて人を招待するとき、礼服を用意しておいて、招待客で礼服の用意のない人にそれを貸すという風習があったともいわれています。が、仮にもしそうだとすれば、この男は、その用意された礼服を借りることもしなかったし、拒否をしたということなのでしょうか。

 もとより譬え話ですから、筋が通らないからと詮索しても仕方ないのかもしれませんが、結論から言えば、その男は、その場で求められた「相応しさ」、「婚礼の席に相応しいあり方」を尊重しなかったともいえます。つまり、これは言い換えれば、神の招きに相応しい応答の仕方が言われているのかもしれないということです。

 では、多くの「招かれた人」の中で、選ばれる人、「天の国」に相応しい「婚礼の礼服」を着ている人は、どのような人なのか、それが次の問題です。

 

 ヨーロッパの格式の高いレストランなどでは、ドレスコード(服装の基準)というものがあって、ラフすぎる服装で訪れると、入店を断られる時がある。あるいはそうした店では、客がたまたまノーネクタイで行った時には、場合によってはネクタイを貸してくれる、と聞いたことがあります。TPOという言葉を聞いたことはあるでしょうか。一九六〇年代の日本のファッション業界でいわれ出した言葉(和製英語)で、Time(時間)、Place(場所)、Occasion(場合・場面)を意味します。そして、人が出かける場合には、「いつ、どこで、どんな状況」であるのかを考えて、その場所、場面に相応しい服装や態度を取ることが大切であるという考え方です。冠婚葬祭、仕事、あるいはプライベートを区別しながら、人が、その場所の雰囲気、作っている空気を壊さないように振舞うために、TPOを心得ておくことが大事とされています。

 ただし、どのような場合でも、その場所を訪れた人が、どんな気持ちでそこを訪れたのかが、一番重要なのは言うまでもありません。たとえば、誰かを訪問したり、誰かから招かれたときに、相手に対する敬意や感謝、祝福、あるいは悼む気持ちを持っているかどうかは、大切なことです。TPOは、あくまでもその目安といえます。その上で、この譬えでは、「招かれた宴席への相応しさ」が、問われているようにも思えるのです。

 

 宗教改革者マルティン・ルターは、この個所で述べられている「婚礼の礼服」のことを、始めは「信仰のことだ」と見なしたといわれています。「天の国」の到来に際して、最後の審判の日に、信仰の欠けている人々が、「天の国」から締め出されるというのです。ただ、後年になってルターは、この「礼服」に関する理解をさらにこう広げて解釈しています。

 「キリストの義によって我々のよそおいとされる信仰が、正しい礼服に他ならない。その信仰は愛によって働く、つまり愛のわざをなす。」「このよそおいをしない客が非難されるのは当然である。しかし、そのよそおいをしている者が、それを理由に義とされることはない」と。ルターによれば、信仰を持ち、愛のわざの実り(果実)を持っている人が、「婚礼の礼服」を身に着けた人なのだということです。ただ、ルターは、だからといって、信仰を持っているということを、さも自分が「義」とされる、「相応しい」とされることは当然だと、うぬぼれてはいけない、ともくぎを刺しています。あくまで人は謙虚であるべきなのです。

 あるいは、もっと単純に、「婚礼の礼服」を着ている人たちとは、「天の国」の宴席に招かれたことへの驚きと共に、感謝して、そして婚礼する王子を祝う「おめでとう」という気持を持って、その招きに応えようとする人たち、のことかもしれません。

 その外に放り出された男は、王の「どうして礼服を着ないでここに入っているのか。」という問いかけに、黙って答えようとはしなかった、とありますが、実はそこに問題があるのかもしれません。その人が、招いてくれた王に感謝を述べて、礼服が用意できなかったことを詫びて、改めて祝いの言葉を宣べていたとしたらどうだっただろうか。王である神様は、何と答えて反応しただろうか、とも思ってしまうのです。案外、招きに応じて「婚礼」を一緒に祝ってくれたことへの感謝と、労いの言葉をかけてくれたかもしれない、と思うのは間違っているでしょうか。

 

 「婚礼に相応しい礼服」を身に着ける、つまり「天の国」の呼びかけに相応しい応答とは、今述べてきたような「信仰」と「信仰の果実としての愛の行動」、そして「招かれていることへの喜びと感謝、祝福」を表すことなのかもしれない、とも思います。それは言い換えれば、神様の召しにふさわしい生き方、新しい生き方、新しい人生を生きるということかもしれません。

 イエス様がこの地上に来られたこと、そこで教えとわざを示して、その生涯をかけて人がどう生きるべきかを教えられたこと、そして、人々の罪を贖うために十字架に架けられ死んで、罪の赦しのしるしとして復活されたこと、それが福音です。神様による「天の国」への招きとは、このイエス様の福音が示す神様の愛に気づいて、そのことに感謝して、イエス様を信じる、イエス様に信頼することであるといえます。

 この招きは、全ての人に向かって開かれています。「自分は相応しくない」と感じていたとしても、イエス様はその人を招いているのです。そして、招かれている私たち、私╲あなたに求められているのは、自分の生き方を神様が示す道へと変えて行く悔い改めと、イエス様への信仰、その信仰から生まれる愛のわざ・行動、そして招かれたことへの喜びと感謝を持つことです。それこそが、イエス様の招きに「相応しく」応えていくことであり、「天の国」の到来への備えをすることなのです。私たちは、その「天の国」の宴席に招かれていて、その席に着くことができるのです。それだからこそ、今こそ、私たちの「婚礼の礼服」を身にまといたいと思うのです。

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2026年9月27日 
​聖霊降臨後第18主日

「義の道に立ち返る」

​マタイによる福音書
21章23節~ 32節

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 イエス様が神殿の境内で人々に教えておられた時のことでした。イエス様のところに祭司長や民の長老たちが近寄って来て、こう聞きました。「何の権威でこのようなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか」と。

 彼ら「祭司長や民の長老たち」は、イエス様に対して腹に据えかねるものがありました。イエス様は、彼らにとってユダヤ教の秩序、ことに神殿の秩序を乱す存在に他ならなかったからです。

 イエス様がエルサレムに入城したとき、「群衆」はイエス様に向かって、「ダビデの子にホサナ」と叫んで、半ば騒然としました。そのあと、イエス様は、神殿で「売り買いをしていた人々」や「両替人」を、父なる神様のみ心に反していると言って追い出しました。その一方、境内ではイエス様は、そばに寄ってきた「目の見えない人や足の不自由な人たち」を癒しました。そして、後日また神殿に来ると、今度は人々に向かって、憚ることなく自由に教えを説いていたからです。

 そのイエス様の行動は、「祭司長や民の長老たち」にとっては目障りだったに違いありません。だから彼らは、イエス様のところにやって来ると、「いかなる権威をもってこんなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか」と詰問したのです。ここで言われている「権威」という言葉は、「誰かから与えられた権限」のことを指します。「誰がそれを許して、どんな根拠があって、そんなことをしているのか」と聞いていたわけなのです。

 

 イエス様の所にやって来た「祭司長」は、ユダヤ教の専門家として専門的な知識を身に着けて、公的に認められ経験も実績も積んできた「権威」者でした。「民の長老たち」もまた、ユダヤ人社会の伝統を根拠にして、社会的な影響力を持った「権威」ある者として、ユダヤ人社会の支配者・指導者層に属していました。彼らが、イエス様に向かって「権威」を持ち出しているのは、ある意味、自分たちの方がイエス様よりも社会的な立場で優位にあるのだということを、示そうとしているといえます。

 「権威」とは、本来人を従わせる力のことであり、人の持つ力が周囲に影響していく様を言いますが、それは、「この人に聞けば大丈夫、任せておけば安心」というような「信頼」に裏打ちされたものです。言い換えれば「権威」とは、本来その人に対する信頼と、責任を委託されることによって与えられ認められるものなのです。他方では「権威」とは、その人の持っている社会的な影響力、人脈や顔の広さ、情報収集力や発言力の高さによって、周囲の人が思わず「畏れて」その人の意見を承認し、従ってしまう、そうした「威厳」や「威光」を意味するものでもあります。

 そんな彼らにしてみれば、イエス様は、ガリラヤ出身の大工の倅であり、ユダヤ教の専門教育を受けたわけでもない、「権威」とは無関係の「素人」同然の男でした。にも拘らず、イエス様の教えや癒しのわざ、また神殿での騒動は、彼らの「権威・権限」を無視した勝手なふるまいであり、そうした「権威」に逆らう行動だったわけです。「だれがその権威を与えたのか」とのイエス様への問いかけは、自分たちこそが「権威」であり、自分たちの許可なしに行う(イエス様の)行動は、自分たちの「権限」ある領分を犯す「越権行為」に他ならないという非難でもあったわけです。

 

 こうした「祭司長や民の長老たち」からの非難に対して、イエス様は、こう切り返しました。

 「では、わたしも一つ尋ねる。それに答えるなら、わたしも、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう」と。そして、こう聞き返しました。「(洗礼者)ヨハネの洗礼はどこからのものだったか。天からのものか、それとも、人からのものか。」

 イエス様は、彼ら「祭司長や民の長老たち」に、洗礼者ヨハネの行なったことは、天、すなわち神様の意思によるものか、それとも、人であるヨハネが自ら勝手に行ったものでしかないのか、と尋ねたのです。洗礼者ヨハネの「権威」について、「祭司長や民の長老たち」に問うたのです。

 この質問に対して、「祭司長や民の長老たち」が始めた議論は、彼らがどのように洗礼者ヨハネの呼びかけを聞き、評価し、判断していたのかをあらわにしているといえます。

 「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と我々に言うだろう。『人からのものだ』と言えば、群衆が怖い。(群衆)皆がヨハネを預言者と思っているから。」

 彼らは、洗礼者ヨハネの呼びかけを真面目には聞いていなかったし、信じてもいなかったことがよく判ります。ただ彼らは、群衆がヨハネをどのように信じていたのかはよく理解していました。その群衆の反応は、彼らにとってはある種の恐怖の種でしかなかったのですが。ともかくどちらの答えを選んでも、彼ら「祭司長や民の長老たち」が窮地に立ってしまうことは明らかでした。彼らはそこで、「権威」の本来の意味、「天からのものか、人からのものか」について考えることはしませんでした。ただただ自分たちの保身を図ることだけに終始します。結局、彼らはイエス様に向かって、「分からない」「知らない」と答えたのです。それに対して、イエス様も、「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい」と答えられたのです。

 

 さて、ここでイエス様は、「祭司長や民の長老たち」に対して、父親から「ブドウ園に働きに行くよう」命じられた「二人の息子」の譬え話をしました。

 「あなたたちはどう思うか。ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった。この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」

 この問いに、「祭司長や民の長老たち」が「考え直した兄の方だ」と答えると、イエス様は次のように言いました。「アーメン、あなたがたに言う。徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。」「なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても、後で考え直して彼を信じようとしなかった」と。

 「ヨハネは義の道を示した」とは、ヨハネが神様によって立てられ、その言葉を託されたことを示しています。紛れもなく、イエス様は、洗礼者ヨハネがその「権威」を天から受け取っている、と語っているのです。そして、その「権威」を認めて受け入れたのは、徴税人や娼婦たちであった、とイエス様は語ります。この徴税人や娼婦たちは、その職業・生業ゆえに、「祭司長や民の長老たち」からは「罪人」と見なされていました。おそらくは、それぞれの様々な事情から、彼らが選択せざるを得なかった職業や生業だったでしょうし、本当は、その「罪」から解放されたい、「罪人」と蔑まれずに人生をやり直したいと願っていた。だから、彼らは、洗礼者の「罪の悔い改め」の呼びかけに応えて、洗礼を受けたのではないでしょうか。その彼らの姿を、イエス様は、父親の言葉に最初は「いやです」と言いながらも、後で考え直して出かけた兄に例えた、とも言えます。

 一方の「祭司長や民の長老たち」は、自分たちのことを、伝統や律法を正しく守り、あくまで「罪」を犯してはいない存在と思っています。それゆえに、ヨハネが「罪の悔い改め」を呼びかけた時、彼らは、「悔い改め」を自分たちには無関係の事柄として、省みることすらしていなかったのです。そこに罪があるとイエス様は指摘するのです。「祭司長や民の長老たち」の在り様は、口先では、「お父さん、承知しました」といいながら、実際には何もしなかった弟の姿と同じだというのです。

 イエス様は、この「二人の息子」の譬えを通して、「罪」を自覚し謙虚に悔い改める者と、自分を省みることなく過ごしている者のどちらが、父なる神様のみ心に沿っているのかを、自分には「権威」があると思っている「祭司長や民の長老たち」に問い質したのです。

 

 「祭司長や民の長老たち」が口にする「権威」、それは、いわば「昔の人の言い伝え」、「自分たちの言い伝え」(マタイ15章2~3節)である慣習や伝統を根拠にしたものにすぎません。問題なのは、例え「祭司長や民の長老たち」が、周囲の人間から信頼され、「権威」を持つ者としてみなされていたとしても、その「権威」が、何のために彼らに委託されたのかを理解し、自分たちの責任を謙虚に顧みて果たしていくことがなければ、それは神様のみ心に適うものではないどころか、「神の掟を破る」(マタイ15章3節)ものでしかない、ということです。今日の日課はそのことを教えてくれます。

 「権威」が、上から人を押さえつけたり、「権威」者の利権を守るためのものであるならば、イエス様は、そんな「権威」には関心はありません。「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい」というイエス様の言葉がそれを表しています。イエス様の視線は、むしろそんな「権威」からは程遠い、徴税人や娼婦たちに向けられています。洗礼者ヨハネの宣べ伝えた「罪の悔い改めの洗礼」を信じ、より良い生き方を願う彼らに、イエス様は向き合っています。天の神様の愛は、謙虚に自分を省みて、「義の道に立ち返ろう」とする彼らにこそ向けられ、彼らこそが「神の国に先に入る」と、イエス様は、そう語っているのです。

 イエス様は、フィリピ書にあるように、「神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり」、日々負っている重荷、「罪」から赦されたいと願う人々と「同じ姿をとって」、神様の前に謙虚に立たれました。(2章6~8節) それは、彼らを救い、その人本来の尊厳を回復するためでした。その人々、私╲あなたのために、あえてイエス様は十字架の死をご自分の務めとして「従順に」選ばれたのです。神様の愛がここにあります。イエス様がその生涯と受難、十字架の死と復活の姿を通して示された神様の愛があります。

 「あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人になりなさい。」(マルコ10章43節)

 私たちもまた、その姿に倣いたいと思います。私たちもイエス様の十字架の前に、「神様の義と愛の道」に立ち返りたいと思います。そして、神様の前で謙虚に自らを省みながら、この社会の中にある「権威」について考え、本来私たちがイエス様から託された使命・務めを担っていきたいと思うのです。

 「イエスは交わりにおける本当の権威を『兄弟としてする奉仕』に結びつけた。」(ボンヘッファー) 

 イエス様の愛と慈しみを信じ、日々を歩むものとされていきたいのです。

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2026年10月4日 
​聖霊降臨後第19主日

「委ねられて

いること」

​マタイによる福音書
21章33節~ 46節

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 先ほどお読みした福音書の日課は、マタイによる福音書21章33~46節です。ここでイエス様が語られた譬え話ですが、これは、そのまま素直に読めば、「農民一揆」のお話です。ひょっとするとイエス様は、何かの折に自分が耳にした「ある農民一揆」のことを、譬えとして用いたのかもしれません。

 地主からブドウ園を任されていた農民たちが、自分たちの労働の実りを、地主に取り上げられるのを良しとせずに、一揆をおこして、地主から送り込まれた使用人たちを痛めつけたり、殺してしまった。そして、その一揆を鎮圧するために軍隊が送り込まれて、農民たちは殺されてしまった、と。

 ただイエス様は、その譬えを用いるに際して、そこに神様とユダヤ人たちの関係、特にユダヤ社会の指導者たち、祭司長や民の長老たちという宗教指導者たちの姿を読み込んだのではないでしょうか。この譬え話が、先週の日課のエピソードに続くものであることから、それは判ります。

 このお話では、ブドウ園は、ユダヤ人たちの社会を意味しています。ブドウ園の主人は神様のことを指しています。また農民は、ユダヤ人の主だった指導者たちを、育てられているブドウはユダヤ人たちを表しているのでしょう。主人が遣わした使用人たちは旧約聖書に記されている預言者たちを示し、そして、主人の一人息子は、イエス様ご自身を表すと考えられます。

 ユダヤ人の指導者たちには、神様から与えられた仕事がありました。それは「ブドウ園」のブドウの世話をすること、つまり、ユダヤの人々が神様の存在を知り、各々が神様への信頼を持って生活といのちを全うすることができるように導く、というものでした。しかし、指導者たちはその仕事を十分に果たしてはいませんでした。彼らは、神様の教えによって人々を救いに導く代わりに、かえって人々を支配し、苦しめているというのです。

 その一つの実例が、イエス様の宮清めに示されるような神殿の有り様だったといえます。旧約聖書にある律法によって、神殿に詣でる人々は、生贄や供え物を捧げなければなりませんでしたが、たとえばその生贄の動物は、神殿の庭で商人から購入するような仕組みが、長年にわたって出来上がっていました。その商人たちの儲けからいくらかが、というか相当の金額が神殿に収入として収められていたのです。神殿の儀式や祭りの際には、商人たちだけでなく神殿自らが経済活動を行うことで、民衆を搾取している、というわけです。あるいは神殿の祭司たち以上に、国を支配していた王族や貴族たち、大商人たちは、たとえば自由農民の土地を取り上げては、自分の所有にして、大農場で小作農を働かせ、その労働の上に胡坐をかいていたわけです。そうしたことが、旧約聖書に記されているユダヤ人たちの歴史を読むだけでも、浮かび上がってくるのです。

 

 イスラエルとユダの国の歴史は、一面では、人々が神様との間に交わした契約に、何度となく背いてきたという、いわば人間の不誠実さを表しているといえます。そうした歴史の中で、神様は、預言者たちを、人々の許へと遣わすことで、人々に向けて本来の神様との関係に立ち戻ることを何度となく促してきました。今日の旧約聖書の日課、イザヤ書5章の1節から7節にも、預言者による人々への警告の言葉が記されています。

 「神様が愛するイスラエルとユダの人々に与えたはずの良いぶどう畑なのに、野生のぶどうしか実らないのはなぜか。そのぶどう畑はイスラエルとユダの国そのもの。神様は公正と正義を求めたのに、流血と人々の嘆きの叫びしか聞こえない」と。

 しかし、指導者たちや人々は、預言者の悔い改めを呼びかける声に耳を傾けることはありませんでした。そして、ときとして預言者は遠ざけられ、甚だしい場合には、いのちを脅かされ狙われもしました。福音書の譬え話で、「打ち殺される使用人たち」がそうであったように。それゆえ、今神様の息子である「わたしイエス」が来たのだ。そのわたしを邪魔者扱いし、そのあげくに殺そうとしても、そのわたしを礎にして、新しい民が神様によって祝福され、務めを受け継ぐだろう。これが日課の譬えが直接に意味することです。

 言い換えるなら、ここでは、神様から本来託された仕事や務めに立ち返って見たときに、その当時の世界でユダヤ教が何をしていたのか、社会の中でどんな役割をはたしていたのかが、痛烈に批判され、反省を促されていることが見てとれます。ことにあなたたち宗教指導者たちは、何をしているのか、今まで何をしてきたのか。あなたたちの本来担っている役割、仕事は何か、思い起こせ、と。神様が何を望んでいるのかを厳しく問う、イエス様の発言の本意が判ります。

 

 この譬えがもともと投げかけている問いは、直接には二千年前のユダヤ教に対するものでした。しかし、宗教そのものに対する問いかけとして考えるなら、キリスト教の教会もまた、その問いの前に立たざるを得ないのも確かなことです。

 イエス様が復活し天に上られた後、地上に残された弟子たちは、神様から聖霊を受け教会を形作っていきました。その教会の活動は、当初はパレスチナと地中海沿岸に限られていましたが、やがて、ヨーロッパ全域、アジア、アフリカ、アメリカへと全世界に広がっていきました。今の日本の教会もまた、その歴史に連なっているわけです。ただ、そのキリスト教の歴史全体を、イエス様の福音、つまり教えやわざに立ち返って眺めたとき、やはり私たちの教会もまた、神様から委ねられ託された仕事に応えているのかが、厳しく問われているといえます。アメリカやヨーロッパの国々でも、宗教や信仰が人々を支配する道具に利用されたり、しばしば弾圧や戦争、あるいは植民地の存在を正当化する理屈としても用いられてきました。

 キリスト教の歴史が短い日本でも、160年ほどの日本の近代化の歴史の中で、教会は、朝鮮の植民地化や中国での戦争を黙認、もしくは協力するような姿勢をとってきました。また信仰的な立場を理由に、日本帝国から弾圧されたホーリネス教会の兄弟・姉妹を、黙殺してきました。中国や太平洋での戦争を「聖戦」と位置づけるにいたっては、「当時は強制されたからやむを得なかった」とは弁解できない言動でした。

 今日の日課、このイエス様の譬えの前に立つとき、私たちキリスト者は、信仰者としての、また宗教者としての在り方に、強く反省を迫られ、問われているといえるのです。

 

 このイエス様の譬えは、人々に、ここでは直接にはユダヤ教の指導的な立場にある者に向けて、神様から託された仕事を疎かにしていることへの批判と、同時に彼らが本来なすべき仕事に立ち返ることを勧めています。

 そして、イエス様は、この厳しい批判の言葉を、詩編の言葉を用いて結んでいます。「家を建てる者の捨てた石、/ これが隅の親石となった。/ これは、主がなさったことで、/ わたしたちの目には不思議に見える」と。それはつまり、たとえ、あなたがた「祭司長や民の長老」たちが、「神様のひとり息子である『わたし』」を殺したとしても、「わたし」は、「主なる」神様によって、石工が一度は捨てた石のように、建物の土台を定める(あるいは建物のバランスをとる)重要な「隅の親石」として、「復活」させられ、その「神様の独り子のわたし」は、裁きのしるしとなる。「わたし」を信じて受け入れる者は、神様の国に受け入れられるが、拒絶する者は、「打ち砕かれ」裁きを受ける、ということなのです。

 それは、厳しい響きを持った言葉です。と同時にそれは、「神様の仕事に立ち返れ」という招きの言葉でもあります。神様が人々に期待し、また託された本来の仕事に立ち返ることを、強く促す言葉なのです。

 それゆえ私たち教会もまた、常に「初めのころの愛から離れて」しまっていないかどうかを吟味して、「どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻」る必要があるのです(ヨハネの黙示録2章4~5節)。ブドウ園の収穫を神様にきちんと返すように、この世界に生きる人々に神様の愛を伝え、イエス様が教えてくださったような生き方へと導き、愛を実践して、この世界を神様の望むようなものとして整えて、築いていくことに努めたいと思うのです。

 この日課の譬え話で大切なのは、読み手である私たちが、この世界のどこに「ブドウ園」を見い出して、その「自分に与えられた場所で、現実に目を注ぎつつ、必要なことを行うということ」(ボンヘッファー)、神様から何を仕事として委ねられているのかを見極めることです。言い換えれば、私たち一人ひとりが、それぞれの生活する「場所」で、いのちの尊厳を守り、豊かにする課題を神様から託され、また委ねられています。それは例えば、私たち自身のいのちを生きること、今一緒に生きている具体的な隣人、パートナー、家族、友人、仲間たちのいのちへの責任を担うことかもしれません。あるいは、私たちの生きている社会や世界の中で、「市民としての責任」を果たすことかもしれません。そして、たとえ人がどのような役割や仕事を神様から委ねられ託されていると感じたとしても、その課題に取り組み、「責任ある行動」を取っていく道標は、イエス様の言葉とわざ、その生涯が示している「いのちを慈しむ」「愛のわざ」なのです。

 

 イエス様は、この世界に神様の国が来ることを宣言しています。その神様の国では、神様の正義と公正が回復され、人のいのちと尊厳が尊重され、傷ついた者が癒され、泣く者が笑えるようになることが約束されています。その国は、苦しみや嘆く人々を救い、負担や重荷から解放するものです。それゆえ、私たちもまた、その神様の国の到来に備えたいと思うのです。そのために、神様の求める「ブドウの実り」を収穫したいのです。

 それは、イエス様がそうであったように、孤独のうちにある人、悩みを抱える人、悲しむ人、苦しむ人に寄り添い、その重荷を共に担うことです。それは、イエス様が命じられたように、自分と違う生き方をしてきた人に敬意を持って接し、お互いを大切にし合う、「互いに愛し合う」関係を作ることです。そうすることで、「愛の豊かさ」がもたらされます。それはまた、私たちの社会をより良くするために声を上げることでもあります。ときには政治にも関心を持ち、間違ったことに対しては、それを正していくこと、それもまた「隣人を愛し」、「平和を実現する」ことだからです。誰もが安心して、喜びと感謝を持って毎日を暮らしていける世の中を実現するために私たちが努力することは、神様にとっては収穫なのです。

 私たち教会は、主人である神様の一人息子、イエス様を私たちの内にお迎えして、ブドウ園の収穫を豊かなものとして、神様に収めていく者でありたいと思います。私たちのなすわざと語る言葉が、イエス様のものとなり、神様の祝福を受けますように。

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2026年9月20日 
​聖霊降臨後第17主日

「天の国とは」

​マタイによる福音書
20章1節~ 16節

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 アメリカの作家ジョン・スタインベックが、一九三九年に書いた「怒りの葡萄」という小説があります。アメリカ合衆国の中南部のオクラホマ州に住む農民の一家、「ジュード家」が、天候不順と旱魃による農作物の不作と、当時の大恐慌によって、銀行に耕作地を差し押さえられやむなくカリフォルニアへと移り住みます。しかし、そのカリフォルニアには、彼らと同じようにオクラホマの土地を失い仕事を求めてやって来た「難民」が大勢やって来ていた。そして、慢性的な失業状態と貧困に晒されながら、ジュード一家は、カリフォルニアのオレンジやブドウ農場で、日雇い労働者として働くという物語です。

 因みに一九四〇年には、ジョン・フォードが監督を務め、俳優のヘンリー・フォンダ主演で、映画が作られています。映画の中で、オレンジ農場で働く日雇い労働者を集める場面があります。「難民」が収容されているキャンプに、労働者募集のトラックがやって来ます。そこに男たちが殺到します。そして、運よく選ばれ声をかけられた男たちが、トラックの荷台に乗り込み、オレンジ農場へと向かうのです。私は、今日の日課を読むたびに、その映画「怒りの葡萄」の場面を思い出すのです。

 

 「天の国は次のようにたとえられる。」 

 今日の日課マタイによる福音書20章1節以下に書かれているイエス様の譬え話は、このように始まっています。

 この譬え話、先ずイエス様が生きていた時代の、現実の人々の生活を現わしていると考えられます。当時、土地や財産を持たない貧しい人は、その日限りの日雇い労働で生計を立てていたと思われます。譬え話の中で、その様子が語られています。

 夜明けに町の広場に集まって、その日の雇い主を待っている日雇い労働者たちがいます。そして、一日1デナリオンの約束で、彼らを雇い、自分が所有するブドウ園に送り込む主人が登場します。それは言ってみれば、毎日毎日繰り返される日常の光景だったといえます。朝早くから夕方まで働いて、一日の賃金をもらって帰る労働者たちの姿は、ナザレの村で暮らすイエス様にとって、身近なものだったに違いありません。

 この譬え話の重要なポイントは、ぶどう畑で働いた労働者たちが、それぞれ雇われた時間が異なり、働いた時間も違っていたにもかかわらず、ブドウ園の主人は、最後に全員に、同じ賃金を支払うというところにあります。

 以前、ミッションスクールのチャペル・アワーに呼ばれて、この箇所でお話をしたとき、必ず反ってきた感想に、「この譬え話の結末は、不公平だ」というものがありました。確かに、他人よりも働いた時間が長ければ、その人は他人よりも多く賃金をもらえる、ということを考えるのは、当たり前の感覚かもしれません。譬え話に登場する、主人のやり方に不満を感じる労働者たちも、それを口にしています。「この最後に来たやつらは、一時間ほどしか働かなかった。それなのにあなたは、こいつらを日中の辛さと熱さにも耐えて働いたおれたちと同じように扱うんですか」と。同一労働同一賃金という原則からいえば、労働時間の長さが賃金に反映されるのは当たり前のことといえます。現代ならば、労働者の働いた時間で賃金を割って、時給に換算して、それぞれに支払われるでしょう。

 あるいは、主人に文句を言う労働者たちが感じているのは、働いた労働に対する正当な評価がされていないという想いだったかもしれません。つまり、「俺はこれだけ働いた。こいつよりも何時間も汗をかいた。力も使った。そのことへの評価は何もないのか」ということです。なされた労働に対する評価が、賃金なのではないのかということです。「一時間しか働かなかった者が1デナリオンなら、それより何倍も働いたおれへの評価はもっと高いはずだ。」 そのように期待したのに、裏切られ、不当な評価を受けたと感じた。だから、文句の一つも言いたくなった、というわけです。

 

 ここで考えてみたいことがあります。一日毎に雇われて働く仕事、日雇い労働は、非常に不安定な雇われ方です。一時的にたくさんの人手が必要になったときにだけ臨時で募集されるもので、仕事が終わってしまえば、労働者も必要なくなってしまうからです。小説「怒りの葡萄」に出てくる日雇い労働者たちのように。

 言い換えれば、日雇い労働者は、いつも失業と隣り合わせの状態にあるということです。今日は仕事にありつけても、明日は仕事に就くことができないかもしれません。日雇い労働者一人一人が競争させられた状態にいるのです。一人の人が仕事にありついたということは、誰かが代わりに仕事に就けないということを意味します。あるいは、今日は雇ってもらえて十時間働いた人が、明日は一時間の仕事しか見つからないかもしれないのです。仕事をすれば、その分の賃金を手にすることができますが、蓄えも出来ず、先の保障は何もありません。しかし、誰も雇ってくれないからといって、食べていかなくてはなりませんし、家族がいれば、養っていかなくてはなりません。だから、誰かが雇ってくれるのを夕方まで待ったあげく、たとえ一時間だけの仕事であっても、ようやく働くことができて、賃金がいくらかでも貰えるのであれば、それだけでも、どれほど有り難いと思うかしれません。

 ブドウ園の主人は言います。「ふさわしい賃金を払ってやろう」と。その「ふさわしい賃金」とは、ここでは、なされた労働の量にふさわしい賃金という意味ではなく、人の一日の生活を保障するにふさわしい賃金という意味だと考えられます。たとえ仕事時間が大きく違ったとしても、それでも同じように、生活が保障されるとしたら、どんなに喜ばしく、素晴らしいことでしょうか。それは、人の生きる権利が保障されるということだからです。イエス様は、その状態こそが「天の国」だと語っているように思うのです。

 

 イエス様の譬え話は、一つの理想を表しているともいえます。

 人の生きる権利、それが一人一人に「ふさわしく」保障される世界の実現。それこそが「天の国」だと。

 この譬え話にあるようなことは、現実には起こらなかったでしょう。しかしながら、イエス様が実際の日雇い労働者の姿を譬えとしたことの意味はあるのです。大切なのは、それぞれの人間が生きる権利を持っているということです。本来労働や仕事の格差によって、生きる権利が脅かされてはならないのです。それは、現代では、たとえばワーク・シェアリングという労働の仕方かもしれません。自分の仕事時間が少なくなったとしても、皆が同じだけ生活を保障されていくことを望む。仕事時間の多少にかかわらず、同じ賃金が、そして生活が保障されていくこと、人の生存する権利を保障していくということ。それを社会全体で目指すあり方。

 何かを生産することがその人間の価値を決めるという考え方は、労働が卑しいものとされてきた時代においては、労働者の尊厳を高めるという意味を持っていました。しかし、たとえば、病気や障がいを抱えている人たちにとっては、働けるか働けないかという事柄は、単に、自立した生活を送れるかということだけでなく、また別な意味を持っています。つまり、その仕事を通して、働くということを通して、自分が社会に参加する、社会と関わるという意味を持ちます。仕事や労働は、その人の色々な人間関係やネットワークを作ることにつながるからです。人が働くということは、労働の中身を、例えば仕事の捗り具合、能率といった物差しだけでは測れない問題があるのです。

 

 この譬え話は、また神様からの招きの呼びかけと、その声に応じた人たちへ与えられる恵みの約束の物語として読むこともできるでしょう。

 「ブドウ園の主人」は神様ですが、「ブドウ園での労働」は、いわば、神様のみ心に従って私たち一人ひとりが自分の人生を生きることを表しているとも取れます。ある人にとってそれは、天職ともいえる仕事を選ぶことであり、ある人にとっては、それは自分の目の前にある課題に対して、責任ある対応をすることであるかもしれません。それは、家族であったり、共に生きる誰かに対する責任かもしれません。言い換えれば、一人ひとりが置かれた状況の中で、神様のみ心に適う生き方を、イエス様が具体的に示してくださった自分を愛し、また隣人を愛する生活を、生きようと模索することとも云えるでしょう。

 譬えの中で、「労働者が雇われた時間が違うこと」は、ある意味、招かれた私たち一人ひとりの条件や環境が異なることを示しているともいえます。しかし、どのように条件や環境が異なっていたとしても、そこで神様の招きに応じて、神様のみ心に適った生きた方を誠実に、真摯に、生きようとするなら、神様は、それぞれに「ふさわしい賃金」、恵みを与えられる。そして、そうした一人ひとりの人生という「働き・労働」は、比較されるものでもないということでしょう。

 

 イエス様がこの譬えで示したのは、神様の秤、物差しは、この世の秤とは、別なものだということです。この世の物差しは、効率や能率が優先します。人の持つ能力であったり、強さの度合いが秤そのものです。しかし、神様の秤は、違います。強い者は弱い立場に置かれた人を支えることが求められるのです。互いに支え合うこと、そして、一人一人を大切にすることが大切とされるのです。

 そのとき、例えば障がいは、個性になります。みんなが同じものを求められるのではなくて、それこそ、「みんな違って、みんないい」となるのです。それは、現状に甘んじるということではなくて、価値観を変えることであり、自分らしさとして、自分を表現することでもあるのです。変えられなければならない現実、貧困であったり、偏見は、今も現に存在します。その現実を変えるためにも、神様の物差しが必要なのです。

 ブドウ園の主人は言います。「友よ、あなたに約束通り支払うので、不当なことはしていない。あなたはわたしと1デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしは最後に雇い入れた者にも、あなたと同じように与えてやりたいのだ」と。それは、そのまま神様の声なのです。神様の目から見て「公正な」やり方が貫かれる必要があるのです。なぜなら 「主は恵みに富み、憐れみ深く、/ 忍耐強く、慈しみに満ちている」(詩編145篇8節)からです。また、「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」とは、今、最も困窮した状態にある者が、先ず神様の救い、恵みに与ることができることを示しています。

 主の祈りの中で、私たちは「天の国が来ること」、「神様の心と思いがこの地上で実現すること」を祈り、また、「日毎の糧を今日下さい」とも祈ります。それならば、なおさら、一人一人の生存を大切にする世界、そのような世界が「天の国」とされていることの意味を、私たちは、しっかりと受け止めていきたいのです。

 

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2026年9月13日 
​聖霊降臨後第16主日

「人の罪を赦す

ということ」

​マタイによる福音書
18章21節~ 35節

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 先週、私たちは、「自分に対して罪を犯した兄弟への忠告」と「赦し」について学びました。今日の日課は、その説話に続くものです。それは罪を赦すとは、どんなことかということです。

 この罪の赦しについて考えるとき、いつも思い出す出来事があります。それは、アメリカに住んでいるアーミッシュの人たちが示した「赦し」のできごとです。アーミッシュというのは、宗教改革時代にルーツを持ったプロテスタントの一派で、現代の技術を否定して(例えば自動車に乗らずに馬車を使うなど)、17世紀以来の慣習と生活様式を守って、同じ信仰の共同体を形成して生きている人たちです。その人たちが住んでいたアメリカ合衆国のペンシルベニア州ストラスバーグという町で、今からちょうど20年前の二〇〇六年十月二日に、その事件は起きました。

 ニッケル・マインズという地区にあるアーミッシュの学校に、銃を持った男が押し入り、女の子を人質に取り、銃を乱射し、五人が死亡、五人が重傷を負い、更に犯人はその場で自殺したという事件でした。犯人は、地区の近くに住んでいた非アーミッシュの男性でした。犯人の動機は、遺された遺書によるならば、9年前に長女を生後わずか20分で亡くしたことから、彼は「神に腹を立て、自分に絶望している」というものでした。穏やかに平和に暮らしていたアーミッシュの共同体で起こった突然の惨劇に、世界中が衝撃を受けましたが、もう一つ驚かされたのは、被害を受けたアーミッシュの人たちが、事件後すぐに「私たちは犯人を赦す。」と表明し、また犯人の家族を訪ねて、慰めの手を差し伸べたことでした。アーミッシュの人々にとっては、犯人の家族もまた事件の被害者であったのです。ちなみに、事件後、犯人の家族の所に殺到した報道陣から、その家族を庇って守ったのも、被害者側のアーミッシュの人たちでした。この赦しの表明と行為は、やはり世界中を驚かせました。

 なぜ、ニッケル・マインズ地区のアーミッシュの人々は、こうした赦しを言い表したのか。それは、彼らが至極率直に、共同体が伝えてきたように、主の祈りの赦しの言葉、「私たちに罪を犯した者を赦しましたから(あるいは赦すように)、私たちの罪をお赦し下さい」を信じて、実行しようとしたにすぎなかったのです。そして、その彼らの信仰の一つの根拠が、今日の日課の物語であるのです。

 

 「イエスは言われた。『あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。』」(マタイ18章22節)

 ペトロはイエス様にたずねました。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」

 先週も触れましたが、「わたしに対して犯した罪」とは、「わたし / あなた」という個人的な関係の中で行われた、罪の行為を言います。誰かが私を騙し、欺き、信頼を裏切った。あるいは私の権利や尊厳を損なった。または私を心身ともに傷つけた。私に何らかの損害を与えた、云々。それは何かの法律に違反したということではないかもしれませんが、神様から見た場合、それらは、やはり正しくなく不適切な行為といえます。そして、そうした行為によって、私が傷つき、悲しみを覚え、また怒りを持つとすれば、それは罪に違いありません。

 ここで注意しておきたいのは、ペトロの関心は、赦すことに制限がつけられるのかということです。おそらく兄弟(姉妹)の罪を赦してやりなさいということは、律法学者たちも口にしていて、ペトロもこれまで耳にしていたと思うのです。だから彼はイエス様に尋ねたのでしょう。罪を赦すということは、何度までなのか。

 このペテロの質問は、ある意味、罪を赦すということが、実際の生活の中では難しいことを表しているともいえます。つまり、何度までなら罪を赦せるか、あるいは罪の赦しの限界を問うことは、言い換えれば、自分が我慢する限界を求めているようにも感じるからです。日本でもよく言われた、「ならぬ堪忍、するが堪忍」、あるいは「仏の顔も三度まで」という警句が現すように。

 しかし、このペテロの問いにするイエス様の答えは「七の七十倍赦しなさい」、つまりは、「無制限に赦せ」というものでした。そして、イエス様は次のような天の国の譬えを話されたのです。

 王様が下僕たちの負債、借金の決済・清算を始めました。一万タラントという多額の、というよりもおよそ返済できないくらいの額を借金している下僕は、「自分と妻や子、持ち物の一切を売り払って」返済を迫られます。しかし、彼は王様の前にひれ伏して拝み、「もう少し待って下さい。きっと全部返します」と必死で頼み込みます。それを見た王様は彼を憐れんで赦し、借金を帳消しにしてやります。ところがこの下僕は、自分に百デナリの借金をしている仲間が「どうか待ってくれ。返すから」と頼んだにもかかわらず、相手を赦さずに訴え、牢に入れてしまいます。

 百デナリが百万円だとして、一万タラントは百デナリの六十万倍、約六十億円です。下僕は自分の莫大な借金を免除してもらったのに、その借金の何十万分の一に満たない額の借金を、貸した仲間から取り立てようとしたのです。それを聞いた王様は、多額の借金を赦してもらった下僕の無慈悲な仕打ちに怒り、あらためて借金を返済させるために、彼を牢屋に放り込んだ、というお話です。

 この譬えは、王様を神様に、下僕たちを人間に置き換えて読むことが出来ます。この譬えが、表わしているのは、私たち人間は、本来、私たちが神様に対して負っている負債・罪を、神様から無制限に赦して免除してもらっているのではないか、というところにあります。そして、自分の数えきれない、贖いきれない罪を赦してもらっているのに、他の人を赦すことのできない者は、神様から赦されることはないだろう、というのです。「あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう。」(18章25節)

 

 別な視点から見れば、ペトロの問いは、誰かを赦すとして、どれだけの回数赦すべきかは、「自分が」決めることが焦点です。ペトロはあくまで、自分が赦す側であり、赦される、あるいは赦されている側には立っていません。赦すか赦さないかを決めるのは自分なのです。しかし、イエス様が譬えで問うているのは「では、あなたは赦される立場にはいないのか」ということです。

 私は、姦淫(不倫)の罪で女性を告発した人々とファリサイ派に対してイエス様が投げかけた質問を思い出します。「(彼女を石打ちの刑にするならば、)先ず罪のない者から彼女に石を名がつけなさい。」 そして、人々が去って行ったあとでイエス様は女性に向かっていいました。「私もあなたを罪に問わない。行きなさい。これからは罪を犯さないようにしなさい」と。もしも、罪の告発と断罪をするときには、自分を省みることが問われているともいえます。

 日課の譬えに登場する王様の最終的な怒りは、憐れみをかけてもらいながら、自分は他の人に憐れみをかけることもなく、無慈悲な仕打ちを、下僕が仲間に対して行うことで、引き起こされています。王様の前にひれ伏し頼み込んだ下僕の「必ず返します」という誠意を、王様は信じて、彼を赦し、借金を免除するのです。しかし、下僕が仲間にしたことは、実は彼が(王様に)見せた誠意が、見かけだけのものだったということを表しています。心の底から表すのではない見せかけの誠意、表面的な謝罪は、赦されることはないのです。

 

 今日の日課では、赦しの背景には憐れみがあると記されています。「その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった。」(27節) 相手の立場や状況を推し量って、心動かされることが相手を赦す根拠なのです。そして、譬え話でも、王様自身、貸しているお金が戻ってこなければ自分も大きな損害を被る、というリスクを負うことを知っています。

 ある人は、赦しについて、「他者から不当な害を受けたとき、憤る権利を否定するのではなく、加害者に憐憫、慈悲、愛を与えようと努めることを通じて、加害者への憤りを克服することを赦しという」と定義づけています。被害者は、「赦すためには怒り憤る権利を『放棄』せねばならないこと」、すなわち、赦しとは、「与えるに値するとは限らない『加害者への贈り物』だ」といっています。

 つまり、日課の譬えに戻るなら、借金を罪と言い換えれば、赦すことは、負債や罪をお互いが認めたうえで、反省している相手(加害者)の立場をよくよく考えて、被害者である自分も、リスクや痛みを引き受けることから始まるのです。

 もちろん、赦すことは、簡単ではありません。ニッケル・マインズ地区のアーミッシュの人々の場合でも、「害を受けたときの最初の反応である〈怒り〉」は感じるが、問題は、「最初の怒りを感じ続ける〈憤り〉」を持つべきではないということです。

 あるアーミッシュの人はインタヴューに応えてこう語っています。「恨みを(中略)一年も抱えていたら、あいつ(犯人)がぼくの人生をコントロールしていることになる。それくらいなら、今すぐ恨みを捨てたほうがいいだろう?」と。

 否定的な感情が残っていたとしても、否定的な行動はコントロールするわけです。自分に対して不正を行ったり、罪を犯した者を赦すことは、簡単ではないかもしれませんが、自分自身がその時感じた負の感情からは、癒され、解放され、自由にされることが必要なのです。アーミッシュの人の中には、赦しを、「赦しを拒む力と真剣に闘うこと」と考える人もいます。あるいは「事件への怒りが湧く」度に、「何度でも(犯人を)赦さなくてはならない」と努めるといいます。

 こうした負の感情から癒されるためには、私たちは、イエス様に祈ることと共に、具体的な助けを与えてくれる姉妹・兄弟を必要としています。自分に罪を犯した相手に対する怒り、痛み、悲しみ、恨み、わだかまりなどを、聴き、受け止め、その負担を担い合って、時には執り成しの祈りを祈ってくれる姉妹・兄弟の存在。その手助けのもとに、私 / あなたが負ってしまった心の重荷を軽くできるとき、私たち一人一人は、「私に罪を犯した者」と向き合うことが出来ていくし、その罪を赦すことが可能になるのかもしれません。少なくとも自分が負の感情に支配されない勇気をもつことができるのかもしれません。

 

 最後に、私たちは、何よりも私たちを「心から」無限に愛してくださるイエス様がおられることを思い出したいのです。私たちの罪を赦すために、自ら十字架に架かられたイエス様がおられることを考えたいのです。私たちを「心から」受け入れ、支え、護り、励ましてくださるイエス様がおられることに、私たちの心を向けていきたいのです。人が自分たちの罪と向き合い、赦しを請い、またそれを互いに赦し合う努力をすることの背後に、このイエス様による憐れみと赦しがあることを、覚えていたいと思います。それが、「主の祈り」を生きることになるのです。

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2026年9月6日 
​聖霊降臨後第15主日

「聖徒の交わり」

​マタイによる福音書
18章15節~ 20節

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 個人的な経験からですが、私たちは様々な形で、人を傷つけてしまったり、あるいは反対に誰かから傷つけられてしまったりすることがあります。たとえばそれは、言葉の行き違いや誤解から生じる場合があります。もしくは無意識のうちに起こってしまったりもします。小さな出来事が積み重なって、結果としてそれが人を傷つけていたりすることもあれば、ただ一回だけの出来事で、十分に決定的で、致命的な形で起こってしまうこともあります。そしてどのような形であれ、人を傷つけたり、傷つけられたりすることで、人と人の関係が損なわれ、ときには修復し難い状況に至ってしまうのです。

 さらに問題なのは、こうした出来事が、同じ信仰の仲間の間でも起こってしまうことです。そのような場合、ではどうすればよいのか。どうすれば傷ついた側と傷つけた側の間に、和解が成立するのか。それが、今日の日課の主題といえます。

 

 「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。」

 ここで言及されているのは、神様を信じる者が、罪を犯した信仰の仲間、「兄弟(姉妹)」に対して、取るべき姿勢についてです。ちなみに、ここで言う罪とは、「あなたに対する罪」とあるように、「あなた」という具体的な個人に対して行われた、神様の目から見て正しくないことを指します。それはたとえば、人の信頼を裏切るような不正であったり、または人の尊厳や権利を損なったり、傷つけたりするような事柄をいいます。

 そして、ここで大切なのは、先ず、罪を犯した兄弟(姉妹)に対して、個人的に「忠告しなさい」ということです。この「忠告する」という言葉、もともとの意味は、「問い質す」、「糺す・真理を明らかにする」ということです。ただ、その場合でも、相手の罪を問い詰めたり、相手を非難するのではなく、その行為について、事実を明らかにしながら話しをすることです。そこで大切なのは、相手がとった言動によって、私 / あなたの周囲で何が起こったのか、そのことで私 / あなたがどのように傷ついたり、損害を受けたのか、また私 / あなたが、どんな思いをしたのかを明らかにし、できればそれを相手に理解してもらうことです。

 教会の中では、しばしば罪の赦しが語られますが、その場合、罪の赦しとは、罪、つまり問題のある言葉や行いについて、なかったことにしたり、見て見ぬふりをしたり、見逃すということではありません。罪を赦す前提は、あくまでも罪を犯した本人が、自らの言動が引き起こした問題に気づくことです。だから、相手に「忠告」して、罪を明らかにすることが大事なのです。

 そして、この罪を明らかにすることは、その罪によって傷つけられた本人自身にとっても、重要な意味を持ちます。つまり、相手がとった言動によって、自分がどれほど傷ついたのか、その痛みや憤り、悲しみがどのようなものだったのかを、自分自身でも気付いていくことになるからです。そうでない場合、そうした負の感情は、押し殺されて、処理されることのないまま、その人をいつまでも縛り、長い年月その人を苦しめることになるからです。もちろん罪の赦しは、決して簡単なことではありません。だからこそ、傷つけられた者は、自分を傷つけた相手に対し、自分の感情を、自分の気持ちはどういうものなのかを、率直に伝える必要があるのです。

 ところで、私たちは、お互いに傷つき、傷つけ合ってしまうということが、よくあります。その場合、どちらか一方が加害者で、もう一方が被害者とは決めつけられないことも多いものです。双方が何らかのかたちで、罪を犯しているかもしれません。そうした場合でも、お互いの間に何が起こったのか、何が問題で、それぞれがどのように感じ、傷ついたのかを、順を追って明らかにしていくことが必要になります。お互いになるべく感情に支配されず、相手の言い分だけでなく気持ちにも耳を傾け、先ずはそれを受け止めようと努力することが大切です。その中で、自分自身の言葉や行いに、問題がなかったかどうかも吟味できるからです。

 

 さて、今日の日課で大事なことがもう一つあります。それは、相手に対する姿勢です。「言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。」 赦しによる和解を望む姿勢です。

 今日の日課が、「迷い出た羊」の譬えの後に出て来ることは、重要です。あなたに対して罪を犯した姉妹兄弟は、「迷い出た羊」だからです。「兄弟を得ることになる」とは、行われた罪の行為によって、失われかけているあなたと相手の関係を取り戻すことです。損なわれかけている、あるいは損なわれてしまった関係を回復することが求められているのです。関係が失われたままでは良くないのです。ただし、相手へのわだかまりから、及び腰でいては、姉妹兄弟を取り戻すことはできないし、和解にも、解決には進みません。

 ただ、自分を傷つけた相手に、その罪を認めさせることは、実は大変勇気のいることであり、難しいことです。日課の続きには、直接関係している者同士の一対一の話し合いで問題が解決していかないときは、「二人または三人の証人」を立てて話し合うことが勧められているのは、そのためです。その場合、誰かが自分の傍らで支え励ましてくれることが、必要だからです。

 もしそれでも解決に至らない場合は、教会全体の事柄として委ねることが勧められます。迷い出た姉妹兄弟のために、打てる手は打ちなさい、と書かれています。問題の深刻さに応じてそれは変わってきます。

 そこまでやってもだめな場合、後は神様に委ねて、放っておきなさいと日課は結ばれています。「異邦人や収税人と同じに見なしなさい」という表現は、福音書記者マタイ自身が持っていた価値観の限界を表していますが、意味としては、自分と関わりのない者としておきなさい、ということです。あなたが、あるいは私たちが出来る手立てを打ったとしても、その罪の指摘を相手が受け入れるかどうかは、相手の問題だからです。無理やり相手をその気にさせることはできません。だからそれ以上は無理に関わりを持たなくてもよいのです。

 ただし、相手が指摘された問題を、後からよく考えて受け入れるのであれば、そのとき、私たちは「兄弟(姉妹)を得る」ことになる。その姿勢を決して失ってはならないわけです。

 

 私たちは主の祈りの中で「私たちに罪を犯した者を赦しましたから、あるいは赦すように、私たちの罪をお赦し下さい」と祈ります。それは、口で言うほど簡単ではないかもしれません。

 以前、ある人が私にこう言ったことがあります。

 「私は主の祈りを祈るとき、いつもこの祈りの箇所になると、口ごもって祈れなってしまいます。それは、『私たちの罪を赦してもらう』ためには、先ず『私たちに罪を犯した者を赦す』ことが条件になっていると思うからです。でもどうしても赦せないと思うこともあるのです。その事を思い出すと、私にはこの祈りの言葉を口にできなくなるのです。」 

 真面目にこの「私たちに罪を犯した者を赦しましたから」という祈りの言葉の前に立つとき、私自身、躊躇を覚えることもあります。私に対して罪を犯した者を赦せるかどうか、私自身にとっても、それは確実には言い切れないと思うからです。

 神学者のボンヘッファーは、著書の中でこう書いています。    

 「わたしたちはみな、聖霊によって聖なるものとされた罪人です。」

 それは、お互いが罪を犯す可能性のある現実に生きている信仰者だという認識のもとに立っていることを言います。だからこそ自分もまた、相手と同じ過ち、罪を犯すかもしれない存在であることを十分にわきまえて、「共なる罪を神の前にあらわに示し、共に恵みを祈り求める」ために、私たちは主の祈りを祈ることによって、常に自分を吟味していく必要があるのです。

 

 罪を罪として明らかにし、認めるために話し合うことは、迷い出た姉妹兄弟と和解し、彼らを再び取り戻していくためであり、その姉妹兄弟ともう一度新しい関係を築いていくためです。簡単に判断して裁き、罪を犯した相手を抑え込んだり、排除することではありません。それはまた、自分の罪に気づいた人自身が、その問題を解決し、克服して、出発点に戻って、人生の歩みをやり直していくためでもあります。

 「あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」(18節) 

 この言葉は、ペテロに授けられたという「天の国の鍵」の力、つまり、「罪を赦さずにおく(結ぶ)ことと、また赦す(解く)こと」が出来る力は、基本的に弟子たち一人ひとりにも、また全体にも与えられていることを示しています。そして、この弟子が託された、「罪を罪として認めさせ、そのうえで罪を赦す・赦さない」という行為と責任は、天の国でも連動して起こると記されています。それは言い換えれば、教会が行う判断の重要さを表しているといえます。

 それだけに、日課の最後に、二人または三人で祈り願い求めることが書かれているのは大切なことです。「はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」(19~20節)

 祈りとは、もちろん個々人と神様との対話です。その祈りの声が、どんなにか細く、また拙いものであったとしても、自分の言葉で祈ることが求められます。しかし、同時に、一人で祈ることよりも、二人または三人で祈る方が良い、とされています。それは、とりわけ私 / あなたが、困難な状況下にあって、一人では心が整理できずにいて、祈ることが難しい場合でも、思いを同じくしている他の仲間が、その私やあなたのために執り成して祈ってくれるからです。その仲間の祈りによって、私 / あなたは、勇気づけられるし、励まされ支えられます。

 それは、言い換えれば、私 / あなたという個人に対してなされた人の行為を、福音に従って判断し、罪を明らかにし、認めさせていくことも同じです。問題の解決と和解を願い、また迷い出た姉妹兄弟が戻って来るのを望むのならば、そこには祈りが不可欠なのです。しかもそれは個人の祈りではなく、複数の人間の祈りが重ねあわされたものであるのです。共に心を合わせて祈ること。ここに教会が共同体であることの基礎が示されています。聖徒の交わりの土台があるのです。

 「そこに私はいる」とイエス様は宣言されています。私たちが共に祈るとき、イエス・キリストが、共に働いて下さるのです。

2020年8月30 日(聖霊降臨後第13主日)

「キリストに倣う」 

 マタイによる福音書

 ​16章21節~28節

​

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 

 中村哲という日本人医師が、活動していたアフガニスタンで何者かに襲われ、命を落としてから、すでに九ヶ月が経ちました。

 中村さんは、著書「医者、用水路を拓く」にも書いておられますが、医療活動を行うだけでなく、水源を確保する事業を進めていました。

 中村さんは、1978年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻によって発生した、多くのアフガン人難民を救援するため、1984年にパキスタンで医療活動を始めます。そして、数年後にはパキスタン北西部の山岳地帯やソ連軍撤退後のアフガニスタン東部で、診療所を開設していきます。

 そうした活動を続ける中で、彼は、人々の栄養状態や衛生環境が改善されていかないと、人々を病気から救う抜本的な対策にはならないことを痛感していきます。

 特にアフガニスタンでは、内戦と長期間に及ぶ旱魃の影響から、本来の穀倉地帯でも大地が干上がり荒れ果てていました。さらに水不足から赤痢やコレラが急増し、全土で多くの国民、農民たちが難民化している状況がありました。

 そこで中村さんは、医療活動に併せて、水源確保のための事業を始めます。中村さんは地元の協力を得て、飲料用や灌漑用の井戸を掘り、伝統的な地下水路を再生していきます。また、約25キロの用水路を建設し、砂漠を農場に変えていきます。干上がっていた荒れ地と砂漠であった場所は、オリーブやナツメヤシの茂る農地や麦畑に変わりました。また畜産業やサトウキビの栽培、黒砂糖の生産も始まるのです。

 ただ、こうした活動は、死の危険と隣り合わせでした。武装勢力に襲撃される危険が常にあったのです。2008年には、中村さんと一緒に活動していた日本人が一人、身代金目的で武装勢力に誘拐され、救出に向かった警察との銃撃戦の最中に殺害されています。中村さん自身もそのことは、十分承知していました。周囲の日本人からも、「危ないから」といつも声をかけられていたようです。

 しかし、彼は、ここでは先ず何よりも食べること、食料を得ることが回復されなければならないこと、自ら働いて、食料を作り、安心して十分に食べることができるようにしていくことが、病気を治すだけにとどまらず、病気の原因を減らす抜本的な取り組みであること、また、人々が安心して農業を続けることができれば、貧困にも陥らず、戦争を起こすこともなくなり、結果として平和をもたらすこともできると考え、一連の事業を続けていきます。

 しかし、昨年12月4日に襲撃され殺されてしまいました。誰が行ったのか、なぜ殺されたのかは未だ判っていません。

 キリスト者であった中村さんは、ある意味では、アフガニスタンでの医療活動と水源確保事業を、大勢のアフガン難民の命を救う働き、「自分の十字架」と意識していたのではないかと思います。それこそ、「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」、イエス様に従ったのではないでしょうか。

 困難の中にあって、「飼う者のいない羊のようなありさま」のたくさんの人々を救う、イエス様の生き方を自分の生き方にしていく姿が、そこにはありした。

​

 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨てて、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 この言葉は、イエス様が、弟子たちに自分の受難、つまり十字架による処刑と、その後の復活の出来事を打ち明けた後に、重ねてペテロと弟子たちに向かって語ったものです。

 イエス様の受難と復活についての発言は、ペテロを困惑させました。彼は、強い調子でイエス様を諌め始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」 

 しかし、イエス様は、ペテロを叱りつけられます。

 「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者。あなたは神のことを思わずに、人のことを思っている」と。簡単に言えば、「あなたは自分のことしか考えていない。わたしの邪魔をするな」ということでしょうか。

 ただ、イエス様がペテロを叱ったのは、言い換えれば、ペトロが(そしてたぶん他の弟子たちも)、イエス様の旅の目的とその意味を、理解していないことを示しているといえます。イエス様の教えや行動が、現実の世界に対して持っている意味を、判っていないことを表しています。

 イエス様の受難と復活の予告は、ある意味、冷静に自分の語る言葉や行動を見据えた発言です。

 イエス様は、宣教の旅の行く先々で、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々を見かけます。病や日常の生活に苦しんでいる多くの人たち。その人たちを救うためのイエス様のわざや教え。そこで示されるイエス様の価値観、それは、当時のユダヤ人社会、いわゆる「世間」の価値観とは大きく違っていました。

 それは、例えば、「世間」が低く評価する境遇にいる人々、貧しい人、飢えている人、苦しんでいる人、病気や障害を負っている人たちこそが、神様の救いに真っ先に与れるというものでした。差別されたり、疎んじられている「取税人」や「遊女」たちが、神の国に入れるというものでした。神様の救いは、イエス様の癒しのわざを通して、それらの人々の上に現れるというものでした。

 あるいは、宗教的な制度が人を不自由にするのなら、その律法の解釈や制度は変えられなければならない、と語るものでした。

 だからこそ、イエス様の語る教えは、ユダヤ人社会の指導者と呼ばれる「長老や祭司長、律法学者たち」にとっては、許しがたいものだったわけです。それゆえにイエス様は「必ず多くの苦しみを受け」、「殺される」ことになるのです。

 人々を病や苦しみから救い、日々の負担や重荷から解放するために、神様の愛と、神の国の希望、すなわち福音を語り、具体的な行いをもって指し示すこと。それが、イエス様の使命です。しかし、人を解放し、自由にし、この世界のあり方そのものを動かし変えていく福音を伝える使命が、今自分が生きている社会の支配的な人々からは、受け入れられないだろうということを、イエス様ははっきり理解しているのです。

 イエス様がエルサレムに行こうとしたのは、そこでもイエス様の救いの業と教えとを必要としている人々、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々がいたからだと思うのです。それを邪魔してはいけないと、イエス様は言われたのです。

​

 イエス様に従う者は、どのように生きるべきなのか、それが今日の日課の主題です。

 「自分を捨てて、自分の十字架を背負う」とは、今までの自分の生き方を否定して、イエス様の生き方を自分の生き方にしていくことといえます。

 イエス様の生き方を自分の生き方にする、イエス様に倣うということは、イエス様が何を大切にし、何を尊重しているのかを、自分の人生の道標として生きていくことです。

 具体的には、神様の正義と公正が地上で実現することを求めることです。貧しい者や飢えている人たち、病んでいる人たち、重荷を負っている人たち、社会的に弱い立場に置かれている人たちに想いを寄せ、寄り添い、彼らが今の境遇から救われること、解放されることを共に望み、目指すことです。そのために彼らが抱えている問題や課題を一緒に担い、解決する方法を探ることです。

 ただ、そのような生き方を、信念を持って貫こうとすれば、様々な抵抗にあうこともあります。とりわけ、貧しい人々や弱い立場にいる人々を搾取し、それによって利益を得ている人々、自分さえよければかまわないと考える人々からは、きっと疎まれるに違いありません。

 しかし、イエス様は私たちに「わたしに従いなさい」と語ると同時に、一つ約束されています。「自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救う。」

 「わたしのため」とは、イエス様の福音のためという意味です。

 その福音の実現のために、人生をかけるなら、その人は永遠の命を受けるとされるのです。たとえ、「この世」の力が圧倒的であったとしても、イエス様の言葉とわざに従い、福音の実現のために力を尽くし、なすべき課題を行おうとするなら、その人はイエス様の再臨の時に、「それぞれの行いに応じて報い」られ、永遠の命を受け取る。そうイエス様は約束されるのです。

 

 冒頭でお話しした中村哲医師は、「誰もやらない活動なら、俺がやる」といって、パキスタンとアフガニスタンでの活動を続けられたと聞きます。

 現地の言葉を話し、土地の文化と伝統を尊重して、目の前に現れる課題を、現地の農民と共に汗を流して解決していく中村さんのその姿に、現地の人が感謝をし、深く信頼を寄せたといいます。村人の要請を受けて、モスクと学校を建設もしています。キリスト者がなぜ、モスクを建設したのか問われて、それは現地の人たちの誇りを取り戻すことでもあったと、中村さんは語っています。村の人たちは、外国の文化が押し寄せる中で、自分たちの文化はだめなのか、劣っているのかと劣等感を持っていたそうです。でもモスクが建設されたことで、彼らは誇りを取り戻すことが出来たそうです。

 水源の確保も、荒れ果てた大地を回復し、農民のいのちと生活を回復していくわざであったと言えます。それは、人々に勇気を与え、生きる力を回復する、福音の実現といえるのではないでしょうか。

 不幸にして中村さんは、事業半ばにして凶弾に倒れましたが、彼の仕事は、彼の後援会であったペシャワール会が引き継いでいくそうです。

 誰もが中村医師のようには働けるわけではありませんが、しかしその姿勢に倣うことはできます。たとえ困難を前にしたとしても、イエス様を信じる者として、一緒に生きている人たちと、ともに祈り、重荷を担い合って、福音の実現のために、目の前の様々な課題を引き受けて、乗り越えていきたいと思います。

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2020年8月2日 (平和主日)

 「平和の基」 

 ヨハネによる福音書

 ​15章9節~12節

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 イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。

 ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。

 その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。

 イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。

 イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。

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「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」

 

 それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」

 人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。

 

 イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。

 「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」

 それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。

 しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。

 もちろん、注意しなければならないことはあります。

 「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。

 最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。

 と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。

 「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。

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「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。

 「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。

 

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。

 

 私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。

 それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。

 なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。

 日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。

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 昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。

 そこでは、次のような祈りがささげられました。

 「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」

 「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」

 「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」

 「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」

 「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」

 「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」

 「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」

 「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」

 

 「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。

 平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。

 人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。

 「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン

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2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)

 「天の国の実現」 

 マタイによる福音書

 ​13章31節~33節

   +44節~50節

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 イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。

 私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。

 イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。

 

 先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。

 からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。

 讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。

 「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」

 球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。

 からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。

 

 次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。

 「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。

 パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。

 パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。

 「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。

 また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。

 

 「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。

 もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。

 そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。

 もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。

 44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。

 二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。 

 つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。

 イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。

 現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。

 しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。

 

 「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。

 日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。

 「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。

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 2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)

「生き直すということ」 

 マタイによる福音書

 ​11章28節~30節

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 人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。

 競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。 

 行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。

 生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。

 

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。

 軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。

 ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。

 つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。

 ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。

 

 旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。

 ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。

 本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。

 と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。

 

 「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。

 それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。

 またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。

 

 イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。

 この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。

 だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。

 だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。

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2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)

 「あなたが花束」 

 マタイによる福音書

 ​10章40節~42節

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 「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。

 歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。

 「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。

 それは、その相手を励ましたいからです。

 「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。

 歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。

 歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。

 「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。

 「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。

 その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。

 歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。

 そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。

 「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。

 この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。

 いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。

 自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。

 そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。

 「あなたが花束」になっていくのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。

 今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。

 ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。

 そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)

 「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。

 弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。

 

 二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。

 使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。

 「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。

 パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。

 福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。

 もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。

 たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。

 生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。

 

 弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。

 教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。

 それが、弟子の使命です。

 どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。

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 2020年1月26日

「天の国は近づいた」 

 マタイによる福音書4章12~18節

 

 韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。

 

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

共に平和をつくり 共に生きる その町で

平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら

貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で

平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で

私たちの労働が お祭りになる その日に向かって

共に生きる町 小さくても 美しい町

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

教えてください 教えてください 共に生きる町を

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  詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。

 その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。

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 この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。

 一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。

 と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。

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 この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。

 八〇年代​、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。

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 このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。

「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。

 明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。

 勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの

かもしれません。

 いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。

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 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。

 「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」

 その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」

 イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。

 ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。

 具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。

 不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。

 それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。

 悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。

 この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。

 私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

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 大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。

 それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。

 それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。

 確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。

 「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。

 「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。

 「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います

 

(2020年1月26日)

 

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