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礼拝メッセージ
       (当分の間、毎週更新します)
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2026日 
​聖霊降臨後第2主日

「新しい

いのちに生きる」

​マタイによる福音書
9章1~13節+
18~26節

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 今日の日課、マタイによる福音書9章9節~13節と18節~26節には、イエス様の三つのエピソードが記されています。

 これらの三つのエピソードすべてに共通するのは、「穢れ」に関係するものです。この「穢れ」という考え方は、当時のユダヤ教における旧約聖書が定めていた規則・規範によるものでしたが、日課では、イエス様が、こうした「穢れ」についての規範、あるいは価値観や考え方を自ら打ち破って、人々を解放していきます。

 最初のエピソードは、取税人のマタイを弟子として招いたお話です。収税所に座っていたマタイは、イエス様に「わたしに従いなさい」と声をかけられました。ところで、当時のユダヤ人社会では、収税人は、ローマ帝国やヘロデ王家のために直接税や通行税、間接税などを集めていましたが、取り立てが必ずしも公正ではなかったことや、「汚れた存在」と見なされた外国人と接触する機会があることから、その職業自体「汚れたもの」であり「罪人」と同じだと、考えられていました。

 しかし、イエス様は、収税人への職業差別を生み出す「穢れた」職業という考え方を飛び越えて、マタイその人自身に呼びかけました。イエス様はマタイが、その収税所で働いている収税人であることをまるで問題にしていません。イエス様は先入観なしで、マタイに声をかけていったのです。「わたしに従って来なさい」と。おそらくマタイはそれまで、そのように声をかけられたことがなかったと思われます。それだけに、その呼びかけに感じて、マタイはイエス様を信頼し、応答したのです。イエス様について行ったのです。そして、その後、彼は自分の家で、イエス様や弟子たち、そして仲間たちである「収税人や罪人」(と見なされた人たち)と一緒に食事を摂ったのです。

 さて、その様子を見たファリサイ派の人々は、(なぜか直接はイエス様に言わずに間接的に)弟子たちに向かって、「なぜ、あなたたちの先生は収税人や罪人と一緒に食事をするのか」と非難を始めました。イエス様は、この時は未だラビ(ユダヤ教の教師)の一人と見なされていましたから、イエス様が罪人とされている人々と交流することは、ファリサイ派にとっては許し難いこと、つまり律法の秩序の破壊であり、咎められるべきことだったのです。しかし、イエス様は、その非難に対して、「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく、病人である。『わたしが求めるのは憐みであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」と答えたのです。

 この最初のエピソードは、いわばマタイのような「収税人や罪人」(と見なされている)仲間たちの尊厳が、イエス様と、イエス様を信頼する者の間で回復されていった物語でもあるのです。

 二番目と三番目のエピソードは、マタイの召命物語のしばらく後に起こった、出血の病を患っていた女性の癒やしの話と、ある指導者の死んだ娘が生き返ったという話です。

 イエス様が、洗礼者ヨハネの弟子たちと断食についての問答をしていると、(ユダヤ教の)ある指導者がそばに来て、ひれ伏して、「わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう」と願いました。彼の必死さに、イエス様がその願いを聴いて、弟子たちと一緒に彼について行くと、その途中で、十二年間病気のために出血が続いている女が近寄って来て、「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思い、後ろからイエス(様)の服の房に触れ」ました。それに気づいたイエス様が「振り向いて、彼女を見ながら」、「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った」と語りかけ、「そのとき」、彼女の出血の病は癒されます。

 十二年間も、出血(おそらく婦人科の病気)に苦しんでいた女性は、旧約聖書の(レビ記などの)規定によれば、やはり「穢れた」存在と見なされていました。つまり彼女は、十二年もの長い間、病気が一向に治らなかったことで、ユダヤ人社会から遠ざけられ、つらい思いをさせられていたということです。彼女が「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思って、イエス様の後ろから近づいて衣にそっと触れたのは、長年差別され、社会の周縁に追いやられていた経験から、人目をはばかっての、しかし思い余っての行為だったと言えます。イエス様は、この女性に対しても、「穢れ」という考え方を飛び越えて、彼女自身に向き合います。

 おそらくは人ごみの中で、「衣の房に」誰かが触れたか触れないか判らないぐらいの、些細な出来事だったであろうに、イエス様は自分に触れたその女性に気づき、彼女に向かって、「娘よ、元気になりなさい」と言葉をかけたのです。その言葉は、「あなたは癒された」という言葉と、同じ意味です。イエス様は、彼女の「癒されたい」という切実な願いとイエス様への「信頼」、そして信じる心をもって行動を起こした、その姿に心動かされて、「あなたの信仰があなたを救った」と言われました。それは、イエス様が、彼女の願いと信頼の思いを、しっかりと受け止めたという宣言です。その彼女の信仰が、救いへの道を開いていったのです。そして、その時に起こったイエス様による癒しは、ただ病気そのものの症状を治しただけではなく、その病気によって引き起こされた社会的な差別を打ち破り、損なわれた人間の尊厳を回復すること、彼女にとっての、新しい人生の始まりを意味するものでした。

 ユダヤ教の指導者の娘、すでに亡くなっていた娘の場合は、どうでしょうか。この場面でも、イエス様は「穢れ」に向き合うことになります。

 イエス様たちが、指導者の家に到着すると、そこには、すでに亡くなった少女の弔いのために、「笛を吹く者たちや騒いでいる群衆」が集まっていました。それを見たイエス様が、彼らに向かって、「あちらへ行きなさい。少女は死んだのではない。眠っているのだ。」と言うと、人々はイエス様を「嘲笑」います。「嘲笑う」人々の存在は、その弔いの席に集まった人々のうち、どのくらいの人たちが、娘を失くした両親の悲しみを分かち合っていたのかを表しているようです。ともかくイエス様は、その群衆を外に出して、家の中に入って、横たわっている少女の手を取ったのでした。

 死者はもちろん「穢れた」存在とされていました。死者に触れることは、穢れを身に受けてしまうこととして、忌避されていましたし、穢れを(日常の生活から)遠ざけるために、死者はその日のうちに埋葬されなければなりませんでした。しかし、それでも少女の父親である指導者は、イエス様に「おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう。」と懇願したのです。イエス様は、父親である指導者の、その切実な願いの言葉に、イエス様に対する「信頼」と「信仰」を認め、その思いに応えて、周りの人々の「嘲笑」にもかかわらず、死者の手を取り、少女を蘇らせたのです。イエス様は、「穢れ」など問題にはしていません。イエス様は、人間の尊厳を損ない、蔑ろにする「浄めと穢れ」という考え方を、あえて無視されたのです。「すると、少女は起き上がった」。イエス様は、「穢れ」とされている死から、その少女のいのちを回復していったのです。

 イエス様が語る神様の救いとは、一つには、社会の中で人間の定めた制度や慣習、仕組み、偏見や先入観によって常に生み出される「罪人」とされた人たちが、尊厳を回復すること、「塵や芥の中に倒れこんでいた人々を、再び立ちあがらせて、自由な人々の列に戻すこと」(詩篇113篇)です。そこではまた、そうした先入観や偏見に縛られたり、囚われて、自分から人と人をつなぐ絆を絶っている人たちも、その救いのわざの対象です。偏見を持つ側も、偏見で縛られていることに変わりはないからです。そのくびきを断ち切ることが、イエス様の福音、教えとわざなのです。

 今日の旧約聖書の日課にある預言者ホセアの言葉は、そのことを表しています。「わたしが喜ぶのは/愛(憐れみ)であっていけにえではなく/神を知ることであって/焼き尽くす献げ物ではない。」 (ホセア書6章6節) それは、犠牲を捧げることや、どれだけ戒律や戒めを守れているかが、神様の判断の基準ではないし、また神様の喜ぶことでもない。人に向き合うときに愛があるかどうか、心温かい憐れみがあるかどうかを神様は見ているし、求めているということです。神様の救いは、ただ神様の憐れみによるのだということです。

 またイザヤ書には、こうも語られています。

 「私の選ぶ断食とはこれではないか。/悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて/虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。/さらに飢えた人にあなたのパンを裂き与え/さまよう貧しい人を家に招き入れ/裸の人に会えば衣を着せかけ/同胞に助けを惜しまないこと。」(58章6節~7節)

 これらの言葉には、イエス様の使命の意味が示されています。

 イエス様が語った、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」を解釈するなら、神様の前に正しく生きるということは、律法を適用して「(律法を守る)正しい人」と「(律法を知らず、守らない)正しくない人」を判断して分けてしまうことではなく、むしろ、世間から蔑まれ、困窮する人たち、「虐げられ」、「飢えて」「さまよい」、「裸の」人たちに、具体的な助けを与えることであり、それが神様の求める愛と憐れみ、慈しみとを現すことなのです。

 日課にあるいずれのエピソードも、人が新しいいのちを与えられた、その瞬間を描いたものと云えます。徴税人マタイが、イエス様による招きに応えたことは、新しい人生のスタートでした。彼が、新しい価値観の中に生きることを選んだ瞬間でした。また、出血の病を患っていた女性にとっても、そして指導者と死んだ少女にとっても、イエス様の言葉とわざとは、それぞれにとっての人生の復活を意味するものだったと言えるでしょう。人と人を隔てる「浄めと穢れ」という価値観を取り除き、人が本来持っている尊厳を回復し、新しいいのちを生きることができるように、手助けをすること、あるいは共に人生を生き直すこと、それがイエス様の願う「復活」の出来事なのです。私たちも、その「復活」の出来事に与っています。「新しいいのち」を生きているのです。

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202631日 
​三位一体主日

「いのちの神」

​創世記
1章1節 ~2章4a節
​マタイによる福音書
28章16節 ~20節

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 皆さんは、夜の雲ひとつない満天の星空を眺めたことがあるでしょうか。私は、山奥の人里を離れたキャンプ場で夜空を眺めた時、星々や月の明かりがどんなに明るいかを体験したことがあります。そして、そのとき私は、この広い空に改めて宇宙の無限大な広さを感じて、自然や環境というすべてが、神様の創造のわざであることを、強く意識しました。そして、何度となく空を見上げる度に、私はすべてのものを創られた神様を感じるのです。

 今日の賛美唱、詩編の第8篇ではこう詠われています。

 「あなたの天を、あなたの指の業を/わたしは仰ぎます。/月も、星も、あなたが配置なさったもの。/そのあなたがみ心を留めてくださるとは/人間は何者なのでしょう。/人の子は何者なのでしょう。/あなたが顧みて下さるとは」。

 この詩編8篇に示されているのは、天と地の創り主である神様の存在への畏怖の念と、その神様が人を顧みてくれることへの感謝です。「神にわずかに劣るものとして人を造り/なお、栄光と威光を冠としていただかせ/御手によって造られたものをすべて治めるように/その足元に置かれました。/羊も牛も、野の獣も/空の鳥、海の魚、海路を渡るものも。」

 詩人は、この創造された世界を保全し、世話をして、大切にするのを託されていることを、自覚してもいます。と同時に、それは言い換えれば、神様の存在の前での人間の不完全さ、脆さをも表しています。「わたしは一体何者なのでしょうか」と。自分を省みれば、その存在の小ささに驚かざるをえません。果たして神様から託されたことに応えていけるのだろうか。にもかかわらず神様は、その人間を、わたしを顧みてくださる。詩編の作者は、実にその創造者としての神様の存在に、深い畏怖の念を持ち、それを表現しているとも云えます。

 

 今日は、三位一体主日です。それは、復活されて天に昇られたイエス様が、神様の「右の座に着かれたこと」、そして、そこから弟子たちに「聖霊を送った」ことを覚える主日です。

 この三位一体の教え。それは、キリスト教の歴史では、二世紀頃から三世紀にかけて、創造主なる神様と神様の独り子イエス・キリスト、そして聖霊が本質において一つであるということを言い表すものとして唱えられ、キリスト教の正統な教えか異端かを見極める基準として議論され、四世紀から五世紀に数度の宗教会議を経て教理が確立していったものです。

 因みに、私たちが礼拝の中で告白する<使徒信条>は、短い文言ではあるのですが、「父である神」「その独り子、主イエス・キリスト」、そして「聖霊」という三つの部分に分かれており、この三位一体の教理を端的に示しています。その内容は、私たちが信じている神様が、一体どのようなお方として、聖書の中に証言されているのかを明らかにしていると言えます。

 さて、今日の日課、旧約聖書の創世記1章1節から2章4節の前半では、神様は、宇宙全体と地上における一切のものの創造主であることが描かれています。

 先ず、神様は、「闇が深淵の面にある」ような混沌の中から、言葉によって、光と闇を分け、次に大空、天と海と大地を作られました。続いて神様は、「天の大空に」「昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなる」太陽や月、星々を置きました。大地の上に植物を生えさせ、空の鳥、海の魚、大地の上で生きる生き物に命を与えました。そして、最後に、神様は「海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させ」るために、自分自身に「かたどって人を創造され」たのです。特に人は、「命の息」、「神の霊」を鼻から吹き込まれたことによって創造されました。これらの造られたすべてのものは、「見よ、それは極めて良かった」と記してあるように、神様の目に適ったものでした。

 この創造物語が示しているのは、神様の「霊」と言葉は、すべての被造物と人間のいのちの源であるということです。また神様は、言葉を通して、アブラハム、イサク、ヤコブなどの族長たちに臨み、契約を結び、また彼らを助けました。彼らの子孫であるイスラエルの民に対しては、預言者を通して「語り」、人々に知恵を授け、預言の言葉によって希望を、夢を喚起しました。あるいは、神殿における主の栄光を満たすことで、イスラエルの民を導きましたし、また時には、枯れた骨にいのちを吹き込む幻を通して、外国人に捕らわれ、落胆した人々を励ましていきました。

 言葉と「神の霊」を通して、人々に働きかけ、いのちを与え、育む神様の姿が、そこにあります。

 

 このいのちの源である神様が、ナザレのイエスという一人の人間の姿をとって、人々を救うために、この地上で働かれた。それが、新約聖書の福音書に記されたメッセージです。

 神様の霊、聖霊が少女マリアに降ることによって、イエスという一人の人間が誕生しました。彼は、ナザレ出身の大工として育ちますが、三十歳で洗礼を受け、聖霊によって祝福されました。そして、イエス様は、福音宣教のわざを行い、困窮し救いを求める人々の話を聴き、病の人を癒し、また慰め、励まし、人々の尊厳を取り戻させることで、神様の愛を示し、そしてその神様の愛を生きるように、人々を促していきました。人々は、イエス様の言葉とわざを通して、神様の愛に気づくことによって、いのちを豊かにされていくのです。そして、そのイエス様は、福音宣教のわざの終わりに、「苦しみを受け」、十字架に架けられて処刑され死なれました。しかし、彼は三日後に、死者の中から、聖霊の力によっていのちを与えられ復活したのです。

 ところで、ヨハネによる福音書には、「わたしたちに御父をお示しください」という弟子たちに向かって、イエス様が「わたしを見た者は、父(なる神)を見たのだ」と語ったことが記されています。またイエス様はこうも語っています。「わたしが父の内におり、父がわたしの内におられる。」 これらのイエス様の言葉は、言い換えれば、イエス様と神様が実は一体であることを、語っています。つまり、福音書記者ヨハネは、イエス様との出会いが、弟子たちにとっては、また人々にとっては、神様そのものとの出会いであると証言するわけです。

 言い換えるならば、新約聖書では、この地上で肉体を持って生きた人間であるイエス様が、神様の姿そのものであり、また、人を死に至らしめる罪を贖うために、十字架上で苦しみ痛みを負ったイエス様が、神様の愛を現す救い主・キリスト、神様の独り子であると、告白するのです。

 そして、新約聖書が描くもう一つの神様の姿が、聖霊です。

 イエス様は復活された後で、弟子たちの前に姿を現し、彼らに聖霊を吹きかけて、宣教のわざへと遣わしています。あるいは別な証言では、イエス様が天に挙げられたのちに、弟子たちは「高いところからの力」である聖霊の賜物を受けることによって、イエス様の福音を、自分たちの言葉とわざで宣べ伝えていくのです。そして聖霊は、あらゆる機会を通して、人に働きかけ、人を動かし、信仰を呼び起こし続けるのです。聖霊とは、ですから神様の愛の力ということもできます。今ここで働く神様の愛の力、人の命を生き生きと活かす聖霊の働きがあります。それを人生の折々に見出していくとき、人は神様と出会うのだと云えます。

 

 教会の務めの一つは、ある意味、天地の創造主である神様が、イエス・キリストを通して、今ここにいて、今も聖霊を通して、ここで働いていることを証言することであると云えます。それは、神様の正義と公正とがこの地上に介入して実現しつつあることを証言することです。また神様が、来るべき苦難のとき、試練の時に備えさせるために、人々を励まし、力を与え、勇気を与え、癒し慰めていることを証言することです。

 今日の福音書の日課、マタイ福音書28章には、「天と地のいっさいの権限がわたし(イエス)に委ねられた。だから、行ってすべての諸国民を弟子として、洗礼を施し、私の教えたことを守らせなさい。」というイエス様の言葉が記されています。教会は、この「キリストの宣教命令」とも呼ばれる委託のもとに、立てられているとも言えます。

 そして、実際この言葉に促されるように、パウロは積極的に当時の地中海世界、ローマ帝国の領域に、福音宣教の旅を行っていきました。中世に入ると、司祭たちや修道士たちがヨーロッパ各地に出かけて行ってキリスト教を広めて行きました。そして、十五~六世紀の大航海時代には、キリスト教はアジアやアフリカ、アメリカなどへも広がっていきます。こうしたキリスト教の広がりの源には、この「キリストの宣教命令」があったわけです。

 ただその一方で、このマタイ福音書に記された「キリストの宣教命令」が、ともすれば「上から目線」でキリスト教を教えたり、押しつけることとして理解されてしまったのも事実でした。実際には、植民地化を推し進めながら、文明化という名のもとにキリスト教への改宗を強制したり、キリスト教というよりもヨーロッパの価値観を一方的に押し付けることも起こりました。

 自分が信じていることがたとえ真理であったとしても、それが押しつけられている価値観なら、それは他の人にとっては真理とは言えないでしょう。人にキリストの教えを伝え、弟子にすることは、人を精神的に屈服させたり、征服することで実現するものではありません。そこでは伝えられる福音の内容だけでなく、それを伝える者自身の姿勢そのものが問われているのです。福音を伝える者、語る者は、力で威圧したり脅したりしてはならないのです。たとえ語られる言葉とその内容が、聴く人の価値観を揺さぶり、方向転換を促す言葉であったとしても、語る者は謙虚であり、慎み深くあらねばならないのです。この「キリストの宣教命令」を前にして、私たちは歴史を顧みて、反省すべきは反省し、自分たちの言動を正していく必要があります。常に、何度でも。

 

 冒頭の詩編第8篇が表しているような、神様への畏れ、怖れの気持ち。それは人が真剣に自分の人生と向き合うときにも、感じることができるように思います。私たちは、先ずその神様への畏れをしっかりと持つ必要があります。そして、神様から委ねられているすべてのいのちを愛し、慈しみ、育む責任を引き受けていくことが求められています。すべての被造物全体を顧みて、神様の愛を伝えていきたいと思います。

 コリントの信徒への手紙二の13章11節以下には、こうあります。「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなたがたと共にいてくださいます。」

 「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」

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202624日 

「聖霊ゆたかに

​聖霊降臨祭
​(ペンテコステ)

恵みをもたらす」

​使徒言行録
2章1節 ~21節

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 今日は、聖霊降臨祭です。復活されたイエス様が天に昇られてから十日後に、弟子たちの上に聖霊が降った出来事を記念する日です。

 さて、今日の福音書の日課には、弟子たちへの聖霊の付与、聖霊降臨に関して、使徒言行録にあるそれとは、やや異なった物語が記されています。

 「イエスは重ねて言われた。『あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。』 そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。』」(ヨハネ福音書20章21~23節)

 ここでは、弟子たちに聖霊が与えられたのは、部屋に閉じ籠っていた弟子たちの前に、復活されたイエス様が姿を現わした「その時」でした。その記述によれば、弟子たちは、イエス様の福音宣教を引き継いでいくために、「罪の赦し」を宣言する「権能」を授けられています。それはかつて、彼ら弟子たちが方々の町や村へ派遣された時に、イエス様から授けられた、教えを宣べ伝え、癒しを行う「権能」以上の、決定的な力を授かったことを意味したのです。

 

 一方で、使徒言行録に記された聖霊降臨の様子は、非常に不思議な体験、神秘的な体験として描かれています。弟子たちが聖霊に満たされた瞬間、彼らは「家中に響く天から吹いてくる激しい風の音」を聞き、一人一人の上にとどまる「炎のような舌」を一つの映像(ヴィジョン)として目にしています。それは一つの奇跡であり、そこに記されたようにしか表現しえないことでした。

 吹き荒れる風の音は、神様の息を表しているとも言えます。旧約聖書の創世記に記された「天地創造」の物語では、土の塵で形作られた人の鼻に、神様は息を吹き込み、人(アダム)にいのちを与えたとされています。風の音は、いのちをもたらす神の息の音です。

 「炎のような舌」は、洗礼者ヨハネが予言した、イエス様による火と聖霊の洗礼の成就を告げています。そして、舌とは、そのとき、聖霊が言葉の賜物として現れ、与えられたことを示しています。弟子たちは、元々漁師や農民、あるいは取税人であり、日常語としてのアラム語を話し、せいぜいギリシャ語を少しばかり理解していたにすぎません。その彼らが、「霊が語らせるままに」、地中海世界から来た「あらゆる国」の人々に解る言葉で、福音を語り始めたのです。それは聖霊の賜物でした。

 興味深いことは、聖霊が(炎のような舌として)、「分かれ分かれに現れ、一人一人の上に」とどまったことです。それは、弟子たち一人一人が持っていた個性に応じて、あるいは弟子たち一人一人が固有の仕方で言葉を話す力を得たと云うことです。雄弁に話す者もいれば、訥々と話す者もいたでしょうが、それはまた(ここにいる私たち一人ひとりと同じように)、自分自身の体験を通して、福音を証したと云うことです。聖霊は、その弟子たち一人一人を認め、まさに「多様性」を認めて、臨んでいる。つまり聖霊は一人一人に異なった形や仕方、体験を通して臨むと云うことです。聖霊降臨の出来事は教会の誕生と云われますが、言い換えるならば、教会とは、多様な経験をしている人たちが、それぞれにイエス様と出会い、呼び出され、召し出されている群れであり、多様性の上に成り立つ交わりだということです。

 聖霊降臨とは、何よりも宣教の奇跡だということです。なぜなら、聖霊を与えられたことで、弟子たちは言葉を得たからです。彼らはペトロがそうであったように、大胆に語り始めました。聖霊を通して、弟子たちは、新たに遣わされる者として立てられていきました。聖霊は、彼らを新しい務め、イエス様の福音を広く宣べ伝える務めへと、召し出していったのです。

 もう一つ興味深いのは、聖霊の働きが、人々の間に新しく聞く能力をももたらしたことです。その場に集まっていた人々は、「誰もかれも、自分の故郷の言葉で弟子たちが話すのを聞き」、「どうして我々は、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」と訝しく思い、「彼らが我々の言葉で神の偉大な業を語っているのを、聞こうとは」と驚き、ペトロの言葉に「耳を傾け」、「これを聞いて大いに心を打たれ」ました。言い換えれば、弟子たちの上に聖霊が降ることで、彼らが語った言葉が、多様なコミュニケーションの機会を人々の間に回復し、宣教を可能にしていったのです。たとえばそれは、創世記に記された、かつてバベルの塔で起こった「異なった言語による混乱」を修復させることをも意味しました。

 と同時に、その宣教の言葉は、人々の耳を開き、心を動かす一方で、疑問と戸惑い、嘲りをも呼び起こしていきました。「彼らは酒に酔っているのだ。」という声があり、「彼らはガリラヤ人たちではないか。」と戸惑う声がありました。弟子たちが語る言葉を、受け入れるにせよ、あるいは嘲るにせよ、人々はその言葉に激しく揺り動かされました。そして、聖霊の語らせる言葉は、信仰者を起こしていきました。イエス様の福音を真剣に受け止めようとする者を起こしていったのです。風が、人々の間に吹いていったのです。聖霊の風が、人々の内に籠り淀んだ関係を揺り動かしていったのです。

 この聖霊、すなわち神様の「霊」は、旧約聖書では、たとえば民数記11章にあるように、それが授けられることで、「民の長老たち」に預言する力が与えられています(24~30節)。 また、ダビデも預言者のサムエルから聖別の徴である油を注がれることで、「主の霊が激しく」下るようになったことが記されています(サムエル記上16章)。

 一方の新約聖書では、たとえば聖霊は、イエス様の誕生に際して、少女マリアに働き、彼女を身籠らせました。あるいはまた、イエス様の洗礼に際しては、「ハトのように彼に降り」、彼を祝福しました。さらには、会堂で説教するイエス様に働き、「貧しい人に福音を告げ知らせ」、「囚われている人を解放し、目の見えない人に視力の回復を告げ」、「圧迫されている人を自由にする」福音宣教の使命を、説教を通して明らかにさせました。

 ヨハネ福音書では、聖霊は、地上のイエス様に代わる別な助け主と、説明されています。聖霊は、「弁護者」であり、「真理の霊」、またキリストについて「証しをする」、つまりイエス様とは誰であり、何のために来られたのかを明らかにすることが言及されています(15章26~27節)。 また、聖霊は、「真理をことごとく悟らせ」、「(神から)聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがた(弟子たち)に告げる」とも言われています(16章13節)。 

 またペトロが、百人隊長のコルネリウスに福音を宣べ伝えたとき、その場にいたコルネリウスをはじめとした「異邦人」の上に、「聖霊の賜物」が注がれたことが、報告されています(使徒言行録10章)。

 あるいは、パウロによれば、聖霊は、私たちの心の内を神様に執り成してくださるとされています。「同様に“霊”も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、“霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。人の心を見抜く方は、“霊”の思いが何であるかを知っておられます。“霊”は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。」(ローマ8章26~27節)

 また、パウロは、「わたしたちは誰も、聖霊によらなければ、『イエスは主である』と表明することができない」とも言っています(第一コリント12章3節)。 つまり、聖霊が働くことで、人はその心の目が開かれ、神様からの恵みと賜物に気付き、それを受け止め、感謝することができる。それが信仰であり、それゆえ、信仰は神様から与えられる賜物なのです。洗礼は、その信仰を、神様と信仰の共同体に対して目に見える形で証しすることであり、同時にその信仰を明らかにする応答への、神様からの祝福のしるしであるのです。

 最後に聖霊の働きは、自由なものです。「風は思いのままに吹く。」と書かれている通りです(ヨハネ福音書3章8節)。 聖霊の働きを、人間が決めつけることも、制限することも出来ないのです。イエズス会の修道士アントニー・デ・メロは、「何をどう祈ればいいか」という著作の中で、聖霊は人が努力をしたからと云って、「その対価として」与えられるものではない。なぜなら聖霊とは、「父なる神のまさしく無償の賜物だからである」と書いています。

 彼は、それゆえ、聖霊を受けるために人がなすべきなのは、使徒言行録1章にあるように、「父の約束されたもの(聖霊)を待ち」(4節b)、「心を合わせて熱心に祈る」(14節)ことだと書いています。

 

 聖霊降臨、それは弟子たち一人一人が神様から、イエス様と同じわざを行い、言葉を語る力を与えられた出来事です。そして、聖霊は、もちろん、今も、現代の私たちにも働いてくださっています。そして、私たち一人一人は、そのことを体験してきているのではないでしょうか。

 人によっては聖霊降臨の物語に描かれているような神秘的な仕方で、聖霊の存在を認識しているでしょう。あるいはまた、別な仕方で聖霊を体験することもあります。たとえば、私たちが、自分で聖書を読み、説教や証しを聴く中で、イエス様と出会い、人生の道標を見いだしてきたのも、聖霊の働きによるものです。また、私たちが一人で、あるいは人と共に祈ったり、他の誰かから執り成しの祈りを祈られることを通して、慰められ、「心が温められ」、癒され、励まされるなら、そこに聖霊は確かに臨み働いているのです。また私たち一人一人が、記憶の底から、それぞれが経験した神様との出会いを、神様が示された愛を、くださった恵みを、祝福を、そして人々との信仰によるつながりを思い出すとき、そこに聖霊は働いています。聖霊は、私たちに、イエス・キリストの言葉とわざとを思い出させてくれる、そう聖書には記されているからです。

 聖霊は、宣教する力であり、教会を全世界へと押し出す力の源です。もし私たちの教会が、この地上ですべての被造物のいのちと尊厳を守り、人々の和解と癒しのわざを行っていこうとするとき、聖霊はそこに働いています。その働きに心をよせて祈るとき、そこに聖霊は臨んでいます。聖霊とは、現臨する神様であり、キリストなのです。

 それゆえに私たち教会は、聖霊に聞くことを止めてはいけないし、常に聖霊が私たちに働き、「教え」、「思い出させること」を求めねばなりません。また、私たちは、どのような決断をする場合でも、聖霊を堅く信頼することが許されています。聖霊は、この世界のただ中で、キリストによって結ばれたものの共同体である教会の上に臨み、今も働いています。しかも聖霊は、私たちをキリストと結び付け、明日へと、未来へと「前進させ」るのです。

 聖霊が、今も私たちの上に、また私たちを通して強く働いていることを感謝したいと思います。そして、私たちもまた、この弟子たちのように、心のすべての扉を開いて、神様からの聖霊を受けましょう。聖霊の導きを信じて、祈り求めて、歩んで行きましょう。

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202617日 
主の昇天主日

「主は天に昇り」

​ルカによる福音書
24章44節 ~53節
​使徒言行録
1章1節 ~11節

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 空に漂う雲、それはまた空を覆い、雷雨をもたらす存在でもあります。

 ところで、聖書の中では、この雲は、しばしば神様の臨在と関連付けて言及されます。出エジプト記にある「火と雲の柱」が示すように、それは時に神様の守りを象徴するものとして描かれます。あるいは、ダニエル書や福音書、そして黙示録に「予告」されているように、終末のときに到来する「人の子」・救い主メシアは、「雲に乗って」登場します。つまりそれは、来臨する救い主が、神的な存在であることを視覚的に表していると言えます。

 そして、イエス様の生涯の節目節目でも、ある種の象徴的な意味を持って雲が登場しています。山上で祈っていたイエス様の姿が変わる場面では、その場に現れたモーセとエリヤと共に、イエス様が雲に包まれ、神様からの祝福を受けました。そして、今日のイエス様の昇天物語では、イエス様を乗せて、やはり雲が天へと昇っていくのです。イエス様の再臨の時と同じように。

 「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。」(マルコ福音書13章26節)

 「あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(使徒言行録1章11節b)

 

 今日、私たちは、復活されたイエス様が、弟子たちの許を離れて、天に昇られたのを記念する「主の昇天主日」の礼拝を守っています。そして、その時の様子は、今日の日課であるルカ福音書と使徒言行録に記されています。

 さて、使徒言行録の記述によれば、十字架で処刑され葬られたイエス様は、三日後に復活し、その後「四十日にわたって」弟子たちと共に過ごし、その間、イエス様は何度も弟子たちの前に姿を現わし、共に食事をし、弟子たちに、「神の国について」教えられました。そして、イエス様は、弟子たちに一つの約束をしました。「あなたがたの上に聖霊が降る。あなたがたが力を受けるために。そしてエルサレムだけでなくユダヤとサマリヤ全土で、また地の果てに至るまで、わたしの出来事の証人となる」と。

 「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。」(使徒言行録1章9節) あるいは、こうも記されています。「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。」(ルカ福音書24章50~51節) これが、イエス様の昇天の物語です。

 

 このイエス様の昇天物語は、いくつかのことを私たちに教えてくれています。

 先ずそれは、イエス様が神様のもとへ帰り、「神様の右に座し」、この世の権力や支配すべてを超越する存在になったということです。エフェソの信徒への手紙1章20節~21節には、こう書かれています。「神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。」 それは、言い換えれば、この地上の世界、この世の権力や支配が無力にされていくことを意味します。この世界の力は、過ぎ去るもの、いずれは失われる存在であり、限界のあるものであることが、イエス様の昇天によって、露わにされたということなのです。

 次に、イエス様の昇天は、神様のもとへ帰還したイエス様が、私たちの祈りを聴き、私たちのために執り成してくださることを表しています。使徒パウロはローマの信徒への手紙の中で、「死んだ方、否、むしろ復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださる」と記しています。あるいはまた、ヘブライ人の手紙には、「キリストは、今やわたしたちのために神のみ前に現れてくだ」さり、「この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、ご自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできにな」ると書かれています。つまり、イエス様は、神様と私たちを和解させるために、私たちのすべての罪を十字架の上で負われ、そのことで私たちの代理人となられたからということです。だから私たちは、「ただイエスの御名によってのみ」、「祈ることができる」し(Ⅾ・ボンヘッファー)、それが許されているのです。

 さらに、イエス様が天に挙げられたことは、救い主キリストの遍在を表しています。それは、キリストであるイエス様が、二千年前のパレスチナという場所と時間にのみ限定されず、時間や空間を超えて(もちろん今この瞬間も)、人と共にあることを意味します。イエス様は死んだのではないし、失われたのでもない。天の神様のみ許で(右ニ座シ)、復活された姿で生きておられ、そこからこの世界を見ておられる。そして、弟子たちが、イエス様の教えられた福音にとどまり続けて、イエス様の教えとわざとを引き継いで行っていく限り、イエス様は、信仰において、常に彼らと一緒におられるということです。

 

 ところで、イエス様の昇天物語には続きがあります。イエス様が天に挙げられて行った後、弟子たちは天を見つめて立っていました。ひょっとして彼らは、天に挙げられていくイエス様の姿に感動して、その余韻に浸って、その場を動けずにいて、いつまでも佇んでいたのかもしれません。そんな弟子たちに向かって、白い服を着た二人の人、神様の使いが話しかけます。

 「ガリラヤの人たち、何故天を見上げて立っているのか。天に上げられたイエス様は、あなたがたが見たのと同じ様子で、またおいでになる」と。

 この言葉は、弟子たちを軽く叱っているようにも感じるのですが、弟子たちは、この言葉によって現実へと引き戻されていきます。と同時に、彼らは、「天に上げられたイエス様は、あなたがたが見たのと同じ様子で、またおいでになる」というもうひとつの、うれしい知らせをも確かに聞いたのです。それゆえ、「彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた」のです。イエス様の昇天、神様のもとへの帰還は、救い主キリストの再臨を約束する喜ばしいしるしでもあるのです。

 キリストの再臨、それはイエス様の救いのわざが完成する時を意味しています。神様のみ国が到来し、神様のみ心が「この地上で」実現するときであり、神様の正義と公正が成就する時です。争いはなくなり、憎しみではなく愛が人々を支配し、平和が訪れるときです。それはまた、救いを求める人々が、苦しみから解放され、傷を癒され、涙を拭われ、一人一人が尊厳を回復し、神様から祝福を受けるときです。あるいは、それは人間が自然を破壊することがなくなり、神様が創造された世界に調和がもたらされるときです。キリストの再臨とは、こうした究極の出来事です。

 つまり、イエス様の昇天、神様のもとへの帰還は、弟子たち、また私たちにとっては、再び来たりたもうキリストを迎える準備の始まりを意味します。だからこそなのですが、そのキリストの再臨の「その日、その時」を、弟子たちがただ漫然と待っていいわけではないのです。弟子たちには、イエス様から託された福音宣教の使命がありました。「『また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。」(ルカ24章47~48節)

 神様の使いが、「なぜ天を仰いで立っているのか」と弟子たちを叱責したのは、イエス様の再臨をただ受け身で待っていてはいけないということを戒めたのです。

 

 「エルサレムだけでなくユダヤとサマリヤ全土で、また地の果てに至るまで、わたしの出来事の証人となる。」 (使徒言行録1章8節)

 イエス様の福音宣教は、なによりも、神様がこの世界に介入され、イエス様の言葉とわざとを通して、苦しみや悩みに沈んでいる人々に解放を告げるものでした。救いをもたらすわざが行われ、人々に生きる力と希望が与えられました。そのイエス様の出来事をこの世界に示し証しすることを、弟子たちはイエス様から託されたのです。再びイエス様がこの地上に来られる「その日、その時」まで。

 イエス様が昇天された日からすでに二千年余りの時間が経過しています。しかし、イエス様の救いを必要とする状況、世界の現実は未だ変わらずに続いています。国と国との間に戦争は起こり、あるいは内戦や地域での紛争はあります。飢饉や干ばつ、疫病の流行があります。自然災害や環境破壊や汚染、原発の事故などという「人災」も発生しています。人々の間に著しい経済的・社会的な格差が生じ、たくさんの貧困や差別に苦しむ人たちがいます。「主の祈り」にあるように、「御国が来ますように」、「主よ、来てください(マラナ・タ)」という人々の叫びは、今も世界のそこここで響いて聞こえてきます。

 それゆえ、現代に生きる私たちもまた、その福音宣教の使命を、前の世代から引き継いで、この世界で果たして行くことが求められているのです。

 私たちにもまた聖霊が与えられています。私たちはその力によって、この世界で、さらに福音を形にしていくことができます。

 それは具体的には、たとえばここに集う一人一人が、お互いに配慮し合い、大切に思い、祈り、声をかけ、支え合っていくことによって実現するでしょう。また、私たちが出会うあらゆる人たちに、神様の愛を伝えていくことによって起こるでしょう。具体的な、助けを必要とする人々の話を聞き、相談に乗り、助け手になるであろう誰かを紹介することかもしれません。直接相手を助け、癒し、慰め、励ましことによっても、福音は形を持ちます。そのわざは広がりを持ちます。

 世界の各地で、また私たちの暮らす社会の中で、困窮している人々を助けるための、様々なNGOや社会福祉事業、ボランティアの働きがあります。あるいは、差別をなくし人権を守るための取り組みや、環境保護のために活動している人々がいます。そうした働きを覚えて、祈り、時には献金を持って連帯していくこともまた、神様の愛と正義と公正を広めることに繋がります。

 私たちに出来ることを、イエス様が来臨するその日まで、「時が良くても、悪くても」根気よく、痺れを切らさずに、約束が成就することを信じて、あきらめないで語ること、神様の御心に適ったわざを行っていくことが、私たちに求められているのです。 

 たとえ、その使命が私たちの時代には、すべて終えることができないにせよ、目の前の直面する問題や課題に、真摯に、そして地道に取り組んでいくことが求められているのです。そうすることで、私たちは、イエス様の出来事と福音の証人となるのです。

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202610日 
復活節第6主日

「つながっている

ということ」

​ヨハネによる福音書
14章15節 ~22節

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 誰かと「つながる」、あるいは「つながっている」ということが、どれほど私たちの生活の中で大切なことか。私たちは、そのことを数年前の、いわゆる「コロナ禍」のときに、実感したのではないでしょうか。

 ある司法書士の方が、自身のブログに次のように書いていました。「人生の幸せはどこにあるのか。(中略)時空を共有すること。時空を共有することは人生に幸福感をもたらせてくれる可能性が高い、そんな風に思います。時空を共有することとは、簡単に言い変えれば、誰かと一緒にいることです。コロナ騒動が終わりつつあり、外で誰かと飲食をする機会が増えました。ただただ、楽しいです。すごい料理を食べたとか、珍しいお酒を飲んだとかではないのに、楽しい。考えられるのは、単純に誰かと一緒に飲食をすること、つまり、時空を共有することが楽しいんだろうなってことです。時間と空間を共にしてくれる存在の有り難さです。」(『時空を共有すること(一緒にいること)』司法書士高野守道2023年4月11日)

 感染症の予防のために、「不要不急の外出は控えてください」という要請は、いとも簡単に、社会全体の人と人のつながりを、何年にもわたって、文字通り「損ない」、場合によっては、「断ち切らせて」しまうことになりました。「コロナ禍」の最中は、集会などの自粛・中止に始まって、例えば、せっかく入学した学校も、リモートの授業ばかりになり、期待していた「生身の」友人を作ることすらままならない状態が続きました。かろうじてSNSやネット空間でのコミュニケーションという「つながり」は、それ以前よりも可能性が広がり、維持できていたように思います。「目の前で一緒ではなくても、紛れもなく、時間と空間を一緒に」することができるから。それは言い換えれば、時間や空間を隔てても、なお、人は何らかの形でではあれ、「誰かとつながっていたい」、「共にいたい」と願うからかもしれません。

 「あなたがたを一人ぼっちにはさせない。」 これが、今日の福音書のメッセージです。

 日課の中で、イエス様は、弟子たちに別れが近いことと、その後のことについて四つの約束を語りました。

 第一の約束は、イエス様が神様に対して、弟子たちの許に「別な弁護者、真理の霊」、別な言葉では「聖霊」を、永遠に一緒にいられるように送ると、お願いするというものでした。その「別な弁護者、真理の霊、聖霊」は、「あなたがたにわたしの語ったこと、業のすべてを解き明かし、思い出させてくれる」存在だと、日課の少し後に書かれています。そしてイエス様は、次のように語ります。「あなたがたは、一人で(孤児として)放り出されるのではない。父なる神様が、そしてわたしも一緒にあなた方のそばにいる」と。その霊をこの世は、見ることも認識もできない。なぜなら、この世はそれを受け入れようとは思わないから。しかし、弟子たちは、その霊を受け入れることで、知ることができる。その霊は、「弟子たちと共にいるし、これからも弟子たちの内にいる」というのです。

 二番目の約束は、しばらくするとこの世はイエス様を見なくなるが、弟子たちはイエス様を見るというものです。見るとはこの場合、やはり信仰の出来事として、弟子たちが知る、分かるということをいいます。つまり、弟子たちは、イエス様を生きているお方として認識することができるので、弟子たちも生きる。言い換えれば、弟子たちが活き活きした信仰を保つことが、イエス様が生きておられることを表すのです。

 約束の三番目は、人の子が来臨するその日には、イエス様は、父なる神様と一つになり、また弟子たちの内にいて、弟子たちはそのことを認識する、とされます。つまりは、弟子たちの働きを通して、神様と一つになったイエス様が、そこにいるのを感じさせるということを意味するのです。

 そして、最後の約束は、イエス様の掟を受け入れ、守る人は、イエス様を愛する人であり、その人は、父なる神様に愛される。イエス様もその人を愛し、その人に自分を示すというのです。

 「わたしを愛する人がいれば、わたしの掟を守ることになる。」ここでイエス様の言われる「わたしの掟」とは、ただ単に口から語られた言葉だけを意味しません。むしろイエス様が生涯の中で、身をもって示した生き方そのものを指しています。弟子たちには、その言葉を守り、引き継いで欲しいという願いが示されているといえます。そして、この願いは、ヨハネ福音書の中で繰り返し、繰り返し語られています。「わたし(イエス)のことを愛している、大切に思うならば、わたしの言葉を、わざを、生き方そのものを行って欲しい」と、イエス様は、弟子たちに噛んで含めるように言い聞かせているのです。「(わたしを愛する人を)わたしの父は愛し、父とわたしは、その人のところへ行って、その人と一緒に住むであろう」。イエス・キリストを愛する、つまり大切に思い、その言葉を守るとき、神様とイエス様が、その人自身の生活のただ中に一緒に住む。イエス様はその人を導き、イエス様はその人の生活を通して、生き、働く。人は神様の守りの内にある。それゆえに、弟子たちは、神様とイエス様を信頼して、安心してすべてを委ねてよいのだ、と語っているのです。これらの約束が根拠となって、イエス様は、弟子たちに「平和を、平安を与える」と告げているわけです。

 これらの約束に共通して語られているのが、「聖霊も、イエス様も、そして父なる神様」も、弟子たちと「一緒に」、「共にいる」と云うことです。聖霊は、弟子たちと永遠に「共に」おり、彼らの「内に」存在します。また、イエス様は、掟を守る者を愛するという仕方で、そして、彼らに姿を表すという仕方で弟子たちと「共に」います。イエス様は、今も生きていて、弟子たちに働きかけるという仕方で、「共に」いることを示しています。神様は、やがて来たるべき神様の国で、イエス様と「共に」いて、弟子たちとも「共に」いる。だからこそ、弟子たちは、イエス様を愛し、教えを守り、お互いに「共にいる」ようになることが、勧められているのです。

 さて、ここで語られている「共にいる」ということは、ただ場所と時間を同じくする、ということだけではありません。それ以上に、同じ思いを抱いている、同じものを目指していくことが、「共にいる」ことを性格づけます。神様もイエス様も聖霊も、同じ言葉を語り、同じ教えと知恵を示します。それが弟子たちの内にあって、働くこと、弟子たちがその力に促されて働くこと、それが「共にいる」ことをあらわしています。

 「共にいること」はまた時間や空間を越えます。冒頭でお話したように、たとえ人がその場所にいなくても、何らかの方法で誰かと常につながっていることが確認できれば、人は「一緒に」、「共に」いることができます。ですから、人が離れていても、たとえばメールや電話、手紙などで、相手とつながり、励まされ、労わられ心配されるなら、それは十分に「共にいる」ことになります。安心して、自分のことを話せる。安心して聴いてもらえる。それが「共にいる」ことを示しているのです。相手が傍に居ても、あるいは傍にいなくても、安心して過ごすことができる。不安を感じずに自分自身であることができる。それが「共にいる」ことです。

 聖霊が弟子たちの許に送られるのは、ある意味、イエス様が地上では不在になるからです。今までのようには、地上での弟子たちの傍にはいないからです。イエス様は、弟子たちとは空間と時間を隔てるのです。しかし、聖霊の派遣によって、イエス様は弟子たちと「共にいる」ことができるのです。

 

 1992年から98年までの六年間、私は交換牧師としてドイツに滞在していましたが、その当時はもちろんインターネットなども普及しておらず、通信手段は国際電話か手紙のやりとりでした。精神的に余裕があれば(また小まめであれば)、手紙をしたためることが経済的には安上がりでしたが、切羽詰まった状態では、料金が掛ったとしても、国際電話は直接肉声が聞けて「誰かとつながる」という意味では、たいへん有効な手段でした。

 それだけに、ホームシックが募った時などは、同僚の友人からの電話にたいへん励まされたことを覚えています。言葉ができないことで感じる自信のなさや不安、苛立ち、そして、目的でもあった「アルコール依存症のセラピーの習得」がなかなか目に見えて進まないことへの焦り等々、それこそ一時間余り長電話をしました。時には友人の方から、彼がその当時の職場で感じていた問題や限界、悩みなどの相談がありましたし、一度は彼から、牧師を続けることに迷っていると打ち明けられて、どう声をかけていいものか考え込んでしまいました。でもその後、彼から手紙が届き、彼が聖書日課のセミナーで古くからの知人と再会し(その知人は同僚のことをずっと気にかけてくれていたそうです)、それと同時に牧師を志した頃の気持ちを思い出したこと、そしてその出会いを通して、あらためて牧師を続けていこうと決めたことなどを知りました。同封されていた彼の説教―「るうてる」に直近で掲載されたもの―には、彼が「長い悩みのトンネル」を抜けた証が確かに見られました。

 そして、そのことは逆に私にとっても、大きな励ましにもなったわけです。「彼は頑張っている。ぼくもそうでありたい」と、思わされたわけです。「誰かとつながっていること」は、お互いを労り、支え合い、互いに慰め、励ますことでもある、そう思います。言い換えれば、「誰かとつながる」ことで、人は、自分のために「誰かがいて祈ってくれる」ことを、感じられるのではないでしょうか。国際電話の向こうで、手紙の向こうで、あるいは古い写真や日記、記録や記憶を通して、人は、「私のために祈る誰か」を意識できるし、時間や空間を越えて「共に」「一緒に」「いる」こと、「生きる」ことができるのではないでしょうか。

 

 弟子たちに向けた四つの言葉、それは、言い換えれば弟子たちのためのイエス様の祈り、また私たちのためのイエス様の祈りであるともいえます。

 時空を越えて、私たちと「共にいる」ことを願い、祈るイエス様を、私たちはそこに見出すのです。

 「私たちは一人ぼっちではない。なぜなら、聖霊が、イエス様が、そして父なる神様が一緒にいるからだ」。例え瞬時にその返事が返って来なくても、今現にイエス様と「つながっている」こと、神様が「共にいる」ことを覚えたいのです。孤立して誰からの助けもないように感じられる時であったとしても、イエス様が「共に」私たちのそばにいて、「別な助け主」である聖霊を送り、様々な形で私たちを支え、助けてくださるのです。

 だから、私たちは安心して、毎日を送っていいのです。信じて、誰かに助けを呼び求めてもいいのです。

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2026日 
復活節第5主日

「キリストと共に

歩む道」

​ヨハネによる福音書
14章1節 ~14節

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 「私は、どう生きて行けばいいのだろうか。」

 人は、このような問いを、人生の様々な場面で、大なり小なり持つことがあるのではないでしょうか。進学や就職、転職の機会もそうでしょう。ある人は、自分が生まれ育った環境を顧みて、そのように自問するかもしれません。自分が住んでいる町を出て、もっと違う場所で生活していきたい、一人暮らしをしたい、人間関係を変えたい等々。また、ある人は、たとえば病気であったり健康上の問題を抱えて、それまでの生活とは違ったあり方をしなければならなくなったとき、あるいは(年齢であったり、定年や引退、大切な人との別れと言った形で、自分の人生が節目を迎えたことを感じたとき、人は、自分の生き方を模索し始めると思うのです。「私は、どう生きて行けばいいのだろうか」と。

 私たちが聖書を読んで、礼拝に集い、祈るのは、こうした問いに答えを見い出して、自分の人生を全うして「生きて行く」ための指針、道標を求めるからだと言えます。

 もちろん、私が、あるいはあなたが、キリスト教と出会い、聖書を手に取ったのは、それぞれに偶然なことかもしれません。そうであったとしても、一人ひとりがその聖書の言葉や教えの中に真実と思えるもの、信頼して足る何かを見い出せたからこそ、私たちは、今、ここにこうして集まっているのではないでしょうか。「信仰」をもって生きている人たちの生き方の中に、誠実さを感じるからこそ、私たちはイエス様への信仰を持って生きようと、思えているのではないでしょうか。

 そして、そうした問いと模索、また「信仰」の姿は、今現代の私たちだけの問題ではなく、実に二千年前のイエス様が生きていた時代の人々も、経験していたことでした。新約聖書の中の特に福音書を読むとき、私たちは、そこに登場する人物の姿の中に、自分自身を見い出すのではないでしょうか。

 「私は、どう生きて行けばいいのだろうか」という問いを抱えていた一人ひとりが、イエス様と(偶然)出会って弟子となり、福音宣教の旅を共にした、その歩む姿を、私たちは福音書の物語に見出すことができます。

 彼らのその姿は、決して優れた人格者のそれではありません。イエス様の教えを正しく理解できなかったり考えが至らずにイエス様に叱られたり、一時の感情で強がったり、怖くなって嘘をついたりと、生身の人間の姿そのものです。と同時に、福音書の物語は、そうした弟子たちを大事に思い、愛したイエス様の姿をも私たちに伝えてくれているようにも思うのです。弟子たちと共にこの地上で歩み、生きられたイエス様の姿を、福音書の物語は、浮き彫りにしているように思うのです。

 「イエスは言われた。『わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。』」

 今日の日課、ヨハネによる福音書14章1節から14節は、イエス様が、逮捕され、十字架で処刑される前日に、弟子たちと共に囲んだ食事の席で、語られた告別の説教の一部です。

 ここでイエス様は、先ず弟子たちに「心を騒がせてはならない」と語りました。それは、この少し前でイエス様が(ユダの)「裏切りの予告」をしていたからです。弟子たちの中にイエス様を裏切るものがいると云う予告は、不穏な言葉でした。その場にいた弟子の誰もが、「絶対そんなことはあり得ない。わたしはイエス様を裏切らない」と考えたでしょう(ユダを除いては)。ただ「絶対」とは、本来誰にも言い切れません。ですから誰しもが、一度は自分の心を疑ってみた。だから「心が騒ぐ」のです。

 続けてイエス様は、「別れの言葉」と「ペテロの否認」を予告しました。なぜ、今別れの言葉なのかは、弟子たちにはもちろん理解できていません。ただ、イエス様のその言葉に、悲壮な思いを感じて、何か落ち着かない気持ちを持ちました。それは、ペテロにとっては、なおさらでした。自分は、「私は、決してイエス様を裏切らない」と決意を述べたのに、イエス様はその決意をいとも簡単に否定するように応じられたからでした。心の中に波風が立つような不穏な思いや不安が、弟子たちを襲いました。それゆえ、イエス様は、弟子たちに「(これ以上)心をかき乱されてはならない」と語ったのです。彼らは、今こそ、イエス様の最後の言葉を、聴かなければなりません。たとえそれが、弟子たちには最後の教えの言葉だとは自覚できないとしても。 

 イエス様は、神様に、そしてイエス様自身に信頼して委ねるように勧めます。これから迎えようとする別れも、近いうちに訪れる再会への、復活への希望ゆえに、乗り越えられるのだから。神様と共に住む永遠の場所が、弟子たちに、そして信じるすべての人々に用意されるのだから。そして、その場所への道は、すでに弟子たちに示されているとイエス様は言われます。それが、「わたしが道であり、真理であり、命である。」という言葉です。

 イエス様を知ることが、人生を生きる真理を知ることであり、自分の命を活き活きとさせる道を歩むことなのだというのです。

 「わたし(イエス・キリスト)が道である。」

 この「道」という言葉を、私たちはともすれば、「道を究める」、「道を修める」という具合に、人間が努力してある種の修行をする思想として思い描くかもしれません。キリスト教の歴史においても、この「道としてのキリスト」を「キリストに倣う」修行、思想と理解する傾向は生まれました。しかし、イエス様の生涯は、全く別なことを私たちに示しているように思われます。ドイツの神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーは、次のように書いています。

 「神の道は、神から人間に至る道である。そしてそのようなものである時にこそ、神の道は、人間から神に至る道でもある。その道とはイエス・キリストのことである。」

 神様の方から人間へと向かって続く道。その道を通って、神様は人に近づいてくる。それはつまり、イエス様という人の姿で、神様が人間となり、この地上で働き、神様ご自身の救いの業を示され、そして、受難と十字架の死によって、人の罪を負い、その罪を贖われたと云うことを表している。日課の中でイエス様が語っている「わたしを見た者は、父なる神を見たのである」とは、それゆえ、イエス様の言葉を聞き、行われたわざを見て、そして十字架の出来事を見て、父なる神様が何を意図してなされたことであるのかを判断しなさいということです。「わたしは道である」とは、まさにイエス様という道を通って、神様がこの地上に立たれたということを表すのです。

 と同時に、その道は人から神に至る道でもある。つまり、人が、イエス様の言葉とわざと、そして生涯とに倣って、それを人生の道標として生きようとするなら、その人は神様のおられる場所に至るというのです。それは、ある意味、神様のみ国に続く道であるともいえるし、反対に、今、その人が生きている場所で、神様が働き、その人を通してまた他の人々を慰め、癒し、生かし、育み、支えることをも意味するわけです。

 「わたし(イエス・キリスト)が道である。」

 それはまた、こうも考えられます。この「道」は、「私が、あなたが」、「キリストと共に歩む道」であると。つまり、「わたしを通らなければ、誰も父のもとに行くことはできない」という言葉を、「わたしと一緒でなければ、誰も父のもとに行くことはできない」と考えることもできるからです。

 キリストへの信仰は、イエス様を信頼し、「一緒に、イエス様がつけてくださった道を歩む」ということを意味します。イエス様がいつも一緒であることを信じて、祈り、自分の人生の歩みを省みながら、判断して生活していくことです。すでにイエス様がつけて下さった道を標としてたどっていくことです。

 誰も分け入ったことのない山や谷に足を踏み入れるのは勇気のいることです。しかし、たとえ険しくまた小さな道であっても、すでに誰かが歩いたことのある道であれば、その跡を見失わなければ、歩いていくことはできます。イエス様が、どのように考えて、どのように判断して、どのように行動したのかを、私たちは聖書から読んで理解することが出来ます

 「私は、どう生きて行けばいいのだろうか。」という冒頭の問いは、日課の中でトマスがイエス様に問うた言葉に重なります。

 「トマスが言った。『主よ、どこへ行かれるのか、わたしたちには分かりません。どうして、その道を知ることができるでしょうか。』」

 おそらく私たちは、これからも、人生のいろいろな局面において、いろいろ揺れながら自問自答しながらも、トマスと同じように問うでしょう。しかし同時に、私たちは、イエス様の言葉を思い起こすことができます。何度でも。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている」と。

 「足跡(Footprints)」という詩があります。

 「足跡」

  マーガレット・パワーズ

 

 私は、主とともに、渚を歩いていた。/暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。/どの光景にも、砂の上にふたりの足跡が残されていた。/ひとつは私の足跡、もう一つは主の足跡であった。

 これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、/私は、砂の上の足跡に目を留めた。/そこには一つの足跡しかなかった。私の人生でいちばん辛く、悲しい時だった。/このことがいつも私の心を乱していたので、/私はその悩みについて主にお尋ねした。

 「主よ。私があなたに従うと決心したとき、/あなたは、すべての道において、私とともに歩み、/私と語り合ってくださると約束されました。/それなのに、私の人生のいちばん辛い時、/ひとりの足跡しかなかったのです。/いちばんあなたを必要としたときに、/あなたが、なぜ、私を捨てられたのか、/私にはわかりません。」

 主は、ささやかれた。

 「わたしの大切な子よ。/わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。/ましてや、苦しみや試みの時に。/足跡がひとつだったとき、/わたしはあなたを背負って歩いていた。」

 道はすでにイエス様が歩いておられる。それだけでなく歩いている私たちの傍らを、あるいは私たちの前を、私たちの後ろを、時には私たちを背負って、イエス様は歩いておられる。それは、時には、私を労り、慰め、励ましてくれた一人の、あるいは複数の仲間たちのキリスト者の存在を通してかもしれません。そのイエス様に気付くとき、私たちは神様に出会っている、そう今日の日課は教えてくれているのです。

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202626日 
復活節第4主日

「キリストの配慮と

守りと導き」

​ヨハネによる福音書
10章1節 ~10節

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 羊は、紀元前七千~六千年前頃から、古代メソポタミア(現在のイラク地方)で、すでに家畜として飼育されていたと云われています。そして、旧約聖書には、羊や羊飼いをたとえとして扱った表現が多くみられます。これは、旧約聖書を伝えたユダヤ(イスラエル)人の父祖であるアブラハムが、家畜としての羊を飼っていた遊牧の民だったように、本来は遊牧民の生活体験から生み出された表現なわけです。

 さて、実際の羊などの家畜は世話をされること、気遣われることがなければ、生きて行くことができません。家畜を飼うことは、人を世話するのと同様、本来繊細さと注意深さが要求されます。家畜は言葉を使って話すことが出来ない分、飼い主の配慮が必要となるのです。一頭一頭の性格もあります。そして群れの中で自分勝手に行動することは死につながる危険もあります。「優しく」接するだけでは家畜は管理できません。たとえば羊は群れをそのままにしておくと、豊かな土地でも荒れ果てさせてしまうことがあるといいます。その代わり、絶えず放牧地を変えながら、羊にまんべんなく草を食べさせて行くならば、そして羊飼いが放牧地をしっかり管理するなら、土地は羊によって豊かさを増すともいわれています。

 詩編23篇にある「鞭と杖」は、厳しさと配慮を表しています。時には厳しさを伴う配慮がないと、羊は害になる雑草さえ食べてしまいますし、寄生虫にも脅かされます。季節ごとに、寄生虫や羽虫に襲われないように薬剤・油を体に散布することも必要になります。「油を頭に注ぐ」のもそうした世話をする行為を表します。

 体重がつきすぎたり、毛で重くなりすぎると羊は自分で支えきれなくて倒れしまい、自分も重みで動けなくなってしまいます。その結果、弱ってしまったり、他の獣に襲われる危険が増してしまいます。だからこそ、羊飼いの世話が不可欠なのです。

 旧約聖書が人間を羊に例えるのは、羊の姿の中に度し難い人間自身の姿を見たからかもしません。問題を抱えている人間の姿が表現されているともいえます。「羊はかわいらしく、優しく、弱い生き物で、自分もそう例えられている」と思うのなら、それは勘違いです。頑固で融通がきかなくて、注意が足りなくて、他からの助けや世話がなければ生きられない動物、それが人間であるのです。やはり、神様の配慮と守りと導きとを必要とした存在なのです。

 預言書では、イスラエルの民を羊の群れ、そして政治的宗教的な指導者を「牧者」・羊飼いとして表現している記述がいくつも見られます。エゼキエルもエレミヤも、羊の群れであるイスラエルの民を顧みずに「滅ぼし、追い散らす」牧者・指導者たちを、「災い」として弾劾し、その「悪い行いを罰する」神様の言葉が記されています。その一方で、前述した詩編23篇の作者ダビデは、神様を羊飼いとして描いています。そこには、王であるダビデが、自分自身の経験の中から、自分を羊飼いに導かれ、守られる「羊」として、たとえた言葉が記されています。

 

 さて、今日の日課、ヨハネによる福音書10章1節~10節では、イエス様が、「羊」と「羊飼い」、「羊が出入りする門」という言葉を用いることで、イエス様自身とイエス様を信じる者たちの群れ(共同体)とがどのような関係にあるのかを示しています。

 ここで描かれているのは、羊飼いの生活です。ちなみに羊の囲い(中庭)とは、簡単な柵をめぐらした放牧地のことではありません。そうではなくて、周囲が壁で覆われ、納屋や作業用の建物、住居などに囲まれた広い中庭で、そこには出入りするための門があり、門番がいます。昼の間放牧されていた羊たちは、夜になると、その中庭に集められ、朝まで過ごすのです。朝、羊飼いがやって来ると、門番は門を開き、「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出」し、先頭に立って羊たちを導き放牧地に連れていきます。羊たちは羊飼いの声を知っているので、聞き分けてついていきます。

 そして、イエス様は、自分のことを「羊たちを守る門」であると語っています。この門を通って入る羊は、守られ、さらにはこの門を出入りして放牧地へと導かれ、命をつなぐ豊かな牧草を見つけるといいます。

 「羊の門」は、守りと安全の象徴です。この門によって羊たちは、獣の襲撃などの危険から守られて、夜を過ごすことができるからです。それは言い換えれば、イエス様を信頼して身を寄せる者は、神様の守りのうちにあって、「安全であり、安心していい」ということを表しています。また、この門からのみ、「命」である牧草の茂る放牧地へと道が続いていると云うのは、イエス様の教えと考え方に沿って、人生の道をたどっていくことが、「命」を豊かにする牧草地、神様の国への道に通ずること、つまり「救われる」ことを意味しているとも云えます。この門で仕切られた囲いは、言い換えれば、イエス様に従う群れ、キリストの共同体を意味するといえます。

 

 この「羊の門」と真逆な存在が、盗人、強盗です。彼らは門を通らずに(塀を乗り越えて)、囲いの中に不法に侵入しようとします。それは、すなわち、イエス様の示す生き方以外の道へと、羊である人々を惑わし、連れ出そうとする者たちのことです。

 イエス様は、「わたしより前に来た者は皆」、盗人であり強盗であると云い切っています。たいへんにきつい言い方ですが、これは、イエス様が歴史に登場する以前に、「私が約束された救い主・メシア(キリスト)である」と宣言しては、人々を混乱させ、惑わせていた「偽メシア(キリスト)」たちのことを指すと考えられます。

 と同時にイエス様は、「わたしこそが、神様の示す命への道に至る門だ」、と宣言しているのです。すなわち、イエス様の教えやわざ、あるいはその生涯が示す生き方によらなければ、救いには至らず、それ以外の方法を示すことは(たとえそれが、ファリサイ派のように、旧約聖書の伝統から導き出されたものであっても)、「盗んだり、屠ったり、滅ばしたりする」ようなもので、人の命を損ない、傷つけ、失わせることになるというのです。

 現代の私たちの状況でいえば、「私が再臨のキリストである」といい、聖書を自分たちに都合のいいように解釈して、「宗教」を名乗って、人々の不安を煽り、さらには付け込んで、金品を要求して、私腹を肥やしている集団は、さしずめここでいう「盗人、強盗」といえるでしょう。あるいは、宗教的な言葉、聖書の言葉を利用して戦争を正当化し、人々の命や生活を損なうことを平然と行う人々のことかもしれません。

 ここで大事になるのは、「イエス様の声」を聴き分ける力を、「羊」である(と自認している)私たちが身に着けているだろうか、ということです。現代は様々な情報が、正しいものも、また誤ったものも、選別されることなく混ざり合って、私たちの生活の中に溢れています。こうした情報を選り分け、正しいものを聞き取っていく責任は、私たち自身に課せられています。私たちが注意深く、賢く、聴くことをしなければ、私たちは、簡単に誤った道へと進んで行くことになりかねないのです。私たちが生活の心配をしたり、不安の中にいる時ほど、私たちは注意しながら、イエス様の声を聴き分けなければなりません。たとえどんなに耳障りが良く、自分にとって有益に思われる言葉であったとしても、その言葉を語る者自身が、具体的に何を行うのかを見極めることが必要です。はたしてそれが、本当に、人の命を育み、生かし、大切に慈しむことにつながるのかどうかが、判断する基準になるのです。

 

 「わたしは羊の門である」という表現は、羊飼いが世話をしている自分の羊を慈しんで大切にするように、イエス様が、自分を信じる人々を愛し、見つめていることを私たちに伝えてくれています。

 マルコ福音書には、イエス様が、「飼う者のいない羊のような群衆の有様」を見て、「深く憐れんだ」(6章34節)と書かれています。「飼う者のない羊のような有様」とは、多くの人々が、時の政治的宗教的な支配者たちからは見放されて、生きて行くために頼りにする術も指針も見失い、途方に暮れていたことを示しています。だからこそ、人々、「群衆」は、イエス様の教えとわざの中に、神様の慰めと労り、そして励ましを見て、そして神様による救いの兆しを感じ取って、イエス様を追い求めていったのです。

 私たちはどうでしょうか。もしかすると、大なり小なり、「飼う者のいない羊」のような存在だったかもしれません。「私/あなた」を慰めて、労り、励ましてくれて、力を与え、生き生きさせてくれる、そのような道標を、求めていたのではなかったでしょうか。そして、イエス様の言葉とわざに、人生を全うする力を、豊かな人生へと続く道を見い出すことができたのではないでしょう。

 イエス様の教えと配慮は、私たちの命を守り、育んでくれます。なぜなら、私たちの命を守るために、イエス様が自身の命を十字架で捧げられた行為そのものがそれを表しているからです。イエス様の教えとわざは、私たちの歩むべき道標です。私たちが迷った時には、イエス様の教えてくれたことが私たちの生き方を軌道修正して、私の命だけでなく、私の隣人の命をも損なうことからも守ってくれます。イエス様の声に聴き従うことで、自分の周りの環境をも変えて行くことができるのです。

 「わたしは羊の門」という言葉は、人の命を豊かにする「草地」へと導いてくれるイエス様の教えとわざ、生き方を表しています。

 忘れてならないのは、このイエス様という羊の門は、常に外に向かっても開かれていることです。日課の少し後の箇所には、イエス様の言葉、「わたしには、この囲いに入っていない他の羊もいる。その羊をも導かなければならない」(16節)が記されています。イエス様の呼びかける声は、特定の人たちにだけ向けられているのではないのです。私たち自身がそうであったように、この社会には、羊飼いを必要としている、「飼う者のいない羊」のような人々が大勢いるのではないでしょうか。イエス様の声を聞きたいと思う人々は誰でも、「羊の門」へと招かれているのです。囲いの外、枠の外にいるとかいないとかという基準で、排除されたりしないのです。イエス様という門を開け閉めする判断や基準は、ただイエス様の声を聞き分け、歩み出すかどうかにかかっています。だから、イエス様に従う群れであるキリストの教会は、閉ざされた集団であっては意味をなしません。

 最後に、私たちは、ただイエス様に守られ、世話をされて、その慈しみを受けるだけの存在ではなく、お互いに「羊飼い」としての努めを果たすことも、イエス様から託されています。「わたしの羊を飼いなさい」(ヨハネ福音書21章15節以下)というイエス様のペテロに向けた言葉は、私たちもまた、その中にとどまっているだけでなく、イエス様という門を通って外に出て行き、自分たちのこの世界や社会にたいする責任を引き受け、「語るべき時に」語り、「なすべき時に」行うことを意味しています。隣人をかけがえのない存在として守り、愛し、育み、皆が豊かにいのちを受けられるように、力を尽くして働くことが求められているのです。そのために、聖書を読み、イエス様を想い、祈り求めていきたいのです。

2020年8月30 日(聖霊降臨後第13主日)

「キリストに倣う」 

 マタイによる福音書

 ​16章21節~28節

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 

 中村哲という日本人医師が、活動していたアフガニスタンで何者かに襲われ、命を落としてから、すでに九ヶ月が経ちました。

 中村さんは、著書「医者、用水路を拓く」にも書いておられますが、医療活動を行うだけでなく、水源を確保する事業を進めていました。

 中村さんは、1978年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻によって発生した、多くのアフガン人難民を救援するため、1984年にパキスタンで医療活動を始めます。そして、数年後にはパキスタン北西部の山岳地帯やソ連軍撤退後のアフガニスタン東部で、診療所を開設していきます。

 そうした活動を続ける中で、彼は、人々の栄養状態や衛生環境が改善されていかないと、人々を病気から救う抜本的な対策にはならないことを痛感していきます。

 特にアフガニスタンでは、内戦と長期間に及ぶ旱魃の影響から、本来の穀倉地帯でも大地が干上がり荒れ果てていました。さらに水不足から赤痢やコレラが急増し、全土で多くの国民、農民たちが難民化している状況がありました。

 そこで中村さんは、医療活動に併せて、水源確保のための事業を始めます。中村さんは地元の協力を得て、飲料用や灌漑用の井戸を掘り、伝統的な地下水路を再生していきます。また、約25キロの用水路を建設し、砂漠を農場に変えていきます。干上がっていた荒れ地と砂漠であった場所は、オリーブやナツメヤシの茂る農地や麦畑に変わりました。また畜産業やサトウキビの栽培、黒砂糖の生産も始まるのです。

 ただ、こうした活動は、死の危険と隣り合わせでした。武装勢力に襲撃される危険が常にあったのです。2008年には、中村さんと一緒に活動していた日本人が一人、身代金目的で武装勢力に誘拐され、救出に向かった警察との銃撃戦の最中に殺害されています。中村さん自身もそのことは、十分承知していました。周囲の日本人からも、「危ないから」といつも声をかけられていたようです。

 しかし、彼は、ここでは先ず何よりも食べること、食料を得ることが回復されなければならないこと、自ら働いて、食料を作り、安心して十分に食べることができるようにしていくことが、病気を治すだけにとどまらず、病気の原因を減らす抜本的な取り組みであること、また、人々が安心して農業を続けることができれば、貧困にも陥らず、戦争を起こすこともなくなり、結果として平和をもたらすこともできると考え、一連の事業を続けていきます。

 しかし、昨年12月4日に襲撃され殺されてしまいました。誰が行ったのか、なぜ殺されたのかは未だ判っていません。

 キリスト者であった中村さんは、ある意味では、アフガニスタンでの医療活動と水源確保事業を、大勢のアフガン難民の命を救う働き、「自分の十字架」と意識していたのではないかと思います。それこそ、「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」、イエス様に従ったのではないでしょうか。

 困難の中にあって、「飼う者のいない羊のようなありさま」のたくさんの人々を救う、イエス様の生き方を自分の生き方にしていく姿が、そこにはありした。

 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨てて、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 この言葉は、イエス様が、弟子たちに自分の受難、つまり十字架による処刑と、その後の復活の出来事を打ち明けた後に、重ねてペテロと弟子たちに向かって語ったものです。

 イエス様の受難と復活についての発言は、ペテロを困惑させました。彼は、強い調子でイエス様を諌め始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」 

 しかし、イエス様は、ペテロを叱りつけられます。

 「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者。あなたは神のことを思わずに、人のことを思っている」と。簡単に言えば、「あなたは自分のことしか考えていない。わたしの邪魔をするな」ということでしょうか。

 ただ、イエス様がペテロを叱ったのは、言い換えれば、ペトロが(そしてたぶん他の弟子たちも)、イエス様の旅の目的とその意味を、理解していないことを示しているといえます。イエス様の教えや行動が、現実の世界に対して持っている意味を、判っていないことを表しています。

 イエス様の受難と復活の予告は、ある意味、冷静に自分の語る言葉や行動を見据えた発言です。

 イエス様は、宣教の旅の行く先々で、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々を見かけます。病や日常の生活に苦しんでいる多くの人たち。その人たちを救うためのイエス様のわざや教え。そこで示されるイエス様の価値観、それは、当時のユダヤ人社会、いわゆる「世間」の価値観とは大きく違っていました。

 それは、例えば、「世間」が低く評価する境遇にいる人々、貧しい人、飢えている人、苦しんでいる人、病気や障害を負っている人たちこそが、神様の救いに真っ先に与れるというものでした。差別されたり、疎んじられている「取税人」や「遊女」たちが、神の国に入れるというものでした。神様の救いは、イエス様の癒しのわざを通して、それらの人々の上に現れるというものでした。

 あるいは、宗教的な制度が人を不自由にするのなら、その律法の解釈や制度は変えられなければならない、と語るものでした。

 だからこそ、イエス様の語る教えは、ユダヤ人社会の指導者と呼ばれる「長老や祭司長、律法学者たち」にとっては、許しがたいものだったわけです。それゆえにイエス様は「必ず多くの苦しみを受け」、「殺される」ことになるのです。

 人々を病や苦しみから救い、日々の負担や重荷から解放するために、神様の愛と、神の国の希望、すなわち福音を語り、具体的な行いをもって指し示すこと。それが、イエス様の使命です。しかし、人を解放し、自由にし、この世界のあり方そのものを動かし変えていく福音を伝える使命が、今自分が生きている社会の支配的な人々からは、受け入れられないだろうということを、イエス様ははっきり理解しているのです。

 イエス様がエルサレムに行こうとしたのは、そこでもイエス様の救いの業と教えとを必要としている人々、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々がいたからだと思うのです。それを邪魔してはいけないと、イエス様は言われたのです。

 イエス様に従う者は、どのように生きるべきなのか、それが今日の日課の主題です。

 「自分を捨てて、自分の十字架を背負う」とは、今までの自分の生き方を否定して、イエス様の生き方を自分の生き方にしていくことといえます。

 イエス様の生き方を自分の生き方にする、イエス様に倣うということは、イエス様が何を大切にし、何を尊重しているのかを、自分の人生の道標として生きていくことです。

 具体的には、神様の正義と公正が地上で実現することを求めることです。貧しい者や飢えている人たち、病んでいる人たち、重荷を負っている人たち、社会的に弱い立場に置かれている人たちに想いを寄せ、寄り添い、彼らが今の境遇から救われること、解放されることを共に望み、目指すことです。そのために彼らが抱えている問題や課題を一緒に担い、解決する方法を探ることです。

 ただ、そのような生き方を、信念を持って貫こうとすれば、様々な抵抗にあうこともあります。とりわけ、貧しい人々や弱い立場にいる人々を搾取し、それによって利益を得ている人々、自分さえよければかまわないと考える人々からは、きっと疎まれるに違いありません。

 しかし、イエス様は私たちに「わたしに従いなさい」と語ると同時に、一つ約束されています。「自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救う。」

 「わたしのため」とは、イエス様の福音のためという意味です。

 その福音の実現のために、人生をかけるなら、その人は永遠の命を受けるとされるのです。たとえ、「この世」の力が圧倒的であったとしても、イエス様の言葉とわざに従い、福音の実現のために力を尽くし、なすべき課題を行おうとするなら、その人はイエス様の再臨の時に、「それぞれの行いに応じて報い」られ、永遠の命を受け取る。そうイエス様は約束されるのです。

 

 冒頭でお話しした中村哲医師は、「誰もやらない活動なら、俺がやる」といって、パキスタンとアフガニスタンでの活動を続けられたと聞きます。

 現地の言葉を話し、土地の文化と伝統を尊重して、目の前に現れる課題を、現地の農民と共に汗を流して解決していく中村さんのその姿に、現地の人が感謝をし、深く信頼を寄せたといいます。村人の要請を受けて、モスクと学校を建設もしています。キリスト者がなぜ、モスクを建設したのか問われて、それは現地の人たちの誇りを取り戻すことでもあったと、中村さんは語っています。村の人たちは、外国の文化が押し寄せる中で、自分たちの文化はだめなのか、劣っているのかと劣等感を持っていたそうです。でもモスクが建設されたことで、彼らは誇りを取り戻すことが出来たそうです。

 水源の確保も、荒れ果てた大地を回復し、農民のいのちと生活を回復していくわざであったと言えます。それは、人々に勇気を与え、生きる力を回復する、福音の実現といえるのではないでしょうか。

 不幸にして中村さんは、事業半ばにして凶弾に倒れましたが、彼の仕事は、彼の後援会であったペシャワール会が引き継いでいくそうです。

 誰もが中村医師のようには働けるわけではありませんが、しかしその姿勢に倣うことはできます。たとえ困難を前にしたとしても、イエス様を信じる者として、一緒に生きている人たちと、ともに祈り、重荷を担い合って、福音の実現のために、目の前の様々な課題を引き受けて、乗り越えていきたいと思います。

2020年8月2日 平和主日

 「平和の基」 

 ヨハネによる福音書

 ​15章9節~12節

 イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。

 ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。

 その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。

 イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。

 イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」

 

 それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」

 人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。

 

 イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。

 「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」

 それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。

 しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。

 もちろん、注意しなければならないことはあります。

 「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。

 最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。

 と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。

 「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。

 「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。

 

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。

 

 私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。

 それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。

 なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。

 日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。

 昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。

 そこでは、次のような祈りがささげられました。

 「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」

 「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」

 「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」

 「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」

 「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」

 「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」

 「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」

 「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」

 

 「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。

 平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。

 人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。

 「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン

2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)

 「天の国の実現」 

 マタイによる福音書

 ​13章31節~33節

   +44節~50節

 イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。

 私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。

 イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。

 

 先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。

 からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。

 讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。

 「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」

 球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。

 からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。

 

 次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。

 「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。

 パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。

 パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。

 「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。

 また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。

 

 「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。

 もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。

 そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。

 もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。

 44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。

 二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。 

 つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。

 イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。

 現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。

 しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。

 

 「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。

 日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。

 「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。

 2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)

「生き直すということ」 

 マタイによる福音書

 ​11章28節~30節

 人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。

 競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。 

 行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。

 生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。

 

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。

 軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。

 ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。

 つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。

 ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。

 

 旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。

 ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。

 本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。

 と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。

 

 「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。

 それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。

 またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。

 

 イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。

 この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。

 だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。

 だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。

2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)

 「あなたが花束」 

 マタイによる福音書

 ​10章40節~42節

 「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。

 歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。

 「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。

 それは、その相手を励ましたいからです。

 「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。

 歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。

 歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。

 「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。

 「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。

 その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。

 歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。

 そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。

 「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。

 この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。

 いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。

 自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。

 そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。

 「あなたが花束」になっていくのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。

 今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。

 ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。

 そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)

 「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。

 弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。

 

 二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。

 使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。

 「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。

 パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。

 福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。

 もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。

 たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。

 生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。

 

 弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。

 教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。

 それが、弟子の使命です。

 どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。

 2020年1月26

「天の国は近づいた」 

 マタイによる福音書4章12~18

 

 韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。

 

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

共に平和をつくり 共に生きる その町で

平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら

貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で

平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で

私たちの労働が お祭りになる その日に向かって

共に生きる町 小さくても 美しい町

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

教えてください 教えてください 共に生きる町を

  詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。

 その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。

 この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。

 一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。

 と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。

 この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。

 八〇年代​、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。

 このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。

「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。

 明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。

 勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの

かもしれません。

 いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。

 「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」

 その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」

 イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。

 ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。

 具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。

 不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。

 それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。

 悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。

 この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。

 私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

 大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。

 それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。

 それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。

 確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。

 「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。

 「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。

 「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います

 

(2020年1月26日)

 

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