礼拝メッセージ
       (当分の間、毎週更新します)
easter16_edited.png
2022年5月22日 
​復活節第6主日

「あなたがたに

平和を与える」

 ヨハネによる福音書

 ​     14章22~29節

 あるテレビ番組で、アメリカのフロリダに暮らす裕福な人たちの生活が報道されたことがありました。その人たちは、高い塀に囲まれ、入口には警備員がいる高級住宅地に暮らしていました。大半がIT企業や金融関係の仕事についている人たちで、まだ景気が良かった時分でしたから、毎晩のようにパーティーを開いている様子が映されていました。記者のインタヴューに応えて、パーティーに参加していた一人の女性が云いました。「ここは平和よ」と。

 その言葉を聞いたときに、なにかしら大きな違和感を持ったことを思い出します。外の世界で何が起きていようとも、その「閉ざされた」住宅地では、確かに何も心配することがなく、安全で安心して生活ができる。それを住人である彼女たちは「平和」と呼んだのかもしれません。

 確かに高い塀や警備員は、その塀の中で彼女たちが「楽しんでいる」「平穏な生活」を、外側から侵入して乱そうとする「危険な何者か」から、守ってくれるかもしれません。

 しかし、そうした「閉ざされた場所」での、警備員や財産に保障された安全が、果たして本当の意味で「平和」なのでしょうか。「安らかな生活」と言えるのでしょうか。

 なぜなら、そうした「守られた安全」を求める態度は、実は外の世界への恐怖や不安にもとづくものだからです。外に暮らす大半の人々への不信感から生じているからです。そして、そのような「他人に対する」警戒感と不信感とは、塀の「外側」に対してだけでなく、「内側」に対しても向けられるからです。「閉ざされた場所」の住人同士の間で、お互いに探り合い牽制し合ったりしながら、生活することになるからです。不安や恐怖を抱えた生活は、「平和」な「安らぎ」に満ちたものではないからです。

 

 「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。おびえるな」。

 イエス様は、十字架で処刑される前、食事の席で、弟子たちに向かってこのように語りました。

 ここで語られる「平和」とは、元来は旧約聖書の伝統で、安全や健康、平安が保障された状態を指していますが、それは何よりも、神様との強い信頼関係に由来するものです。

 聖書によれば、神様と人が「平和・平安」の内に生きる状態とは、人が神様の愛に気づき、その愛を受け止め、神様に信頼して生活していくこと、「愛の関係」に生きることを示しています。しかし、人間は、その神様との信頼関係を破り、罪に陥ってしまいました。旧約聖書の創世記にある「創造物語」は、そのことを示しています。そして、人間は、神様との関係を損なった結果、人と人の交わりをも壊し、憎しみや殺意、争いをもたらし、自分たち自身の生命と尊厳だけでなく、すべての被造物をも破壊するに至りました。そして、それは神様の悲しみと怒りを招くものでした。

 この罪の状態、神様との関係の断絶から人間を救うために、イエス様は、自分が十字架に架けられ死ぬことで、神様の悲しみと怒りをなだめ、人間に神様と和解する道を拓いてくださったのです。

 ですから、イエス様の語る「平和」とは、一度は損なわれてしまった神様と人との信頼関係が回復され、神様と人が和解した「平安」の状態を示しています。それは、人が再び神様の愛を感じて、信頼して、安心して生活できる状態をいいます。

 そして、それは、神様と人との関係に留まらず、人と人の関係にも及びます。つまり、人と人との間に信頼が保たれ、お互いを委ね合える、受け止め合える関係がある状態です。お互いを認め合い、存在することの尊厳が保たれている状態、人がお互いを傷つけずに、守られている状態を言うのです。

 

 「わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。」

 イエス様は、この「平和」を、この世が与えるようなものではないと語っています。

 この世が与える平和、それは、例えば、イエス様が生きていた時代の「ローマの平和」のように、帝国の支配のもとに繁栄を誇ったものです。それは、世界的な軍事や経済の力によって、人々が支配され、統制され、管理されている状態を言います。人々が支配者に従っている限りでは、「平穏」は保たれます。戦争や内乱は、一時的には無い状態かもしれません。しかし、それらの騒乱の原因になる貧困や生活の格差、身分や民族差別などが依然として存在し続けるならば、いずれ人々の不満は爆発して、その「平穏」な状態は破綻していきます。そのとき、この世の支配者は、そうした人々の不満を、彼の持つ力によって押さえつけていくのです。

 冒頭に述べた高い塀と警備員に守られた「安全で平穏」な生活も、また、いわば「経済力」によって、かろうじて保たれた一時的な「平和」でしかないのです。

 しかし、イエス様の語る「平和・平安」とは、こうした人々の間に不信感や不安を残したまま、その人々を支配し統制するような強制的な力によって保たれるものではない、と聖書は語るのです。

 先週の日課の中で、イエス様は、「私があなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」と語られています。相手を力で屈服させたり、黙らせてしまうのでなしに、「互いに、平等な立場で愛し合う、大切にし合う」ことが、イエス様が弟子たちに与えられた「平和」であり、「主の平和」であるのです。

 それは、イエス様の「愛」、十字架と復活の出来事に示された「愛」を根拠としたものです。

 イエス様は、その「お互いに信頼し、愛し合う関係」の模範を、ご自身の生涯を通して、弟子たちに(そして、私たちに)示されたのです。

 

 ただ、ここで注意しておきたいことがあります。だからといって、そのイエス様が与えられる平和、平安とは、弟子たちが、いつも安全で、どのような困難にも出会わずにいて、何も心配もない状態に居続けることを意味するわけではないということです。

 弟子たちのその後の歩みを見ていくと、イエス様の語る「わたしの平和、平安」の意味がよく分かってきます。

 使徒言行録やパウロを始めとした使徒たちの手紙にあるように、弟子たちは、イエス様が復活され天に昇られた後、イエス様の福音宣教を受け継いでいきました。しかし、その働きの中で、様々な困難や反対、妨害にも直面していきました。それは決して心安らかな生活ではなかったはずです。彼らに反対するユダヤ教徒たちによる非難と排斥は、弟子たちを心身ともに傷つけたでしょう。石を投げつけられたり、投獄されたりもしました。教会のメンバーの一人ステファノは、ユダヤ教徒たちに殺されてしまいます。記録に残された弟子たちの様子を読むだけでも、私たちが考える「安全と安心、平安」な状態、「平和」の中に、弟子たちがいたわけでないことが分かります。

 しかし、彼らはイエス様の言葉にとどまり続けました。

 イエス様は弟子たちに語っています。「(わたしを愛する人を)わたしの父は愛し、父とわたしは、その人のところへ行って、その人と一緒に住むであろう」。

 イエス・キリストを愛する、つまり大切に思い、その言葉を守るとき、神様とイエス様が、その人自身の生活のただ中に一緒に住む。イエス様はその人を導き、イエス様はその人の生活を通して、生き、働く。人は神様の守りの内にある。それゆえに、弟子たちは、神様とイエス様を信頼して、安心してすべてを委ねてよいのだ、と語ったのです。

 また、イエス様は重ねて、もう一つの約束を弟子たちに与えられました。

 「あなたがたに別な助け主・弁護者、すなわち聖霊を送る。それはあなたがたにわたしの語ったこと、業のすべてを解き明かし、思い出させてくれる」。

 それは、「あなたがたは、一人で放り出されるのではない。父なる神様が、そしてわたしも一緒にあなた方のそばにいる」という約束の言葉です。

 弟子たちは一人ではない。何の助けもなく、放っておかれているのでもない。神様とイエス様が共に住むだけでなく、聖霊によってその行く道が示されていくのだ。神様の守りと導きのもとにあることに信頼してよいのだ。困難の中にあっても、何を語るべきなのか、何を行うべきかは、聖霊によって示されていく。だからこそ、「あなたがたは心を不安にしてはいけないし、怯えなくてもいいのだ。」と。

 それが、「わたしの与える平和であり、平安である」と、イエス様は語っているのです。

 この約束に信頼し、弟子たちは、イエス様の言葉とわざを大切に思い、愛して、お互いに大切にしなさいという掟を守り、思いを一つにし、祈り、福音を宣べ伝え、癒しを行うことができたのです。

 

 イエス様が自ら身をもって示した生き方、思いを、生きることが、弟子たちに託されました。それは、この現実の世界との間に葛藤をもたらす生き方でした。しかし、彼らは、心を不安にせず、おびえることなく歩みます。

 彼らは、神様の守りの内にいることに信頼していきます。神様が「彼らと共に住み」、聖霊によって「導いてくれる」ことを、受け止め、委ねて、任せていきます。弟子たちは、この世での生涯を終えるまで、イエス様の与えた「平和、平安」の内にあったわけです。

 「(わたしを愛する人を)わたしの父は愛し、父とわたしは、その人のところへ行って、その人と一緒に住むであろう」。

 人は誰でも人生において、多くの悩みを抱えます。また思わぬ災難に遭うことも、苦境に立たされることも免れません。けれども私たちが、どんな時も神様とイエス様が共にいてくださることを堅く信じ、信頼を寄せて祈り、イエス様が示された生き方を貫く時、私たちの心には必ず確かな平安が与えられます。そして私たちが「互いに愛し合い、大切にし合い、助け合う」ことによって、この世界に、真の平和を実現させることが可能になるのです。

easter16_edited.png
2022年5月15日 
​復活節第5主日

「愛を証明

する」

 ヨハネによる福音書

 ​     13章31~35節

 今から三十年前、私はアルコール依存症患者の治療と回復のためのセラピー(療法)を学ぶ目的で、日本福音ルーテル教会から派遣されて、ドイツにいました。そこで私は、現地のルーテル教会が母体となって設立された、アルコールや麻薬などの依存症になってしまった人々のための「心理・社会相談所」で、セラピストになるための実習をしました。

 実習を始めて二年が経過した頃、指導を受けていたセラピストの女性から、新しく、麻薬依存症のこども(その多くは、十代後半から二十代前半の青少年でしたが)を持つ母親たちの自助グループを始めるので、手伝ってみないかと誘われました。

 ある日のこと、そのグループで進行役を務めていた女性が、参加していた母親たちに質問をしました。

 「ねぇ、皆さんは、自分のために、自分を喜ばせるために、何かをしたことがありますか。」

 しばらく沈黙が続いた後、参加していた一人の母親が、口を開きました。「私にとっては、家族が喜んでくれることが、一番の幸せだと思ってきました。ですから、自分だけのために何かをするということは、考えたこともなかったわ」と。そして、参加者のほぼ全員が、同様の言葉を発しました。

 その話から、彼女たちがこれまで、どれだけ自分の時間や楽しみを犠牲にして、夫やこどもたちのために尽くしてきたかを、伺い知ることができました。それほど頑張ってきたのに、自分の息子や娘が、麻薬依存症になってしまったという事実は、とても悲しく、悔やんでも悔やみきれない思いだったでしょう。自分の育て方に過ちがあったせいではないかと、自責の念にもかられていましたし、何としても、我が子を依存症から救いたいという気持ちも、よく判りました。

 進行役の女性は、母親たちに重ねて質問しました。「誰か、皆さんを褒めてくれた人がいましたか。皆さんは、自分を褒めてあげたことあったかな。」母親たちは、戸惑ったように、そんなことはこれまでなかったし、今もない、と答えました。すると、進行役の女性が彼女たちに言いました。「皆さん、良くやっていると思いますよ。そう思いませんか。自分を褒めてあげましょうよ。こんな風に自分で(自分の)肩を叩いて。『あなたはよくやってるよ』って、自分に話しかけながら。」母親たちは、照れくさそうに、「あなたはよくやっているよ」と自分に言いながら、自分で肩を叩きました。そのうちの何人かは、目が潤んでいました。

 「あなたはよくやっているよ」という、自分自身に対する労りと慰めと、そして称賛の言葉。その言葉は同時に、その場にいた同じ問題を抱えた母親たちの、お互いに対する労り、慰め、そして讃えあう言葉としても響きました。同じように「辛い」思いをしてきた者同士、分かち合うことができた癒しの体験でした。

 さて、今日の日課です。

 イエス様は、自分が逮捕されて十字架で処刑される前に、弟子たちと一緒に食事をしました。最後の晩餐とも呼ばれる場面ですが、ヨハネ福音書によれば、そこでイエス様は、弟子たちに告別の説教をしました。もちろん弟子たちは、この時点ではまだイエス様の死を予想もしていなかったのですが、ともかくイエス様は、弟子たちとのこの世の別れに際して、彼らに遺言ともいうべき言葉を残しました。

 「わたしはあなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」

 この「愛する」という言葉は、新約聖書の中でおよそ三種類あるといわれます。

 聖書学者でフランシスコ会の神父である本田哲郎さんが、新約聖書をわかり易く読むことができるように、翻訳し直していますが、この人の解説ではこのようにいわれています。

 「愛すること」を示す言葉の一つは、人が「家族や夫婦、恋人同士、または親が子を、子が親を愛するといった場合に感じる気持ち」です。「もともとは、生命を維持するために、生きるために、種族を継続していくために必要なエネルギー」を表す言葉「愛情」(エロース)です。もう一つは、「家族と同じとまではいかないが、友だちとして好ましく思う気持ち、信頼によって引きあう関係、好きとか嫌いという意味での好きな仲間に感じる気持ち」を表す「友情、友愛」(フィリア)などです。

 そして、もう一つが、今日の日課に関わる表現ですが、本田神父は、この「愛する」(アガペー)を、「大切にする」と訳し分けます。その言葉が表す関係は、神様が人との間に持っている関係であり、それは「好き」と言う気持ちを超えて、「その人をその人として大切にしようとする」関係であるとしています。「神は愛である」という表現も、「神は愛情そのものだといっているのではなく、神は人をその人として大切にする方である、と理解すべきだ」、というのです。しかも、この「愛する・大切にする」という言葉が示すものは、人が自分と向き合う相手に対してだけでなく、同様に自分自身に対して関わる姿勢、あり方でもあるということです。

 「自分自身を大切にするように、隣人を大切にしなさい」というイエス様の言葉はそれを表しています。言い換えるならば、自分を大切にすることができない人は、他人を尊重し大切にはできないし、自分と向き合う相手を大切にできなければ、自分をも大切にすることにはならないということです。

 この日課の場合、「お互いに」という言葉がその「愛」のあり方を決定づけています。自分と向き合う相手を大切にすること、その尊厳を認めて、尊重すること。それがこの日課でいわれる「愛する」ということだ、とされているのです。

 この「互いに愛し合いなさい」という言葉が表している具体的な関係は、「最後の晩餐」に先立って、イエス様が弟子たち一人一人の足を洗った場面に示されています(13章12~20節)。  

 「あなたがたの師、先生であるわたしがあなたたちの足を洗ったのだ。あなたたちもお互いの足を洗う義務がある。わたしは模範を示した。わたしがあなたたちにしたとおりに、あなたたちもやりなさい。」

 足を洗うこと、それは単に汚れを落とすだけでなく、もしその足に傷があるならば傷口が広がらないように注意しながら、優しく丁寧に洗うことです。つまり、相手を労ることです。イエス様は、弟子たちが互いの足を洗うように、互いへの労りを持つこと、お互いに尊重すること、大切にすること、痛みへの共感を持つこと、それが「お互いに愛するということ」だと示しているのです。 

 

 初めにお話しした、麻薬依存症患者の家族の自助グループで、その場にいた母親たち全員がお互いに経験した癒しは、なぜ起こったのでしょう。それは、グループの進行役が意図したわけではなく、偶然起きたのです。

 グループに参加していた母親たちは、それまであまり、誰かから労ってもらった経験がありませんでした。自分の気持ちを誰かに話すこともなく、ただ自分自身を追い込んでいました。そんな彼女たちが、グループの中で自分の体験や思い、気持ちを言葉にし、お互いに耳を傾け合い、話し合う中で、そして「自分を褒めて、労る言葉」を、それぞれが自分に向けて語ることで、「ワタシ」の思いや心に気づき、「大切なアナタ、大切なワタシ」を共感し合うことができたのです。

 彼女たちは、イエス様が弟子たちに、お互いの足を洗い合いなさいと教えた通り、お互いへの労りを持ち、お互いを尊重し、大切にし、お互いの痛みへの共感を持つことができた。そのことが、癒しを起こしたのです。

 「大切なアナタ、大切なワタシ」を言葉で言い表すことは、とても重要です。そうしなければ、お互いに相手の気持ちに気付くことも、労りあうことも、癒し合うことも起きません。

 たとえ、心のどこかでは「労ってほしい、癒やされたい、大切にしてほしい」と願っていても、その気持ちを言葉にしなければ、いつしか「ワタシ」は、自分の感情や思いを心の奥底に沈めて見えなくさせてしまいます。そうなると、「ワタシ」と向き合う「アナタ」の気持ちにも気付くことができなくなってしまいます。

 けれども、それを言葉で表す時、「ワタシ」も「アナタ」もどちらも大切であることが見えてくる。そこから、労わり合うだけでなく、支え合う関係が生まれてくると思うのです。

 

 「わたしはあなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。」

 ここでイエス様が言われている「互いに愛し合いなさい」は、お互いを大切にしなさい、大切な存在だと思い、相手の気持ちに耳を傾け、労り、慰め、支え合いなさい、ということです。

 イエス様の弟子たちとはいえ、必ずしも、お互いにウマが合う同士ばかりではなかったかもしれません。時にはお互いに腹をたてたり、言い合いもしたでしょう。それでもイエス様はそんな弟子たちに対して、「大切なアナタ、大切なワタシ」であることを尊重し、お互いを理解しようと努め、深いところで共感し合える関係を築きなさいと、勧めているのです。

 さらにイエス様は、「互いに愛する・大切にし合う」ことを弟子たちが実践していくならば、それによって、彼らがイエス・キリストの弟子であることを皆が知るようになり、それが福音を伝えることになるのだと、語っています。

 「それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」。

 「お互い」という言葉は、単なるキリスト者の身内同士のことだけに留まらず、広がりを持っていることを理解したいのです。

 この場所にいる私たち、豊中教会は、どうでしょうか。ここが、お互いを大切にする場所に、「大切なアナタ、大切なワタシ」に気付く場所になっているでしょうか。

 どうぞ「大切なアナタ、大切なワタシ」ということを言葉にして表して下さい。今、自分で自分の肩を叩いて、「あなたはよくやっているよ」と声に出して褒めてあげてください。「大切なアナタ、大切なワタシ」を感じてください。イエス様は、「わたしはわたしの掟を守る者と共にいる」と約束されています。私たちがお互いに「大切なアナタ、大切なワタシ」を感じ、分かち合えとき、そこにイエス様はいてくださいます。

easter16_edited.png
2022年5月8日 
​復活節第4主日

「イエスの

声を聴く」

 ヨハネによる福音書

 ​     10章22~30節

 「お前は一体何者なのか。」 神殿のある祭りのとき、イエス様を敵視していたユダヤ人たちは、イエス様に問いかけました。「いつまで、わたしたちに気をもませるのか。もしメシアなら、はっきりそう言いなさい。」

 ユダヤ人たちの苛立ちが聞こえてきそうです。

 すでに多くのユダヤ人指導者たちは、イエス様の言動に腹を立てていました。何らかの形でその活動を抑え込みたいと考えていました。だから、ことあるごとに、イエス様から決定的な律法違反の証拠を引き出そうとしていたのです。だから、もしもこのとき、イエス様が「わたしはメシア(救い主)だ」と明らかに発言すれば、ユダヤ人指導者たちはイエス様を告訴するつもりだったのです。

 それに対してイエス様は、こう答えます。「既に言ったのに、あなたがたは信じない。父なる神様の名によって私が行ったしるしがそれを証明している。」

 それまでにも、何度も人々の中で、群衆の中でしるしとしての奇跡を行い、そのしるしを通して、自分が神の子であることを証されてきたイエス様。そして、何度も、ご自分のことを話されたイエス様。しかし、ユダヤ人指導者たちは、そのしるしの意味も、証された事柄も理解していません。彼らはもとより、イエス様を理解し、受け入れ、従うつもりなどなかったからです。

 

 「信じないのは、わたしの羊ではないからだ。わたしの羊はわたしの声を聞き分ける。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしに従う。」

 「わたし(イエス様)の羊」とは、イエス様の「声を聞き分け」、イエス様に「従う」者のことです。また、イエス様は「わたしは彼らを知っている。」とも言われています。 

 羊に限らず、牛や馬など家畜の多くは、信頼した飼い主の声を聞き分けると言います。この飼い主は、自分(たち)の面倒をみてくれて、自分(たち)を安全に守ってくれると信頼するからこそ、彼らは、飼い主の呼ぶ声に(警戒せずに)安心して反応するわけです。

 イエス様の「声を聞き分け、」「従う」とは、イエス様を信じる者たちが、イエス様のわざと教え、そしてその生涯によって示されたイエス様の意図を理解し、イエス様に倣って生きることです。イエス様が意図されること、それは、私たち人間が神様を愛し、神様に信頼し、また互いに仲間や隣人を愛し、労り、大切にすることであり、そうした「愛の関係に生きる」者こそが、イエス様に「従う」者なのです。

 イエス様が、「わたしは彼らを知っている」と言われるのは、そのようにイエス様に信頼を寄せ、イエス様が示された生き方に倣って生きようとする者たち一人一人を、イエス様はよく知っておられ、「あなたがたは幸いである」と祝福し、愛し、ご自身との交わりの中に迎え入れてくださるということです。

 イエス様は続けてこう言われています。

 「わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びず、誰も彼らをわたしの手から奪い取ることは出来ない。わたしに彼らを与えたわたしの父は、いかなるものよりも大きい。誰も父の手から奪うことはできない。わたしと父は一つである。」

 イエス様を信じ、その声を聞き分け、従い、イエス様との交わりにとどまる者は、「永遠の命」を与えられる。「永遠の命」とは、生きている間はもちろん、この地上での肉体が滅びても、その人の命(魂)が神様と共に生き続けることを意味します。イエス様を信じる者は決して滅びないし、誰も、死でさえも、彼らをイエス様の手から奪い取ることも、害することも出来ないということです。なぜなら、イエス様と神様は、一つだからです。

 イエス様は、父である神様が意図することを理解し、その意図に従って、人々を救うために、この地上に来られました。ということは、神様が意図することと、イエス様の意図することは、一つであり、同じだということです。ですから、人がイエス様を信じて、その声を聞き分け、従うことは、神様のみ心に適っていることであり、それゆえに、永遠に神様と共に生きることができるのです。

 

 今日、与えられている賛美唱は、詩編23篇です。この詩編には、主なる神様への信頼があふれ出ています。

「主はわたしの羊飼い、/ わたしには何も欠けることがない。//主はわたしを緑の野に休ませ、/  憩いの水のほとりに伴い、わたしの魂を生き返らせてくださる。// 主はみ名にふさわしく、わたしを正しい道に導かれる。/ 死の陰の谷を行くときも、わたしは災いを恐れない。// あなたがわたしと共にいてくださる。// あなたの鞭、あなたの杖、それがわたしを力づける。// わたしを苦しめる者を前にしても、/ あなたはわたしに食卓を整えてくださる。// わたしの頭に香油を注ぎ、/ わたしの杯を溢れさせてくださる。//命のある限り、恵みと慈しみはいつもわたしを追う。/ 主の家にわたしは帰り、いつまでも、そこにとどまる。」

 羊飼いが羊を導くように、主なる神様は私に関わってくださる。時には厳しく、時には慈しみをもって、私の世話をし、適切に支えてくださる。順調な時はもちろん、災いが襲い、困難な時も、主は見捨てずに、力づけ、励ましてくださる。襲いくる敵に対しては、鞭を振るって、命を賭して守ってくださる。命の続く限り、その主に祝福され、守られ、その主の元に私はとどまる。まさにそれは、良い羊飼いに守られる羊の姿です。この詩篇は、私たちを慰めてくれます。そしてキリスト者たちは、初代教会の時代から今日まで、この詩編の中に、イエス・キリストの姿を読み込んできたのです。

 今日の日課よりも、少し前の個所で、イエス様はこう語っています。

 「わたしは良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。わたしは良い羊飼いである。わたしは自分の羊を知っており、羊もわたしを知っている。それは、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じである。」

 良い羊飼いが、大勢の羊たち一匹一匹を見分けられるように、イエス様は、ご自分に従って生きようとする者たち、一人一人のことをよくご存じです。また、羊たちが、良い羊飼いの声を知っていて聞き分けるように、イエス様を信頼し従う者たちは、イエス様の想いを知っています。そのように、お互いのことをよく知り、信頼しあう関係は、父なる神様がイエス様のことを、またイエス様も神様のことを、良く知っていて、その想いを理解し、愛しておられるのと同じことです。

 イエス様が語られた、もうひとつの「良い羊飼い」である条件は、「羊のために命を捨てる」ことです。イエス様は、「彼を信じる者がみな滅びることなく、永遠の命を持つために」、十字架に架けられて殺されていきました(3章16節)。しかし、イエス様は死から復活されました。

 「誰もわたしから命を奪い取ることは出来ない。わたしは自分でそれを捨てる。わたしは命を捨てることもできそれを再び受けることもできる。これはわたしが父なる神から受けた掟である。」とイエス様が語るとおりです。

 イエス様が自ら進んで十字架で死なれたのは、ご自分の羊の命を救うためであり、罪の縄目から解放し、永遠の命をもたらすためです。また、イエス様が復活し今も生きておられるのは、その一度限りの犠牲の死が、過去に生きた人々のためだけではなく、現在の私たちの救いともなるためです。私たちは、イエス様の十字架の死と、復活が、私たちを愛するがためであることを知り、イエス様が示してくださったように生きようと、決意するのです。このように、良い羊飼いと羊は、お互いに堅く結ばれているのです。

 

 イエス様を自分の救い主と信じることは、イエス様が、まさにこの詩編23篇にある通りの姿で、私たちに関わってくださっているということを信じることです。イエス様は、私たちを愛し、大切に思い、私たちを救うために、ご自分の命さえ投げ出してくださいました。イエス様に従って人生を歩む時、私たちは、たとえ苦難に遭ったり、困窮状態に陥ったとしても、イエス様が共にいて、私たちを支え、守ってくださること、また慰め、労り、新たな力を与えるために、緑の野に休ませ、憩いの水のほとりに伴って、魂を生き返られてくださることを、実感することができます。さらに、様々な人や方法を通して、具体的な救いの手が差し伸べられることも経験するでしょう。なぜなら、イエス様に従って生きるとは、互いを愛し、大切にしあう、「愛の関係」の中に生かされるということだからです。

 イエス様に従って生きる人たちは、困難の中にいる友を見捨てることはしません。その「友のために自分の命を捨てること、これ以上の大きな愛はない。」(15章13節)とイエス様が語っているからです。

 先週の日課で、私たちは、復活されたイエス様からペトロが、「わたしの羊を飼って世話をしなさい。お互いに大切にし合いなさい。」と福音宣教の務めを委ねられた物語を読みました。この務めは、初代教会以来、今日の私たちへと受け継がれてきています。

 だからこそ、私たちもまた、現在の混沌とした世界の中で、「良い羊飼いの声」を、「羊のために命を捨てる」その「羊飼いの声」を聞き分けて、従って、共に生きていきたいのです。信仰と祈りを持って、イエス様が何を求めておられるのか、私たちに何を期待しておられるのかを、聖書から正しく読みとって、そして、イエス様のわざと言葉と生涯に示された愛を、自らも行い、私たちがお互いに「愛の関係」を築いて行きたいのです。それこそが、イエス様とは私たちにとって誰なのかを、時代の状況の中で正しく告白していくこと、福音を宣べ伝えることだからです。

easter16_edited.png
2022年5月1日 
​復活節第3主日

「あなたを招く

キリスト」

 ヨハネによる福音書

 ​     21章15~19節

 どの人にとっても、人生の中で何かの形で挫折を味わうということは、ありえることです。

 大きな希望や情熱を持って仕事や何かの行動を始めた人も、途中で何か思いがけない困難や失敗に直面したり、初めに思い描いていたのとは違った結果しかみえないときには、たとえその人が自分で進んで選んだ事であったとしても、その仕事や行動を辞めたいと思うことがあります。また、何かをきっかけにして、仕事や自分の行動に対しての情熱ややる気を失ってしまうことも起こります。それは突然やってくることもあれば、時間の経過と共に少しずつ最初の情熱が薄れ、目的があいまいになってしまったことによって引き起こされます。

 そんなとき、すぐに気持ちを切り替えられたり、別な目標や仕事を見つけることが出来れば、問題は小さいままかもしれません。しかし、その人が仕事や行動にかけた希望や期待が大きければ大きいほど、挫折感も大きく、立ち直るには時間がかかるでしょう。

 今日の日課、ヨハネによる福音書の物語には、挫折を味わっている弟子たちの姿が描かれています。

 

 今日の物語では、ペテロをはじめとした弟子たちは、彼らの生まれ育ったガリラヤ地方に戻っています。どうして弟子たちは復活したイエス様に(20章に描かれたように)二度も会っているのに、そして「わたしはあなたがたを遣わす」と聖霊を受けて派遣されたのに、ガリラヤに戻っていたのか。「私は漁に行く」といってティベリウス湖(ガリラヤ湖)に舟を出すペトロたちの行動に、その理由と心境を見ることが出来るかもしれません。

 イエス様に従って三年間、福音宣教を行ってきた弟子たちでしたが、事は思い描いていたようには進まず、イエス様は死刑になってしまいました。復活されたイエス様は、確かに彼らの前に姿を現してくださいました。その喜びは大きかったはずですが、一方で彼らを取り巻く状況は、相変わらず厳しかった。エルサレムには身の置き所もなく、いわば故郷に逃げ帰った彼らでした。挫折感は大きかっただろうし、今後のことを考える気にもなかなかなれない。かといって時間をただ潰すのも気が引けるし、もともと漁師であったペテロは、「漁にでも出てみるか」と思ったのかもしれません。

 ただ、彼らは網を打ちますが、「その夜は魚が取れ」ませんでした。ついていないときは、とことんついていない。彼ら弟子たちが過ごした夜の闇は、そのまま彼らの置かれていた状況、彼ら自身の先の見えない気持ちを表していたようにも思えます。そこに復活されたイエス様が姿を現しました。それは、夜明けのことでした。

 湖の岸辺に誰かが立って、舟の上の弟子たちに尋ねました。「何か食べるもの(魚)はあるのかい。」 彼らが「何もない」と答えると、その人は、「魚が獲れないのなら、反対側に網を打ちなさい」といいました。彼らが言われたとおりにすると、魚が思いがけないほどたくさん獲れました。この奇跡の出来事から、弟子たちはその呼びかけた人物がイエス様であることを理解しました。一人の愛弟子が叫びました。「主だ。」

 この時のペテロの行動は、彼の気持ちの高ぶりを表しています。彼は舟が岸に着くのを待ち切れずに、外套を着込むとすぐに、湖に飛び込んでイエス様のもとに泳いで行きました。驚きと喜び、正直にイエス様にもう一度再会できたことを、うれしいと思う気持ちが現れているようです。

 

 この物語で興味深いのは、イエス様が弟子たちのために食事を用意していたことでした。

 弟子たちが岸辺に着くと、すでにイエス様が炭をおこしパンと魚を焼いていました。そして、今しがた獲れた魚も幾匹か焼いてから、イエス様は弟子たちを、「さあ、朝食にしなさい。」と招きしました。弟子たちは、ほっとしてうれしかったと思います。

 パンをちぎって、また魚を手でむしって、口に入れて、小骨を口から取り出して、「飯を喰らって」いく。水を器から飲む。それは復活が幻想ではなく、幽霊でもなく、肉体を伴った復活であったことを示しています。

 なによりもイエス様は弟子たちを元気づけたかったから、朝食を用意したのではないでしょうか。食事を摂ることで人は力を得るからです。

 一方で、食事を共にした弟子たちが、「あなたはどなたですか」と誰も問わなかったことは、弟子たちの感じていた戸惑いを表しているとも言えます。イエス様が捕らえられ、十字架に架けられた時に、自分たちがとった行動を思い返して、弟子たちは、再会のうれしさと一緒に、後ろめたさも感じていたかもしれません。申し訳ない気持ち、イエス様に会わせる顔がないと言う思いと、イエス様に叱られるかもしれない、という思いを弟子たちは抱いていたかもしれません。

 しかし、イエス様は、その弟子たちに朝食を用意していたのです。何事もなかったかのように弟子たちと食事をしようとするイエス様。そのイエス様の行動と言葉遣いの中に、弟子たちへの変わらない信頼、「わたしたちの交わりは壊れていないよ」、「わたしはあなたたちとつながっていて、いつも一緒にいるよ」というメッセージがこめられているいるようです。

 弟子たちはその湖の岸辺での食事、一緒に「飯を喰う」ことを通して、再びイエス様との交わりの中にいることを実感したに違いありません。イエス様の食卓への招き、それは、交わりの回復を表しています。

 気の置けない友人と一緒に囲む食卓は、それが豪華ではなくてもうれしいものです。言葉では特別変わったことなど言わなくても、「一緒に飯を喰う」こと自体が、癒しであり、慰めであり、また励ましになります。その友人たちの心の中に、私を/あなたを気にかけて、その場所も用意してあることを感じることが出来ます。

 復活したイエス様は、慰めを必要とする人々の前に、先ず何よりも友人、兄弟として姿を表し、彼らを慰め、力づけ、励ましているのです。

 

 この弟子たちとの食事の席で、イエス様は、ペトロに「あなたはわたしを愛するか。」と尋ねました。ペトロが、「主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存じです。」と答えると、イエス様は、彼に「わたしの羊を飼いなさい」と告げます。そしてまた、しばらく経ってイエス様は、ペテロに同じ問いかけをし、ペテロが愛していると答えると、「わたしの羊を飼いなさい」と。その問答は三度も繰り返されるのです。

 「ペトロは三度目には悲しくなった」とあります。おそらく、ペテロは、イエス様が裁判にかけられた時のことを思い出したのではないでしょうか。当時、ペテロは、裁判が行われていた大祭司の屋敷の中庭まで行って、「私はイエスを知らない」と、三度も、否認したのです。イエス様から三度、「あなたはわたしを愛するか」と聞かれて、自分がイエス様を裏切ったことを改めて思い返し、後悔の想いがこみ上げてくると共に、「イエス様は、自分のことをもう信用してくれなくなったのではないか」と思って、ペテロは悲しくなったのです。

 復活したイエス様に会って、素直に喜ぶペテロがいる一方、ふと我に返ると、心の中でイエス様に対し「疚しさ」を感じ、いたたまれなくなる自分がいる。

 ペテロは、もしかしたら、復活したイエス様にそのことを責められはしないかと怖れていたかもしれません。しかし、イエス様がそのことに直接触れない分、よけいに「疚しさ」が大きくなっていたのかもしれません。触れられると心が痛むこと、一番触れてほしくないことをペトロは抱えていた。ひょっとすると、ペトロは、食事の場でイエス様の顔を見ても、イエス様から目を向けられると何とはなしに視線を外していたかもしれません。

 福音書をよく読んでみると、イエス様のペテロへの三度の問いかけは、ペテロに対する不信の念からではなく、むしろ、ペトロの抱いていた「疚しさ」に対する、イエス様による「癒し」と「赦し」であったことがわかります。あえて、ペテロにその「嫌なこと」ことを思い出させ、触れることで、彼が心の奥底に沈めてしまった感情を、イエス様が明らかにさせたともいえます。ペテロの「あなたは、何もかもご存じです。」という言葉は、イエス様の前に、ペテロが自分の心の内のすべてを、さらけ出したことを表しています。

 

 イエス様はペトロのことをよくわかっていました。

 イエス様を愛していて、最後まで従っていこうと決意していたペトロの心に偽りはなかったことも、ただ同時に人が「絶対」という約束ができないことも。ペトロであれ誰であれ、決意の真剣さと脆さを併せ持っている存在、それが人間であるということをイエス様は誰よりもよく知っています。ルカ福音書には、イエス様がペテロに向かって「あなたは三度わたしを知らないというだろう」と予告した際、「あなたが立ち直ったら、今度は他の人を励ましてあげなさい」とも語りかけているのです。

 イエス様の「あなたは私を愛するか。」という問いかけと、「わたしの羊を飼いなさい」という言葉の繰り返しは、この「他の人を励ましてやりなさい」という勧めの言葉と重なってきます。イエス様はペトロの弱さも脆さ、危うさもよく知ったうえで、信頼しているのです。

 赦しとは、「最初からなにもなかったことにする」ことや、曖昧なまま「なぁなぁ」にすることではありません。赦しを必要とする人が、起こった出来事や物事を直視して、真正面から捉えていくことから始まります。また癒しは、人の心の疼きや痛みに、誰かが真剣に向き合ってくれること、その痛みを分かち合ってくれることから、起こります。

 復活したイエス様が、ペトロの「疚しさ」という心の傷を癒やされたことで、ペテロは心解き放たれ、その後の人生を「自由」な人として、困難さも自ら引き受け、イエス様から与えられた使命を果たしていきます。

 

 ペトロが心の底から絞り出して語ったように、「キリストは何もかもご存じ」です。だから私たちも、それぞれの心の煩い、重荷をイエス様に打ち明け、イエス様の前にすべてをさらけ出していきましょう。そのとき、私たちは、イエス様の癒しと赦しを経験するでしょう。

 イエス様は私たちに向かっても、「あなたはわたしを愛するか」と尋ねています。まずイエス様が、あなたを、私を、私たちを愛しておられる。その愛を信じて、「わたしはあなたを愛します」と応えたいと思います。その時、私たちはイエス様から、「私の羊を飼いなさい」「世話をしなさい」という使命を託されることになるでしょう。それは、イエス様が、こんな私を信頼してくださっているということなのです。

 「何もかもご存じであるイエス・キリスト」に委ねて、お互いに一緒に歩みを重ねて行きたいのです。

easter16_edited.png
2022年4月24日 
​復活節第2主日

「信じる人に

なる」

 ヨハネによる福音書

 ​     20章24~29節

 あるできごとの体験談を誰かから聞いたとしても、そのことが事実かどうかは、自分が同じ時に同じ場所にいて、直接目撃したか体験していない以上は、確かめようもありません。聞き流してもよい話であれば別ですが、自分にも関わりある、重大な話であれば、しかも耳を疑うような内容であればあるほど、自分で確かめることなしには、信じられないと思うでしょう。今日の日課に登場する弟子のトマスも、そのような気持ちでした。

 トマスは他の弟子たちから、「イエス様が甦って、自分たちの前に現れた。イエス様は復活された」と聞かされました。それに対しトマスは、「自分の目でイエス様を見て、その声を聞いて、話をして、その傷口を触って確かめない限り、あなたたちの話は信じない」と言ったのです。しかし、やがてそのトマスの前にも、復活されたイエス様は姿を現されました。今度は、他の弟子たちとトマスが一緒にいる場所に。そしてトマスに向ってイエス様は、「私の傷に触れてみなさい」と語ったのです。

 

 このトマスという弟子は、「疑り深い人」、あるいは「疑い迷う人」という印象を持たれがちです。しかしはたして、トマスは他の弟子よりも疑い深かったのでしょうか。先週の日課で私たちは、空の墓を目撃した女性たちが、そのことを、ペテロや他の弟子たちに告げた時、弟子たちは「女たちがたわ言を言っている」と、相手にしなかったことを読みました。弟子たちは、やはり直接復活されたイエス様と出会って、はじめて信じたわけで、ですから、実のところ他の弟子たちもトマスとどっこいどっこい、「五十歩百歩」だったと言えます。

 トマスが、「自分で傷口に触れなければ信じない」とまで語った裏には、そう簡単には信じないという思いだけでなしに、もう少し複雑な気持ちがあったとも考えられます。

 イエス様が復活したことが真実ならば、どんなによいかとトマスも思ったことでしょう。しかし、もしそうだとしたら「なぜ、自分はその時間に出かけていたのか。間に合わなかったのか」という悔んだ気持ちがあったかもしれません。あるいは「なんでイエス様は、他の連中のところには姿を表して、俺の前には姿を見せてくれないのか」と、他の弟子たちを妬んだのかもしれません。

 そして、もう一つ考えられることは、トマスにとって、イエス様の死はあまりにショックが大きかった。その事実を受け入れるだけでも彼には大変な作業だったと思います。イエス様はもういないのだという気持ちと、生きていて欲しかったという気持ち、その相反する二つの気持ちを抱えながら過ごしていたトマス。その彼の気持ちを、「イエス様が復活した」という知らせは激しく揺さぶりました。すぐに気持ちの切り替えが出来ないのは当然のことです。トマスの、「自分で傷口に触れなければ信じない」という言葉には、そうした、ないまぜになった気持ちがあったに違いありません。

 

 人は、何か確実な証拠があるから、信じたり、宗教的な信仰を持つのでしょうか。

 人間というのは、ある意味、疑り深い生き物であると思います。どんな確実な証拠が並べられても、信じない人は信じようとはしません。しかし一方では、簡単に信じてしまう、あるいは他人の話を鵜呑みにしてしまう生き物でもあります。たとえばうわさ話などはそうです。それが嘘であっても、何度も聞いているうちに、本当のことなんだと信じ込んでしまう。嘘もつき通せば、嘘をつかれた人にとっては、本当のことになっている。詐欺事件が横行するのも、人間のそうした心理を突いたところにあるのかもしれません。胡散臭い話と思うか信じられる話と思うのか、頼るものは、最後は自分の直感しかありません。

 信じることと疑うことは、紙一重なのかもしれません。疑り深い人が疑うことの背後には、実は信じたいという気持ちが潜んでいることがあります。過去に人や何かを信じて、手ひどい目に遭った人は、簡単には他人や他人の言うことを信用しなくなるものです。もう傷つきたくないから、自分を守るために、疑う。しかしそれは、実は心の奥底にある、信じたいという気持ちがそうさせるのかもしれません。信じたいからこそ、その確証を求めて、疑ってかかるのかもしれません。

 トマスが手で触らなければ、傷口をこの手で確かめなければ信じないと語るのは、常識的に見れば、信じるための確証を求めることであり、ごく当たり前のことです。しかし、トマスの心の中には、本当は信じたいという気持ちがあった。そのことを明らかにするために、そしてトマスが「信じる」者に変われるように、イエス様は、トマスの前に姿を現し、自らの手の傷跡を示されたのです。

 

 今日の日課で大切なのは、「イエス・キリストを信仰するとは、どういうことか」、あるいは「イエス・キリストを信じて生きるあり方」、その「姿勢」を私たちに教えていることです。

 ヨハネによる福音書が書かれたのは、イエス様が活動されていた頃よりも60年ほど後の時代です。それはつまり、生前のイエス様を直接知っている者、イエス様の復活を目の当たりにした弟子たちが、もうほとんどいなくなった時期だということです。言い換えれば、その頃の教会はすでに、イエス・キリストの復活という出来事を、福音書や使徒たちの手紙を読むこと、あるいは説教を聞くことを通してしか、追体験出来ない状況にあったのです。

 ですから、「見ないで信じる者になりなさい」という、イエス様のトマスに対する言葉は、実はその時代にヨハネ福音書を読んでいる人々、後の時代にそれを読むであろう人々にも向けられた言葉でもあるということなのです。イエス様を直接知らないからといって「信じない」のではなくて、聖書に記され、また幾世代にもわたって伝えられたイエス・キリストについての教会の証言、それらを聞いて、「信じて生きる者」になっていくことを求めているのです。

 しかし、だからと言って、ただ「聞いたことを鵜呑みにしなさい」と言っているわけでは、もちろんありません。もし、その人の内に、「求める」思いと「気づき」がなければ、その人の内に、「信じる」ということは起こってこない。そのことを、今日の日課は示しているのです。

 トマスが疑ったのは、求めていたからです。本当は、できることなら復活されたイエス様に出会いたいと願っていたからです。求める気持ちが強かったからこそ、その願いが失望に変わることを怖れ、疑ったのです。

 だからこそ、復活したイエス様が目の前に現れたとき、トマスは気づきます。「聞いただけでは満足していない自分のために、イエス様が現れてくださった」、「イエス様は、私のことを心にかけ、私を再び弟子として呼んでくださっている」ことに。

 それがトマスの「私の主よ」という信仰の告白につながっていきます。改めて弟子として歩んでいこうとするトマスの姿勢を呼び起こしていくのです。

 イエス様が語った「見たから信じたのか」という問いかけの言葉は、トマスが疑いを持ったことを非難したり咎めたりする言葉ではない、そう私は思います。むしろ、トマスが疑った気持ちをイエス様が汲み取り、それでも、私が復活したという事実を受け入れてほしい、そして、いつまでもあなたに私の弟子であってほしい、そのためならば、私は何度でも姿を現そうという、トマスへの愛情がこもった言葉ではなかったかと思うのです。イエス様の、「あなたを愛しているよ。大切に思っているよ」というメッセージ。そのことにトマスは気づいていくのです。そして、そのメッセージは、時代を超えて、今の、現代の私たちへも向けられています。

 自分を振り返ってみた時に、私たちの一人一人が、「信仰を持ちたい」と求めたときがあります。あるいは「イエス様を信じてもいいのかな」と思ったときがあります。それは「信じたい」と思う気持ちと「疑う」気持ちが両立している状態です。その私が、「イエス様を信じてもいい」と決心することのできる、何らかの体験をした。それは人によって様々だと思いますが、たとえば、ひとりのキリスト者との出会いによって、その人の姿勢や生き方、人との向き合い方を通して、キリストへの信仰を持つことの意味に気付く。それもまた、「(イエス様を直接)見ないで信じていく」信仰の始まりのひとつなのではないかと思うのです。

 

 キリスト教はいいことも言うし、悪くはないけど、いろいろな奇跡、特にキリストの復活は信じられないから受け入れられない、ということをよく聞きます。

 私が聖書に書かれていることを一字一句、すべて文字通り本当の出来事だと「信じている」かと問われれば、私は「そうではない」としか答えられません。ただ私が信じているのは、イエス様が起こした数々の奇跡のわざそのものよりも、その奇跡を通して、人々を救おうとされる神様の、イエス様の、私たちに対する深い愛です。イエス様が、その生涯を通じて語られた言葉と教え、そして人々に向かわれた姿勢には、人がお互いに大切にし合いながらよりよく生きていくための、真理と力があると確信しています。そして、イエス様の復活の出来事は、なにより私たちに、「どんなに辛い状況の中にあっても、けっして絶望しなくてもよい」ことを、伝えてくれています。

 イエス・キリストの復活は、常識を超えた出来事であり、まさに奇跡ですが、同時に、イエス様がトマスに語った「見ないで信じる者になりなさい」という言葉は、極端にいえば、信仰にとって、目に見える奇跡は必要ないということをも意味しています。イエス様を通して神様を知ること、そのものが実は奇跡なのかもしれません。必要なのは、その神様を信頼して、そこで示される道を行く決断をすることです。信じることは決断していくことです。確証があろうとなかろうと、最後には決断して選び取ることです。

 そして、信じることは希望することでもあります。「疑っていた」トマスは、一方ではイエス様にもう一度会いたいと望んでいるからこそ、求めていたからこそ、信じることが出来たのです。姿を目にするや否や、口にしたように傷口に手を触れることもなく、「わが主よ、私の神よ」と告白出来たのです。

 「信仰とは望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです。」(ヘブライ人の手紙11章1節)

 信仰者として、「見ないで信じる者」であり続けたいのです。

easter14_edited.png
2022年4月17日 

「復活の朝

​復活祭(イースター)
 ルカによる福音書

 ​     24章1~12節

 「千の風になって」という詩があります。

 新井満という人が歌にして、日本でも有名になりましたが、もともとは、アメリカ合衆国のボルティモアに住んでいたメアリー・フライという女性が、母を亡くした友人を慰めるために1927年に書いたものだそうです。

 「私の墓の前で泣かないで欲しい。/私はそこにない、眠ってはいない。/私は吹き渡る千の(たくさんの)風/私は雪のダイヤモンドの煌めき/私は穀物に降り注ぐ太陽/優しい秋の雨/朝の静寂の中、あなたが目覚めるとき、/私は空を舞う鳥たちのように静かに高く上がる。/私は夜優しく照らす星の光/私の墓の前で泣かないで欲しい。/私はそこにない、死んでなどいないのだから。」

  今日、私たちは復活祭を迎えています。過越の祭の前日、イエス様は、逮捕され、十字架に架けられて殺されました。そして、その後、イエス様を密かに慕う人たちによって、洞窟の墓に葬られました。確かに死んで、遺体が墓に納められました。しかし、その墓が空になっていた。イエス様は死から復活されたのです。

 私は、イエス様の復活物語を読むとき、この「千の風になって」という詩を思い出します。

 イエス様は、墓に遺体として横たわって、眠っているのではない。風や雪や太陽、そして雨や星の光などを通して、私たちを見守り、私たちのすべてに、今も、そしてこれからも関わっている。そんな風に想うのです。

 

 イエス様のお墓が空であったことを発見したのは、女性たちでした。

 マグダラ出身でイエス・キリストに従って旅をしていたマリア、ヘロディ・アンティパスの資産を管理していたクーザという男の妻ヨハンナ、小ヤコブと呼ばれた男の母マリア、そして彼女たちと一緒にいた女性たちであったと福音書には記されています。

 彼女たちは、イエス様が埋葬された翌々日、つまり日曜日の明け方、イエス様の遺骸をもう一度整えようとして、香料を用意し墓までやってきましたが、そこで、墓の入り口をふさいでいた大きな石が取り除かれてあり、あるはずのイエス様の遺体がなく、脱ぎ捨てた布があるだけの空っぽの墓を見出しました。そして、何が起きたのか、途方に暮れて混乱する女性たちの前に、突然二人の人が、それも輝く衣を着た人が現れ、恐ろしくなってひれ伏した彼女たちに向けて語り始めました。

 「あなたたちはなぜ、生きている人を死者の中に探すのか。彼はここにはいない。復活したからだ。彼がまだガリラヤにいたころ、あなたたちに語ったことを思い出しなさい。《人の子は罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日後によみがえる》と語っていたことを」。

 彼女たちは、ここであらためて生前にイエス様が語られていたこと、復活されるという予告を思い出しました。そして、彼女たちは、弟子たちのところに戻り、自分たちが見聞きしたすべてを話したのです。

 これが、女性たちが直接体験したイエス様の復活という出来事でした。

 

 ところが、女性たちから、空っぽの墓と、そして「墓にはイエスはおられない」と告げる天使を見た、という証言を聞いた弟子たちは、それを真面目に受け取ろうとはしませんでした。「たわ言」と見なして、彼女たちの言うことを信じようとはしなかったのです。死者の復活などおよそ常識を超えた出来事だから、弟子たちがにわかに信じられなかったのはわかります。しかし、もしかしたら彼らは、「女たちの言うことだから」「たわ言」に違いないと思ったのかもしれません。復活の知らせをもたらした女性たちに対する偏見が、彼らの判断を邪魔したことも考えられます。

 というより、そもそも彼らは生前のイエス様の復活の予告を「思い出し」もしていません。だから彼らは、依然として家にとどまったままでした。ただ、ペテロだけがそれを確かめに墓まで走って行きました。そして、空っぽの墓を見て驚きながら、戻って来たのですが、彼もやはり生前のイエス様の「復活の予告」を「思い出すこと」はしていませんでした。

 弟子たちがイエス様の復活を信じたのは、あくまでも、その後、甦ったイエス様とじかに出会うことによってでした。イエス様の生前の言葉を「思い出すこと」によって、イエス様は復活されたのだという希望を持った女性たちとは異なっています。

 もちろん、忘れてならないことは、女性たちのもたらした「主が復活された」というメッセージを聞きながらも、そのような悲しみと混乱から立ち上がれなかった弟子たちを、なおもイエス様は、直接彼らの前に姿を表すことで、あらためて弟子として召して、派遣していった、ということです。

 空の墓という出来事を前にして、女性たちと弟子たちが見せた、二通りの反応。これがそれぞれの復活の体験だったわけです。

 

 さて、女性たちは墓にいた二人の人(天使)の言葉を聞いて、生前のイエス様の「復活の予告」を「思い出し」、弟子たちに自分たちが見聞きした一部始終を「伝え」ました。

 「思い出した」。それは、ただ単に「イエス様がこんなことを語っていた」と思い出しただけではなかったでしょう。それだけではなく、それまでのイエス様との関わり、イエス様の生涯、イエス様の起こした奇跡の不思議さのすべてを「思い出した」、つまり、イエス様との出会いが自分たちにとって、どのようなものであったのかを「思い出した」と言うべきでしょう。そして、そのことによって、天使たちがもたらしたイエス様の復活の告知が、確かであることを、彼女たちは信じることができたと思うのです。

 女性たちの中に、マグダラ出身のマリアがいたことは、重要です。彼女は、イエス様に「七つの悪霊を追い出してもらった」経験がありました。

 ドイツの牧師ディートリッヒ・ボンヘッファーは、「悪霊とは、非人間化をもたらす勢力である。人間を抑圧し分裂させ孤立と絶望の中に人間を投げ込む、人間破壊の力である。」と書いています。マグダラのマリアが七つの悪霊にとり憑かれていた状態とはどのようなものだったのか、聖書には具体的に書かれてはいません。あるいは病に冒されていたのかも知れませんし、様々なしがらみや世間との軋轢に苦しんでいたのかも知れません。個人的にも、社会的にも、人間を破壊するような力の支配のもとで、彼女の人生は全く喪われていたに違いないと思われるのです。  

 その彼女にとって、イエス様と出会い、癒されたという出来事は、そうした「悪霊の支配」から解放されたことであり、喪われていた人生の回復、新しく生まれ変わるという、まさに彼女にとって奇跡の体験でした。

 マグダラのマリアが、その出来事と共に、イエス様の復活の予告を思い出したとしたら、空っぽの墓にいた二人の輝く衣を着た人たちから聞いた、イエス様の復活の知らせは、あり得ないことではないと思われたに違いありません。だから彼女は、弟子たちにイエス様の復活を伝えることができたと思うのです。

 マグダラのマリアがそうであったように、イエス様の死という悲しみの中にいた他の女性たちも、生前のイエス様の予告を、自らの体験と共に「思い出すこと」で、「イエス様が復活された」ことを確信し、その知らせを主体的に伝えていく者となっていきます。そして、そのことを通して、彼女たち自身もまた、力づけられて行きます。彼女たちは、悲しみから立ち上がり、希望を伝える者へと変えられていったのです。

 「復活したのは、希望だ」と言う言葉があります。希望を持つこと、希望をもち続けるところに信仰は生じるのです。

 

 「墓が空であった」。それは、死がすべての終わりではないことを現わしています。死がすべてを取り去ってしまったり、飲み込んでしまうのではないことが現わされています。

 朽ちるべき遺体がないということは、その言葉もわざも、そのまま朽ちてしまうのではないということであり、イエス様の生涯も、その十字架の苦難も、決して空しくはならないということです。イエス様の福音宣教は、十字架の死という悲劇のままで終りになるのではない、神様はそれを無にしない、ということが、はっきりと示されたのです。

 「墓が空であった」。それは絶望しなくてもよいというメッセージです。すべてを破壊し、終わりにするものは、死そのものではなく、絶望することです。しかし、イエス様は、彼を殺したこの世に対して、勝利しました。この世の力は、決して神の子イエス様を殺すことも滅ぼすこともできなかったのです。

 天使が語った「なぜ、生きた方を死人の中にたずねているのか」という問いかけと、「彼はここにはいない」という言葉とは、イエス様が「今現在も」生きているお方だということを告げています。復活したイエス様は、時間を越えて、そして空間を越えて、存在しているのです。

 天使はまた、女性たちに「思い出すように」と語りました。思い出すことは信じることであり、信じることは希望することです。

 

 復活のキリストは、実に今も私たちに出会っています。信仰によって人が目的を見出し、新しい関係に生かされていくとき、命と魂が回復していくのを経験するとき、分裂から和解が生まれるとき、人は確かに復活のイエス・キリストと出会っているのです。

 私たちが、イエス・キリストへの信頼を持ち、またこの世界の中に神様が介入し、働かれていることを信じるならば、私たちはまた、あらゆる場所で復活のイエス・キリストに出会うことが出来るでしょう。そして、今この世界でなされている神様の働きを見ること、聞くこと、捉えることが出来るでしょう。

 聖書にあるイエス様の復活の証言と、その後の弟子たちの働きは、ひとつのことを力強く証ししています。

 主イエス・キリストは生きておられます。主は死から復活されました。 

 「私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる。」(ヨハネによる福音書11章25節)

十字架 Art 4.jpg
2022年4月10日 
​主の受難主日

「十字架に

架けられた神」

 ルカによる福音書

 ​     23章32~43節

 「デジャヴ」という言葉があります。初めて見た光景なのに、既に見たことがあるような感覚を言い表す言葉です。

 初めて来た場所なのに、なぜか一度来たような覚えがある、あるいは初めて体験した出来事なのに、なぜか一度体験したような気がする。そんな感覚に襲われることを言います。

 ウクライナ北部のブチャの町で、道路沿いに放置された遺体の報道を見たとき、私は「デジャヴ」を感じました。レバノン内戦時の1982年9月、レバノン国内にあったパレスティナ難民キャンプでの虐殺と、その遺棄死体の光景を思い出しました。いつか見た同じことが、今現在も行われている。

 私の知人は、ロシア軍のウクライナ侵攻を知ったとき、日本軍による満州事変を連想したと言います。軍事侵攻した背景や理屈が、すべて一緒に思えたと言います。

 かつて見た悪夢を、「デジャヴ」としてそこに感じたからこそ、ヨーロッパの国々は、素早く反応しているのかもしれません。

 歴史は繰り返します。悲劇はやはり繰り返すのです。

 そこに私は何らかの悪の存在を感じてしまいます。そこで繰り広げられる現象は、悪の行為に突き動かされ流される、人の持つ弱さを表しています。そして、人が簡単に罪に傾きやすい傾向を持っていることも感じるのです。

 自分の命や生活を守るために抵抗すること、抗うことを一概に悪だとは言いません。ただ、そこで人の命を奪うこと、傷つけることが、反省や洞察抜きに正当化されてしまうときに、人と人の関係の中に、あるいは人の内面に、深く罪が侵入するのです。残虐な行為をさえ平然と行ってしまうのです。

 古代ローマ帝国で行われた十字架刑は、残酷な処刑の方法だったと言います。ローマ帝国への反乱などの「最も重大な犯罪者」の処刑のために用意」された「極刑」でした。処刑される者は、裸にされ、金属で出来た錘が先端に付いた鞭で、鞭打ちの刑を受けます。「多くの場合に、(鞭で)打たれる者はすでにこの段階で絶命した」そうです。「十字架の横木となる木材を背負わされて、処刑場まで連れてゆかれ」、処刑される者は、十字架に縛り付けられ、手首と足首に釘を打たれます。すぐには絶命せずに苦痛を長引かせるために、酢や没薬を入れたブドウ酒などを飲ませたりして、最後には足のすねの骨を折って絶命させると言います。

 この十字架刑によってイエス様は、この地上での生涯を終えられました。今日、私たちは、そのイエス様の受難、つまりイエス様がエルサレムで逮捕され裁判にかけられ、そして十字架によって処刑されるまでの出来事を覚え、礼拝を守っています。

 その出来事は、わずか一日の間に起こりました。

 過越祭の第一日の初め(木曜日の夕方)、ゲッセマネの園で祈っていたイエス様は、ユダヤ教の宗教指導者たちが送った手下によって逮捕され、その日のうちに裁判にかけられました。告発の理由は、イエス様がエルサレム神殿を冒涜したという不当なでっちあげ、冤罪でした。とにかく死刑にすることが目的でした。

 さらに、宗教指導者たちは、その死刑を執行するようにローマ帝国の総督に訴えました。イエス様を政治犯として処刑せよ、十字架刑に処せと迫ったのでした。ローマ総督のピラトはイエス様を取り調べて、無罪であることを理解しましたが、彼は、宗教指導者たちの脅迫(暴動による脅し)に怯んで、イエス様を十字架に磔にするよう命令を出したのです。そして、イエス様は、他の二人の死刑囚と共に、エルサレム郊外のゴルゴダの丘で十字架に架けられ亡くなったのでした。

 

 イエス様が磔にされた十字架は、人の罪の姿を告発しています。

 自分たちに向けられたイエス様の批判や正しい言葉に対して、恥と怒りを感じ、また同時に、イエス様に対して激しい嫉妬を抱いたユダヤ教の指導者たち。彼らは、冤罪でイエス様を逮捕し、死刑ありきの裁判で判決を出し、しかも直接には手を出さずに(責任を放棄して)、ローマ総督に死刑を執行させます。謙虚さをなくし、自分たちの面子や体面を保つことを優先して、人を死に至らしめる冷酷さがそこにはあります。

 また、正当な理由が見いだせないにもかかわらず、暴動を起こされることへの恐怖から、自分の保身のために、イエス様を処刑することを黙認するローマ総督ピラトがいます。恐怖の前に正しいことを貫けない人の弱さがあります。

 周囲に同調し、「その男を殺せ」と、興奮して叫んだ議員や民衆たちがいます。

 買収され人を陥れるようと偽証する証人たちや、イエス・キリストを「裏切り」、不当な逮捕に協力してしまう弟子ユダがいます。 

 また、「イエス様に従っていきます。」と強い決心を示しながらも、逮捕される瞬間に逃げ出してしまう弟子たち。ペテロでさえも、様子を見に法廷まで行きながら、自分の身を守るために嘘をつきます。イエス様を裏切ったということでは、弟子たちもユダと「五十歩百歩」です。

 イエス様を辱めるローマ兵たち。彼らは、他者の苦痛に無頓着になっているばかりか、それを自分たちの楽しみにする感覚さえ持っています。十字架に架けられたイエス様を嘲笑し、からかう者たちも同様です。権力者の側にいる者の傲慢です。

 そうした行動の一つ一つが、人間の誰しもが持つ罪の姿ではないかと思うのです。イエス様の受難の一連の出来事には、人間の罪の姿が様々な形で描かれています。そして、想像力を働かせてみれば、その十字架刑の場面の中に、私たちは、私自身の、あるいは私たち自身の姿を見出すかもしれません。

 イエス様の受難と十字架の物語は、人間の罪をあらわにし、その罪を神様の前に告発するものとなっているといえます。

 

 イエス様が架けられた十字架は、人の罪を告発するしるしであり、また神様による裁きのしるしです。その場所で、神様に立ち返ることを促したイエス様を、世の人々は拒み、その命を奪おうとしたからです。十字架は、本来裁かれるべきは誰なのかを、私たちに突き付けてきます。

 十字架上のイエス様の姿は、神様の痛みと嘆き、悲しみとを現わしています。神様ご自身がイザヤ書53章にあるように、「軽蔑され、人々に見捨てられ」、「多くの痛みを背負い」、「わたしたちの背きと咎のため」に、十字架上で「苦しんで」おられるのです。

 と同時にイエス様の十字架は、その人間を罪の中から救う出来事であり宣言でもある、そのことを聖書は証言しています。

 イエス様は、自分に与えられた使命について、別な福音書で次のように語っています。

 「人の子は仕えられるためではなく、仕えるために、また多く人の贖い(の身代金)として自分の命を捧げるために来たのである」。

 多くの人の命を贖う、つまり多くの人の代りに自分の命を捧げるために来た、それがイエス様の目的であると語っているのです。イエス様は、人の罪の赦しのために、自ら十字架に架けられることで、神様に執り成しをされたのです。

 受難と十字架の死は、イエス様自身の生涯を通して、人の罪の結果を引き受けようとした出来事であり、人間の罪のゆえに苦しみ、傷つけられ、痛みを受けている人々に対して、またこの社会で無視され、差別を受け存在を葬り去られようとしている人たちに対して、神様がその苦しみと痛みを背負い、歩んでおられることをも示しているのです。

 

 十字架の場面に罪の姿を表している人々のために、イエス様は十字架上で、神様に祈ります。「父よ、彼らを赦して下さい。彼らは自分が何をしているのかわからないのです」。

 私たちも、自分自身について、あるいは人間の存在について、わかっていないことの方が多いかもしれません。だからこそ、罪を犯してしまうのではないでしょうか。

 主の受難主日、イエス様が十字架上で死を迎えられたことを覚えるこの日。私たちは、その十字架上のイエス様の姿を通して、自分自身と向き合うことが出来ます。知らず知らず罪を犯しながら、気づかずに生きている、その自分の姿と向き合うのです。

 罪の姿を知らされ、また自ら知ること、それがキリストの受難と十字架の出来事です。が、それは、ただ単に、私たちに自虐の念や自己嫌悪を引き起こすこと、抱かせることを意味してはいません。そうではなくて、その罪のただ中にある人間に再生を求めるメッセージでもあるのです。

 その罪の姿を表す人間、私、あなたを、イエス様が赦すからです。人の罪を贖うからです。神様が人の罪を拭い去ってくれるからです。

 イエス様が罪を贖い、拭うということは、人が今までの生き方を変えてやり直すことが出来る、その可能性が与えられるということです。もう一度自分の人生をやり直す機会が、チャンスが与えられるということです。イエス・キリストによる罪の赦し、それは人生のやり直しを期待し、希望し、信じるか否かにかかっているといってもいいでしょう。謙虚になって、正直に自分と向き合うとき、そこからやり直すこと、生きなおすことができます。そのことを、神様は求めている。十字架は人が新しく生き直すための、やり直すための招きのしるしなのです。

 だから、私たちは、自分自身の人生をイエス様の前に投げ出し、委ね、イエス様の十字架を共に仰ぎたいと思います。

2020年8月30 日(聖霊降臨後第13主日)

「キリストに倣う」 

 マタイによる福音書

 ​16章21節~28節

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 

 中村哲という日本人医師が、活動していたアフガニスタンで何者かに襲われ、命を落としてから、すでに九ヶ月が経ちました。

 中村さんは、著書「医者、用水路を拓く」にも書いておられますが、医療活動を行うだけでなく、水源を確保する事業を進めていました。

 中村さんは、1978年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻によって発生した、多くのアフガン人難民を救援するため、1984年にパキスタンで医療活動を始めます。そして、数年後にはパキスタン北西部の山岳地帯やソ連軍撤退後のアフガニスタン東部で、診療所を開設していきます。

 そうした活動を続ける中で、彼は、人々の栄養状態や衛生環境が改善されていかないと、人々を病気から救う抜本的な対策にはならないことを痛感していきます。

 特にアフガニスタンでは、内戦と長期間に及ぶ旱魃の影響から、本来の穀倉地帯でも大地が干上がり荒れ果てていました。さらに水不足から赤痢やコレラが急増し、全土で多くの国民、農民たちが難民化している状況がありました。

 そこで中村さんは、医療活動に併せて、水源確保のための事業を始めます。中村さんは地元の協力を得て、飲料用や灌漑用の井戸を掘り、伝統的な地下水路を再生していきます。また、約25キロの用水路を建設し、砂漠を農場に変えていきます。干上がっていた荒れ地と砂漠であった場所は、オリーブやナツメヤシの茂る農地や麦畑に変わりました。また畜産業やサトウキビの栽培、黒砂糖の生産も始まるのです。

 ただ、こうした活動は、死の危険と隣り合わせでした。武装勢力に襲撃される危険が常にあったのです。2008年には、中村さんと一緒に活動していた日本人が一人、身代金目的で武装勢力に誘拐され、救出に向かった警察との銃撃戦の最中に殺害されています。中村さん自身もそのことは、十分承知していました。周囲の日本人からも、「危ないから」といつも声をかけられていたようです。

 しかし、彼は、ここでは先ず何よりも食べること、食料を得ることが回復されなければならないこと、自ら働いて、食料を作り、安心して十分に食べることができるようにしていくことが、病気を治すだけにとどまらず、病気の原因を減らす抜本的な取り組みであること、また、人々が安心して農業を続けることができれば、貧困にも陥らず、戦争を起こすこともなくなり、結果として平和をもたらすこともできると考え、一連の事業を続けていきます。

 しかし、昨年12月4日に襲撃され殺されてしまいました。誰が行ったのか、なぜ殺されたのかは未だ判っていません。

 キリスト者であった中村さんは、ある意味では、アフガニスタンでの医療活動と水源確保事業を、大勢のアフガン難民の命を救う働き、「自分の十字架」と意識していたのではないかと思います。それこそ、「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」、イエス様に従ったのではないでしょうか。

 困難の中にあって、「飼う者のいない羊のようなありさま」のたくさんの人々を救う、イエス様の生き方を自分の生き方にしていく姿が、そこにはありした。

 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨てて、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 この言葉は、イエス様が、弟子たちに自分の受難、つまり十字架による処刑と、その後の復活の出来事を打ち明けた後に、重ねてペテロと弟子たちに向かって語ったものです。

 イエス様の受難と復活についての発言は、ペテロを困惑させました。彼は、強い調子でイエス様を諌め始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」 

 しかし、イエス様は、ペテロを叱りつけられます。

 「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者。あなたは神のことを思わずに、人のことを思っている」と。簡単に言えば、「あなたは自分のことしか考えていない。わたしの邪魔をするな」ということでしょうか。

 ただ、イエス様がペテロを叱ったのは、言い換えれば、ペトロが(そしてたぶん他の弟子たちも)、イエス様の旅の目的とその意味を、理解していないことを示しているといえます。イエス様の教えや行動が、現実の世界に対して持っている意味を、判っていないことを表しています。

 イエス様の受難と復活の予告は、ある意味、冷静に自分の語る言葉や行動を見据えた発言です。

 イエス様は、宣教の旅の行く先々で、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々を見かけます。病や日常の生活に苦しんでいる多くの人たち。その人たちを救うためのイエス様のわざや教え。そこで示されるイエス様の価値観、それは、当時のユダヤ人社会、いわゆる「世間」の価値観とは大きく違っていました。

 それは、例えば、「世間」が低く評価する境遇にいる人々、貧しい人、飢えている人、苦しんでいる人、病気や障害を負っている人たちこそが、神様の救いに真っ先に与れるというものでした。差別されたり、疎んじられている「取税人」や「遊女」たちが、神の国に入れるというものでした。神様の救いは、イエス様の癒しのわざを通して、それらの人々の上に現れるというものでした。

 あるいは、宗教的な制度が人を不自由にするのなら、その律法の解釈や制度は変えられなければならない、と語るものでした。

 だからこそ、イエス様の語る教えは、ユダヤ人社会の指導者と呼ばれる「長老や祭司長、律法学者たち」にとっては、許しがたいものだったわけです。それゆえにイエス様は「必ず多くの苦しみを受け」、「殺される」ことになるのです。

 人々を病や苦しみから救い、日々の負担や重荷から解放するために、神様の愛と、神の国の希望、すなわち福音を語り、具体的な行いをもって指し示すこと。それが、イエス様の使命です。しかし、人を解放し、自由にし、この世界のあり方そのものを動かし変えていく福音を伝える使命が、今自分が生きている社会の支配的な人々からは、受け入れられないだろうということを、イエス様ははっきり理解しているのです。

 イエス様がエルサレムに行こうとしたのは、そこでもイエス様の救いの業と教えとを必要としている人々、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々がいたからだと思うのです。それを邪魔してはいけないと、イエス様は言われたのです。

 イエス様に従う者は、どのように生きるべきなのか、それが今日の日課の主題です。

 「自分を捨てて、自分の十字架を背負う」とは、今までの自分の生き方を否定して、イエス様の生き方を自分の生き方にしていくことといえます。

 イエス様の生き方を自分の生き方にする、イエス様に倣うということは、イエス様が何を大切にし、何を尊重しているのかを、自分の人生の道標として生きていくことです。

 具体的には、神様の正義と公正が地上で実現することを求めることです。貧しい者や飢えている人たち、病んでいる人たち、重荷を負っている人たち、社会的に弱い立場に置かれている人たちに想いを寄せ、寄り添い、彼らが今の境遇から救われること、解放されることを共に望み、目指すことです。そのために彼らが抱えている問題や課題を一緒に担い、解決する方法を探ることです。

 ただ、そのような生き方を、信念を持って貫こうとすれば、様々な抵抗にあうこともあります。とりわけ、貧しい人々や弱い立場にいる人々を搾取し、それによって利益を得ている人々、自分さえよければかまわないと考える人々からは、きっと疎まれるに違いありません。

 しかし、イエス様は私たちに「わたしに従いなさい」と語ると同時に、一つ約束されています。「自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救う。」

 「わたしのため」とは、イエス様の福音のためという意味です。

 その福音の実現のために、人生をかけるなら、その人は永遠の命を受けるとされるのです。たとえ、「この世」の力が圧倒的であったとしても、イエス様の言葉とわざに従い、福音の実現のために力を尽くし、なすべき課題を行おうとするなら、その人はイエス様の再臨の時に、「それぞれの行いに応じて報い」られ、永遠の命を受け取る。そうイエス様は約束されるのです。

 

 冒頭でお話しした中村哲医師は、「誰もやらない活動なら、俺がやる」といって、パキスタンとアフガニスタンでの活動を続けられたと聞きます。

 現地の言葉を話し、土地の文化と伝統を尊重して、目の前に現れる課題を、現地の農民と共に汗を流して解決していく中村さんのその姿に、現地の人が感謝をし、深く信頼を寄せたといいます。村人の要請を受けて、モスクと学校を建設もしています。キリスト者がなぜ、モスクを建設したのか問われて、それは現地の人たちの誇りを取り戻すことでもあったと、中村さんは語っています。村の人たちは、外国の文化が押し寄せる中で、自分たちの文化はだめなのか、劣っているのかと劣等感を持っていたそうです。でもモスクが建設されたことで、彼らは誇りを取り戻すことが出来たそうです。

 水源の確保も、荒れ果てた大地を回復し、農民のいのちと生活を回復していくわざであったと言えます。それは、人々に勇気を与え、生きる力を回復する、福音の実現といえるのではないでしょうか。

 不幸にして中村さんは、事業半ばにして凶弾に倒れましたが、彼の仕事は、彼の後援会であったペシャワール会が引き継いでいくそうです。

 誰もが中村医師のようには働けるわけではありませんが、しかしその姿勢に倣うことはできます。たとえ困難を前にしたとしても、イエス様を信じる者として、一緒に生きている人たちと、ともに祈り、重荷を担い合って、福音の実現のために、目の前の様々な課題を引き受けて、乗り越えていきたいと思います。

2020年8月2日 平和主日

 「平和の基」 

 ヨハネによる福音書

 ​15章9節~12節

 イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。

 ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。

 その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。

 イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。

 イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」

 

 それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」

 人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。

 

 イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。

 「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」

 それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。

 しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。

 もちろん、注意しなければならないことはあります。

 「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。

 最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。

 と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。

 「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。

 「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。

 

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。

 

 私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。

 それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。

 なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。

 日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。

 昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。

 そこでは、次のような祈りがささげられました。

 「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」

 「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」

 「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」

 「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」

 「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」

 「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」

 「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」

 「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」

 

 「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。

 平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。

 人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。

 「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン

2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)

 「天の国の実現」 

 マタイによる福音書

 ​13章31節~33節

   +44節~50節

 イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。

 私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。

 イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。

 

 先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。

 からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。

 讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。

 「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」

 球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。

 からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。

 

 次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。

 「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。

 パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。

 パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。

 「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。

 また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。

 

 「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。

 もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。

 そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。

 もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。

 44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。

 二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。 

 つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。

 イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。

 現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。

 しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。

 

 「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。

 日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。

 「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。

 2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)

「生き直すということ」 

 マタイによる福音書

 ​11章28節~30節

 人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。

 競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。 

 行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。

 生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。

 

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。

 軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。

 ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。

 つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。

 ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。

 

 旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。

 ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。

 本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。

 と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。

 

 「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。

 それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。

 またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。

 

 イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。

 この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。

 だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。

 だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。

2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)

 「あなたが花束」 

 マタイによる福音書

 ​10章40節~42節

 「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。

 歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。

 「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。

 それは、その相手を励ましたいからです。

 「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。

 歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。

 歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。

 「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。

 「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。

 その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。

 歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。

 そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。

 「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。

 この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。

 いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。

 自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。

 そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。

 「あなたが花束」になっていくのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。

 今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。

 ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。

 そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)

 「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。

 弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。

 

 二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。

 使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。

 「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。

 パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。

 福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。

 もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。

 たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。

 生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。

 

 弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。

 教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。

 それが、弟子の使命です。

 どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。

 2020年1月26

「天の国は近づいた」 

 マタイによる福音書4章12~18

 

 韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。

 

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

共に平和をつくり 共に生きる その町で

平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら

貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で

平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で

私たちの労働が お祭りになる その日に向かって

共に生きる町 小さくても 美しい町

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

教えてください 教えてください 共に生きる町を

  詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。

 その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。

 この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。

 一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。

 と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。

 この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。

 八〇年代​、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。

 このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。

「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。

 明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。

 勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの

かもしれません。

 いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。

 「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」

 その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」

 イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。

 ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。

 具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。

 不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。

 それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。

 悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。

 この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。

 私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

 大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。

 それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。

 それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。

 確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。

 「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。

 「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。

 「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います

 

(2020年1月26日)