礼拝メッセージ
       (当分の間、毎週更新します)
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2022年9月25日 
​聖霊降臨後第16主日

「救われたい

のなら」

 ルカによる福音書

 ​   16章 19~31節

 今日の日課は、「金持ちとラザロ」。 あるお金持ちと、その屋敷の門前に空腹を抱えて横たわっていたラザロという貧乏な人の、たとえ話です。

 このようなたとえ話は、実は、イエス様のオリジナルというよりも、当時、ユダヤ教の教えの中で、よく語られていたモチーフだったようです。

 「生前貧しく苦労した者は、その死後、神様によって報われて天国に入る。しかし、生前に豊かな富を受けて楽しんだ者は、すでに神様から報われているのだから、聖書(モーセと預言者)の教えに耳を傾け、悔い改めることがなければ、死後は陰府の国で苦しみを受け、そこから逃れることはできない」という考え方は、律法学者たちの旧約聖書の解釈にはあったようです。それは、貧しい者への慰め、また富んだ者への戒めとして語られていたことでしょう。 

 しかしながら、イエス様は、このお話を、「今貧しく苦しんでいる状態にある者への気休め」としては語っていません。むしろそこには、「金持ちとラザロ」の、それぞれの境遇があることへの、憤りにも似た感情が感じられるのです。

 

 たとえ話にある、金持ちの生活とラザロの境遇の描写には、当時のユダヤ社会の現実が反映されています。金持ちの屋敷の門前に、病気で働けない人や物乞いをする人が横たわっている。それはおそらく実際にあった光景でしょう。そうした光景を、現代の私たちが思い浮かべるのには、それほど苦労はしません。アフリカやインド、南アメリカなどの大都市の路上で、ラザロと同じように横たわっている人たちの姿を、報道番組や何かの映像で私たちは目にしたことがあるはずです。

 もう24年前になりますが、私は、教会会議のためにエチオピアのアジス・アベバに出張したことがありました。出迎えの車に乗って、空港から都市部へ向かう、当時舗装もされていなかった道路を走っていると、その道の傍らに、たくさんの人たちがテントを張って、座り込んでいるのが見えました。また、都市部でも、シャッターが降りたビルの前で、大勢の人々がたむろし、座り込んだり横たわったりしていました。こうした光景を見るのは、アフリカや南米に限ったことではありません。ニューヨークでも、東京でも、大阪でも、大都市の路上で、貧しく、病気で横たわっている人たちがいる。そこには、格差社会と呼ばれる現実が表れています。しかし、こうした現実を、イエス様は、決してそのままでよいとは思っておられない、そのことが、この「金持ちとラザロ」のたとえ話に込められています。

 イエス様は、このたとえ話の中で、貧しく病気にかかり、金持ちの門前に横たわっていた男に、名前を与えています。本来ならば、路上で亡くなれば、名前などは記憶もされない、「その他大勢」の一人としか扱われない男性です。しかし、イエス様はその男にラザロという名を与えて、たとえ話を語るのです。

 一方の金持ちは、「ある金持ち」とだけ語られています。社会的には、断然名の通った存在であり、力もあっただろう金持ちには、あえて名前が与えられていないのです。

 なぜなら、イエス様は、この二人の物語を神様の視点から語っているからです。神様の前では、「権力や名声、地位、富」などは、意味を持たない。むしろ、神様は「力のない者を高く上げ、名もない者を大切にされる」。言い換えれば、神様は、決して今の格差がある状況、「金持ちとラザロ」がいるような状態を、よいこととは思っておられない、こうした状態は、神様の公正と正義が実現するとき、なくならなければならないということを、イエス様はこのたとえ話を通して語っているのです。

 「貧しい者は幸いである、神の国はあなたがたのものである。/今飢え渇いている人は幸いである、あなたがたは満たされる。/今 泣いている人は幸いである、あなたがたは笑うようになる。」とは、イエス様の「平野の説教」での言葉です。(ルカ福音書6章20~21節) だからこそ、ラザロが慰めを受けるのは当然であると、イエス様は語るのです。それは、たぶん「無数のラザロ」が、路上で死んでいく現実を、イエス様が、ガリラヤの町や村々で目撃していたからかもしれません。

 イエス様はこのたとえ話によって、今ある現実に、神の国が抗議していることを言い表したのです。

 

 たとえ話の後半で、イエス様はアブラハムの口を借りて、金持ちに対し、「もし、モーセと預言者の言葉(である聖書)に(彼らが)耳を傾けないならば、誰を派遣しても、その言うことを聞き入れはしないだろう(悔い改めることはできず、陰府の苦しみから逃れることはできない」と語っています。

 モーセと預言者の言葉、すなわち聖書の言葉に耳を傾ける。それは、聖書の精神を実際に、生活の中で生きることを意味します。例えば、それは神様の正義と公正を実現すること、具体的には、社会的な不公正をどのように正そうとしたのか、あるいは慈悲の行為として、貧しい境遇にある者にどのように関わったのか、といったことを指します。

 話の中では、金持ちがラザロにどう関わったかについて、明確には描かれていませんが、ラザロは、「せめて金持ちの食卓から落ちたもので空腹を満たしたいと願っていた」にもかかわらず、そこではなにごとも起こらなかったことが読み取れます。この金持ちは、ことさら「貪欲で、あくどい」人物というふうに性格づけられてはいませんが、彼は、ラザロが自分の門の前に横たわっていることに対してまったく無関心であり、むしろラザロになにも関わりを持とうとしなかったと言っているのです。

 マザー・テレサは、「愛の反対は、憎しみではなく、無関心であること」と語りました。譬え話の金持ちは、人間的な性格はどうあれ、門の前に身を横たえていたラザロに、関心を向けることはなかった。愛のある行い、聖書に示されたような慈悲をかけること、たとえ一時的な「施し」であったにせよ、それすらも行おうとはしなかった。金持ちにとっては、門の出入りの際に目に飛び込んでくるラザロの姿も、「いつもいる物乞い」であり、代り映えのしない風景の一つだったかもしれません。いや、その存在すら、金持ちの目には留まらなかったかもしれません。そこに金持ちの罪がある。そのようにイエス様は語っているのです。 

 ほんの少し前の福音書には、「人は神と富とに仕えることはできない」と書かれています。この金持ちは、聖書、つまり「モーセと預言者の言葉に耳を傾けること」をせずに、富に仕えることで、その罪を露わにしたのです。

 

 毎日の生活の営みの中で、私たちは、よほど意識を外に向けない限り、ある意味、気が付かないこと、関心を持つに至らないことがたくさんあります。

 「こども食堂」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。今、日本各地で運動としても広がっていますが、もともとは、貧困家庭のこどもたちや、家で独りで食事(孤食)をせざるを得ないこどもたちに、偏らない食事を安価な料金、あるいは無料で提供する取り組みから始まったと言います。また、困難を抱える家庭のこどもたちだけでなく、地域のコミュニティの中で、こどもたちが一人でも安心して利用できる居場所として、学習支援をしたり、相談に乗ったり、子育て世代の大人も一緒に利用できるような開放された場として、活動が続けられています。

 こうしたこども食堂の取り組みを始めた或る一人の女性は、近隣の小学校の教員から、「ひとり親世帯で、親が働いている関係で、給食以外の食事が、バナナ一本という児童がいる」という話を聞き、心を痛め、知り合いのボランティア仲間と話し合って、子ども食堂を始めたと言います。その女性が、もともと歯科衛生士として仕事を通じて偏食のこどもたちの状況を知っていたこと、無農薬野菜の販売に関わり、そして地域の「居場所づくり」の活動に携わっていたことも、子ども食堂の開設につながったと思われますが、それでも、彼女が、一人の教員が語った具体的なこどもたちの置かれた状況と実情に心をとめることがなければ、そのこども食堂は開設されていなかったかもしれません。日本のこどもの七人に一人が貧困状態にあるという実態が、もう何年も前から社会的に注目され始めていたのも関わらずです。

 日常の生活の中で、気になること、心にかかることが何かあるのなら、たとえそれがどんなに小さなことであっても、そこから「ワタシ」の、「アナタ」の関心は広がっていきます。例えば、こども食堂の存在を知ることで、支えることで、一人のこどもが悩みや問題を相談できる居場所が与えられ、ひょっとすると、それはそのこどもの命を救うことにつながるかもしれません。ユダヤの格言は言っています。「ひとりの人を救うことは、全世界を救うことに等しい」と。

 

 「金持ちとラザロ」のたとえ話。それは、イエス様が生きていたユダヤ社会で、実際にそこここで起こっていた出来事、貧富の差や社会的な不正義と不公正に強く抗議し、ファリサイ派や他の人々に(また弟子たちにも)、「モーセと預言者の言葉」、すなわち聖書にしっかりと聴いていくことを強く促すものでした。神様は、どんな人も「ラザロ」のような状態に陥ることを、悲しまれていること。この世の富を前にして、人が取らなくてはならない態度。もしも、人が救われたいと願うなら、何をなすべきか。それらのことが、聖書には示されているのです。

 今日を生きる私たちの目の前にも、見過ごしてならない問題や課題がたくさんあります。経済的な「繁栄」を誇る社会の「門の前」に、横たわる「ラザロ」は、まだまだ存在します。 

 だからこそ、この「金持ちとラザロ」の譬え話は、私たちに迫ってきます。あなたたちは、どうするのかと。動かない現状を、仕方の無いことと見切ってしまったり、無関心を決め込んでいてはいけないのです。山積みの問題のひとつひとつを、何が原因なのかを解明し、解決をめざして自分に出来ることを探していかなくてはなりません。それが、私たちと子どもたちのための、良い未来を築くことに繋がっていくのです。

 私たちは聖書を読んでいます。聖書に書かれている神様の教えを聴いています。それゆえに、「もし、モーセと預言者の言葉(である聖書)に(彼らが)耳を傾けないならば、誰を派遣しても、その言うことを聞き入れはしないだろう」というイエス様の言葉に、私たちは無関係ではいられないのです。

 福音のメッセージは明らかです。愛のある行い、無関心ではないあり方、この世界のために何をしていくのか。目の前にある課題へのアプローチが求められています。

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2022年9月18日 
​聖霊降臨後第15主日

「人を生かす

富」

 ルカによる福音書

 ​   16章 1~13節

 今日の日課、ルカによる福音書16章1節から13節は、実に分かりづらい。どう解釈していいか困る個所の一つです。このイエス様の喩え話を理解するには、「富とは一体何か」、「お金を儲けるとはいったいどのようなことか」を考えることが、必要であるように思います。そのとき、イエス様の意図もはっきりと見えてくるように思うのです。

 イエス様の喩え話はこうです。

 地主から土地の管理を任されていた管理人がいます。彼は、何かの形で「地主の財産を浪費した」として、誰かに密告され、クビになることが決まってしまいました。牢屋にぶち込まれることはなさそうですが、ともかく明日からは失業者の一人になってしまいます。彼は何とかして助けてくれる仲間を得たいと考えます。そして、思い巡らして、あることを始めるのです。それは、地主に負債のある小作人の、借金の額を減らすということです。

 辞めさせられようとしている管理人は、この小作人たちに恩を売って、自分を助けてもらおうと考え、借金・負債の額を減らすのです。この行為をイエス様は、「主人は、この抜け目のないやり方を褒めた」といい、肯定して行くのです。

 

 イエス様の生きていた時代に、地中海一帯を支配下に治めていたローマ帝国の中で、急速に進んでいた経済的な変化がありました。

 自分で土地を所有し耕していた自由農民が没落し、その土地を買い上げた地主が、大規模な農園を経営して行くという動きでした。地主は土地を買い占め、更に大きくなっていきますが、農民たちは、日雇いの労働者としてその地主の農園で働くか、小作人として働くしかなくなります。小作人は地主から農具や肥料を手に入れなければ耕作することはできません。農作物の収穫が多くても、賃金は抑えられます。借金はかさんでいきます。油や小麦の借入額も半端なものではなくなります。日々利子がついていくことで雪だるま式に膨れ上がっていく借金のために、さらに貧しい状態に陥っていく小作人たち。いつの時代にもよくある話です。

 イエス様はよく、どこかで見聞きした実際にあった出来事を喩えに用いてもいます。ですから、この話もそうした喩えの一つといえるかも知れません。

 ある人はこれを「借金の元金を減らしたのではなくて、地主の取り分にあたる利子の分を減らしたのだ」と解釈しています。「せめて利子分ぐらいでも棒引きしてやれ。元金を盗むわけじゃないんだから。」と管理人は考えたということです。しかし、私たちが何の疑問も持たずにこの個所を読むと、この管理人のしたことは、「横領」ではないにしろ、地主の財産に損害を与えたともいえる行為です。確かに、この話の小見出しにも「不正な管理人の喩え」とあるように、不正を働いたのに、それをイエス様が称賛されているというように、読んでしまいがちです。

 実は、このイエス様の喩え話を読むとき、不正とは「誰にとって不正なのか」ということを考えなければなりません。地主が、そうした富・財産を貯め込むということは、はたして正当といえるのでしょうか。もしかしたら、そこにこそ、不正、不公正という問題があるのではないでしょうか。とりわけ、借金をさせて利子を取る、それによって利益を得、富を蓄積することこそが、「不正」といえるのではないでしょうか。

 南米の国ニカラグアのある農民が語っています。「富が、天から降ってきたというなら、それはおそらく、そんなに悪いものじゃないかもしれないが、しかし、明らかに富は他の人々の労働から出たものなんだからね」。

 富は人々の労働の上に成り立っている。しかもその富を自分のものとして楽しむのは、働いた本人ではない。

 今日の日課の喩えを話しながら、実はイエス様は、「富を貯め込んで行くことは、そもそも不正なのだ」という感覚を持っていたのではないか、と私には思えてならないのです。

 

 さて、この話を聞かされた弟子たちは、もともと漁師や農民たちでした。あるいは以前には、ローマ帝国やヘロデ王のための税金を集める収税人として働いていた者もいました。彼らは、その時点で大金を貯め込んだり、人々から集めた利子で食べて暮らしていたわけではありませんでした。彼らにとって、この喩え話は、どんな意味を持っていたのでしょうか。

 この管理人の置かれた状況を、自分たちの身に置き換えて、この話を聞くとき、少しそのヒントが見えてきます。

 つまり、人は(そして弟子たちは)、神様からこの世界の管理を任されているに過ぎません。いつかは、決算を迫られるでしょう。そのとき、人はどんな態度を取るべきなのかが問われているということです。

 「不正にまみれた富」という言葉は、実は「この世の富」といいかえることもできます。ここで奨められているのは、「この世の富」を真の友人を得るために使え、人を活かすことに使えということです。

 管理人は自分をなんとか救おうとして、この世の富よりも大切なものがあることに気がつきます。自分の主人である地主に借金をしている人たちの、負債額を勝手に減らすという、この管理人がした行為は、たしかに動機が不純だといえますが、結果として、それによって他の人たちも救われることになったのです。自分が助かりたい一心で行った行為であったとしても、神様はそれを用いられるということではないでしょうか。

 弟子たち同様、今の私たちも、社会のシステム、仕組みの中でしか生きられません。誰かが犠牲になって富を得るという構造の中で嫌でも生きているのです。たくさん稼ぐ人であっても、ぎりぎりいっぱいの生活をしている人であっても、その構造からは逃れられません。

 しかし、神様の視点から眺めたとき、決して、その現実がそのまま良しと認められているわけではありません。イエス様が「神の国は近づいた」と言われるのは、富んでいる者、豊かな者がいる一方で、貧しい者、飢える者がいるという世界が終わるということを意味します。神の国においては、貧しさゆえに苦しむ者、泣く者がいなくなります。

 だから今、稼いでいる人は、その富をどのように用いるかが神様から問われています。そして、日々の生活がいっぱいいっぱいな人もまた、自分だけでなく周りの人たちと一緒に幸せになる道を探す必要があるのです。

 管理人は、人を助けたことで、自分をも救っていきます。今風にいえば、管理人も借金をしていた人たちも、両方とも「ウイン・ウイン(Win-win)」の関係にあるといえます。その富を、心底人々から感謝され、友人として迎えられるように用いたからです。富を人々と自分自身の解放のために用いたからです。

 主人が褒めたとされるのも、そうした管理人の抜け目なさ、したたかさに、あきれながらも、やりよるわいと感心した、ということかもしれません。したたかに富を蓄えた人間だからこそ、許しはしないまでも感心したということでしょう。

 

 人が自分の富や利益にだけ目を向けて、それを手放さずにいるとき、争いが起こり、国が自国の利益だけを考えるとき、戦争が起こります。だからこそ、私たちが託されている「この世の富」を神様の前に誠実に用いること、神様の目的に忠実に用いることを目指したいと思うのです。

 管理人が見い出したもの、それは人と人のつながりであり、助け合う関係を築くことでした。

 後の時代の教会は、この喩えから教会の務めを聞きとっていきます。富、財産は神様からの預かり物。だからこそ、それをみんなで分かち合えるように、社会全体に役立てること、還元することが求められていると理解して行きます。

 教会とは、組織や建物だけを意味しません。そこに集う人々の群れ、交わりそのものを意味しています。言い換えれば、その群れそのものが、神様から預けられている財産であり、富なのです。それらの財産を、富を、私たちはどのように生かし、用い、役立てているでしょうか。

 もし、私たちが、現在問題となっている(旧)統一協会のように、自分たちの教会組織の資産を増やしていくことや、自分たちの教会がもっと会員数が増えて大きくなることを目的としているのであれば、それは、この管理人よりもずっと愚かなことです。

 私たちは、この教会、神様から預かった財産と富を、世の人々から感謝され、友人として迎え入れられるような目的のために、人々と自分自身の救いと解放のために、この世界のため、私たちの社会の中で救いを必要としている人々のために、どのように役立てていけるかを、考えていかなくてはなりません。

 この世の富は、すべて神様から預かったもの。それを誠実に、より多くの人々の利益になることのために還元していくことは、愛である神様の目的にかなったことです。私たちはまた、そのことを世に伝えていかなくてはなりません。教会がこの世界に、この地域に存在し続けるのは、そのために他なりません。

 なによりもまず、神の義と神の国を求めましょう。

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2022年9月11日 
​聖霊降臨後第14主日

「あなたは

尊い」

 ルカによる福音書

 ​   15章 1~10節

 「羊飼いが、迷い出た一匹の羊を探すためには、残りの九十九匹を置いてでも出かけ探し回るだろう。そしてその一匹を探し出せたら、見つけたその羊を担いで、家に帰り、友人や近所の人々を集めて『見失った羊を見つけました。一緒に喜んでください』と言うだろう」。  

 「ある女性が十枚の銀貨を持っていたが、そのうちの一枚を失くした。そうすると、その女性はその一枚の銀貨を見つけるまで、家の隅々まで探して、そして見つけたら友達や近所の女たちを呼び集めて『失くした銀貨を見つけました。一緒に喜んでください』と言うだろう。」

 この譬え話は、ひょっとすると、イエス様自身が直接目にした出来事に基づいているのかもしれません。

 羊飼いにとっては、一匹の羊と九十九匹の群の羊とどちらに価値があるかという対比は意味を持ちません。小羊が生まれて、大きくなっていくのを見ていれば、どの羊も皆、愛おしいからです。だから、一匹の羊が迷い出たなら、群れはとりあえず残してでも、その一匹を探しに行き、見つかれば喜ぶのです。自分が世話をしている羊であればあるほど、羊飼いにとっては、その一匹は簡単に取り替えの利く存在ではありません。それが、たとえすぐに群れから離れて迷惑をかける羊であったとしても、なにものにも代え難い一匹なのです。だから、見つかれば、「よかった、よかった」と喜んで連れ帰ります。

 銀貨を探していた女性は、もしかしたら、自分の母親マリヤの姿だったかもしれません。ドラクメ銀貨十枚は、十日分の賃金に当たります。その一枚の銀貨を手に入れるために、その賃金を受け取るまでに、どれほどの労苦が、労働があったのでしょうか。豊かな生活ではない中でやりくりしている人にとって、その一枚の銀貨を稼ぐために、費やした労力が大きければ大きいほど、失くしたのではないかと思うと、やりきれない気持ちになるでしょう。「まだこれだけあるから大丈夫。一枚ぐらい無くなったってどうってことないよ」と言えるはずもありません。一枚の銀貨の価値は、比べることができないものですし、それだけにそれが見つかったときの安心感と喜びは、また大きいのです。

 

 この譬えは、もともと律法学者やファリサイ派の人たちに向けて語られたものです。

 律法学者やファリサイ派の人たちは、ユダヤ教の律法を基準にして、戒律に違反をしている人たち、実際に犯罪をおかしたわけでなくても、生活上「穢れている」と見なされる職業に就いている人た ち(例えば収税人など)を、「罪人」と見なしていました。

 ですから、彼らは、イエス様の話を聞きに集まってきていた人々の中に、徴税人や「罪人」と見なされている人たちがいるのを目にすると、「イエスたちは、罪人と話をするだけでなく食事までしている」と非難をしたのです。

 人が、神様の前に正しくあろうとするとき、時として人は、その真面目さを他の人にも要求してしまうことがあります。容易に他人を自分の物差しで測り、独善的に「善い」か「悪い」かを判断し、裁いてしまいかねません。

 旧約聖書の律法は、ユダヤ教にとって大切な宗教的規則であり、またユダヤ人社会の法律とも言えます。しかし、それをそのまま実際の生活に適用すれば、穢れているかいないかで、人間の価値を「義人」と「罪人」に分けて判断することになり、それによって、神様の前で生きるすべての人のいのちが、高価で尊いのだというこ とを、容易に見過ごしてしまうことになります。

 人が失くしてしまったと思っていたものが、ありえない場所から出てきたとき、驚きと大きな喜びがあるし、いろいろな事情から疎遠になってしまった人と、思いがけずに再会し関係をもう一度持つことができたときには、うれしさを感じるでしょう。そうした人間の心情に触れながら、この二つの譬え話は、なによりも神様が、一人一人の存在を、かけがえのないもの、失われてはならないものと、見ておられることを示しています。そして、神様は、「失われた『罪人』が、再び自分のもとに帰ってくるのを待ち望んでいて」、損なわれたり、失われそうな人のいのちと尊厳を「探し」、「見つけたときには」、「喜ぶ」ことを語っているのです。

 人がモノに見出す価値には、様々な基準が存在します。海辺で拾った貝殻であっても、例えばそれが旅行か何かで訪れ海岸の情景や出来事にまつわるものであれば、それは、その貝殻を所有する人にとっては、単なる一個の貝殻ではなくて、大切な思い出を象徴するものであり、人生の一部を意味するでしょう。大切な存在です。モノの価値は他人には測り知ることが出来ません。価値とはそうしたものです。

 ましてや、神様の創造された被造物一つ一つが、神様にとっては、価値あるものであり、尊い存在であり、当然ながら、人間一人一人が持っているいのちや尊厳も、比較することが出来ない価値あるものなのです。

 しかし、実際のところ、私たちは、知らず知らず人の価値を何かの基準で計り、計られている世界に生きています。

 学校では偏差値やテストでとった点数で成績順に評価され、職場では仕事の能率や効率で評価されます。営業の仕事に携わる人は、営業成績でその人の価値が決まります。また、学歴や収入高で、人の価値が計られることもあります。私たちは、そうした評価表の数字の一つになってしまっています。

 一方、人が単なる頭数と見なされたり、あたかも交換可能な部品として見なされるということも、容易に起こります。例えば、工場で働く非正規雇用の労働者や外国人技能実習生、外国人労働者は、経営者や管理する側から、取り替えのきく(いつでも解雇できる)「労働力」と見なされ、一人一人の、個性を持ち、様々な事情を抱えた存在であることが考慮されることがないような状況が少なくありません。さらに戦争になれば、兵隊として駆り出される人のいのちは、「兵力」としてしか数えられません。一人一人のいのちは、統計表の上の数字に還元され、本来、夢や希望を持ったかけがえのない存在であることが、見えなくされてしまうのです。簡単に「九十九匹の羊と一匹の羊」、「九枚の銀貨と一枚の銀貨」というふうに、比較可能な数字に置き換えられてしまうのです。

 人の価値が数字に変えられてしまうだけでなく、必要があるかないかという線引きをされてしまうことで起こった悲劇的な出来事がありました。

 最近では、一人の青年が、自分の思い描く社会に適合するか否かで、人を有用か不要か判断する価値観により、「寝たきりの障がい者は社会の役に立たないのだから、安楽死させたらいい」とか、「障がい者の生活保障に(措置費として)税金を使うのは無駄だ」といった考え方をするに至り、その「思想」を実行した結果、十九人もの障がい者のいのちが奪われた、相模原の「津久井やまゆり園」事件がありました。その青年に影響を与えたのは、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ帝国が、精神障害者や知的障害児、社会不適合者と見なされたアルコール依存症の人たちやホームレスの人たちを、「役に立たない、生きている価値のない存在」として、安楽死施設で計画的に殺すという政策を行ったことでした。それだけでなく、ナチス政権下では、同性愛者の人たちは、こどもを産まないからという理由で殺され、さらには、定住地を持たないシンティ・ロマの人たち、そして、六百万人のユダヤ人の人々が、ドイツ人の文化的な純潔を汚す劣等民族という、人種的な理由だけで、強制収容所や絶滅収容所で殺されていきました。

 こうした思想が生まれる背景には、「自分たちこそが優れていている存在であり、だからこそ、他人の存在価値を判断ができる」という高慢で歪んだ自負心があります。一人一人の生きて来た人生の歴史や思いなどは、その前では無視されていきます。いのちの尊厳など顧みられません。神様の前で自分たち自身を省みる謙虚さもありません。その過剰な優越感と高慢さ、その思想に従って、人間の価値が「合理的に」順位をつけられて測られ、結果たくさんの命が失われていったのです。

 このような例は、極端かもしれませんが、実は、これに似たような発想やものの見方は、姿や表現を変えて、今の私たちが生きている世界や社会に根深く存在しています。

 イエス様の語っている「迷える一匹の羊」、「見つかった一枚の銀貨」の譬えは、そうしたものの見方や社会の考え方に対して断固として否を突き付けています。

 「言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある。」 「言っておくが、このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の天使たちの間に喜びがある。」

 神様にとって、すべての人がかけがえのない存在であり、誰一人失われることなく大切にされることこそ、神様が喜ばれることだ、とイエス様は語っています。イエス様が言われる「救い」とは、その人がその人として、その存在の尊さを回復し、再び神様の前にいきいきと生きられるようになることに他なりません。

 人間が、他の人間に下す評価は、意味を持たない。そのことをしっかりと見て行きたいのです。私たち一人一人は、この世の価値観から自由でありたいと思うのです。

 すべての命、すべての存在は、神様にとっては同じように価値を持ち、それらを神様は愛し、大切に思っている。「迷える一匹の羊」、「見つかった一枚の銀貨」の譬えが示しているメッセージに、私たちは常に立ちたいと思います。

 私たち自身もまた、一人一人が色々な背景、個人の歴史をもって生きています。その存在のかけがえのなさは、人が下す評価に左右されてしまうものではありません。お互いに異なった経験をしてきた者同士が集まっているのです。目の前の人を大切に思い、自分と違った経験をしてきた人への尊敬の念を持って、お互いの気持ちを慮り合って、労りあって、支え合って行きたいと思います。

 そして教会から社会に、世界に、このメッセージを広げていきたいと思います。人間のいのちや労働を数字に還元し、その人の存在する意味を顧みず、たとえ失われたとしても惜しくないというような社会で、私たちは、このイエス様の譬えの精神を、「人が人として」回復され、「人を人として」尊ぶために、率先して掲げていかなければならないのです。それが、イエス様が私たちに願っていることなのです。

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2022年9月4日 
​聖霊降臨後第13主日

「君について

いこう」

 ルカによる福音書

 ​   14章 25~33節

 人が何か、新しいことを始めようとするとき、伝統や慣習といったものが根強い社会においては、往々にして、周囲の人々や社会との間に何らかの軋轢を生じることが起こります。

 日本では、徳川幕府の時代、およそ二百六十年にわたってキリスト教を信じることが禁止されてきましたが、いわゆる「明治」になって、信教の自由が認められるようになり、少なくない外国人宣教師たちが来日し、各地でキリスト教の伝道を始めました。彼らは、賛同者や協力者を得ながら学校や病院を設立し、キリスト教の考え方を広め、路傍伝道や家庭集会を行い、信者を増やして教会を形作っていきました。キリスト教主義の学校や教会での礼拝は、新しい欧米の知識に触れる機会でもあり、結構な数の人々が教会を訪れ、礼拝に参加し、信仰を告白したといいます。

 しかしながら、その一方で、仏教界や神社などは、キリスト教会の伝道を快く思わず、「耶蘇教」、「邪宗」といって礼拝や伝道集会を妨害したり、時には牧師が暴漢に襲われたりもしたといいます。信仰を持つことについても、もちろん仏教とか神道などの家の宗教とは違っているし、地域の風習やしきたりに馴染まないと、反対されたということも聞きました。

 それでも、人によっては、親や親戚の反対を押し切って、洗礼を受けたと言います。それは相当の決意をもってのことだったと思います。1908年に洗礼を受けた或る牧師は、受洗にあたって、一つの決意の証明として、仏壇を家の庭で壊して焼いたそうです。封建時代と近代のはざまにあって、信仰を持って生きていこうとすることは、いわば慣習や伝統、あるいはしがらみと決別して、新しい道へ進むこと、周りに左右されずに、自分で考えて選び、自立していくことを意味する一つの象徴的なエピソードなのだと思います。

 

 福音宣教の旅を続けるイエス様の後を、大勢の群衆がついてきました。その彼らに向かって、イエス様は言われました。

 「もし、だれかがわたしのもとに来るとしても、父、母、妻、子供、兄弟、姉妹を、更に自分の命であろうとも、これを憎まないなら、わたしの弟子ではありえない。」 さらにこうも言われました。「自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。」

 イエス様はすでにこのとき、(限られた弟子たちにですが)自分がやがてエルサレムで、イエス様を敵対視する時の支配者たちに捕えられて、裁判にかけられ排斥され、殺されるだろうということを、予告していました。そのようなイエス様に従い、弟子として生きるということは、決して楽な道であるはずはなく、社会の様々な関係の中で、時には「父、母、妻、子供、兄弟、姉妹」といった家族や身内でも軋轢を生んだり、意見の対立を招くということも、弟子たちに語っていました。

 イエス様の弟子として、イエス様の言葉とわざに従って、神様のみ心に適う生き方を選ぼうとする人は、往々にして、その時代の社会における支配的な価値観と対立することになるし、時には世間の「平穏」や「調和」、「均衡」を乱し波風立てる存在と見なされかねない。自らの安定した生活を犠牲にして、他の人々のために仕えても、その行いが人々や世間からは理解されずに、孤立することもある。場合によっては、イエス様と同じように、弟子たちもまた「排斥され、殺される」目に遭うかもしれない。

 イエス様は、自分を慕って後をついてくる大勢の群衆に向かって、弟子となるには、そのような逆風を受ける覚悟が必要なことを、伝えたのです。

 

 人が経験することの中には、始めるときには、それほど心配せずに大丈夫と考えていても、いざことを始めてみると、考えていたよりもずっと難しくて、簡単に挫けてしまったり、思いもかけない出来事が起きて、「こんなはずじゃなかったのに」と思うことが多々あります。あとから、「やめておけばよかった」とか「来るんじゃなかった」とひどく後悔することもあるでしょう。

 イエス様が弟子たちに向かって、再三にわたって、弟子の覚悟についての言葉を語っているのは、人間の意志や決心というものが、それほど強くないということを知っていたからかもしれません。

 一時の高揚した気持ちや、雰囲気に流されて決めたことは、時間が経過して大変さが具体的に生じてくると、簡単に挫けてしまいがちです。自分の人生を方向付けるような決断には、その前に熟考することが必要です。

 イエス様が、群衆に向けて、次のような譬え話を語ったのは、そのためです。

 「あなたがたのうち、塔を建てようとするとき、造り上げるのに十分な費用があるかどうか、まず腰をすえて計算しない者がいるだろうか。そうしないと、土台を築いただけで完成できず、見ていた人々は皆あざけって、『あの人は建て始めたが、完成することはできなかった』と言うだろう。」

 「また、どんな王でも、ほかの王と戦いに行こうとするときは、二万の兵を率いて進軍して来る敵を、自分の一万の兵で迎え撃つことができるかどうか、まず腰をすえて考えてみないだろうか。 もしできないと分かれば、敵がまだ遠方にいる間に使節を送って、和を求めるだろう。」

 建設資金もないのに、予算も立てず見積もりも十分にしないで、塔の建設に踏み切るのは愚かなことだ。そして、十分な勝ち目もないのに、戦争するべきではない。勝てないと分かれば、外交で戦争を避けるだろう。

 イエス様は、この二つの譬え話を用いることで、イエス様の弟子となり、福音宣教の旅についてくることの後先を、よく考えるように、群衆に語っているのです。

 

 ところで、日課の最後にある「だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」という言葉を、どのように理解するかは、大切な点です。

 今、統一協会と政治の癒着の実態が明らかになり、メディアでもさかんに「宗教と政治」の問題が取り沙汰されています。しかし、私たちキリスト教の教会からすると、統一協会の最大の問題は、その教義に都合良く歪曲した、聖書の「解釈」の問題だと言えます。   

 彼らは、それこそ、この「だから、同じように、自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない。」という箇所を強調し、家の財産一切合切を彼らの協会に「献金」として差し出すことの根拠としていると、考えられます。

 しかし、この箇所でイエス様が語っていることは、イエス様の福音宣教が目指しているものは何かということと、関連して理解されなければなりません。

 イエス様の福音宣教は、ガリラヤの村々や町で生活していた大勢の人々、特に貧しい人々や病の癒しを願う人、様々な困難を抱えて人生に希望を見い出せない人々に、神様の国の到来を伝え、教えを宣べ伝え、癒しのわざを行うものでした。それは、神様の正義と公正を実現するための働きであり、抑圧された人々に解放の約束を告げることでした。イエス様の弟子になるということは、その働きにすすんで参画するということです。

 イエス様が告知する神の国とは、すべての人の尊厳が尊重され、人が自分のためだけに生きるのではなく、隣人を愛し、お互いの存在を大切にし合う世界です。弟子たちの共同体は、その信仰を堅く保ちながら、この世にあっては「他者のための存在」として働くことが求められます。それゆえに、この世の「富」や「名誉や名声」に執着しないことが求められているのです。

 一方、統一教会の教えでは、すべての財産を捨てて弟子にならなければ、その人も家族も救われない、不幸な目に遭うと、脅されます。それは、宗教を利用した一方的な収奪であり、服従、犠牲の強要であって、イエス様の教えとは、まったく正反対のことです。

 神様のみ心、すなわち神様の正義と公正が実現することとは、貧しさや飢えや差別といった、人々に苦しみをもたらす原因が解消されていくことです。すべての命の尊厳が守られる関係が築かれていくことであり、新たな貧困や抑圧を生まないことです。それゆえ、やみくもな「自己犠牲」を強いることはありえません。

 信仰を持つということは、人が、イエス様の言葉とわざに従って、神様のみ心に適う生き方を、自分で考え、選び取っていくことです。そして、神様の前に立って、自分と隣人のいのちと尊厳に気づき、またそれを保持していく義務を果たそうとすることです。そのために、人が「自分自身と(神様から)賜ったすべてのもの」を用いてくださいと、捧げていくこと、それが「自分の持ち物を一切捨て」るということなのです。

 

 私たちが信仰を持ち、神様との約束に生きるようと願うとき、私たちはこの世界を、これまでとは違った視点、すなわちイエス様の視点によって見直すようになります。イエス様が苦しむ人々の声に耳を傾けられ、心を動かされ、手を差し伸べられたように、私たちも互いに助け合う者とされ、同時に、人々を苦しめているこの世の不正に対して、目を背けるていることが出来なくなるでしょう。それが、イエス様の弟子として、キリスト者として、生きるということです。

 イエス様に従って生きるという決心は、その後の自分の人生の方向性を大きく変えることです。だからこそイエス様は、自分の思いをよく確かめて決心しなさいと、語られたのです。しかし、たとえ躊躇することがあっても、充分に考えた末、イエス様の示される道を選び取るならば、そこには苦労があっても、最後には豊かな実りの収穫の喜びが、神様によって約束されています。神様はその人を祝福し、聖霊を注ぎ、どんなときにも見守り、支え、励まし、力づけてくださるのです。

 「いかに幸いなことか。神に逆らう者の計らいに従って歩まず、罪ある者の道にとどまらず、/ 傲慢な者と共に座らず、主の教えを喜び、主の教えを昼も夜も口ずさむ人。// その人は流れのほとりに植えられた木。ときが巡り来れば実を結び、葉もしおれることがない。/ その人のすることはすべて、繁栄をもたらす。」

 「神に従う人の道を主は知っていてくださる。」(詩編1章1節~6節)

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2022年8月28日 
​聖霊降臨後第12主日

「人の謙虚さ

とは」

 ルカによる福音書

 ​   14章 7~14節

 イエス様がファリサイ派の人の家に、宴会に招かれたときのことです。この宴会の席でイエス様は、同じように招待された人たちが、誰が上席に着くのか、誰が次の席に座らされるのかと云ったように、お互いに席を譲ったり譲られたり、遠慮したりするのをご覧になりました。イエス様は、その様子を見て、その場で誰が一番偉いのかを決め、互いに順位をつけたがる人間の姿を見出します。

 イエス様はまた、その席に招かれているのが、それほど生活のレベルが違わない者同士であることにも目をとめられます。招かれていたのは、そこそこの名声と地位がある人々、律法学者や「清くて、汚れのない」仕事についている人たちで、お互いにお返しの招待ができるような生活水準の人々であることに、イエス様は気がつくのです。

 そうした宴会に集っているファリサイ派や律法学者といった人々に対し、イエス様が語った言葉、「もし宴席に招かれたのなら、上座に座らずに下座に座りなさい。そうしたら人が上座を勧めてくれて面目を保つことができるだろう」と、「人を食事に招待するときには、お礼のできない人たち、貧しい人、身体の不自由な人、目の見えない人にしなさい。そうすれば神様のみこころに適い報われるだろう」。そこには、どんな意味が込められているのでしょうか。

 

 その宴席で誰が上座に座り、また座らせられるのかは、その人の社会的な立場を表すことですが、見方を変えてみるならば、宴会の席の順番で、自分が他の人たちからどんなふうに評価されているのかを確かめることでもあります。

 また、宴会に招待された人が、招いてくれた相手を、お返しに同じような宴席に招待することは、自分がいかに相手を尊重しているかをアピールすることであり、それはまた翻って、相手の自分に対する評価を高めることにつながるわけです。「彼は私を大事に扱ってくれた。いい奴だ」と。

 そこには、まさに人間が持つ自負心と、他人が自分に対して行う判断や評価との関係が見てとれます。

 人が、みなそれぞれに自負心を持つこと、また他人から正当に扱われたいという欲求を持つことは、当たり前のことです。それは自然な気持ちです。間違ったことではありません。

 しかし、その自負心や自尊心を外から保証し、より強めてくれるものとして、社会的な名声や地位というものを、人は求めがちです。家柄や学歴、役職をはじめとした、社会から与えられた地位や名声、名誉などは、他の人々が自分のことをどう評価し、判断しているのかを量る基準のひとつとして、実にわかりやすいからです。

 ただし、自分が社会的に与えられている名声や地位といったものが、はたして「わたし」に対する「正当な」評価や判断を表しているかどうかは、実は不確かです。また、「わたし」の周りの人たちが、「わたし」に対して下す評価や判断が、常に正しいとも限りません。そうした人の評価の中には、その人が相手に抱いた心情的な思い込みや好き嫌いと云った感情、あるいは、それこそ相手の地位や立場に対する先入観や度があり、それらによって容易に誤解が生じるからです。

 他人と比較されて順位をつけられることは、本当に自分に対する自負心や自尊心を保証してくれるものでしょうか。そうではなく、かえって自分に対する自信の無さや劣等感を助長させられはしないでしょうか。たとえ、周囲から一番偉いと目されたとしても、それでいい気になっていれば、まわりから「高慢だ」と揶揄されるかもしれませんし、だからと言って、人からどう思われているかばかりを気にしていれば、卑屈になってしまいます。

 自負心とは、自分自身に対する信頼を表す言葉であり、自尊心とは、自分自身を尊いと思う感情を表す言葉ですが、その信頼、その尊さは、実はすべての人に平等に、神様によって与えられているものであって、本来、人の価値や尊さに、順位や順番はつけられないものなのです。その人の生まれや社会的地位や評価に左右されないものなのです。そこを勘違いしてしまうと、人は高慢と卑屈のどちらかになってしまいがちです。

 イエス様は、そうではなく、神様の前で「謙虚」であるべきことを諭されたのです。

 

 今日の日課の中の、イエス様の言葉は、実は旧約聖書の中で説かれている言葉に由来しています。

「王の前で自ら高ぶってはならない。尊い人の前で下に下げられるよりは『ここに上れ』と言われる方がましだ」(箴言25章6~7節)。「すべて心高ぶる者は主に憎まれる。確かに彼は、罰を免れない」(箴言16章5節)。「人はかがめられ、人々は低くせられ、高ぶる者の目は低くされる」(イザヤ書5章15節)。 

 そこには「王」、すなわち「主なる神様」の前で謙虚になることが説かれています。

 そのように旧約聖書の中では高慢になることが戒められているのに、実際には、どうだったのでしょうか。イエス様は、別な福音書でこのように指摘しています。「彼ら(律法学者たち)は、人前で挨拶されることを好み、会堂では上座に座ることを好んで、見栄のために長々と祈る」(マタイ福音書6章1~5節)。

 ファリサイ派や律法学者といった、宗教的には指導的立場にある人々が、そのように振舞っていたわけです。同じような立場の人々で固まり、そのグループの間ではお互いに食事に招待し合い、尊重し合って、仲良くやっていくことを図る。そこには、貧しかったり、障がいを持っていたり、収税人など罪とみなされる職業についている人たちなど、社会の片隅に追いやられている人々の入る余地はありません。

 「もし宴席に招かれたのなら、上座に座らずに下座に座りなさい。そうしたら人が上座を勧めてくれて面目を保つことができるだろう」と、「人を食事に招待するときには、お礼のできない人たち、貧しい人、身体の不自由な人、目の見えない人にしなさい。そうすれば神様のみこころに適い報われるだろう」という、イエス様の言葉は、そうしたファリサイ派や律法学者たちに対して、直接向けられています。その言葉の背景には、イエス様の憤りにも近い感情があったかもしれません。

 人間が決めた尺度や判断の基準を、あたかも神様が定めた尺度や基準であるかのように、すべての人に当てはめて、自分を優れた者とするために、他の人々に優劣をつけ、ふるい分けることが当たり前になってしまっている状況を、イエス様は嘆き、強く戒められているのです。

 

 イエス様は、「もしあなたたちの間で偉くなりたいと思うなら、仕えるものになりなさい。」と言われました。この言葉は、他の人々に対して「謙虚」であることを求めていますが、その「謙虚さ」とは、単に、人との関係を良好に保つためのいわゆる「処世術」とは、まったく異なるものです。

 この言葉は、弟子のヤコブとヨハネがイエス様に、「あなたが栄光を受けるとき、私たちをあなたの右と左に座らせて下さい」と願った時に、彼らにかけられた言葉です。つまり、弟子のヤコブとヨハネの願いに対してイエス様は、イエス様ご自身が「飲むべき杯を飲み、洗礼を受けること」、すなわちイエス様の受けるであろう受難を弟子たちも自分の事として引き受けて行くことを要求したわけです。イエス様の栄光に与ることは、自分たちの地位をあげていくことではなくて、イエス様に従うこと、つまり「仕えるものに」なることを、弟子のとるべき姿として、イエス様は示されたのです。

 そして、そこで要求されている「謙虚さ」は、自分を殺して、ひたすら我慢することでも、ただ頭を下げて卑屈になることでもありません。イエス様が語り、また聖書が示している「謙虚さ」とは、私たちが、イエス様がされたように、神様から示された目的に向かって、自分を差し出して、自分の前にある課題に淡々と取り組むこと、その課題を担っていくことに尽きます。

 

 「宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる」。この言葉も、神様の正義の実現という視点から、解釈されなければなりません。

 神様の救いのわざは、何よりも先ず、「貧しい」人たち、病気や障がいで「不自由な」状況に置かれている人たち、あるいは罪人と見なされて社会的に弱い立場に置かれている人たちに向けられている、とイエス様は語られるからです。「飢え」、「渇き」、「家もなく」、「着るものもなく」、「病気」で、「監獄にいる」人たちに、「食べさせ」、「飲ませ」、「宿を貸し」、「着物を与え」、「見舞い」、「監獄を訪ねる」ことが、実は、神様ご自身に奉仕することなのだ、とイエス様は語っているのです。(マタイ福音書25章35~40節)

 「主はこう言われる。/ 知恵ある者は、その知恵を誇るな。/ 力ある者は、その力を誇るな。/ 富ある者は、その富を誇るな。/ むしろ、誇る者は、このことを誇るがよい。/ 目覚めてわたしを知ることを。/ わたしこそ主。/ この地に慈しみと正義と恵みの業を行う事/ その事を私は喜ぶ、と主は言われる。」(エレミヤ書9章22~23節)

 今、社会の中で、人と人の間に「寛容さ」、つまり相手の立場を理解して受け入れる、そういった姿勢がだんだんなくなってきつつある、といわれています。自分の狭い了見でのみ判断された「正義」を振りかざし、人を裁くことに終始するのは神様の意図するところではありません。平らかな関係をお互いに築き、お互いの存在を、自分とは違った体験や経験をしてきた者同士として認め合い、支え合って生きる。私たちが本当に神様の前で謙虚になれる時、私たちは寛容さとともに、お互いの状況を受け入れ会う思いやりを回復できるのかもしれません。イエス様は、そのことを日課の言葉を通して、教えてくれているのです。

 神様からすべての人一人一人が与えられた尊さを、私自身が受け止めて認めていきながら、私もまた私の隣人の尊さを蔑んだり、貶しめたりしない関係を築いていきたいと思うのです。社会全体も教会も、そのようなあり方を目指して行きたいのです。

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2022年8月21日 
​聖霊降臨後第11主日

「身体を解き放つ

癒し」

 ルカによる福音書

 ​   13章 10~17節

 ある安息日のことです。イエス様は、ある町の会堂で、(旧約)聖書を朗読し、説教をしていました。その礼拝に、「十八年間も病の霊に取りつかれて」「腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができな」い女性が来ていました。

 その女性は、何歳ぐらいだったのでしょうか。歳をとっていたのでしょうか。あるいは、もし年若くして発症したのなら、三十代から四十代だったかもしれません。はっきりしているのは、病気が発症してから十八年もの間、彼女は、腰が曲がって、伸ばすことが出来ないでいる状態が続いていたことです。それは現代であれば、脊柱管狭窄症、あるいは椎間板ヘルニアとでも病名がつくものだったかもしれませんし、何か別な病気だったかもしれません。それとも、長年の重労働、例えば畑仕事か何かで腰に負担がかかり、曲がってしまったのかもしれません。突然その状態が始まったのか、徐々に時間が経過するとともにそうなったのか、ともかくも彼女は、十八年間、その状態に耐えていました。

 腰に痛みもあったでしょうし、そのせいで身体を自由に動かすこともままならなかったでしょう。腰を伸ばすことが出来ないと、水汲みや重い荷物を担いだり、背負うといった家事労働を、十分に担うことが出来なかったでしょうし、それだけ社会生活でも、いろいろな制限が生じていたでしょう。それは肉体的な不自由さにとどまりません。結婚していたのか、こどもがいたのかもわかりませんが、おそらく彼女は、家族の中で、そして町の共同体の中で、曲がった腰のせいで、自分が為すべき役割を十分に果たすことが出来ないという負い目を常に感じ、まわりに気を使いながら、肩身の狭い思いをして、生活していたのだろうと思います。

 その彼女が、不自由な体で苦労しながら、会堂までやって来て、礼拝に参加し、イエス様の説教を聞いていたわけです。彼女が何を祈り、何を願っていたのか。イエス様が癒しを行うことを聞いていて、何かを期待していたのかもしれません。ただ、彼女がたとえそう願ったとしても、本来ならば、彼女がイエス様の傍に近づくことは、できなかったでしょう。会堂の中では、女性たちは、女性だけで座るよう決められた場所にいて、ただ座って話を聞くことが許されていただけだったからです。

 しかし、その彼女にイエス様は目を止めました。そして、彼女を呼び寄せると、「婦人よ、(あなたの)病気は治った」と言って、その上に手を置きました。すると、女性は、「たちどころに腰がまっすぐになり、神を賛美し」始めたのです。

 

 イエス様によるその女性の癒し、それは、何よりも彼女の身体を癒す奇跡でした。彼女の腰が癒され、曲がった背骨はまっすぐにされました。彼女の長年にわたる身体的苦痛は取り去られ、頭を高く上げ、腰を伸ばして軽々と歩くことができるようになったのです。

 そのことは、彼女の心も同時に癒やされ、解放されていったことを意味します。家族や町の社会的なつながりの中で、十八年間、彼女が感じさせられ、背負わされてきた引け目や様々な負い目、そうした一切から彼女は自由にされたのです。曲がっていた腰と背骨がまっすぐにされることで、彼女は、自尊心を取り戻し、顔を上げて、堂々と胸を張って、神様を賛美できるように変わることができたのです。

 イエス様は、礼拝中にこの女性の姿に目を留め、一瞬のうちに、彼女がこれまで歩んできた人生、身体の不自由のために長年背負わされてきた「軛」、身体の痛みだけでなく、世間に対する負い目、一切の悲しみや苦しみを理解しました。そして、その想いを受け止め、深くあわれまれたのです。だからこそ、イエス様は、彼女の不自由と負い目の原因であった「病の霊」を追い出し、がんじがらめになった彼女の心身ともに解放されたのです。ここに、この奇跡物語の、「癒し」の本質があるのです。

 

 ただ、この癒しの奇跡物語は、ここで終わりませんでした。この出来事を目の当たりにした会堂長が、これに文句を言い始めたからでした。彼は、イエス様が「安息日に病人をいやされたことに腹を立て」ました。そして、彼は、その場にいた人々に向かってこう言いました。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」と。

 安息日、それは(旧約)聖書の律法に記された神様から与えられた約束に基づくものでした。出エジプト記には、こうあります。

 「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたの息子も、娘も、男女の奴隷も、家畜も、あなたの町も門の中に寄留する人々も同様である。六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのもの を作り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである。」(20章8~11節)

 そして、ユダヤ教ではこの戒めを守るために、日常生活にわたる細かい規則を決めました。どのような場合に、その人間の行動が「働く」ことになるのか、その定義づけを行ったのです。どのような行動は、「働くこと」、労働と見なされるのかが決められ、また解釈されていったのです。例えば、家からどのくらいの距離までなら離れるのが許されるのか、食事を作ることは労働であるから、安息日の食事は前日に作ることが勧められた、といった具合です。従って、この戒めを厳格に守ろうとするならば、その行動はかなり不自由で不便になり、日常生活に支障をきたすものになります。

 会堂長は、イエス様の癒しの行為が、「働くこと」に当たると見なし、こうした安息日の戒め、規則に違反すると考えたのです。しかも彼は、同時に考えました。イエスの癒しの行為は、「群衆」の模範にはならない。おそらくこの奇跡に立ち会った人々が、安息日にもかかわらず、イエス様の元に殺到すると。彼はそれを恐れました。それで彼は、直接イエス様を咎めるのではなく、「群衆に」向かって言ったのです。「働くべき日は六日ある。その間に来て治してもらうがよい。安息日はいけない。」

 「癒しを行うことに文句はつけないが、それは安息日以外の日にしなさい。」 まるでどこかの役所や郵便局の窓口のような対応ですが。確かに、この会堂長の判断は、当時の律法の解釈から言えば、ある意味当たり前でした。

 しかし、この会堂長の考え方に対して、イエス様はこう反論しました。「偽善者たちよ、あなたたちはだれでも、安息日にも牛やろばを飼い葉桶から解いて、水を飲ませに引いて行くではないか。この女はアブラハムの娘なのに、十八年もの間サタンに縛られていたのだ。安息日であっても、その束縛から解いてやるべきではなかったのか。」

 出エジプト記にはまた、安息日についてこのように記されているからです。「七日目には、仕事をやめねばならない。それは、あなたの牛やロバが休み、女奴隷の子や寄留者が元気を回復するためである。」と。

 つまり、安息日とは、人が休んで、癒されて、元気を回復するための一日なのだ。人の命を救うことが禁止されてはならない。

 家畜の命を守るためには、安息日だからと言って、杓子定規に餌や水をやることは禁止されていない。ましてや、十八年もの間、「病気の霊・サタンに」束縛されていた人が、その束縛から解放されるのだから、安息日であったとしても、それは行われてしかるべきなのだ。しかも彼女は、「アブラハムの娘」、ユダヤ人の一人ではないか。ないがしろにされてはならないのだ。

 「こう言われると、反対者は皆恥じ入った。」 ぐうの音も出ない、といったところでしょうか。たぶん、会堂長もうすうすは気づいていたのかもしれません。だから「恥じ入った」のでしょう。

 「群衆はこぞって、イエスがなさった数々のすばらしい行いを見て喜んだ。」 日頃、律法の過剰なまでの適用によって、不便や不自由を強いられている「群衆」にとっては、イエス様の答えは、さぞかし痛快だったのだと思います。

 

 さて、今日の旧約聖書の日課イザヤ書にはこう書いてあります。

 「安息日に歩き回ることをやめ/ わたしの聖なる日にしたい事をするのをやめ/ 安息日を喜びの日と呼び/ 主の聖日を尊ぶべき日と呼び/ これを尊び、旅をするのをやめ/ したいことをし続けず、取り引きを慎むなら/ そのとき、あなたは主を喜びとする。」 (58章13~14節) 安息日は、「喜びの日」であると。

 また、このようにも記されています。

 「軛を負わすこと、指をさすこと/ 呪いの言葉をはくことを/ あなたの中から取り去るなら/ 飢えている人に心を配り/ 苦しめられている人の願いを満たすなら/ あなたの光は、闇の中に輝き出で/ あなたを包む闇は、真昼のようになる。」と。(9b~10節)

 会堂長が示した安息日の戒めの解釈は、ある意味、その戒めで人々の日常生活を束縛するものであり、人々に「軛を負わすこと」でした。また戒めに抵触することを指摘することは、人々に「指をさすこと」、非難することでしかありませんでした。

 しかし、イエス様の癒しのわざは、「飢えている人に心を配り/ 苦しめられている人の願いを満たす」ことです。「悪による束縛を断ち、くびきの結び目をほどいて/ 虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。」(6節b)です。

 「喜び」としての安息日の回復。それもまた、この奇跡の物語のひとつの大きな意味なのです。

 

 十八年間、「腰が曲がったまま、どうしても伸ばすことができ」なかった女性の上に起きた、癒しの奇跡。その物語が示しているのは、今、様々な負担を感じて、悩みや苦しみを負っている人に向けられたイエス様のまなざしです。そして、イエス様は、その苦しみを共に担うだけでなく、その様々な束縛から、人の、私たちの身体と心も共に解き放ってくれるのです。

 「主はおまえの罪をことごとく赦し、病をすべて癒し、/ いのちを墓から贖い出してくださる。// 主は慈しみと憐れみの冠を授け、長らえる限り良いものに満ち足らせ、/ 鷲のような若さを新たにしてくださる。// 主はすべて虐げられている人のために、恵みのみ業と裁きを行なわれる。」(詩編103篇3~6節)

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2022年8月14日 
​聖霊降臨後第10主日

「愛の厳しさと

豊かさ」

 ルカによる福音書

 ​   12章 49~56節

 「キリスト教は、愛の宗教である。」といわれます。

 キリスト教が説いている根本的な教えは、『神の愛』であり、イエス様の言葉とわざを通して、神様の人への愛が表されています。ヨハネ福音書の『神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された。』(3章16節)という聖句にあるように、イエス様が、人の罪を赦すために、十字架に架けられて死なれたことは、その愛を最もよく示しています。それゆえまた、ヨハネの手紙一には、『神は愛です。』(4章16節)とも記されています。

 そして、多くの場合、私たちは、イエス様を「柔和で、優しく、温かく私たちを抱きとめ、包んで下さるお方」として、あるいはまた「私たちの罪を赦し、私たち一人一人が背負っている重荷を軽くしてくださり、慰めて、そして癒してくださるお方」として、「平和を愛し、もたらすお方」として、心に思い描くのではないでしょうか。

 しかし、今日の日課を読むとき、そうした愛情に溢れ、平和に満ちた優しい姿とは異なった、厳しく荒々しいイエス様を感じさせられ、私たちはある意味困惑させられてしまいます。

 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである。」

 「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。言っておくが、むしろ分裂だ。」

 イエス様は、ご自分のことを、火を投じて、平和の代わりに分裂をもたらすお方だと、ここで言われているのです。

 このイエス様の言葉を、私たちはどのように理解したら、良いのでしょうか。この言葉は、「神様の愛」とどのように関係してくるのでしょうか。

 

 「わたしが来たのは、地上に火を投ずるためである」。

 イエス様が「投げ込もうとする火」、そこには、三つの意味が込められていると考えられます。

 一つは、洗礼のための「火」です。

 イエス様が洗礼を受けられる際に、洗礼者ヨハネは、「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。(中略)その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる」と語りました。「火」が、不純物を燃やすことで、精錬された金属を生みだすように、イエス様のもたらす「聖霊と火」は、人を罪から清め、人を新しく生まれさせるために必要なしるしであるというのです。

 二つ目は、その「火」が世界を浄める裁きのしるしを意味する、ということです。洗礼者ヨハネは、同じ時に、「(到来するキリストは)手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」とも語りました。キリストの到来によって、世界は神様のみ心に適う良いものと、そうでない悪いものに分けられる。そして悪いものが焼き払われ、滅ぼし尽くされる。「火」は、その裁きを表します。

 三つ目に、その「火」が、神様からの力である聖霊そのものを表しているとも考えられます。聖霊降臨の記事には、弟子たちの上に聖霊が「炎のような舌」の姿で降り、止まったと記されています。イエス様は、信じる者に聖霊を授け、イエス様の語った言葉や行ったわざを引き継いで、この地上で行う力を与えられることを示しています。 

 人の罪を浄め、この世に神様の裁きを行い、そして聖霊によって神様の力を弟子たちに与えるために、イエス様は、この地上に「火を投げ込む」と言われたのです。

 

 イエス様が投げ込まれた、裁きと「聖霊と火」による洗礼は、しかしまだ燃え上がってはおらず、その時はまだ来ていない。イエス様はそう感じてもいました。

 「その火がすでに燃えていたらと、どんなに願っていることか。しかし、わたしには受けねばならない洗礼がある。それが終わるまで、わたしはどんなに苦しむことだろう」。

 つまり、その時は、イエス様が「受けなければならない洗礼」の時まで、止め置かれているというのです。洗礼とは、もともとは水に沈むことによる「死」と、その水から上がることで「新しく生れること」を意味しています。イエス様が受けるべき「洗礼」とは、この場合、イエス様がエルサレムで苦しみを受けた後、十字架に架けられて殺されること、また三日後に墓から甦られる復活を、指し示しています。 

 人の罪の赦しも、この世への神様の裁きも、また信じる人々が聖霊・神様の力を受け取ることも、イエス様が受難と十字架の死を経験されることによって、ようやくもたらされるのです。

 しかし、一方においては、イエス様が地上で活動されていた時から、それはすでに始まっていたともいえます。なぜなら、イエス様に出会った人々は、その出会いを通して、罪の赦しと裁きと、神様の力を受けたことが、聖書に記されているからです。

 イエス様と出会った人は、誰でも、決断を迫られることになります。イエス様は、私たちに問うているのです。イエス様の死によって、自分の罪を贖われ、赦されること、そして神様の力に与ることを望むのかを。「あなたはどう生きるのか。神様が示す道を、あなたは歩むのかどうか」と。

 しかし同時に、この決断がいったい何をもたらすのかということも、イエス様は弟子たちに語っています。それが、この言葉です。

 「あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うのか。そうではない。云っておくが、むしろ分裂だ」。

 イエス様が平和を望んでおられないということではありません。

 イエス様は、真の平和とは、神様の正義と公正が実現するときにこそ、宣言されるものだと言われているのです。

 詩編はこう詠っています。

 「主は平和を宣言されます。/ ご自分の民に、主の慈しみに生きる人々に、/  彼らが愚かなふるまいに戻らないために。(中略)慈しみとまことは出会い、正義と平和は口づけする。/ まことは地から萌えいで、正義は天から注がれます。」(詩編85篇)

 そして、神様の正義と公正の実現とは、貧しさや飢えや差別といった、人々に苦しみをもたらす原因が解消され、誰もが持っている命の尊厳が守られる関係が築かれていくことです。

 「弱者や孤児のために裁きを行ない、/ 苦しむ人、乏しい人の正しさを認めよ。// 弱い人、貧しい人を救い、/ 神に逆らう者の手から助け出せ。」(詩編82篇)

 それゆえ、貧困や格差、身分や職業、人種、性別、病気や障がいの有無による差別は、神様のみ心に適うものではなく、変えられなければなりません。信仰者は、そのための備えをすることが求められているのです。

 「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ」というイエス様の声は、実に人々に神様の正義と公正の実現に向けて生き方を変えることを求めているのです。信仰とは、神様の正義と平和が到来することへの信頼であり、希望を持つことです。

 しかし、このイエス様が示す生き方は、私たちが生きている社会の様々な関係の中に、ある種の軋轢をもたらすことになります。

 人が信仰を持ち、イエス様の言葉とわざに従い、神様のみ心に適う生き方を自分で考え、選び取っていくことは、一人一人が、神様の前に立ち、自分のいのちと尊厳に気づき、また隣人のいのちと尊厳を保持していく義務を約束することです。その神様との約束に生きることは、世界や社会の関係や仕組みを見直させ、築きなおすことを、私たちに促します。

 一見平穏に見える社会であっても、誰かが他の人を支配する力関係が働いていたり、見えない形で「不正や不平等」が存在するとことを私たちは知っています。

 「和を以て貴しとなす」という価値観は、ともすると社会の中での「平穏」や「調和」、「均衡」を保つことを優先して、周りの空気を察して忖度したり、問題が生じた場合でも、ことさら波風立てずに「穏便」に済ますこと、「曖昧」なままにしておくことに繋がりかねません。イエス様の言葉は、こうした表面的な平和を揺さぶり、かき乱し、分裂させることで、その背後にある問題を露にします。それは、時には社会における人間関係、家族、身近な人たちとの繋がりを良好に保つことよりも、神様の前で自らを悔い改め、神様のみ心に沿った新しい生き方を選ぶことを、私たちに迫っているのです。

 

 「出る杭は打たれる」という言葉があります。人より飛びぬけた能力を示している人が、他の人たちから、いろいろ憎まれたり、妬まれたりする意味もありますが、多数の人たちと協調せず、異議を唱えたり、出過ぎた振る舞いをする人が、非難されたり、制裁を受けることをいいます。

 イエス様の存在は、当時のユダヤ人社会で、またローマ帝国の支配する世界で、「出る杭」であったことは間違いありません。なぜなら、多くの人たちが「当たり前」と思う考え方や物の見方、そして世の中の仕組みに疑問を投げかけ、人々を動揺させ、神様への悔い改めと、神様のみ心に沿った正しい生き方を迫ったからです。

 誰もが、「出る杭」にならないようにしながら、現状を肯定し、耳触りのいい「平和」や「調和」という言葉で誤魔化されている世の中。その陰で、生きづらさを抱えている人々が、自らの尊厳を守り、よりよい人生を生きるために、声を挙げていくことが出来るようにするため、先ずイエス様が「出る杭」になられたのです。

 負い目を負った人が、その負い目を取り除かれ、赦され、新しい人生を生きることができるように、また、この世を支配する価値観や仕組みが神様によって裁かれ、神様の正義と公正が実現する社会となるように、また信じる人々に聖霊が臨み、イエス様の教えとわざを引き継いで、この傷んだ世界を癒やすことができるようになるために、イエス様は、自ら苦しみを受け、十字架に架かって死なれました。イエス様の生涯と十字架の死と、そして復活は、多くの人を慰め、勇気づけ、励ますものです。

 

 愛するがゆえに、あえて厳しい言葉や態度を示すことを「厳しい愛(タフ・ラブ/ tough love)」といいます。イエス様の語られた厳しい言葉は、実はなによりも、私たちを愛するがゆえの「厳しい愛(タフ・ラブ/ tough love)」であることを受け止めたいと思います。そして、厳しい表情と言葉の中にあるイエス様の深い愛情を感じて、イエス様を信頼して、私たちの人生を委ねて、生きて行きたいと思います。

2020年8月30 日(聖霊降臨後第13主日)

「キリストに倣う」 

 マタイによる福音書

 ​16章21節~28節

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 

 中村哲という日本人医師が、活動していたアフガニスタンで何者かに襲われ、命を落としてから、すでに九ヶ月が経ちました。

 中村さんは、著書「医者、用水路を拓く」にも書いておられますが、医療活動を行うだけでなく、水源を確保する事業を進めていました。

 中村さんは、1978年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻によって発生した、多くのアフガン人難民を救援するため、1984年にパキスタンで医療活動を始めます。そして、数年後にはパキスタン北西部の山岳地帯やソ連軍撤退後のアフガニスタン東部で、診療所を開設していきます。

 そうした活動を続ける中で、彼は、人々の栄養状態や衛生環境が改善されていかないと、人々を病気から救う抜本的な対策にはならないことを痛感していきます。

 特にアフガニスタンでは、内戦と長期間に及ぶ旱魃の影響から、本来の穀倉地帯でも大地が干上がり荒れ果てていました。さらに水不足から赤痢やコレラが急増し、全土で多くの国民、農民たちが難民化している状況がありました。

 そこで中村さんは、医療活動に併せて、水源確保のための事業を始めます。中村さんは地元の協力を得て、飲料用や灌漑用の井戸を掘り、伝統的な地下水路を再生していきます。また、約25キロの用水路を建設し、砂漠を農場に変えていきます。干上がっていた荒れ地と砂漠であった場所は、オリーブやナツメヤシの茂る農地や麦畑に変わりました。また畜産業やサトウキビの栽培、黒砂糖の生産も始まるのです。

 ただ、こうした活動は、死の危険と隣り合わせでした。武装勢力に襲撃される危険が常にあったのです。2008年には、中村さんと一緒に活動していた日本人が一人、身代金目的で武装勢力に誘拐され、救出に向かった警察との銃撃戦の最中に殺害されています。中村さん自身もそのことは、十分承知していました。周囲の日本人からも、「危ないから」といつも声をかけられていたようです。

 しかし、彼は、ここでは先ず何よりも食べること、食料を得ることが回復されなければならないこと、自ら働いて、食料を作り、安心して十分に食べることができるようにしていくことが、病気を治すだけにとどまらず、病気の原因を減らす抜本的な取り組みであること、また、人々が安心して農業を続けることができれば、貧困にも陥らず、戦争を起こすこともなくなり、結果として平和をもたらすこともできると考え、一連の事業を続けていきます。

 しかし、昨年12月4日に襲撃され殺されてしまいました。誰が行ったのか、なぜ殺されたのかは未だ判っていません。

 キリスト者であった中村さんは、ある意味では、アフガニスタンでの医療活動と水源確保事業を、大勢のアフガン難民の命を救う働き、「自分の十字架」と意識していたのではないかと思います。それこそ、「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」、イエス様に従ったのではないでしょうか。

 困難の中にあって、「飼う者のいない羊のようなありさま」のたくさんの人々を救う、イエス様の生き方を自分の生き方にしていく姿が、そこにはありした。

 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨てて、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 この言葉は、イエス様が、弟子たちに自分の受難、つまり十字架による処刑と、その後の復活の出来事を打ち明けた後に、重ねてペテロと弟子たちに向かって語ったものです。

 イエス様の受難と復活についての発言は、ペテロを困惑させました。彼は、強い調子でイエス様を諌め始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」 

 しかし、イエス様は、ペテロを叱りつけられます。

 「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者。あなたは神のことを思わずに、人のことを思っている」と。簡単に言えば、「あなたは自分のことしか考えていない。わたしの邪魔をするな」ということでしょうか。

 ただ、イエス様がペテロを叱ったのは、言い換えれば、ペトロが(そしてたぶん他の弟子たちも)、イエス様の旅の目的とその意味を、理解していないことを示しているといえます。イエス様の教えや行動が、現実の世界に対して持っている意味を、判っていないことを表しています。

 イエス様の受難と復活の予告は、ある意味、冷静に自分の語る言葉や行動を見据えた発言です。

 イエス様は、宣教の旅の行く先々で、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々を見かけます。病や日常の生活に苦しんでいる多くの人たち。その人たちを救うためのイエス様のわざや教え。そこで示されるイエス様の価値観、それは、当時のユダヤ人社会、いわゆる「世間」の価値観とは大きく違っていました。

 それは、例えば、「世間」が低く評価する境遇にいる人々、貧しい人、飢えている人、苦しんでいる人、病気や障害を負っている人たちこそが、神様の救いに真っ先に与れるというものでした。差別されたり、疎んじられている「取税人」や「遊女」たちが、神の国に入れるというものでした。神様の救いは、イエス様の癒しのわざを通して、それらの人々の上に現れるというものでした。

 あるいは、宗教的な制度が人を不自由にするのなら、その律法の解釈や制度は変えられなければならない、と語るものでした。

 だからこそ、イエス様の語る教えは、ユダヤ人社会の指導者と呼ばれる「長老や祭司長、律法学者たち」にとっては、許しがたいものだったわけです。それゆえにイエス様は「必ず多くの苦しみを受け」、「殺される」ことになるのです。

 人々を病や苦しみから救い、日々の負担や重荷から解放するために、神様の愛と、神の国の希望、すなわち福音を語り、具体的な行いをもって指し示すこと。それが、イエス様の使命です。しかし、人を解放し、自由にし、この世界のあり方そのものを動かし変えていく福音を伝える使命が、今自分が生きている社会の支配的な人々からは、受け入れられないだろうということを、イエス様ははっきり理解しているのです。

 イエス様がエルサレムに行こうとしたのは、そこでもイエス様の救いの業と教えとを必要としている人々、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々がいたからだと思うのです。それを邪魔してはいけないと、イエス様は言われたのです。

 イエス様に従う者は、どのように生きるべきなのか、それが今日の日課の主題です。

 「自分を捨てて、自分の十字架を背負う」とは、今までの自分の生き方を否定して、イエス様の生き方を自分の生き方にしていくことといえます。

 イエス様の生き方を自分の生き方にする、イエス様に倣うということは、イエス様が何を大切にし、何を尊重しているのかを、自分の人生の道標として生きていくことです。

 具体的には、神様の正義と公正が地上で実現することを求めることです。貧しい者や飢えている人たち、病んでいる人たち、重荷を負っている人たち、社会的に弱い立場に置かれている人たちに想いを寄せ、寄り添い、彼らが今の境遇から救われること、解放されることを共に望み、目指すことです。そのために彼らが抱えている問題や課題を一緒に担い、解決する方法を探ることです。

 ただ、そのような生き方を、信念を持って貫こうとすれば、様々な抵抗にあうこともあります。とりわけ、貧しい人々や弱い立場にいる人々を搾取し、それによって利益を得ている人々、自分さえよければかまわないと考える人々からは、きっと疎まれるに違いありません。

 しかし、イエス様は私たちに「わたしに従いなさい」と語ると同時に、一つ約束されています。「自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救う。」

 「わたしのため」とは、イエス様の福音のためという意味です。

 その福音の実現のために、人生をかけるなら、その人は永遠の命を受けるとされるのです。たとえ、「この世」の力が圧倒的であったとしても、イエス様の言葉とわざに従い、福音の実現のために力を尽くし、なすべき課題を行おうとするなら、その人はイエス様の再臨の時に、「それぞれの行いに応じて報い」られ、永遠の命を受け取る。そうイエス様は約束されるのです。

 

 冒頭でお話しした中村哲医師は、「誰もやらない活動なら、俺がやる」といって、パキスタンとアフガニスタンでの活動を続けられたと聞きます。

 現地の言葉を話し、土地の文化と伝統を尊重して、目の前に現れる課題を、現地の農民と共に汗を流して解決していく中村さんのその姿に、現地の人が感謝をし、深く信頼を寄せたといいます。村人の要請を受けて、モスクと学校を建設もしています。キリスト者がなぜ、モスクを建設したのか問われて、それは現地の人たちの誇りを取り戻すことでもあったと、中村さんは語っています。村の人たちは、外国の文化が押し寄せる中で、自分たちの文化はだめなのか、劣っているのかと劣等感を持っていたそうです。でもモスクが建設されたことで、彼らは誇りを取り戻すことが出来たそうです。

 水源の確保も、荒れ果てた大地を回復し、農民のいのちと生活を回復していくわざであったと言えます。それは、人々に勇気を与え、生きる力を回復する、福音の実現といえるのではないでしょうか。

 不幸にして中村さんは、事業半ばにして凶弾に倒れましたが、彼の仕事は、彼の後援会であったペシャワール会が引き継いでいくそうです。

 誰もが中村医師のようには働けるわけではありませんが、しかしその姿勢に倣うことはできます。たとえ困難を前にしたとしても、イエス様を信じる者として、一緒に生きている人たちと、ともに祈り、重荷を担い合って、福音の実現のために、目の前の様々な課題を引き受けて、乗り越えていきたいと思います。

2020年8月2日 平和主日

 「平和の基」 

 ヨハネによる福音書

 ​15章9節~12節

 イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。

 ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。

 その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。

 イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。

 イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」

 

 それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」

 人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。

 

 イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。

 「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」

 それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。

 しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。

 もちろん、注意しなければならないことはあります。

 「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。

 最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。

 と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。

 「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。

 「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。

 

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。

 

 私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。

 それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。

 なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。

 日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。

 昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。

 そこでは、次のような祈りがささげられました。

 「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」

 「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」

 「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」

 「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」

 「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」

 「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」

 「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」

 「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」

 

 「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。

 平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。

 人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。

 「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン

2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)

 「天の国の実現」 

 マタイによる福音書

 ​13章31節~33節

   +44節~50節

 イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。

 私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。

 イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。

 

 先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。

 からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。

 讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。

 「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」

 球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。

 からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。

 

 次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。

 「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。

 パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。

 パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。

 「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。

 また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。

 

 「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。

 もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。

 そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。

 もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。

 44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。

 二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。 

 つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。

 イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。

 現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。

 しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。

 

 「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。

 日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。

 「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。

 2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)

「生き直すということ」 

 マタイによる福音書

 ​11章28節~30節

 人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。

 競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。 

 行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。

 生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。

 

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。

 軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。

 ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。

 つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。

 ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。

 

 旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。

 ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。

 本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。

 と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。

 

 「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。

 それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。

 またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。

 

 イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。

 この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。

 だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。

 だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。

2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)

 「あなたが花束」 

 マタイによる福音書

 ​10章40節~42節

 「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。

 歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。

 「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。

 それは、その相手を励ましたいからです。

 「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。

 歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。

 歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。

 「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。

 「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。

 その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。

 歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。

 そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。

 「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。

 この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。

 いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。

 自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。

 そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。

 「あなたが花束」になっていくのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。

 今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。

 ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。

 そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)

 「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。

 弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。

 

 二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。

 使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。

 「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。

 パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。

 福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。

 もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。

 たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。

 生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。

 

 弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。

 教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。

 それが、弟子の使命です。

 どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。

 2020年1月26

「天の国は近づいた」 

 マタイによる福音書4章12~18

 

 韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。

 

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

共に平和をつくり 共に生きる その町で

平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら

貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で

平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で

私たちの労働が お祭りになる その日に向かって

共に生きる町 小さくても 美しい町

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

教えてください 教えてください 共に生きる町を

  詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。

 その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。

 この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。

 一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。

 と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。

 この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。

 八〇年代​、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。

 このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。

「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。

 明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。

 勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの

かもしれません。

 いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。

 「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」

 その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」

 イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。

 ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。

 具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。

 不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。

 それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。

 悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。

 この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。

 私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

 大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。

 それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。

 それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。

 確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。

 「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。

 「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。

 「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います

 

(2020年1月26日)