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礼拝メッセージ
       (当分の間、毎週更新します)
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2026日 
四旬節第3主日

「いのちの水を汲む」

​ヨハネによる福音書
4章1節 ~42節

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 出会いが、人を変える。それも対話することで、人が変えられていく。それは、ある種の奇跡とも云えます。その一つの出来事が、今日の福音書の日課に記されています。

 イエス様が弟子たちと一緒にサマリヤ地方に入り、シカルという町に立ち寄った時のことでした。

 サマリヤ地方の人々は、何世代もの間、エルサレムよりも古いゲリジブ山の聖所を守って、モーセ五書を中心とした独自の旧約聖書の理解を発展させてきました。しかし、それは、「正統な」ユダヤ教からは、伝統から「外れた」宗教と見なされました。またサマリヤは、一時期ユダヤ人の王朝に征服されたりもしたため、ユダヤ人たちは事あるごとに、「自分たちこそが正当なユダヤ教の伝統を守っているのであり、サマリヤ人の拝む神は偽物である」として、サマリヤ人を見下し差別していました。一方のサマリヤ人たちもまた、そうしたユダヤ人たちのことさらに狭い意識に反発していました。

 ただ、そのサマリヤには、ガリラヤとユダヤを行き来する最短距離の街道が通っていました。その街道を、イエス様は通って旅を続けていたのです。

 さて、イエス様は、「旅に疲れて、そのまま(ヤコブの)井戸のそばに座って」いました。それは「正午」のことでした。

 

 そこに一人のサマリヤ人女性がやって来るところから、物語は始まります。昼の暑い盛りに、町にある「ヤコブの井戸」に水を汲みに来た女性。彼女は、他には誰も水を汲みには来ていない時間に、まるで人目を避けるかのように、水を汲みにやって来ました。ところがその井戸の傍に一人の男性、イエス様が座っていたのです。

 彼女はイエス様がユダヤ人だと気付きました。そのときイエス様は彼女に「水を飲ませてください」と声をかけましたが、彼女は、その申し出に対して、ぶっきらぼうに応えました。「ユダヤ人のあなたが、サマリヤ人の私にどうして水を飲ませてくれと頼むのですか。」 日頃は自分たちサマリヤ人を馬鹿にして差別するユダヤ人が「水をくれ」とは、自分をからかっているのか。彼女の答えには、拒絶と反発が感じられます。このサマリヤ人の女性が示した反発に対して、しかし、イエス様は、黙ったり、怒りだしたりはしませんでした。むしろ自分が誰であるかを暗示するように話しかけたのです。

 「神の賜物を知っており、また、『水を飲ませてください』と言ったのが誰であるか知っていたならば、あなたの方からその人に頼み、その人はあなたに生きた水を与えたことであろう。」 

 「わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。私が与える水はその人の内で泉となり、(そこから)永遠の命に至る水がわき出る。」 

 カウンセリングの一つの技法に、対話する相手に対して、関心を持つ、若しくは好奇心を持って臨むことが大切だと云うのがあります。イエス様の言葉は、自分とサマリヤ人女性との間に、ある種の関係を築こうと働きかけている言葉とも云えます。言い換えれば、イエス様は、その女性に関心を向けていると云えるでしょう。

 イエス様の言葉に対して、女性は、「御主人、あなたは汲む物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生きた水を手にお入れになるのですか。」、「渇くことがないように、またここに汲みに来なくてもいいように、その水をくださいな。」と、応じています。

 彼女は、井戸から汲み上げる「水」について語るのに、イエス様は、「永遠の命に至る水」について語っている。この会話のチグハグさが、ここで頂点に達しています。と同時に、この言葉からはまた、最初は顔を合わせないように、横を向いてイエス様を「あしらう」ように対応していた女性が、少し苛立ちながらも、正面からイエス様の方を向いている様子がうかがえます。彼女の態度が少しずつ変化しているのです。

 するとそのとき、イエス様は、彼女の生活の背景にいきなり触れていきました。彼女が抱えていた問題に触れていったのです。

 

 人は誰しもが、「心の渇き・魂の渇き」を覚えるときがあるのではないでしょうか。自分が実は心の奥底で問題に感じている事柄があるのではないでしょうか。

 「夫を呼んで来なさい。」(中略)「『夫はいません』とは、まさにそのとおりだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたは、ありのままを言ったわけだ」と。ここで、この女性がどのような境遇にいたのか、なぜ、彼女が人目を避けて、昼の熱い時間帯に井戸に水を汲みに来たのかというその理由が明らかになってきます。彼女と周囲の人たちとの関係が浮かび上がってくるのです。

 彼女には五人の夫がいたというのは、おそらくは、彼女が結婚した相手が(若くして)亡くなった後で、再婚を繰り返したという事情でしょう。レビラート婚(若い寡婦を死別した夫の親族が娶る)という風習もあったでしょう。五人も夫に先立たれたのかもしれないし、あるいは離婚をしたのかもしれません。

 また、夫ではない男性と一緒に「連れ添っている」という彼女の生活は、ユダヤ教、若しくはサマリヤの宗教の持っている「正統的な」価値観(たとえば結婚という制度)から「外れている」と見なされていたでしょう。そのせいで、彼女の周囲の人たちは、彼女をそれとなく遠巻きにして、よそよそしく扱っていたのかもしれません。

 彼女は、周囲の冷ややかな態度やまなざしに対しては、それを意識的にやり過ごそうとしていたのかもしれません。だから、周囲の人たちとの接触をできるだけ避けるように、「正午」に水を汲みに来ていたのでしょう。それでいて、きっと心の中では、孤独や空しさを感じていたのだろうと思います。

 彼女は、このイエス様が指摘した事実に、気分を害したり腹を立てたりはしませんでした。むしろ、イエス様のすべてを見通すような力に驚きつつも、イエス様が自分の抱えている問題を理解していることを認めて、態度を改めて、こう問いかけました。「あなたは預言者ですね。エルサレムが正しい礼拝の場所なのですか。私たちの先祖はこの山で礼拝しています。」

 

 ここで、このサマリヤ人女性が、もうひとつ心の中で問題と感じていたことが明らかにされます。

 それは、どうして自分たちサマリア人は、ユダヤ人から見下され、「差別」されなくてはならないのかという疑問です。彼女は、自分がサマリヤ人であることを、ユダヤ人からは、まるで「悪い」ことであるかのように見られているのを感じていました。自分が慣れ親しんできたサマリヤの文化は、ユダヤ人がいうほど劣っているのか、私たちは偽の宗教、偽の神様を拝んでいるのか、私が受けてきた教え、価値観は間違っているのか。彼女は、ユダヤ人からの差別や侮辱に接するたびごとに、自分が否定されるような思いを持ってきたことでしょう。彼女は、ユダヤ人から向けられる民族差別と、自分の現在の生活を理由としたサマリヤ人社会で感じる疎外感という、二重の偏見に苦しんでいることが読み取れます。

 その彼女に向かってイエス様は、福音の核心を語りました。

 「婦人よ、私を信じなさい。まことの礼拝をする者が、霊と真理をもって礼拝する時が来る。今がそのときだ。」神様の前では、エルサレムだろうとゲリジム山だろうと、どこで礼拝をするかは問題にはならない。霊と真理にもとづく礼拝であるかどうかが大切なのだ、と。彼女の思いを肯定し、受け入れ、それに応えるイエス様がおられます。

 「救い主が来られることは知っています。その方が来られるとき、私たちに一切を知らせてくださいます。」ここで女性の秘めていた信仰が、救いを求めている気持ちが明らかになりました。

 「あなたと話しているこのわたしがそれだ。」 彼女が、救いに触れた瞬間でした。

 

 人と人の間に差別を生みだす偏見は、人の「いのち」を失わせるものです。イエス様は、ユダヤ人が持っていたサマリヤ人への偏見を越えて、彼女に語りかけ、しかも彼女が抱えている事情をすべて承知で、彼女と向き合っていきました。

 イエス様がサマリヤ人女性に向って働きかけたことは、人とのつながりの回復でした。常日頃、偏見に晒されていた相手からの反発はあって当然ですし、傷つく言葉をかけられるかもしれません。しかし、イエス様は怯まずに、「わたしはあなたと向き合い話がしたいのです」と語りかけて行きました。その働きかけは、女性自身を変えました。人目を避けるようにしていた彼女が、少しずつイエス様の方に向き直り、そして、投げかけられる問いに答えるだけの自分から、自ら問いを投げかける者へと変わったのです。また彼女は、自分の存在を問う者へと変えられました。そして、彼女は、自分の存在と生き方を、肯定して行くのです。まさに自分のいのちを回復するのです。

 それは一つの癒しの奇跡でした。彼女の「魂の渇き」が癒されたときでした。決定的なのは、彼女が、イエス様の存在を他の人々に告げ知らせる者へと変えられていったことです。彼女は、町の人々に向けて語りました。「この方が、私の行ったことをすべて言い当てました。もしかしたら、この方が救い主(キリスト)かもしれません。」 それは、彼女の信仰の発露です。それまで抑えていた彼女の思いが、イエス様と出会ったことで溢れてきたのです。そして、その彼女の言葉を聞いて、多くの人々が、イエス様の言葉を直接聞いて信じていったのです。

 「人々は町を出て、イエスのもとへやって来た。」

 「わたしたちが信じるのは、もうあなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです。」

 イエス様が一人のサマリヤ人女性に「いのち」を与え、彼女が生き生きとしていることに驚き、その出来事を通して、イエス様がユダヤ人とサマリヤ人の隔ての壁を壊して、救いをもたらす「世の救い主」であることを、サマリヤの町の人々が実感したからこそ、彼らは、イエス様を信じたともいえるでしょう。

 「生きたいのちの水」であるイエス様は、偏見、先入観、差別の意識といった、人を不自由にさせるもの、人と人の関係を損ない阻むものを取り崩し、生き生きとした関係に立ち返らせてくださいます。私たちの渇いた「いのちと魂」を甦らせ、人と人のつながりを修復し、また回復する水として、イエス様がそこにおられます。

 私たちもまた、自分の「心の渇き・魂の渇き」を、イエス様の前に投げ出して、イエス様の言葉やわざから「いのちの水」を汲むことを、祈り求めたいと思うのです。

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2026日 
四旬節第2主日

「神はあなたを

愛している」

​ヨハネによる福音書
3章13節 ~21節

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 イエス様の許に、一人の男がやって来ました。ファリサイ派であり、長老の一人でもあったニコデモと云う男です。彼は、イエス様を一人の尊敬できる先生(ラビ)と考えて、話を聞くために訪れました。ただ、彼は、自分がイエス様に示した好意を他の人に知られたくはなかったようで、人目をはばかって、夜にイエス様を訪ねてきました。

 そんな彼に向かって、イエス様は、「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」と語りました。この言葉にニコデモは、「(自分のような)年を取ったものがどうして生まれ変わることができましょう。もう一度母親の体内に入って生まれることができるでしょうか」と問いかけました。彼は、生まれ変わることの意味を理解できずに、イエス様の言葉の真意を計りかねていました。彼は、ひょっとしたら、彼は歳を取っていて、そんな自分に「生まれ変わること」を語ったイエス様に呆れたのかもしれません。「自分には、残されている時間は少ないし、いまさら新たに生まれると言われてもね」と思い、思わずそれが口に出てしまったのかもしれません。少なくとも、人間には時間を巻き戻して、過去をやり直すことはできないからです。

 しかし、その彼に、イエス様は重ねて言いました。「誰でも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」 

 「神の国を見る」、「神の国に入る」というのは、ユダヤ教においては、この世界の終末時に、人々が救われて、神様の支配のもとで、永遠に安らぎを得ることを指します。しかし、ここで、イエス様が語ろうとしているのは、「新たに生まれる」ということが、肉体を新たにすることでも、年齢を元に戻すことでもなく、「水と霊によって」、つまり、人が洗礼を受け、その人に聖霊が臨むことで、その人は、「今すでに、ここで」、「生まれ変わって」「新しいいのちに生きる」ことなのです。

 

 「アメイジング・グレース(驚くべき恵み)」という讃美歌があります。(讃美歌21 451番)この讃美歌を作詞したのは、ジョン・ニュートンというイギリス聖公会の牧師です。この讃美歌は一七七九年に書かれていますが、その背景にはニュートン牧師自身の経験がありました。

 ジョン・ニュートンは、一七二五年に、船員であった父と信仰深い母親の間に、ロンドンで生まれますが、彼が6歳の時、母親を失くします。ただ、母親は、亡くなるまでの間、ジョンに信仰を伝えようと、熱心に祈りを教えたといいます。ジョンは11歳の時に、父親の影響で船乗りとなりますが、20歳で奴隷貿易の商船の船員となりました。そして、30歳で船を降りるまで、彼は、ときには船長として、黒人奴隷貿易に従事します。彼の生涯の一つの転機は、一七四八年、彼が22歳の時でした。彼の乗っていた船が嵐に遭遇して、難破しかけます。この時、彼は、母の死後初めて真剣に神様に祈り、奇跡的に遭難を免れたのです。その出来事を契機として、ジョンは神様への深い信仰に目覚め、回心して、生活態度を改めていきます。また、その時から彼は、人間の命の尊さに気づき始め、次第に奴隷に対しても同情を覚えるようになっていきます。当時、黒人奴隷の扱いは、家畜以下であり、船内の環境も劣悪で、多くの奴隷が輸送されている最中に、感染症や栄養失調、脱水症状などが原因で命を落としていました。船員になった時には、彼自身その状態に疑問を持つことはありませんでしたが、時間の経過と共に、彼は奴隷貿易に従事したことを悔いるようになります。ただ、彼はしばらくは奴隷貿易に従事し続けていて、本当の意味での回心を迎えるには、さらに多くの時間と出来事が必要だったと、後年語っていたそうです。

 一七五五年、彼は30歳で奴隷貿易の仕事を辞め、その後、牧師になることを目指します。38歳の時、イギリス聖公会で念願の牧師となった彼は、赴任したオウルニィで毎週の祈りの集会を始め、その集会のための讃美歌を書き、一七七九年に「オウルニィの讃美歌集」を出版しました。讃美歌「アメイジング・グレース」は、その讃美歌集に収録されていました。そして、この讃美歌集が出版された年にロンドンに赴任したジョン・ニュートンは、奴隷貿易反対運動に関わり始めました。そして、一八〇七年にイギリス国会で、奴隷貿易の廃止が決定されるまで、奴隷貿易廃止を訴えたのです。

 この讃美歌「アメイジング・グレース」には、奴隷貿易という「哀れで卑劣な」過去への悔恨と、そのような自分にも拘らず、神は「驚くべき(奇跡的な)恵み」によって赦しを与え、救ってくれたことへの深い感謝が詠われています。

 「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」「誰でも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」

 ジョン・ニュートンの生涯を見る時、「御子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命に入る」ことを望んでおられる神様が、彼の上に働き、彼を「新たに生まれ」させ、イエス・キリストに従う生き方へと「聖霊によって」回心させ、導かれたことを感じます。

 

 さて、ニコデモとの対話の中で、イエス様は、自分が天から下って来た、神の御子であることを明らかにしました。「天から下って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。そして、モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子も上げられねばならない」と。そして、自分が地上に来た目的が、人々の救いのため、「信じる者が皆、人の子によって永遠の命を得るためである」ことを告げました。また、その救いがもたらされるのは、イエス様自身が「上げられる」、つまり、十字架の上に挙げられることと、復活の後で天に挙げられることによるのを示されたのです。

 「モーセが荒野で蛇を上げた」というのは、民数記21章に記された、エジプトを脱出したイスラエルの人々が経験した出来事と結びついています。

 モーセに率いられていたイスラエルの人々が、長旅に疲れ、神様に反抗したとき、神様は、その罰として、炎の蛇を人々の間に送りました。蛇は人々を噛み、多くの死者が出ました。後悔した人々は悔い改め、神様に願って蛇を取り除いてくれるようモーセに頼みました。モーセは「青銅で蛇を造り、その蛇を旗竿の先に掲げなさい。蛇に噛まれても、その人が青銅の蛇を仰ぎ見たならば、その人は命を得る」と云う神様の言葉を人々に伝えました。そして、その神様の言葉に従った人々は、命を得たわけです。

 青銅の蛇が、反抗した人々を赦すしるしであったように、イエス様が架けられた十字架を仰ぎ見ることによって、人々は救いを得る、つまり、十字架は、人の罪の赦しのためのしるしであるのです。

 

 最後に、イエス様は、自分が地上に来た目的を語りました。

 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」。

 宗教改革者マルティン・ルターは、このヨハネ福音書3章16節を「小聖書」と呼んでいますが、つまりここには聖書のメッセージの本質、エッセンスが凝縮されていると理解するからです。

 この言葉には、この世界を愛しむ神様の心が示されています。私たちが神様を愛するのに先立って、「悪が力を振るっている世界を愛する神の愛」(ボンヘッファー)があると云うのです。

 「お与えになる」という言葉は、人々に代ってイエス様が肉を裂かれ、血を流されたことを意味します。イエス様が逮捕され、裁判にかけられ、異邦人であるローマ人に引き渡され、死刑を宣告され、辱めを受け、十字架に架けられて死の瞬間を迎える。その受難が、人々の救いのために必要なことなのだと語っているのです。

 「独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」 

 イエス様は、またこうも言っています。「神が御子を世に遣わされたのは」、この世を「滅ぼす」裁きをするためではなく、「御子によって世が救われるためである」と。「滅び」とは、すなわち、神様の国・支配から外れてしまうこと、あるべき神様との関係に入れないこと、安心を得ることができない状態を云います。「裁き」とは、神様によって「滅びに至る」と判断されるということです。

 確かに今日の日課に続いて、裁きの言葉が記されています。「御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている」(18節)と。光であるイエス・キリストに従って歩み、永遠の命を受ける者となるのか、この世界の闇の中にとどまって滅びに至ろうとする者となるのか。その神様の裁きは、今この瞬間の(私たちの)決断によって下されると記されているのです。それはつまり、イエス様を信頼して、信じて生き方を変えて行くことを、今始めるかどうかにかかっていると、聖書は語っているのです。

 

 「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」 これは、神様の願いが込められた言葉です。

 「人は新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」  

「誰でも水と霊によって生まれなければ、神の国に入ることはできない。」 

 人が、「生き直すこと」、それは、今、自分が神様との関係に入ることです。どのような過去を送って来たか、これまでどのような人生を起こってきたかは、問題ではありません。イエス様に向かって回心する、心の向きを変えることは、いつでも可能なのです。

 今、神様との関係に立ち返ること、神様に顔を向けて、今この瞬間を、イエス様が教えてくれた生き方を生きようとすること、それが大切です。そのとき、人は改めて、過去の自分と向き合うことができるし、反省し、今とこれからを生きる知恵と力を「聖霊によって」得ることができるのです。

 この世界を愛おしく思う神様に信頼し、神様を仰ぎ、イエス様を信じ、自分の人生を委ね歩んでいく。そのとき、私たちは「永遠の命に入る」ことができる、この世のうちにあっても、神様の許での平安を覚えて、今とこれからの人生を生きることができる。そう聖書は語っているのです。

 四旬節、私たちのために御自分の体と命を「与えてくださった」イエス様を思う季節です。

 この神様の愛に応えたいと思います。

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202622日 

「神の言葉に

四旬節第1主日

生きる」

​マタイによる福音書
4章1節 ~11節

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  誘惑、それは人を惑わせ、誤った道へと誘うことを意味します。人間はそれをあらゆる場面で経験します。ごく他愛もないことで云えば、しなければならないことがあっても、それを後回しにして遊んでしまいたくなる誘惑に駆られることがあります。例えば病気を抱えていて、食べたり飲んだりしてはいけないものを、つい食べたくなる誘惑に駆られることがあります。遣ってはいけないお金を目先の誘惑に駆られて、遣ってしまうこともあります。それは、往々にして本来なら「してはならないこと」からの、逸脱した行為と云えるかもしれません。

 ここで注意して考えたいのは、こうした誘惑には、ある種の報酬、「御褒美」が伴うということです。その報酬は、目に見える場合もありますし、また気分や感覚的なものもあります。もっと云えば、誘惑は人間の欲求を刺激します。遊ぶことは楽しいと感じさせるし、飲食は食欲を満たしてくれます。お金を使うことは、物欲・所有欲を満足させます。そして、この欲求を満足させると云う報酬を得たいがために、時として人は、自分では不適切なことだと思っていても、誘惑に「負けて」しまうことがあるのです。

 

 今日の旧約聖書の日課、創世記3章1~7節には、神様によって創造された人間が、(蛇からの)誘惑に克てずに、神様との約束(2章15~17節)を破ってしまう場面が記されています。  

 狡猾であり、誘惑するものである蛇は、別にエファに命じたわけではないのです。あくまでも軽い感じで、「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」と神様の禁止命令を拡大解釈して、エファに質問をするのです。それは逸脱行為へと誘導するような挑発です。この誘導にエファは何の疑いもなく載って、、園の木の果実は食べてもよいのだが、「園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」と答えます。ここで誘惑者の蛇は、エファに向かって、「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」と返すのです。

 「それは食べるに良く、見た目にも美しく、賢くなるには好ましいと思われた。」(6節) これがこの場面の誘惑が示す報酬でした。しかし、この報酬を得た後に、エファは「一緒に」いてその木の実を食べたアダムと共に、「神様との約束を破った」厳しい代価を支払うこととなるわけです。彼らは、裸であることを「恥」と意識し、また神様の前で責任の回避をしてしまいます。そして、神様の創造した理想の地である「エデンの園」から、追放され、人間として生きる上での苦しみと「死」の宣告をされるのです。

 

 今日の福音書の日課は、イエス様が、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けた後、荒野で四十日間の断食をし、さらに続けて悪魔(試みる者)から誘惑を受けた物語が描かれています。

 ここでも、悪魔は、イエス様を誘うために、三つの報酬を約束します。一つはイエス様自身が何でもできる力があることを証明するというもの、二つ目はイエス様が神様の守りの内にあることを証明するというもの、そして三つ目は全世界を支配する力を与えるというものでした。ただしそこには、条件がありました。それは、イエス様が悪魔の問いに応じること、言い換えれば、イエス様自身で神様を試すことが条件でした。

 「神の子なら、この石にパンに成るように命じたらどうだ」というのが悪魔の一つ目の問いであり、二つ目の問いは、悪魔がイエス様をエルサレムの神殿の屋根に連れて行き、「神の子なら、ここから飛び降りたらどうだ。(聖書に)神の子なら、天使たちが手であなたを支えると書いてあるぞ」というものでした。

 どちらの悪魔の質問も狡猾でした。「もしもあなたが神の子なら」という言葉は、「本当にあなたは神の子か」という問いであり、イエス様が神様の子であるかどうかを証明することを挑発するものだったからです。それはまた、言い換えれば、イエス様の持っている神様への信頼、信仰を試すものでした。もしも仮にイエス様が、悪魔の質問に応じて、石をパンに変えたり、神殿の屋根から飛び降りていたなら、それは、イエス様自身が、自分が「神の子であるという決定的なしるし」を手に入れようとすることであり、神様を試すことになってしまうからです。

 最後に悪魔は、イエス様を高い山の上に連れていくと、世界のすべての国を見せ、「もしわたしを拝むなら、これらの世界の国々の一切の権力と繁栄を与えよう」と持ちかけました。

 ここで悪魔は、この世の繁栄や力を手に入れるために、交換条件として、悪魔への拝礼、つまり神様との関係を断つことを提示したわけです。この物語の最後の誘惑は、人間の持つ名誉欲、支配欲、所有欲といったものを刺激することでした。

 実際の話、名誉や名声を得ること、人々を支配し、あるいは多くのものを所有することなど、そうした様々な人間の欲求が過剰になるとき、それらの欲望は、今度は人を「惑わし」、その人を「支える神の言葉」をその人が「放棄する」という「誤った方向に導くこと」が起こります。「権力」を手に入れた人間は、自分がまるで万能であるかのように錯覚し、その「力」を自分の好きに使おうとする誘惑に駆られます。だから、もしも、人が神様の望む正義と公正に思いを寄せることをせずに、手に入れた「権力」・「力」をただ自分の思うままに行使しようとするならば、それは「力」の誤用であり、「神の言葉から離れて、神から離反する」罪の状態に陥ることなのです。

 イエス様が体験した三つの誘惑は、すべてが人間の弱点を巧妙に突いてくるものでした。人が自然に持つ疑問や不安を巧みに突き、または欲望を掻き立てるものだったわけです。

 

 この悪魔の誘惑を、しかし、イエス様は、すべて「神の言葉」で退けました。

 先ずイエス様は、「(聖書には)『人はパンだけで生きるものではない』と書いてある」と語ります。人を生かすものが身体的な欲求を満たす物だけでないことを、イエス様はここで語っているのです。人を生かすもの、生き生きさせるものは、人に働きかけ、人を慰め、労り、励まし、また癒す言葉、お互いを大切にし合い、愛し合う関係を築かせていくような神様の言葉であることを告げたのです。

 次にイエス様は「(聖書には)『あなたの神である主を試してはならない』といわれている」と語ります。

 イエス様は、神様に何かのしるしを求めることで、神様が自分との間に築いている関係の確かさを試すことをしませんでした。イエス様は、神様に愛されているかどうかを、自分が危険から救われるかどうか、といった仕方で確かめることを拒否します。愛されているかどうかを確認することよりも、神様を愛することを第一にするのです。また、神様の守りの内にあることは、ただ神様を信頼すること、信じることで充分であるといいます。そして、自分自身のためには、神様の力を用いないし、要求もしない姿勢を貫くのです。

 それは、イエス様の与えられた使命とも結びついています。イエス様は人々を救うことをその使命として与えられました。イエス様の持つ力は、その人々の救いのため、多くの人々の苦しみを担うためにこそ用いられるものだったからです。

 最後にイエス様は、「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」という言葉を通して、自分がこの世の持つ悪魔的な力に与しないこと、神様への信頼・信仰がすべてであることを示しました。イエス様は、この世界の繁栄も権力も、国々も、本来、神様の支配のもとに服していることに目を向けています。この世を支配するために悪魔に従うことは、本末転倒なことなのです。「先ず神の国と神の義を求めなさい」という言葉が示すように、人がすべてを手に入れたいのなら、主なる神を愛し、神様のみこころに従った生き方をこの地上で生きることが、求められているのだということを、イエス様はここで語ったのです。

 

 今、私たちは、四旬節の季節を迎えています。四旬節は、受難節・大斎節(英語ではレント Lent)ともいわれ、イエス様の受難、逮捕と裁判、十字架の死を覚え、また復活を迎えるための心の準備をする期間をいいます。ではなぜ、この季節の始めに今日の荒野の誘惑の物語が読まれるのか。それは、人間を罪に誘う試みや誘惑の力について、考えをめぐらし、その試みや誘惑を退けて、悔い改めるためです。

 今日の日課が示しているのは、先ず、人間は誘惑に弱い存在だと云うことです。そして、人間に対する最大の誘惑とは、神様の示している道から人を逸脱させようとするものだと云うことです。その最大の誘惑に対してイエス様は、神様の言葉に立ち返り、神様への信仰に堅く立つことが、その誘惑を退けるものだと示されました。

 ちなみに、イエス様を十字架に架けたのは、権力欲と支配欲の誘惑に負けた人間、つまり、罪の状態にある人間たちでした。それだけに、この季節に私たちは、イエス様の受難と十字架に思いを馳せたいのです。私たちの目を神様から逸らせようとする誘惑に、今私たちが陥っていないかどうかを省みて、またイエス様が何を思い、何を人々に、私たちに向けて語ったのかに心を向けて、イエス様の受難の意味に思いを巡らしたいのです。

 宗教改革者のマルティン・ルターは、大教理問答書の中で、私たちがこの世に「住み、悪魔が周囲にひかえているかぎり、だれでも試みや(悪の)刺激を避けることはできない。」「われわれは誘惑にあうどころか、その中に編み込まれてしまっている」と書いています。しかし、そこで大切なのは、「誘惑を感じること」、つまり自分の目の前にある誘惑や試みと向き合うことであり、その誘惑に陥らせないようにと、祈ることだというのです。それゆえ、私たちは、「主の祈り」の「私たちを試みに会わせないでください」を祈ることを赦されているし、また奨められているのです。

 私たちがいつも神様の言葉に立ち返る時、私たちの直面する試み、罪への誘惑を克服していくことができるのです。神様への信仰が、あらゆる試みや誘惑を乗り越え、イエス様の示された生き方を歩むことができるのです。

 神様への信頼、信仰を持って、イエス様の教えてくださった、神の言葉に堅く立っていきましょう。

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202615日 
主の変容主日

「イエスに聞け」

​マタイによる福音書
17章1節 ~9節

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 一九五〇年代後半から六〇年代にかけて、アメリカ合衆国の人種差別に反対し、黒人の権利擁護のための「公民権運動」を主導してきたマーチン・ルーサー・キング牧師がいます。

 彼は、一九六四年にノーベル平和賞を受賞しました。彼の非暴力による差別撤廃運動によって、同じ年に「公民権法」が制定されたことが評価されての受賞でした。もちろん、だからといって黒人差別がなくなったわけではなく、黒人解放の運動は依然として続いていました。そしてそれは、当時アメリカが介入していたベトナム戦争の激化と共に、戦争への反対運動としても広がりをもって続けられていきました。その運動の中に常にキング牧師の姿はありました。彼の説教や演説は、多くの人々の胸を打ち感動を与えました。

 ただ、生前の彼に対する評価は、黒人解放運動に中でも分かれていました。彼が主張した非暴力運動は、穏健で「白人たちに融和的な」運動と見なされたりもしたからです。またそれだけでなく、彼の黒人差別撤廃の主張を、社会秩序や価値観を揺るがして壊そうとする「危険な」言説と見なす人々にとっては、彼は「古き良きアメリカ」の敵でした。一九六八年四月四日、キング牧師は遊説先のテネシー州メンフィスで、白人男性に銃で撃たれて、39歳でその生涯を終えました。その死は、アメリカ社会に大きな衝撃を与えました。

 彼の死後、一九八六年には、彼の誕生日に近い一月第三日曜日が、キング牧師記念日として祝日となり、またアメリカの多くの大都市に彼の名を冠した「マーチン・ルーサー・キング通り」が作られました。40年たってから、アメリカ合衆国議会は、キング牧師に名誉黄金勲章を授け、二〇一一年には、ワシントン市内の国立公園に記念碑が建てられています。彼は、一人の「偉大なことを成し遂げた」歴史的な偉人として、評価されています。それはある種「輝かしい偉業・業績」と見えるかもしれません。

 しかし、忘れてならないのは、キング牧師がなしたのは、黒人たちが、何世代にもわたって受けてきた不当な人種差別を、自らの十字架として背負い、彼らの苦しみや悲しみ、怒りを言葉として言い表したことでした。名もない多くの黒人たちが、自らの命を文字通り捧げた差別撤廃運動を、多くの人々と共に、試行錯誤しながら自らの課題として担ったことでした。そして、その人種差別への抗議を、度重なる誹謗中傷や脅迫にもめげずに、祈りによって恐怖に打ち克ち、非暴力を貫きながら、歩みを進めてきたことでした。彼は、ノーベル平和賞を受賞した時、「この賞は、すべての黒人が受賞したものだ」と語ったそうです。

 言い換えるならば、キング牧師の「成し遂げた業績」や評価が輝かしいのではなく、彼の姿勢、生き方が人の心を打ち、輝いて見えるのです。「自分の業績」を誇るのでなしに、自分の目の前にある課題への取り組み方に、そのひた向きさと実直さ、誠実さに、人は心を揺さぶられるのです。

 そしてそれは、今日の日課に記されたイエス様の姿とも重なって来るのです。

 今日の日課マタイによる福音書17章1節~9節には、イエス様が三人の弟子たちと一緒に山に登ったとき、その顔が「太陽のように輝き、衣も光のように白く」なったという出来事、イエス様の「変容」が記されています。そのとき、イエス様の傍に、かつてのイスラエルの指導者であったモーセと預言者エリヤとが現れ、イエス様と語り合いました。その光景は、これを目撃した弟子たちにとっては一瞬の、しかし確かに印象深いものでした。イエス様が「山の上で」、「雲」に包まれ、旧約聖書に登場する民の指導者である「モーセとエリヤ」と語り合っている。「山の上」で、モーセは神様と語り合い、その山(シナイ山)は、「雲」に包まれていたといいます。しかも、旧約聖書そのものを意味するような「モーセとエリヤ」の出現は、その場所に神様が臨在していると感じさせるような出来事でした。ペテロが思わず「主よ、私たちがここにいるのは素晴らしいことです。ここに仮小屋を三つ建てましょう。」と口にするほど、神々しい体験だったといえるでしょう。

 イエス様の姿が「変容して」「白く」輝いたこの出来事は、その一瞬だけを取り上げれば、イエス様が確かに「神の子」であり、「救い主キリスト」であることを表します。言い換えれば、その輝きは、「神の似姿であるキリストの栄光」であり、「キリストの御顔に輝く神の栄光」とも云えます。その輝いた姿のイエス様に向けて、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」と云う言葉が投げかけられているのは、イエス様が神様によって称賛され、祝福された存在であることを意味します。

 では、このイエス様が輝いた「栄光の姿」は、イエス様が「本来」キリストであるがゆえに受けた「当然の」姿だったのでしょうか。

 

 ここで、このイエス様の「変容」の出来事が、すぐ前の場面に記されている、ペテロによる「キリスト・救い主」の告白と、それに続くイエス様の「受難の予告」の後に起こったことは、重要な意味を持ってきます。

 イエス様は、「受難と死と復活の予告」を通して、エルサレムで自分を待ち受ける運命とでもいうべき出来事を見通しています。自分は、都エルサレムで祭司長や律法学者、貴族や王から憎まれ、逮捕され、死刑を宣告され、(十字架で)処刑され、死に至る。そのことをイエス様は弟子たちに向かって予告しました。イエス様の言葉には、その出来事を受け入れようとするひとつの覚悟と緊張が感じられます。

 言い換えるなら、それは、エルサレムで経験する自らの受難と死と復活が、多くの人々の救いにとっては必要なことであり、それが神様から託された使命であることを、イエス様自身が十分に理解し、受け入れていたということでもあります。だから、そのイエス様が、山の上で一時的に白く光り輝いたのは、「エルサレムで遂げるべき最期、死と復活」こそが、イエス様が受ける本当の栄光であることを表しているのです。つまり、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け。」という神様の言葉は、受難へのイエス様の自覚と決意に対する、神様の承認であるのです。

 その場に旧約聖書に登場する民の指導者であるモーセとエリヤが出現したことは、ですから、イエス様の受難と復活によって果たされる使命が、旧約聖書の律法と預言の成就であり、イエス様のもたらす救いが、究極の救いであることを意味するのです。

 イエス様が受けた「輝かしい栄光」は、イエス様が「神の子」であり、「神的な存在」であるがゆえに「当然」受けたものではなく、むしろイエス様が自らの「救い主キリスト」としての使命、人々を救うために自分が受ける「受難と死と復活」を自覚したことによるものなのです。ちょうど、マーチン・ルーサー・キング牧師が「偉大」に「輝いて」見えるのが、彼の「素晴らしく」「輝かしい業績」によるのではなく、彼が黒人の悲しみや怒りといった思いを負い、人種差別撤廃を自らの課題として引き受け、自らの傷つきながら、その使命を果たそうとした「姿勢」にあるのと同じように。

 この変容の場面に立ち会うのが、ペトロとヤコブ、ヨハネの三人の弟子であることはまた、興味深いものです。彼らはゲッセマネの園で、イエス様がユダヤ人の支配者たちに逮捕される直前、「もだえ苦しみ」祈るイエス様に付き添ってもいるからです。彼らは、いわばイエス様が神様から「栄光を受ける」場面を指し示す証人の役目を果たしていると云えるのです。

 

 さて、雲の中で弟子たちが聞いた神様の声は、イエス様を祝福されただけでなく、弟子たちへの奨めでもありました。「これに聞け」と。

 イエス様の姿が白く輝いた「変容」の出来事は、イエス様こそが、救い主・キリストであることを表しています。そのイエス様に「聞き」従うべきことを、弟子たちが経験するために、イエス様の姿は「栄光に輝き」変わったのです。

 ちなみに、ペテロは、イエス様が自分の受難を予告した後に、イエス様を「あなたが処刑されるなどといってはいけません」と諫めました。しかし、イエス様はこのペトロを叱りつけられ、また厳しい言葉で教えられました。ペトロの胸には、この厳しいイエス様の言葉が残っていたはずです。それだけに、この「これ(イエス)に聞け」という声は、改めて弟子たちに「私たちは誰に従っているのか」ということを教えたと思うのです。

 そして、その奨めの言葉は、弟子たちもまた、そのイエス様に倣って生きるよう、促されていることを示しています。この世の中の様々な悲しみや苦しみを負っている人々と共に生きて、彼らの友となり、彼らにイエス様の福音を伝え、癒しのわざを行い、神様の愛を知らせていくこと、またその中で自らが経験する苦難をも、勇気と覚悟を持って引き受けていくように、促されているのです。弟子たちもそのように生きる時、イエス様と同じように、神様の栄光を受けて輝くのです。

 

 「これに聞け」という言葉は、また今の時代に生きる私たちにも向けられています。

 今この瞬間にも、様々な課題を抱えたり、困難な状況の中にいる人たちがいます。それは、仕事や自らの病気のことであるかもしれません。あるいは家族の介護や看護かもしれません。さらには災害や紛争、戦争などに遭い、大切な人を失ったり、安心して住める場所を失い、生命を脅かされている状態かもしれません。また差別や抑圧であるかもしれません。

 しかし、人が、そうした状況に向き合い、頭を挙げて、自分の人生を生きようとするとき、また目の前にある問題や課題を克服しようと取り組んでいこうとするならば、その人を神様は顧みて、慈しんで愛され、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と祝福されるでしょう。そして、たとえその人自身は、今は、苦しみや悲しみの最中にあって気付くことがなかったとしても、主の栄光に映し出されて、その人は輝いて見えるでしょう。神様は、その人と共におられ、その人を守り、その人の人生を、心を、身体を、魂を支えられるでしょう。 

 来週から四旬節が始まります。イエス様の生涯の受難への歩みを覚える季節です。

 この季節に私たちが求められているのは、何よりも先ず日々の暮らしの中で、イエス様に祈り、イエス様の言葉と生涯を思い描き、イエス様に倣って、神様の愛を表し、イエス様の福音に従って、自分を卑下することなく、尊厳をもって自分を生きようとすることです。お互いの中に尊厳を見出すことです。

 そのとき、神様がイエス様を祝福したように、私たちの上に神様の祝福の言葉が向けられます。「あなたはわたしの愛する子」と。この言葉を信じて歩みたいのです。

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2026日 
顕現後第5主日

「地の塩、世の光」

​マタイによる福音書
5章13節 ~16節

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 人には個性というものがあります。個性とは、自分と他の人を区別することができる固有の特性をいいます。性格、モノの感じ方や考え方、声や話し方、身体的な特徴等々、いわばその人となりそのものが個性です。それは持って生まれたものもあれば、環境によって形作られるものでもあります。たぶん、人によっては似たような個性は、あるかもしれませんが、全く同じ個性の持ち主は存在しないでしょう。双子であっても、それぞれの固有の特性があることからも、それは判ります。個性とは、言い換えれば、神様が一人一人に与えてくださった賜物、ということができるのではないでしょうか。そして、その個性を持った一人ひとりを、神様は肯定し、受け止められているのです。

 「わたしの目にあなたは価高く、貴く、╲私はあなたを愛し、╲あなたの身代わりとして人を与え、╲国々をあなたの魂の代わりとする。」(イザヤ43章4節)

 

 さて、イエス様は、山上で貧しい人々や悲しんでいる人たち、飢え渇いている人たちに向かって「あなたがたは幸いだ。天の国はあなたがたのものだから」と教えを語られました。そして、その人たちに続けてこう言われました。

 「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である。」 ここで「あなたがた」と呼びかけられているのは、そこに居た聴衆たちです。それは、「心底」貧しく、悲しみをたたえ、飢え渇いている人々、神様の正義を求める人々です。その人々が、「地の塩、世の光」だというのです。

 地とは世と同じ意味と考えられます。つまり、「あなたがた」は、地もしくは世における塩としての存在であり、世における光としての存在であるというのです。

 塩、それは、食物に味をつけ、腐敗を防ぎます。また光は闇を照らします。それと同じで、この世界に味をつけ、この世界を照らすのは「あなたがた」だというのです。

 イエス様は言います。世の光である「あなたがた」は、山の上に造られた町と同じで、どこからでも見える存在であり、隠れることはできない。または、燭台の上に置かれた灯りであり、それは家の中をすべて照らすのだと。だから、「あなたがたの光を人々の前で照らしなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天にいます、あなたがたの神をほめたたえるためである。」

 ドイツの神学者Ⅾ・ボンヘッファーは、今日の日課を、弟子たちへの招きの言葉として読みます。「弟子たちは、イエスによって、地上で最も必要なものにたとえられている。彼らは『地の塩』である。彼らは、地が所有している最も貴重な宝であり、最高に価値あるものなのである。」

 弟子たちは、「地の塩」と呼ばれることによって、イエス様によって、地上で働くことへと招かれている、その働きを「委託されている」というのです。

 「塩が塩であり続けることによって、つまり塩が清める力、味付ける力を保持することによって『地』は保たれるのである。」 別な言い方をすれば、弟子である「あなたがた」は、この地上に、この世に、使命を持って遣わされた存在だということなのです。つまり、弟子である「あなたがた」は、もしも放っておけば腐敗して行くこの世界を、清めていく存在であり、「あなたがた」は、そのままにしておけば、闇が支配するこの世界に灯りをともし、照らす存在だというのです。

 彼は言います。「弟子たちの共同体」は、「あなたがたは地の塩である。世の光である」という「キリストの招きに基づく共同体であり続けなければならない」と。「弟子たちの共同体は」、「そのことによってのみ」「地上において真実の働きをなし、真の共同体で在り続ける」だろうと。

 ここで注目したいことがあります。それは、あなたがたが「塩になりなさい」とか「光になりなさい」と要求されているのではない、ということです。あなたが、自分以外の何者かになる必要はないし、「あなた」と「私」のままでいいのだ、というのです。そのままで「あなたがた」という存在そのものが、塩であり、光であるというのです。

 そうやって考えると、私には、「塩」と「光」というものが、冒頭でお話した「個性」だというようにも思われるのです。

 ところで、人には、「長所」「短所」があるといわれますが、ほとんどの場合、その人の持つ「長所」は、「短所」にも成り得るということです。つまり、その人の持っている「個性」が、状況に応じて、あるいは見方によっては、「長所」としても、また「短所」としても立ち現れるということです。例えば、ある人は、どの様な状況になったとしても、自分の立場が「ブレない」、「揺らがない」確固とした自分を持っていると評価されます。しかし、時と場合によっては、それは「頑固さ」であり、「融通の利かない」「頑迷」さとも評価されます。反対にある人は、状況に応じて「臨機応変」に、「融通を利かせて」いか様にも対処できる「長所」があると評価されます。しかし、場合によっては、自分の立場が簡単に「ブレ」てしまい、悪く言えば「いい加減」に見えてしまうこともあります。「個性」が活き活きと生きるためには、その場面場面で、バランスの取れた「いい塩梅」が必要なのかもしれません。

 塩味が強ければ、食べるに適しませんし、塩味が弱ければ、ぼんやりとした味になってしまいます。ただし食物を保存するのであれば、強い塩味が必要になります。光も同様です。光が強ければ、眩すぎて物を見るのには適しませんし、弱ければ、やはりうすボンヤリとしか見ることは出来ません。あなたと私が持つ「個性」も、状況に応じた「いい塩梅」であれば、「長所」として力を発揮できるといえます。

 もう一つ大事なことがあります。それは、「塩」も「光」も、自分の「かたち」に固執するものではないということです。塩は、結晶とう自分の「かたち」を失い、食物に溶け込んで初めて食物を味付けすることが出来ます。塩が結晶のまま固まっていて自分を誇示し続けたなら、食物は舌触りも悪く味もつかないでしょう。また、灯火も、例えばロウソクのように自分を燃やすことで明かりを放ちます。ロウソクが溶けることもなくそのまま在り続ければ、明かりは点きません。私たちの持つ「個性」も固執しすぎると、その良さを発揮できないで終わるということです。

 

 あるいはこうも言えるかもしれません。「塩」あるいは「光」とは、私たちの信仰を指すのだと。それは(自分にとっては)小さな信仰に思えるかもしれません。しかし、ある意味塩は少量でもいいかもしれません。例えば隠し味として。また灯火も、燭台の上に置けば部屋全体を明るく照らします。注意したいのは、その信仰とは、私たちの決心や決意というものとは違います。私たちの、私の、またあなたの中に生きておられるイエス・キリストの私たちへの信頼、イエス様ご自身をいいます。私たちの生きている現実の中で、働かれるイエス様、そして、現実の中で私を救い導いてくださるお方、それが私の信仰、塩味であり、光なのです。イエス様と出会い、イエス様を信頼し、私の人生を委ねて生きて行こうとするとき、私たちは心の内に塩味を、また光を持つのです。そして、その塩味は、私たち一人一人の存在を通して、この世界に味をつけて行くのです。その光は、私たちを通して、この世界を照らし出すのです。

 言い換えれば、信仰者である私が、自分に固執することなく、神様の望んでいることを考えて、周りの人々の幸せのために、あるいはこの世の中をよくするために、どうしたらその場面で、自分の個性をうまく引き出していけるかを考えるなら、反ってその信仰は真価が発揮され、この社会の中に、他者の中に生き始めるのです。そこに福音が確かに働くのです。

 

 「あなたがたは地の塩である。世の光である。」

 最後に、ではどうしたら、地の塩であり、世の光でいることができるのでしょうか。

 今日の旧約聖書の日課イザヤ書58章では、中身の伴わない形だけの苦行、断食が神様によって退けられています。

 たとえ断食の日に「葦のように頭を垂れ、粗布を敷き、灰をまくこと」をしたとしても、同時に「したい事をし」、「労する人々を追い使」い、「争いといさかいを起こし、神に逆らって、こぶしを振るう」なら、または他人に「軛を負わすこと、指をさすこと、呪いの言葉をはくこと」を続けるなら、それは神様の目にはふさわしくないとされています。

 それは「自分の立場・生活」にのみ固執することです。それは他者への配慮を欠き、寛容さを失った姿です。しかし、神様の目から見てふさわしい信仰、神様を信じているあり方とは、「悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて、虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること」、「飢えた人にあなたのパンを裂き与え、さまよう貧しい人々を家に招き入れ、裸の人に会えば衣を着せかけ、同胞に助けを惜しまないこと」であるとされています。「飢えている人に心を配り、苦しめられている人の願いを満たす」こと、それが、神様の求めている信仰の在り方だというのです。「今だけ、金だけ、自分だけ」の在り方を止めていくこと、他者を配慮し、自分の時間を惜しまずに、寛容さをもって、他者と苦難を分かち合うことです。

 「あなたがたは地の塩である。世の光である。」

 もしも、あなたがたが、貧しさや悲しみ、飢え渇きに心を深く痛めているなら、その場所から見えてくる問題を、貧しさと悲しみ、飢え渇く人たちと共に、克服する道を探ることが求められています。同じ思いを抱いて、その苦しみや悲しみ、寂しさを理解し合い、互いに慰め合い、お互いの重荷を担い合い、助け合うことが求められているのです。

 自助グループというものがあります。同じような問題を抱えた人たちが集まり、お互いを理解しあって、問題を克服する道を探っていくグループです。そのことは一人一人を支える大きな力になっていきます。例えばそのことが地の塩であり、世の光であることなのです。

 「あなたがたの光を人々の前で照らしなさい。人々があなたがたの良い行いを見て、天にいます、あなたがたの神をほめたたえるためである。」

 「あなたがたは地の塩である。世の光である。」

 この招きの言葉の前に立ちたいと思います。それぞれが置かれた場所で、それぞれの存在の仕方で、立ちたいと思います。私の塩味を、光を忘れないでいたいと思います。そして、キリストの委託を受けましょう。

2026日 
教会定期総会礼拝

「祈りと心を一つに」

​フィリピの信徒への手紙
2章1節 ~2節

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 二〇二六年度の豊中教会の福音宣教のために、私は、フィリピの信徒への手紙2章2節、「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしに喜びを満たしてください。」を主題聖句として選び、一年間の宣教主題を、「祈りを合わせ、心を一つにし、支え合って歩んでいこう」として提案しようと思います。

 使徒であるパウロは、その生涯において三度にわたる宣教の旅を続け、地中海沿岸のトルコからギリシャにかけて、街を巡りユダヤ人のコミュニティを訪れては、イエス様の福音を告げ知らせました。また、ユダヤ人以外の異邦人にも進んで宣教を行い、各地に教会を組織しました。ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者の融合にも努め、初代教会の形成に貢献しました。そして、最後は、ローマで皇帝ネロによる迫害で、刑死したと伝えられています。

 さて、このパウロの宣教旅行を最後まで支えた教会がありました。それがマケドニアのフィリピにあった教会でした。フィリピは、ローマ帝国の植民都市で、ローマの退役した軍人やイタリアの農民が移住していたといいます。パウロは、二回目の宣教旅行の際、この町のユダヤ人コミュニティで説教をすることで、この町での宣教を始めたことが、使徒言行録に記されています。

 パウロは、その生涯において、何度か投獄されていますが、どこかの獄中で、フィリピの教会に宛て、この手紙を書いたとみられています。

 この手紙の主題は、ひとつにはパウロの個人的な教会への感謝と、共に宣教を行っていたフィリピ出身のエパフロディトの消息と、そしてパウロ自身の状況の報告です。またそれに加え、フィリピの教会にも影響を及ぼしかねない、ユダヤ教主義的なキリスト教理解への注意を記しています。

 ただ、全体的な調子は、「喜び」に満ちたものであり、パウロがフィリピの教会を愛していたことがよく判る文面です。

 

 パウロは書いています。

「そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、"霊"による交わり、それに慈しみやあわれみの心があるなら、同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしに喜びを満たしてください。」(2章1~2節)

 1章の中で、パウロは、獄中で彼が考えていることを記しながら、たとえフィリピ教会の福音宣教を阻もうとする「反対者」による動きがあったとしても、それは、パウロ自身がこれまで経験してきた「戦い」と同じものであり、その「同じ戦い」を「あなたがたは戦っているのだ」と、フィリピの教会員たちを励ましています。

 そして、彼は、教会に対して「一致と謙遜」を促す勧告を、ここで記しているのです。「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして」欲しいと。

 それは、一つにはパウロ自身と同じ思いを抱くことであり、また教会員一人一人が、同じ思いとなることを意味しています。そうすることがパウロには、喜びになるのです。そして、この教会員の一致の根拠になるのが、「キリストによる励まし、愛の慰め、"霊"による交わり、それに慈しみやあわれみの心」であることを、彼は書いています。

 フィリピの教会には、いろいろな背景や生活を抱えた人たちが集まっていたことは、想像に難くありません。性別も年齢も、障がいの有無、経験もまた違う人たちが集まり、そこで神様のこと、イエス様の福音を聞き、祈っていたわけです。それだけに、教会に集う一人一人が、「同じ思い」や「同じ愛を抱」くこと、「心を合わせ、思いを一つに」することは、それぞれが経験した「キリストによる励まし、愛の慰め、"霊"による交わり」、「慈しみやあわれみの心」を思い出すことでしかなしえないのです。キリストの愛に触れたそれぞれの「経験」が、実は共通する経験であることを、お互いに理解し合ったとき、フィリピの教会員一人一人は、「同じ思い」や「同じ愛を抱く」ことができたし、「心を合わせ、思いを一つに」することができたのだと云えます。

 さらに彼は、教会に謙遜であることを勧めています。

「何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へり下って、互いに相手を自分より優れたものと考え、めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。」(2章3~4節)

 そして、その謙遜さは、イエス様自身が示したものであることを、彼は6節から続く「キリスト賛歌」を引用して述べているのです。

 

 なぜ、私たちは教会に集っているのでしょうか。

 福音書のイエス様の福音宣教の物語を読むとき、私がしばしば考えるのは、「どんな人たちがイエス様の許に来たのだろうか」と云うことです。

 ある人は、何かしがらみや生活上の負担を抱えていて、そのことから解放されたい、と願っていたかもしれません。「罪」の意識に囚われて、「救われたい」と望んでいたかもしれません。また、ある人は、今の貧しさから逃れたい、または病から癒されたいと願っていたかもしれません。安心して平和のうちに暮らしたいと望む人もいたでしょう。自分の人生をやり直したいと思う人もいたと思うのです。ある人は、生きがいや人生の意義を見い出し、また喜びを感じたいと考えて、イエス様の言葉にすがったのかもしれません。そこに共通するのは、自分の人生を全うしたい、豊かに生きたいと云う願いでしょう。あるいは、自分の死後に不安を覚えていて、「永遠の命に至る」約束を得て、安心したいと思っていた人もいたかもしれません。

 イエス様の「悔い改めよ、神の国は近づいた。福音を信じなさい。」という呼びかけに応じた人たちは、それぞれにそうした願いや思いを抱き、そこに集まったのではないか、と私には思えるのです。そして、それは取りも直さず、今の私たち一人一人が願うことでもあると感じるのです。

 「主の祈り」が表しているのは、まさしくそうした人々の(私たちの)心のうちにある願望なのではないでしょうか。

 そして、初代の教会は特に、天に上げられたイエス様が、再び来られるという信仰を堅く保っていました。「その日、その時まで」、教会はイエス様が示した福音を人々に伝え、この地上でその信仰を守ることを使命として与えられたわけです。

 二千年前の初代教会であれ、今現代の私たちの教会であれ、人が願うこと、神様に望むことは同じであり、同時に教会が託された務めは、同じだと思うのです。だとするならば、そのためにも先ず、私たちの教会は、初代教会がそうであったように、慰めと喜びの共同体であることが必要です。私たちが主なる神様を常に仰ぎ、お互いに心を寄せ、支え合い、重荷も担い合う共同体へと成長することにより、この世界に対し、よりよいわざを行い、み心に適った言葉を語ることができます。

 「そこで、あなたがたに幾らかでも、キリストによる励まし、愛の慰め、"霊"による交わり、それに慈しみやあわれみの心があるなら、同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして、わたしに喜びを満たしてください。」というパウロの言葉を、私たちの豊中教会も聞いていきたいのです。

 

 豊中教会に集う私たちもまた、それぞれの個人史や経験も違います。個性も性格もまた違います。それはちょうど、パウロがコリントの信徒への手紙一の12章12節以下で、述べているようにです。一人ひとりが、「キリストの身体」である教会を形作っている「肢体」なのです。それぞれが与えられている固有の「賜物」を持って、ここに存在しているのです。

 教会が教会であるために必要な要素は、礼拝(リトゥルギア)、証(マーチュリア)と交わり(コイノニア)、そして務め・奉仕(ディアコニア)だと云われます。礼拝は、讃美と祈りを奉げ、聖餐に与ることを指します。証は、説教や、聖書に関わる教えの解き証し、そして信仰の証のことです。

 教会においては、もちろんこの礼拝と証が中心となるわけですが、一方で、交わりの形成も大切なことです。交わりとは、いうまでもなく教会・共同体に集う人々の、神様を中心とした交流を意味しています。もちろん、「交わり」が「人間関係」に終始せぬように、慰めと励ましをもたらす礼拝/聖餐と祝福に与ることの意味は大きいです。最後に、そこでなされる務め・奉仕(ディアコニア)は、その交わり、共同体を性格づけるものになります。そして、その教会を成り立たせる一番重要な要素は、「愛」であるのです。

 

 この愛について、パウロはコリントの信徒への手紙一の中で次のように語っています。

 「愛は忍耐強く、情け深い。ねたまない。自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない」と。(13章4節~5節)

 パウロがこのように書くのは、今述べられたのとは全く反対の事柄が、あらゆる人と人の関係の中に入り込んできたり、生じてくるということでもあります。つまり、「相手に対して辛抱できずに、相手を気にかけることがなくなり、自慢したり、高慢、あるいは高飛車になる。礼を失し、自分のことが優先する。いらだち、ねたみや恨みを抱いてしまう。真実を隠し、疑ってかかり、期待することもなく、耐えることもしない」という態度が生じると云うことです。教会もまた、人の集団である限り、現実にそのような感情が生じて来るのは不思議ではありません。そして、もしも、こうした愛することとは正反対の感情が、その場を支配するとすれば、それは、お互いの関係を損なうには十分です。

 そのような人間の負の感情や態度に対して力を持ち得るのは、お互いを信頼し、期待を持ち、敬意を持って、大切にする・愛するということです。お互いを大切に思い、大事にして、それぞれの性格や個性を理解し合い、労わり、慰める、励まし、祈るということです。助け支え、悩みの時には寄り添うことです。「あなたは私にとってかけがえのない存在です。大切な人です」と、互いに尊敬しあうこと、リスペクトすることです。

 教会の福音宣教が難しい状況は現在も続いています。

 人々の多くが宗教に対しては無関心であり、新来会者はなかなか増えません。教会も、創立から時間が経って、そのメンバーを変えながら少子高齢化の時代と共に教会員も高齢化しています。

 その一方で、教会の二千年にわたる長い歴史を思います。その歴史を振り返るとき、教会は、成長と停滞を繰り返しながら、いろいろな時代の変化を経験し、時には様々な問題が生じ、人々の信仰が薄れ「衰えて」は、また新たな信仰運動が起こり、刷新され、再生してきました。私たちもその歴史の中に生きています。

 再臨の主を持ちながら、そのときまで「同じ思いとなり、同じ愛を抱き、心を合わせ、思いを一つにして」、教会を形作っていきたいのです。

 「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。」(コロサイの信徒への手紙3章16~17節)

 今年も主の守りと平安を、そして聖霊の臨在を祈りましょう。

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202625日 
顕現後第3主日

「キリストの

招きに従う」

​マタイによる福音書
1章29節 ~42節

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 今日の日課には、先ず洗礼者ヨハネがヘロデ王に捕らわれたとき、イエス様が、故郷のナザレを出て、ガリラヤ湖畔にあるカファルナウムという町に移り、「そのときから」、三年に及ぶ福音宣教の働きを始められたことが記されています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」 

 この言葉をもって、イエス様は公的な宣教のわざを始められました。そして、逮捕された洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのように、イエス様は、洗礼者ヨハネが口にした「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」を語りました。そして、イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉を語るイエス様は、ガリラヤに住む人々の姿を目の当たりにしました。ガリラヤは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。かつては、アッシリアに占領された「異邦人の土地」と呼ばれていました。そこでイエス様は、日々の暮らしに苦労している小作農や職人たち、そしてその家族たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていたたくさんの救いを求め願う人々に出会うのです。

 そうした人々の具体的な生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」、「神様が公正と正義をもって支配する世界」からほど遠い世界でした。現実に不正義と不公正があり、苦しんでいる人々がいる世界です。それゆえ人々に必要なのは、「悔い改めること」、「神様に向かって、生き方の方向を転換すること」でした。悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではなく、自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。(これまでにもお話してきましたが、)大阪の釜ケ崎で働かれているフランシスコ会の本田哲郎神父は、その「悔い改め」を、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことだと言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えて来ます。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えて行くことは、やはり世界を変えて見ることにつながるのです。

 イエス様が語る「天の国」の到来、それは人を縛りつけているいろいろなしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれるときが来ることを意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、そのときはすでに来ている、と。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっているのだ。そうイエス様は宣言しています。また、「天の国」は、私の、私たちの現実が変化していく可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたがたのただ中にあるのだ」というイエス様の言葉はそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならないこと、克服されなければならないと感じていることを表す祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望とが込められているのです。

 私たちは、主の祈りの中で、「み国がきますように。み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国、神様の支配する国が、今来てくださいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ。天の国は近づいた」という声に応えようとすることです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様、あなたのみ国を地上に実現して下さい」と願う祈りなのです。それは今、私╲私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

 

 さて、福音宣教を始められたイエス様が、ゲネサレト湖(ガリラヤ湖)の畔にやってきたとき、漁をしていたシモン・ペテロとアンデレの兄弟を見かけました。イエス様は、この二人の兄弟に向って、「さあ、私の後について来なさい。そうすればあなたたちを、人間を捕る漁師にしてやろう」と言いました。すると、シモン・ペテロとアンデレは、すぐに網を捨ててイエス様に従いました。またしばらく行くと、イエス様は、ゼベダイの子ヤコブとヨハネが、父親と一緒に網を繕っているのを見かけますが、イエス様は彼らにも同じように呼びかけました。すると二人もまた舟と父親ゼベダイを残したまま、イエス様に従って行きました。

 これが、最初の弟子たちの招きの物語です。淡々とした記述です。その時、ペテロやアンデレ、ヤコブとヨハネの心の中でどんな動きがあったのかは、何も記されてはいません。また、彼らのとった行動は、「網を捨てて」、あるいは「父親と舟を捨てて」イエス様に従った、としか書かれていません。それも「すぐに」、それまでの生活の一切を捨てて、彼らは、イエス様の言葉に反応してついて行ったのです。

 ここで一つ大切なのは、何よりもイエス様が彼らを目にとめて、呼び掛けていることです。彼らの決断に先立って、イエス様の「さあ、わたしについて来なさい。そうすればあなたたちを、人間を捕る漁師にしてやろう」という招き、呼びかけがあるということです。

 ここでイエス様は、シモン・ペトロやアンデレ、ヤコブとヨハネに、あれこれ質問をして、弟子としての資質があるかどうかを探ることはしていません。ただ、「わたしについて来なさい」と呼び掛けているのです。

 それまで、彼らにそんな言葉をかけてくる人は、おそらくいなかったでしょう。ペテロもアンデレも、そしてヤコブもヨハネも漁師でした。それまでの生活や暮らしの中で、彼らがどんな思いを、悩みを、あるいは希望を抱えていたのかは、想像するしかありません。でも、そのイエス様の招きの言葉は、彼らを何か新しい生活に導いてくれるような、そんな響きを持ったのかもしれません。湖の漁村の周辺だけの世界でなく、広い世界へと自分たちを連れて行ってくれる、そんな幻(ヴィジョン)を感じさせる予感を与えられたのかもしれません。ともかくも、彼らは、イエス様の招きの言葉を受け止め、その言葉に従って、弟子としての一歩を歩み始めていくのです。

 

 最後に、実は、このイエス様に従ったのは、ペトロやアンデレたち四人ばかりではないことが、今日の日課のすぐ後の節に書かれています。

 イエス様は、ペトロたちを弟子にした後、ガリラヤ中を回って福音宣教を行いました。それは、「諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また民衆のありとあらゆる病気や患いをいや」すためでした。それは、貧しさの中に置かれた人々、「暗闇に住む民」、「死の陰の地に住む者」たちに、神様の愛という「大きな光」を示すためでした。「こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスに従った。」

 「大勢の群衆」の彼らもまた、イエス様の弟子たちになったと云えるかもしれません。そして、彼らが聞いた「招きの言葉」とは、「悔い改めよ、天の国は近づいた」という言葉であったのかもしれません。「今の生活を、現状を変えたい。生き方を変えたい」と願う「大勢の群衆」にとって、イエス様の語る「神様に向かって、生き方の方向を転換すること」は、彼らの「それから」を決める一つの手がかりであり、大きな道標であったであろうことは、想像に難くありません。彼らは、イエス様のわざに触れ、イエス様の言葉に耳を傾けながら、彼ら自身のありよう、彼らの「人生の歴史」、彼らの「強さや弱さ」と向き合い、そして、先ず「自分のありのままの姿」を受け入れたとも云えます。

 ひょっとするとイエス様は、何人かの人たちには、ペトロたちと同じように「私について来なさい。人間を獲る漁師にしてあげよう」と声をかけたかもしれません。

 「人間を獲る」とは、ですからこの場合、貧しく苦しみのうちにいるその人々を救いへと導くことです。生活の細々したことやしがらみに悩み、あるいは病に苦しんでいる人々に、「神様はあなたを愛し、あなたと共におられる」ことを、具体的に表すことです。そして、彼らが自分の人生を全うすることを助けることです。彼らが「生きていてよかった」と思うことができるような、そんな人生を歩めるようにしていくことです。そのわざを、その働きを、福音宣教をイエス様と一緒に行っていく者が、「人間を獲る漁師」であるのです。イエス様は、民衆である彼らにその福音宣教のわざを「共に担って欲しい」と呼びかけられたのです。「さあ、わたしについて来なさい」と。

 

 ペトロたちは、イエス様の言葉に、彼らは舟も網も置いて従いました。別な福音書では「一切を捨てて」と書かれています。この「一切」を物理的なもの、物質的なもの、あるいは生活すべてと解釈することももちろんできますが、同時にそれは別な価値観を生きると考えることもできます。それまでとは違った仕方でこの世界を眺めるということ、違ったものの尺度で自分の周りの社会を、世間を眺めていくことであるといえます。

 イエス様の弟子として生きることは、例えば洗礼者ヨハネのような、荒野に住んだり粗食に耐える生活をすることでも、この世界を捨てる世捨て人になることを意味しません。社会の中で、普段通りの生活を営みながら、ただ、それまでとは違った仕方で世界を眺め、臨み、自分自身に対しても、人々に対しても、そしてこの社会や世界に対しても、責任を負っていくことなのです。

 神様は、「今の私」に、呼びかけておられます。「私」が、その今の自分をしっかりと受け止め、肯定し、自分の人生を生きることを望んでおられます。そして、「私」が、尊厳をもって、「隣人」としての人々への責任ある行動に、参加することを求めておられます。それが神様の、キリストの招きの声に応えていくことなのです。

 私たちもまた、招かれたイエス様の弟子であることを覚えたいと思うのです。その招きに応えて、イエス様に「従って」行きましょう。

2020年8月30 日(聖霊降臨後第13主日)

「キリストに倣う」 

 マタイによる福音書

 ​16章21節~28節

 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 

 中村哲という日本人医師が、活動していたアフガニスタンで何者かに襲われ、命を落としてから、すでに九ヶ月が経ちました。

 中村さんは、著書「医者、用水路を拓く」にも書いておられますが、医療活動を行うだけでなく、水源を確保する事業を進めていました。

 中村さんは、1978年の旧ソ連によるアフガニスタン侵攻によって発生した、多くのアフガン人難民を救援するため、1984年にパキスタンで医療活動を始めます。そして、数年後にはパキスタン北西部の山岳地帯やソ連軍撤退後のアフガニスタン東部で、診療所を開設していきます。

 そうした活動を続ける中で、彼は、人々の栄養状態や衛生環境が改善されていかないと、人々を病気から救う抜本的な対策にはならないことを痛感していきます。

 特にアフガニスタンでは、内戦と長期間に及ぶ旱魃の影響から、本来の穀倉地帯でも大地が干上がり荒れ果てていました。さらに水不足から赤痢やコレラが急増し、全土で多くの国民、農民たちが難民化している状況がありました。

 そこで中村さんは、医療活動に併せて、水源確保のための事業を始めます。中村さんは地元の協力を得て、飲料用や灌漑用の井戸を掘り、伝統的な地下水路を再生していきます。また、約25キロの用水路を建設し、砂漠を農場に変えていきます。干上がっていた荒れ地と砂漠であった場所は、オリーブやナツメヤシの茂る農地や麦畑に変わりました。また畜産業やサトウキビの栽培、黒砂糖の生産も始まるのです。

 ただ、こうした活動は、死の危険と隣り合わせでした。武装勢力に襲撃される危険が常にあったのです。2008年には、中村さんと一緒に活動していた日本人が一人、身代金目的で武装勢力に誘拐され、救出に向かった警察との銃撃戦の最中に殺害されています。中村さん自身もそのことは、十分承知していました。周囲の日本人からも、「危ないから」といつも声をかけられていたようです。

 しかし、彼は、ここでは先ず何よりも食べること、食料を得ることが回復されなければならないこと、自ら働いて、食料を作り、安心して十分に食べることができるようにしていくことが、病気を治すだけにとどまらず、病気の原因を減らす抜本的な取り組みであること、また、人々が安心して農業を続けることができれば、貧困にも陥らず、戦争を起こすこともなくなり、結果として平和をもたらすこともできると考え、一連の事業を続けていきます。

 しかし、昨年12月4日に襲撃され殺されてしまいました。誰が行ったのか、なぜ殺されたのかは未だ判っていません。

 キリスト者であった中村さんは、ある意味では、アフガニスタンでの医療活動と水源確保事業を、大勢のアフガン難民の命を救う働き、「自分の十字架」と意識していたのではないかと思います。それこそ、「自分を捨てて、自分の十字架を背負って」、イエス様に従ったのではないでしょうか。

 困難の中にあって、「飼う者のいない羊のようなありさま」のたくさんの人々を救う、イエス様の生き方を自分の生き方にしていく姿が、そこにはありした。

 「わたしの後に従いたい者は、自分を捨てて、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 この言葉は、イエス様が、弟子たちに自分の受難、つまり十字架による処刑と、その後の復活の出来事を打ち明けた後に、重ねてペテロと弟子たちに向かって語ったものです。

 イエス様の受難と復活についての発言は、ペテロを困惑させました。彼は、強い調子でイエス様を諌め始めます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」 

 しかし、イエス様は、ペテロを叱りつけられます。

 「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者。あなたは神のことを思わずに、人のことを思っている」と。簡単に言えば、「あなたは自分のことしか考えていない。わたしの邪魔をするな」ということでしょうか。

 ただ、イエス様がペテロを叱ったのは、言い換えれば、ペトロが(そしてたぶん他の弟子たちも)、イエス様の旅の目的とその意味を、理解していないことを示しているといえます。イエス様の教えや行動が、現実の世界に対して持っている意味を、判っていないことを表しています。

 イエス様の受難と復活の予告は、ある意味、冷静に自分の語る言葉や行動を見据えた発言です。

 イエス様は、宣教の旅の行く先々で、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々を見かけます。病や日常の生活に苦しんでいる多くの人たち。その人たちを救うためのイエス様のわざや教え。そこで示されるイエス様の価値観、それは、当時のユダヤ人社会、いわゆる「世間」の価値観とは大きく違っていました。

 それは、例えば、「世間」が低く評価する境遇にいる人々、貧しい人、飢えている人、苦しんでいる人、病気や障害を負っている人たちこそが、神様の救いに真っ先に与れるというものでした。差別されたり、疎んじられている「取税人」や「遊女」たちが、神の国に入れるというものでした。神様の救いは、イエス様の癒しのわざを通して、それらの人々の上に現れるというものでした。

 あるいは、宗教的な制度が人を不自由にするのなら、その律法の解釈や制度は変えられなければならない、と語るものでした。

 だからこそ、イエス様の語る教えは、ユダヤ人社会の指導者と呼ばれる「長老や祭司長、律法学者たち」にとっては、許しがたいものだったわけです。それゆえにイエス様は「必ず多くの苦しみを受け」、「殺される」ことになるのです。

 人々を病や苦しみから救い、日々の負担や重荷から解放するために、神様の愛と、神の国の希望、すなわち福音を語り、具体的な行いをもって指し示すこと。それが、イエス様の使命です。しかし、人を解放し、自由にし、この世界のあり方そのものを動かし変えていく福音を伝える使命が、今自分が生きている社会の支配的な人々からは、受け入れられないだろうということを、イエス様ははっきり理解しているのです。

 イエス様がエルサレムに行こうとしたのは、そこでもイエス様の救いの業と教えとを必要としている人々、「飼う者のいない羊のようなありさま」の人々がいたからだと思うのです。それを邪魔してはいけないと、イエス様は言われたのです。

 イエス様に従う者は、どのように生きるべきなのか、それが今日の日課の主題です。

 「自分を捨てて、自分の十字架を背負う」とは、今までの自分の生き方を否定して、イエス様の生き方を自分の生き方にしていくことといえます。

 イエス様の生き方を自分の生き方にする、イエス様に倣うということは、イエス様が何を大切にし、何を尊重しているのかを、自分の人生の道標として生きていくことです。

 具体的には、神様の正義と公正が地上で実現することを求めることです。貧しい者や飢えている人たち、病んでいる人たち、重荷を負っている人たち、社会的に弱い立場に置かれている人たちに想いを寄せ、寄り添い、彼らが今の境遇から救われること、解放されることを共に望み、目指すことです。そのために彼らが抱えている問題や課題を一緒に担い、解決する方法を探ることです。

 ただ、そのような生き方を、信念を持って貫こうとすれば、様々な抵抗にあうこともあります。とりわけ、貧しい人々や弱い立場にいる人々を搾取し、それによって利益を得ている人々、自分さえよければかまわないと考える人々からは、きっと疎まれるに違いありません。

 しかし、イエス様は私たちに「わたしに従いなさい」と語ると同時に、一つ約束されています。「自分のいのちを救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救う。」

 「わたしのため」とは、イエス様の福音のためという意味です。

 その福音の実現のために、人生をかけるなら、その人は永遠の命を受けるとされるのです。たとえ、「この世」の力が圧倒的であったとしても、イエス様の言葉とわざに従い、福音の実現のために力を尽くし、なすべき課題を行おうとするなら、その人はイエス様の再臨の時に、「それぞれの行いに応じて報い」られ、永遠の命を受け取る。そうイエス様は約束されるのです。

 

 冒頭でお話しした中村哲医師は、「誰もやらない活動なら、俺がやる」といって、パキスタンとアフガニスタンでの活動を続けられたと聞きます。

 現地の言葉を話し、土地の文化と伝統を尊重して、目の前に現れる課題を、現地の農民と共に汗を流して解決していく中村さんのその姿に、現地の人が感謝をし、深く信頼を寄せたといいます。村人の要請を受けて、モスクと学校を建設もしています。キリスト者がなぜ、モスクを建設したのか問われて、それは現地の人たちの誇りを取り戻すことでもあったと、中村さんは語っています。村の人たちは、外国の文化が押し寄せる中で、自分たちの文化はだめなのか、劣っているのかと劣等感を持っていたそうです。でもモスクが建設されたことで、彼らは誇りを取り戻すことが出来たそうです。

 水源の確保も、荒れ果てた大地を回復し、農民のいのちと生活を回復していくわざであったと言えます。それは、人々に勇気を与え、生きる力を回復する、福音の実現といえるのではないでしょうか。

 不幸にして中村さんは、事業半ばにして凶弾に倒れましたが、彼の仕事は、彼の後援会であったペシャワール会が引き継いでいくそうです。

 誰もが中村医師のようには働けるわけではありませんが、しかしその姿勢に倣うことはできます。たとえ困難を前にしたとしても、イエス様を信じる者として、一緒に生きている人たちと、ともに祈り、重荷を担い合って、福音の実現のために、目の前の様々な課題を引き受けて、乗り越えていきたいと思います。

2020年8月2日 平和主日

 「平和の基」 

 ヨハネによる福音書

 ​15章9節~12節

 イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。

 ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。

 その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。

 イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。

 イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。

「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」

 

 それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」

 人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。

 

 イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。

 「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」

 それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。

 しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。

 もちろん、注意しなければならないことはあります。

 「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。

 最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。

 と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。

 「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。

 「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。

 

「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」

 

 この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。

 

 私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。

 それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。

 なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。

 日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。

 昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。

 そこでは、次のような祈りがささげられました。

 「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」

 「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」

 「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」

 「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」

 「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」

 「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」

 「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」

 「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」

 

 「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。

 平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。

 人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。

 「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン

2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)

 「天の国の実現」 

 マタイによる福音書

 ​13章31節~33節

   +44節~50節

 イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。

 私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。

 イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。

 

 先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています

 「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」

 そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。

 からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。

 讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。

 「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」

 球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。

 からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。

 

 次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。

 「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

 人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。

 パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。

 パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。

 「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。

 また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。

 

 「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。

 もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。

 そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。

 もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。

 44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。

 二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。 

 つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。

 イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。

 現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。

 しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。

 

 「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。

 日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。

 「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。

 2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)

「生き直すということ」 

 マタイによる福音書

 ​11章28節~30節

 人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。

 競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。 

 行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。

 生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。

 

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。

 今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。

 軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。

 ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。

 つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。

 ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。

 「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。

 

 旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。

 ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。

 イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。

 本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。

 イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。

 と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。

 

 「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。

 それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。

 それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。

 あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。

 またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。

 

 イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。

 「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。

 この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。

 生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。

 だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。

 だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。

2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)

 「あなたが花束」 

 マタイによる福音書

 ​10章40節~42節

 「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。

 歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。

 「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。

 それは、その相手を励ましたいからです。

 「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。

 歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。

 歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。

 「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。

 「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。

 その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。

 歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。

 そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。

 「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。

 この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。

 いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。

 自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。

 そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。

 「あなたが花束」になっていくのです。

 

 「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。

 今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。

 ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。

 そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。

 「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)

 「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。

 「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)

 この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。

 弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。

 

 二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。

 使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。

 「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。

 パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。

 福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。

 もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。

 たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。

 生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。

 

 弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。

 教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。

 それが、弟子の使命です。

 どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。

 2020年1月26

「天の国は近づいた」 

 マタイによる福音書4章12~18

 

 韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。

 

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

共に平和をつくり 共に生きる その町で

平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら

貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で

平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で

私たちの労働が お祭りになる その日に向かって

共に生きる町 小さくても 美しい町

共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか

教えてください 教えてください 共に生きる町を

  詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。

 その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。

 この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。

 一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。

 と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。

 この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。

 八〇年代​、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。

 このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。

「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。

 明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。

 勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの

かもしれません。

 いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。

 「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」

 その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」

 イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。

 「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。

 ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。

 具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。

 不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。

 それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。

 悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。

 この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。

 「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。

 私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。

 大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。

 それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。

 それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。

 確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。

 「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。

 「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。

 「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います

 

(2020年1月26日)

 

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