

日本福音ルーテル豊中教会
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礼拝メッセージ
(当分の間、毎週更新します)

2023年5月28日
聖霊降臨祭
「聖霊を
受けよ」
使徒言行録
2章 1~13節
人がイエス・キリストの言葉と出会い、自分の生き方を見つめ、考え、そして、変えられていく。そのこと自体、奇跡といえば奇跡といえます。
以前にもお話したことですが、私が、初めて教会に行ったのは、中学二年生の時でした。転校してきた同級生が教会に通っていて、誘ってくれたのがきっかけでした。でもその時分は、その後自分がよもや洗礼を受けて、そのうえ牧師になるなどとは夢にも思いもしませんでした。ただ、今、思うのは、教会に通い始めて、イエス・キリストの話を聞くだけではなく、それが自分の生き方にとって、何か決定的な事柄となっていったというのは、考えてみれば不思議なことです。
以前二度ほど、卒業した大学の神学部から依頼され、大学院のゼミの授業で学生を前にして、自分の牧師になるきっかけや牧師になってからの経験について話をしました。そこで、あらためてこれまでのことを振り返り、自分の信仰理解や、教会での働きと牧師の仕事について考える機会を持ちました。そして、今にして思えばということなのですが、いくつかの自分の決断の原点ともいえる出来事や人との出会いがあったことを思わされました。大学一年生の冬に釜ヶ崎へ初めて行ったこと、三年生の時に在日大韓教会での子供会活動の手伝いを始めたこと、日本福音ルーテル教会の牧師を志願して三鷹の神学校を受験したこと、そして、牧師になってから五年目にドイツへ交換牧師として行ったこと、そうした折々の出来事や人との出会いを通して、私自身一つ一つ決断しながら、今こうしてここに至っている、と思うのです。
人生における決断の原点、信仰の原点を思い出すこと。それは、いつも自分が立ち返ることのできる大切な記憶です。ヨハネの黙示録には、「あなたは初めのころの愛から離れてしまった。だから、どこから落ちたかを思い出し、悔い改めて初めのころの行いに立ち戻れ。」(2章4b~5節)と記されています。人生において自分が迷ったり、悩んだりした時に、改めて立ち返り、自分を見つめ直すための、その日、その時、その瞬間の記憶。その原点を持ち、思い出せることは、大切なことだと云えます。
今日は聖霊降臨祭です。キリスト教会が誕生した日ともいわれています。その出来事が今日の日課に記されています。
ユダヤ教の伝統的な五旬節の祭りは、旧約聖書にあるエジプト脱出の出来事と関連して祝われ、特にシナイ山で十戒が与えられたことを記念するものとされています。この祭りの日、弟子たちは、エルサレムの町で、一つに集まり、祈っていると、突然激しい風が吹いてくる音が天から聞こえ、続いて炎のような舌が弟子たちの上にとどまって、聖霊、つまり神様からの力が弟子たちに与えられました。そして、「(弟子たちは、)“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し始めた。」 異なった国々からエルサレムに来て住んでいたユダヤ人たちが、それぞれが本来住んでいた国の言葉で、弟子たちの話す内容を理解できたわけです。それが聖霊降臨の出来事でした。
吹き荒れる風の音という描写は、創世記に記されている人間の創造物語を思い起こさせます。神様は、土で形作られた人の鼻に、息を吹き込んで生命を与えます。風の音は、いわば生命をもたらす神様の息の音ともいえます。
また、炎のような舌。それは洗礼者ヨハネが、イエス様は火と聖霊による洗礼を人々に授けるだろうと預言したことを思い起こさせます。炎は、まさにその預言が今成就していることを告げています。そして、舌とは、そのとき、聖霊が言葉の賜物として現れ、与えられたことを示しています。聖霊は、異なった言葉、異なった国々の言葉で語るという賜物として与えられたことを、指しているわけです。
この聖霊降臨の出来事でもう一つ興味深いのは、弟子たち「一同が、一つになって集まっている」所に、「炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまっ」て聖霊が付与され、そのことによって「一同は聖霊に満たされ」、各々が「ほかの国々の言葉で話しだした」ことです。言い換えれば、教会の上に働く聖霊とは、心を一つにしてその場所・共同体に集った一人一人に「個別に」与えられ、しかも各々は同じ福音を、それぞれの異なる言語、もしくは各々の個性に応じて、語ることができるようになるということなのです。
この聖霊降臨の物語ですが、そこで実際に何が起こったのか、どのような状況であったのかを、思い浮かべることは、簡単ではありません。理性的に分析しようとすれば、これは集団幻想であったとか、あるいは集団トランス状態に陥っていたのだというような、弟子たちの異常な心理状態を想像してしまうかもしれません。けれども、たぶんその時、その場所で弟子たちが体験したことは、ここに記してあるようにしか、彼らには表現できなかったのだろうと思います。だからこそ、この物語を読むときに大切なのは、この物語の中に込められた意味を見落としてはならないということです。
聖霊降臨の様子は、それ自体一つの奇跡のようですが、ある人は、ここで起こったことは宣教の奇跡であると言います。
なぜなら、聖霊を与えられたことで、弟子たちが、イエス様の教えを聞く者から、イエス様の出来事を伝える者と変えられていったからです。確かに、弟子たちも何度か、イエス様から、教えを語り、癒しを行う権能・力を授けられ、方々の町や村々に派遣されました。にもかかわらず、弟子たちは依然として、イエス様の話を聴く存在でした。その弟子たちが、聖霊が働くことで、自ら語る者に変えられ、自らの言葉を得て、大胆に語り始めていったのです。また、その聖霊は言葉を生み出し、異なった国々から祭りに参加するためにエルサレムに来て、その場に居合わせた人々にも、理解できる言葉を彼らは語ったのです。
聖霊降臨という出来事によって、弟子たちは、人々に働きかける宣教の言葉と力を神様から賜物として受け、その言葉を聞いた人々にもまた聖霊が働いて、信じる人を起こしていったのです。
初代の教会に聖霊が降臨したことを、教会が毎年記念して祝って来たわけは、いわば教会の原点の記憶を思い出すことに他なりません。それは教会の歴史を覚えることでもあります。しかもそれは単に個々の教会が、その設立から今日までの歴史を省みるというだけでなく、二千年に及ぶ初代教会からの信仰の歴史に、私たちの教会も信仰を、いわば「接木」されてきたのだということを思い起こすことでもあります。ここにいる一人ひとりの信仰もまた、そうした教会の歴史の一つであり、今を形作るものであり、これからへと引き継がれていくものです。
原点を思い出す。自分の出発点の記憶を呼び起こしていく。聖霊は、私たちに、イエス・キリストの言葉とわざとを思い出させてくれる、そう聖書には記されています。ヨハネ福音書には、聖霊とは、「弁護者」であり、「真理の霊」、またキリストについて「証しをする」、つまりイエス様とは誰であり、何のために来られたのかを明らかにする、と書かれています。(15章26~27節) そして、聖霊は、「真理をことごとく悟らせ」、「(神から)聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げる」と言われています。(16章13節) また「弁護者」である聖霊は、私たちの心の願いを、神様に執り成してくださいます。使徒であるパウロは、「ローマの信徒への手紙」の中で、「同様に、"霊"も弱いわたしたちを助けてくださいます。わたしたちはどう祈るべきかを知りませんが、"霊"自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。人の心を見抜く方は、"霊"の思いが何であるかを知っておられます。"霊"は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。」(8章26~27節)と書いています。
聖霊は、人が、私たちが困難に出会い、心が挫けてしまったり、折れてしまった時に、その心のために「言にならないうめきをもって執り成し」、私たちがもう一度命の力で満たされるように働きかけてくれるのです。「真理を悟らせ」、諦めてしまった心が再び希望を見いだし、もう一度目的を定め直して、活き活きと燃えることが出来るように助けてくれるのです。それは、たとえばエマオに赴いた二人の弟子が、イエス様が十字架によって処刑されたことで一旦は絶望していたにもかかわらず、復活されたイエス様と出会うことで「心が燃えた」ように、聖霊は、キリスト者の信仰をいよいよ「燃やし」、強め、堅く保つのです。
そして、この聖霊は、二千年前の弟子たちにだけ働いたのではなくて、 今も人々に直接働きかける神様からの力です。聖霊が働くことで、人はその心の目が開かれ、神様からの恵みと賜物に気付き、それを受け止め、感謝することができます。それが信仰であり、それゆえ、信仰は神様から与えられる賜物なのです。わたしたちは誰も、聖霊によらなければ、「イエスは主である」と表明することができません。(第一コリント12章3節)
洗礼は、その信仰を、神様と信仰の共同体に対して目に見える形で証しすることであり、同時にその信仰を明らかにする応答への神様からの祝福のしるしなのです。
聖霊を通して、人は自分の生き方を見つめ、考え、変えられていきます。それはひとつの神様の奇跡です。そして、そのことを私たち一人一人が体験してきているのではないでしょうか。確かに聖霊降臨の物語に描かれているような劇的な仕方で、私たちは聖霊の存在を認識することはこれまでなかったかもしれません。しかし、私たちが、自分で聖書を読み、説教や証しを聴く中で、イエス様と出会い、人生の道標を見いだしてきたのは、聖霊の働きによるものです。また、私たちが一人で、あるいは人と共に祈ったり、他の誰かから執り成しの祈りを祈られることを通して、慰められ、励まされるならば、そこに聖霊は確かに臨み働いているのです。
それゆえに私たち教会は、聖霊に聞くことを止めてはいけないし、常に聖霊が私たちに働き、「教え」、「思い出させること」を求めねばなりません。また、私たちは、どのような決断をする場合でも、聖霊を堅く信頼することが許されています。
聖霊は、この世界のただ中で、キリストによって結ばれたものの共同体、教会の上に臨み、今も働いています。しかも、聖霊は、私たちをキリストと結び付け、明日へと「前進させ」ます。
聖霊が、今も私たちの上に、また私たちを通して強く働いていることを感謝したいと思います。今、行き先がなかなか見えない状況だとしても、私たちは、聖霊の導きを信じて、祈り求めて、歩んで行きたいのです。何度でも信仰の原点に立ち返りながら。

2023年5月21日
主の昇天主日
「さようならの
向こう側」
使徒言行録
1章 6~11節
ルカによる福音書
24章 44~53節
先日、私が勤めている施設で、ある集会が催されました。その集会に参加していた一人の友人が、その場で数十年ぶりに彼の恩師と再会しました。集会が終わった後で、その友人と彼の恩師は、小一時間ほどでしたが、施設の事務室で、座って話をしました。私もその場に居合わせたのですが、彼らの会話を邪魔しないようにしていました。本当に久しぶりだった二人は、お互いの近況やこれまでの歩み、現在の活動など、話は尽きないようでした。しかし、やがて時間が来て、二人は玄関先で挨拶を交わし、握手をして、「では、また」と言って別れて帰っていきました。
その時の彼らの、「では、また」という言葉には、様々な想いが交差していたように感じられました。二人とも大阪近郊に住んでいるのですが、これまでなかなか会える機会がありませんでした。友人の恩師の先生はお元気に見えましたがすでに八十七歳。一方、その友人は五十九歳ですが、数年前に癌の手術を受け、以前のようには活発に動けなくなっていました。二人の年齢や状況を考えると、果たして次に会える機会があるかどうかも、不確かだからです。
コロナ禍のせいで再会するのが三年ぶりという人も多くいます。
先だって、東京で五年ぶりの(教会の)全国総会があった折、私も、久しぶりに全国にいる同僚の牧師たちや、顔見知りの信徒代議員さんたちと顔を合わせる機会を持ちました。
ある方に「お久しぶりです」と挨拶すると、「もうこれで(全国総会で顔を合わせるのも)終わりになるかもね」という言葉が返ってきました。つまり、自分が高齢になったので、次の全国総会には来られないかもしれないという意味です。私自身も、いつのまにか歳をとってきましたし、やがては他の人にそう語る時が来るでしょう。「では、また」という挨拶を交わしても、それが、最後になるかもしれない。人と人との出会いと別れは、そのようなものです。
常に身近にいる人や、会いたい時にいつでも会える友人とも、何気なく交わしている「さようなら」という挨拶ですが、その人が自分にとってかけがえのない存在であると意識するほど、「さようなら」と言う度に、どこか心残りや切なさを感じるのではないでしょうか。ましてや、親しいけれどめったに会えない相手であれば、なおさら、「さようなら」「またね」と言う時に、切ない気持ちになるでしょう。いつまた次に、会えるかどうかわからないからです。
しかし同時に、お互いにわかり合えている、心が通じていると感じられたり、同じ志や想いを抱いている者同士であれば、たとえ遠く離れて住んでいても、いつでも繋がっているという気持ちでいられますし、いつか必ず「また会える」という希望を捨てることはないでしょう。それどころか、その時を想像して、嬉しくなるのです。だからこそ、「また会う日まで、元気で。」そんな思いを込めて、「さようなら」の挨拶を送ることができるのだと思うのです。
今日、私たちは主の昇天主日、復活されたイエス様が天に昇られた出来事を記念する主日を迎えています。
今日の日課、使徒言行録1章6節~11節(とルカによる福音書24章)には、復活されたイエス様が天に上げられ、弟子たちと別れる様子が描かれています。
復活された後、40日にわたって弟子たちと共に過ごしたイエス様は、その最後のときに弟子たちに一つの約束をしました。
「あなたがたの上に聖霊が降る。あなたがたが力を受けるために。そしてエルサレムだけでなくユダヤとサマリヤ全土で、また地の果てに至るまで、わたしの出来事の証人となる。」
つまり、弟子たちは、やがて神様からの別な助け主である聖霊を受け(身に帯びて)、宣教のために必要な力を与えられ、全世界に出て行って、イエス様の教えと業、十字架と復活の出来事を証しするという約束であり、それは同時に、イエス様が福音宣教の使命を、弟子たちに託されたということです。
そして、この後に、イエス様は弟子たちの目の前で、天に上げられていったのです。
「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。」(使徒言行録) 「イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。」(ルカによる福音書)
これがイエス様の昇天の物語です。
このイエス様の昇天について、私たちは礼拝の度に、使徒信条の中で、「(主イエス・キリストは)復活し、天に上り、全能の父なる神の右に座し、」と告白しています。
イエス様の昇天、それは先ず、イエス様が、神様のもとに帰り、神様の右に座した、つまりイエス様がこの世の権力すべてを超越する存在になったということです。そのことは、エフェソの信徒への手紙にも記されています。
「神は、この力をキリストに働かせて、キリストを死者の中から復活させ、天において御自分の右の座に着かせ、すべての支配、権威、勢力、主権の上に置き、今の世ばかりでなく、来るべき世にも唱えられるあらゆる名の上に置かれました。神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。教会はキリストの体であり、すべてにおいてすべてを満たしている方の満ちておられる場です。」(エフェソ1章20節~23節)
つまり、キリストであるイエス様は天に上げられたことで、この地上の世界の権力や支配をはるかに上回る力を、今、持っておられるということです。イエス様が「神様の右に座す」ことで、この世界の力は、過ぎ去るもの、いずれは失われる存在であり、限界のあるものであることが露わにされたということなのです。そして、「神の右に座して」イエス様は、「御座を高く置き、なお低く下って天と地を御覧になり」(詩編113篇)、神様と共にあって、世界を統治され、私たちを見守っているということなのです。
またイエス様の昇天は、イエス様が父なる神様のもとで、私たちの祈りを聴き、私たちのために執り成してくださることを表しています。それは、新約聖書に書かれています。へブル書9章では「キリストは、今やわたしたちのために神のみ前に現れてくだ」(24節)さったとあり、また7章には、「この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、ご自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできにな」(25節)る、とも書かれています。あるいはまた、ローマ書8章に、使徒パウロが「死んだ方、否、むしろ復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださる」(34節b)と記しているとおりです。
なぜなら、イエス様は、神様と私たちを和解させるために、私たちのすべての罪を十字架の上で負われることで、私たちの代理人となられたからです。それゆえに、「ただイエスの御名によってのみ、われわれは祈ることができる」(ボンヘッファー)のです。
最後に、イエス様が天に上げられたこと、それはある意味では、イエス様の地上での不在を示しています。つまり今現にこの地上には、イエス様は二千年前に生きていたようには(肉体を持っては)存在していない、という意味です。
しかし、それは同時にキリストであるイエス様の遍在、つまりイエス様はどのような場所であっても、どのような時間であっても存在しておられるということを意味しています。イエス様は、二千年前のパレスチナという場所と時間に限定されることなく、時間や空間を超えて、もちろん今この瞬間も、人々と、私たちと共におられるということなのです。
さて、この昇天の物語は、イエス様が上げられて行った天を見つめて立っている弟子たちに、白い服を着た二人の人、神様の使いが語る言葉で終わっています。
「ガリラヤの人たち、何故天を見上げて立っているのか。天に上げられたイエス様は、あなたがたが見たのと同じ様子で、またおいでになる。」
「天を見上げて立っている」弟子たちの姿は、ある意味では、当然だったかもしれません。イエス様が復活されただけでなく、目の前で天に上げられたのですから。それは、まさにイエス様が神様から送られてきた存在だったという強い証明ですし、それを目撃できたことに、弟子たちは、感動したことでしょう。感動、感激に心が震えて、いつまでもその余韻に浸っていたい、そして時間が経過するのも忘れてしまっていたかもしれません。
「ガリラヤの人たち、何故天を見上げて立っているのか」という神様の使いの言葉は、イエス様との別れを惜しんでいる弟子たちを軽く叱っているようでもあり、またその感動の余韻に浸る彼らを現実に連れ戻しています。
と同時に、神様の使いは、弟子たちに、もうひとつのうれしい知らせを告げてもいます。「天に上げられたイエス様は、あなたがたが見たのと同じ様子で、またおいでになる」と。それは、「さようなら」と告げられた後で、「また来ます」、「また会おう」と(イエス様から)言われたのと同じことです。イエス様は弟子たちと再会を約束して行かれたのです。
イエス様と弟子たちとの「さようならの向こう側」には、確かな再会の約束があります。
弟子たちは、聖霊の働きによって、たとえ姿は見えなくても、「自分たちと共にいるイエス様」を常に感じ、またイエス様と再び会うことが出来るという約束と希望を確信していたからこそ、喜びを持って、神様を賛美し、祈り、「エルサレムだけでなくユダヤとサマリヤ全土で、また地の果てに至るまで、わたし(イエス様)の出来事の証人となる」務めを果たして行ったのです。
イエス様が天に上げられたという出来事は、私たち教会にとっては、再臨するキリストを待つ時間の始まりです。
イエス様の出来事によって、神様はこの世界に介入され、苦しみや悩みに沈んでいる人々に解放を告げ、希望と救いをもたらされました。人々は、イエス様の存在によって、神様が共にいることを実感しました。しかし、その救いのわざは未だ終わっていません。世界の現実は未だ変わっていないからです。だからこそ、キリスト・イエス様は再び来てそのわざを完成させるのです。
私たちは、待ちたいと思います。弟子たちのように、私たちも心を一つにして祈り、人々の暮らしの中で、イエス様の教えを伝え、癒しのわざを行いながら、主イエス・キリストが再びこの世界に到来する約束を信じて、希望を持って待ちたいと思うのです。
「主よ、来てください」と。

2023年5月14日
復活節第6主日
「共にいる
幸い」
ヨハネによる福音書
14章 15~21節
「わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。」
今日の日課は先週に引き続いて、受難と十字架を前にしたイエス様の告別の説教の言葉です。先週も申し上げたのですが、なぜ、イエス様の復活の後に、イエス様の告別の説教をあえて読むのか。それは、復活されたイエス様が地上を離れて、父なる神様の御許に帰るために天に挙げられていくからです。
復活された後、イエス様は40日間を弟子たちの前に何度も現れ、共に食事をし、教えられ、また彼らにいくつかのことを託され、そして、その後、天に昇っていくのですが、それは、いわばイエス様と弟子たちとの別れです。イエス様の告別の言葉は、地上に残る弟子たちと教会のためのものであり、私たち教会が何度でも思い起こし、立ち返るべき教えです。それゆえに私たちはキリストの復活後しばらくの間、このイエス様の告別説教を聞くのです。
さて、ここでイエス様は、別れることになる弟子たちに向けて、次のような四つの約束を語ります。
第一の約束は、イエス様は、弟子たちのもとに、「別な弁護者、真理の霊」、別な言葉では「聖霊」を、永遠に彼らと一緒にいられるように送ってくださるよう、父なる神様にお願いするというものです。「別な弁護者、真理の霊、聖霊」は、「あなたがたと共におり」、「あなたがたにわたしの語ったこと、わざのすべてを解き明かし、思い出させてくれる」存在だと福音書は言います。
このとき、イエス様の説教を聴いていた弟子たちは、漠然としたものではあっても不安だったろうと思うのです。なぜならこの告別説教の前に、イエス様が(ユダの)「裏切りの予告」と「別れの言葉」を語り、また「ペテロの否認」を予告していたからです。弟子たちにはなぜ、今別れの言葉なのかは分かっていませんが、ただ、イエス様のその言葉に、何か落ち着かない気持ち、不安を感じてはいたでしょう。だからこそ、イエス様は、弟子たちに「心騒がせずに」いなさいと言い聞かせ、「聖霊」を送る約束をされるのです。
聖霊が弟子たちのもとに送られるのは、イエス様が不在になるからです。イエス様は、時間と空間を隔てたところに行かれ、これまでのように地上で、常に弟子たちのそばにはいられなくなるからです。しかし、イエス様は、聖霊の派遣により、弟子たちと「共にいる」ことができるのです。たとえイエス様が弟子たちの許を離れたとしても、弟子たちは、何の助けもなく、放っておかれているのではない。今度は、聖霊によって彼らの行く道が示されていくのだ。神様の守りと導きのもとにあることに信頼してよいのだ。困難の中にあっても、何を語るべきなのか、何を行うべきかは、「真理の霊」である聖霊によって示されていく。その霊は、この世には見えないし、認識もできない。この世がそれを受け入れようとは思わないから。しかし、弟子たちが、その霊を受け入れようとするなら、その霊は、「弟子たちと共にいて、これからも弟子たちの内にいる」ことを知らせるというのです。だからこそ、「あなたがたは心を不安にしてはいけないし、怯えなくてもいいのだ」と、イエス様は語るのです。
またイエス様は、しばらくするとこの世は「わたし」つまりイエス様を(十字架によって処刑され、葬られるために)見なくなるが、弟子たちは復活されたイエス様を見ると言われます。それが第二の約束です。それは、イエス様が復活されてから、天に挙げられるまでの間のことですが、イエス様はこうも言われます。
「わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。」
復活されたイエス様と出会うことで弟子たちは、確かな信仰を得て、福音のために活き活きと働き始める。そして、イエス様が弟子たちと離れて天に昇られた後も、弟子たちは聖霊を通して、イエス様ご自身が今も生きて共に働いておられることを、感じることができるということです。
三つ目の約束は、「かの日」、すなわちイエス様が弟子たちを天のみ国に迎え入れるために、再び戻ってこられるその日には、弟子たちは、次のことをはっきりと理解するということです。それは、イエス様が神様と分かちがたく一体であり、イエス様の想いは神様の想いであり、イエス様のわざはすべて神様によるものだということ、そしてイエス様に従う弟子たちは、イエス様の愛の内に生き、イエス様は、その愛する弟子たち一人一人、そして弟子たちの交わりの内にいつも共におられるということです。
最後にイエス様は、弟子たちに対し、わたしを愛し、大切に思うのであれば、わたしの掟、教えを守りなさいと命じています。イエス様の掟を受け入れ、守る人は、イエス様を愛する人であり、その人は、父なる神様に愛される。イエス様もその人を愛し、その人に自分を示すというのです。それが、第四の約束です。
「(わたしを愛する人を)わたしの父は愛し、父とわたしは、その人のところへ行って、その人と一緒に住むであろう」。
人が、イエス・キリストを愛する、つまり大切に思い、その言葉を守るとき、神様とイエス様は、その人自身の生活のただ中で一緒に働かれる。イエス様はその人を導き、イエス様はその人の生活を通して、生き、働く。人は神様の守りの内にある。
だからこそ、神様とイエス様を信頼して、安心してすべてを委ね、イエス様を愛し、教えを守り、お互いに「共にいる」ようになりなさいと、イエス様は弟子たちに勧めるのです。
ここで「一緒にいる」、「共にいる」ということは、ただ場所を同じくする、同じ場所にいる、ということだけではありません。実は、同じ思いを抱いているということが、「共にいる」という言葉を性格づけます。同じものを目指していくことが「共にいる」ことです。父なる神様もイエス様も聖霊も、同じ言葉を語り、同じ教えと知恵を示します。それが弟子たちの「内に」あって、働くこと、弟子たちがその力に促されて働くこと、それが「共にいる」ことをあらわしています。
また、「共にいること」は時間や空間を越えます。例え、その場所にいなくても、常につながっていることが確認できれば、人は「共にいる」ことができます。たとえば、人が離れていてもメールや電話、手紙などで、相手とつながり、励まされ、労わられ心配されるなら、それは十分に「共にいる」ことになります。安心して、自分のことを話せる。安心して聴いてもらえる。それが「共にいる」ことを示しているのです。相手がそばに居ても、あるいはそばにいなくても、安心して過ごすことができる。不安を感じずに自分自身であることができる。それが「共にいる」ことです。
榎本てる子さんという牧師がいました。「ちいろば先生」として知られた榎本保郎牧師の娘として、1962年に京都で生まれ、関西学院大学神学部を卒業後、カナダに留学し、1990年に牧師になりました。その後、再びカナダで牧会カウンセリングの実践研修を受け、帰国後は、日本でエイズカウンセラーとして働きました。また2008年からは、母校の関西学院大学神学部で、教員としても働きますが、その頃から難病に罹り、闘病生活を続けながら学校で教えていました。そして2018年4月に55歳の若さで天に召されていきました。
彼女がカナダに留学していた時の日記や、彼女を知る仲間たちによる思い出が、『愛の余韻―榎本てる子 命の仕事』という一冊の本にまとめられていますが、この本の中で榎本さんは、「孤独のとなり」という題で、次のようなことを書いています。
「私は日本にいるとき、多くの友達にいつも囲まれ、孤独を感じている暇もなかった。そんな私がカナダに来て一番つらかったのが、孤独であった。何度もこの孤独に泣いた。孤独を感じるとき、いつも(かつての教会の親しい仲間であった)馨くんたちがくれた声のテープを聞いた。励まされた。」「小さいころ、よく『われら青春!』というテレビを見ていた。その中に今でもよく口ずさむ歌がある。『悲しみに出会うたび、あの人を思い出す。こんな時そばにいて、肩を抱いてほしいと。慰めも涙もいらないさ、温もりが欲しいだけ。人はみな一人では生きていけないものだから』という歌である。悲しみや寂しさに出会うたび、この歌を歌う。しかし、『あの人』とはだれなんだろうとずーっと思ってきた。そして、カナダに来て、『あの人』が誰であるかを発見した。」「親知らずの手術の日、友達が朝、病院まで送ってくれた。しかしそれからはひとりである。待合室には、夫婦で来ている人、母親に連れられてきている子どもがいた。とても羨ましかった。私は、待ち時間に目をつぶって祈っていた。目を開けると、一人のおばあさんが私の前に座っていた。おばあさんもひとりっきり。おばあさんはハンドバックから『アパ・ルーム』という日々の聖句を取り出して読んでいた。おばあさんもひとり・・・・・私は気持ちがわかった。私は手術室に向かう間中、孤独感に襲われ、不安になり、必死で祈った。馨くんが感じたように、孤独のとなりに神様がいるんだって思った。そう思うと不思議と落ち着いた。」
英語も十分に通じず、アジア人差別にも出会い、彼女が孤独を覚えていたときに、友人の「馨くん」がくれた手紙に、彼自身が孤独を経験した中で、「孤独のとなりに神様がいる」と感じたことが書かれていたのを読み、また癌で亡くなった義理のお兄さんの言葉やイエス様のゲッセマネの祈りを連想しながら、彼女は孤独の意味を考えていきます。
彼女は書いています。「馨くんは浜松で、私はカナダで、共に見つけたことは、孤独のとなりに神様がおられることであった。」
弟子たちへのイエス様の言葉、それは、言い換えれば弟子たちのためのイエス様の祈り、それは、また私たちのための祈りであるのかもしれない、そう思います。時間と空間を越えて、「共にいる」ことを願い、祈るイエス様を、私たちはそこに見出すのです。そこに弟子たち、また私たちと確かにつながって「共にいる」イエス様を見出すのです。
「私たちは一人ぼっちではない。なぜなら、聖霊が、イエス様が、そして父なる神様が一緒にいるからだ。」
例え瞬時にその答えが返って来なくても、今現にイエス様と「つながっている」こと、神様が「共にいる」ことを覚えたいのです。孤立して誰からの助けもないように感じられる時であったとしても、イエス様が「共に」私たちのそばにいて「別な助け主」である聖霊を送り、様々な形で私たちを支え、助けてくださるのです。
だから、私たちは安心して、毎日を送っていいのです。信じて、誰かに助けを呼び求めてもいいのです。
「見よ、兄弟が共に座っている。/ なんという恵み、なんという喜び。」(詩編133篇)

2023年5月7日
復活節第5主日
「キリストが
歩む道」
ヨハネによる福音書
14章 1~14節
今日、私たちが読んだ福音書の日課は、イエス様が逮捕される直前に、弟子たちとの食事の席で語った告別の説教の一部です。では、どうしてこの個所をキリストの復活の後で読むのか、と言えば、それは、復活されたキリストは天に昇られるからです。
聖書によれば、イエス様は復活されてから、40日間を弟子たちと共に過ごされ、弟子たちの前に何度も現れて、共に食事をし、教えられ、また弟子たちにいくつかのことを託されました。そして、復活から40日目に天に挙げられていくのです。
イエス様の昇天とは、イエス様と弟子たちとの別れを意味します。地上に残る弟子たち、つまり教会。そして、その弟子たちと教会とが改めて、(何度も)思い起こして行くべきイエス様の告別の言葉。だからこそ、私たちはキリストの復活後の日曜日に、これからの道標として、今日の日課を聞くのです。
先ず、イエス様は、ここで弟子たちに「心を騒がせてはならない」と語ります。なぜならこの少し前で、イエス様は(ユダの)「裏切りの予告」をしていたからです。弟子たちの中にイエス様を裏切るものがいる。「裏切り」は、不穏当な言葉です。その場にいた弟子の誰もが、「絶対そんなことはあり得ない。わたしはイエス様を裏切らない」と考えたでしょう。ユダを除いては。ただ「絶対」とは、本来誰にも言い切れません。ですから誰しもが、一度は自分の心を疑ってみたかもしれません。だから「心が騒ぐ」のです。
続けてイエス様は、「別れの言葉」を語り、また「ペテロの否認」を予告します。なぜ、今別れの言葉なのかは、弟子たちにもちろん分かっていません。ただ、イエス様のその言葉に、悲壮な思いを感じて、何か落ち着かない気持ちがします。
ペテロにとっては、なおさらです。自分は、「私は、決してイエス様を裏切らない」と決意を述べたのに、イエス様はその決意をいとも簡単に否定するように応じられたからです。
平穏ではない、心の中に波風が立つような思いが、弟子たちを支配します。何を言っても耳に入らないような、理由は分からないけれども、不安が彼らを襲うのです。
だからこそ、イエス様は、弟子たちに「(これ以上)心をかき乱されてはならない」と語るのです。彼らは、イエス様の最後の言葉を、聴かなければならないからです。たとえそれが、弟子たちには最後の教えの言葉だとは自覚できなくても。
イエス様は、神様に、そしてイエス様自身に信頼して委ねるように、勧めています。これから迎えようとする別れも、近いうちに訪れる再会への希望ゆえに、乗り越えられる。神様と共に住む永遠の場所が、弟子たちに、そして信じるすべての人々に用意されるのだから、と。そして、その場所への道は、すでに弟子たちに示されている、とイエス様は続けていいます。
「わたしが道であり、真理であり、命である。」
イエス様を知る者が、神様に至る道を知るというのです。
残念ながら弟子たちは、三年もイエス様と過ごしながら、未だにその事柄の本質、イエス様が、神様に至る「道であり、真理であり、命である」ことを理解していません。にもかかわらず、その弟子たちにここで未来が示され、大きな約束が与えられるのです。「人がわたしを信じるなら、わたしの行っているわざを、その人も行うようになり、それよりも大きなわざをも行うようになる」と。それゆえにこそ、弟子たちは「心を騒がせてはならない」のです。
さて、「わたし(イエス・キリスト)が道である。」とは、どういうことでしょうか。
私たちは、この道をともすれば、「道を究める」、「道を修める」という具合に、抽象的なものとして、一つの思想として思い描くかもしれません。確かに東洋思想的な「道」の理解だけでなく、キリスト教の歴史においても「道としてのキリスト」を「キリストに倣う」ある種の修行、思想と理解する傾向は生まれました。しかし、はたしてここでいう「道としてのキリスト」は、何らかの修行をすることなのでしょうか。
ドイツの神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーは、この道を神から人へと続く道だと書いています。
「神の道は、神から人間に至る道である。そしてそのようなものである時にこそ、神の道は、人間から神に至る道でもある。その道とはイエス・キリストのことである。」
神様の方から人間へと向かって続く道。その道を通って、神様は人に近づいてくる。それはつまり、イエス様という人の姿で、神様が人間となり、この地上で働き、神様ご自身の救いの業を示され、そして、受難と十字架の死によって、人の罪を負い、その罪を贖われたということです。日課の中でイエス様が語っている「わたしを見た者は、父なる神を見たのである」とは、だから、イエス様の言葉を聞き、行われたわざを見て、そして十字架の出来事を見て、父なる神様が何を意図してなされたことであるのかを判断しなさいということです。「わたしは道である」とは、まさにイエス様という道を通って、神様がこの地上に立たれたということを表すのです。と同時に、その道は人から神に至る道だとも、ボンヘッファーは語っています。つまり、人が、イエス様の言葉とわざと、そして生涯とに倣って、生きようとするなら、その人は神様のおられる場所に至るというのです。それは、ある意味、神様のみ国に続く道であるともいえるし、反対に、今、その人が生きている場所で、神様が働き、その人を通してまた他の人々を慰め、癒し、生かし、育み、支えることをも意味するわけです。
「わたし(イエス・キリスト)が道である。」
それはまた、こうも考えられるかもしれません。この「道」は、「キリストと共に歩む道」であると。つまり、「わたしを通らなければ、誰も父のもとに行くことはできない」という言葉を、「わたしと一緒でなければ、誰も父のもとに行くことはできない」と訳すこともできる、と理解するからです。
キリストへの信仰は、だからイエス様を信頼し、任せて委ねて、「一緒に、イエス様がつけてくださった道を歩む」ということを意味します。イエス様がいつも一緒であることを信じて、祈り、自分の人生の歩みを省みながら、判断して生活していくことです。すでにイエス様がつけて下さった道を標にたどっていくことです。
誰も分け入ったことのない山や谷に足を踏み入れるのは勇気のいることです。しかし、たとえ険しくまた小さな道であっても、すでに誰かが歩いたことのある道であれば、その跡を見失わなければ、歩いていくことはできます。イエス様が、どのように考えて、どのように判断して、どのように行動したのかは、私たちは聖書から読んで理解することが出来ます。
道はすでにイエス様が歩いている。それだけでなく歩いている私たちの傍らを、あるいは私たちの前を、私たちの後ろを、時には私たちを背負って、イエス様は歩いている。そのことに気付くとき、私たちは感謝を持って、イエス様に委ねることが出来る、信仰することが出来るのです。
水野源三さんという詩人が書いた「恵み豊かな」という作品があります。
恵み豊かな主イエスよ╲夕日が沈み人かげもなき
寂しい道を一人行く時も╲私といっしょに歩みたまえ
恵み豊かな主イエスよ╲足も心もつかれはてて
岩かげに嵐避け憩う時も╲私といっしょにいましたまえ
恵み豊かな主イエスよ╲みちしるべも嵐に倒れ
どの道行くかと迷いおる時も╲私といっしょにすすみたまえ
九歳の時に罹患した赤痢がもとで、脳性マヒを起こし、四九歳で天に召されるまで、水野源三さんは家の六畳間で寝たきりの生活を続けながら、俳句や短歌を詠み、詩を創作していました。
彼のキリスト教との出会いは、彼が十二歳の時にたまたま宮尾隆邦牧師(日本基督教団)が家を訪れたことに始まります。宮尾牧師が誠実に訪問を重ねるうちに、源三さんは牧師の言葉に耳を傾け、また聖書をよく読むようになります。高校生だった兄も教会に通うようになり、源三さんは「真剣に求道しだ」すようになります。そして、十三歳のクリスマスに洗礼を受けます。
彼は、牧師の訪問や家庭集会で説教を聴いた他、信仰書を取り寄せては読み、キリスト教放送や親交のあった牧師などの説教テープを取り寄せては聴いて、信仰の学びを深めていきました。
二四歳の時に詩作を始め、少しずつ新聞や信仰雑誌などで作品が取り上げられるようになり、三七歳の時に「ちいろば先生」で有名な榎本保郎牧師の申し出によって、詩集を出版します。第三集まで発行した後、四七歳で、風邪が原因で天に召されています。なお、その四か月後に詩集の第四集が発行されています。
源三さんにとっては、聖書の世界との出会いは、「生きるための水を求めていた」彼の心に「いのちの水」を注ぐものであったと云います。寝たきりの六畳の部屋で、ただ神様を見つめて、キリストに罪を悔いて、赦されている喜びを感じ取る。その信仰が彼の生きる支えであったと云えるでしょう。そして、彼の詩は、そうした彼にまなざしを向け、愛と慈しみを注ぎ、彼と共に歩んでいるイエス様の存在を深く感じさせてくれます。
人間となり世に住むことをさけられないで╲私達のために
人間となり世に生まれた╲主イエスに従って行けよ
十字架への道行くことをさけられないで╲私達のために
十字架への道を行かれた╲主イエスに従って行けよ
(「私達のために」から)
キリストの告別の説教は、ある意味、「また会いましょう」という約束です。十字架の後の復活で、そして、昇天の後の再臨の時、イエス様は、再び弟子たちに会うことになる。その約束の「さようなら」の挨拶なのです。「さようなら」の言葉を聞くのは寂しいものですが、この別れは、また再び合うことができるという希望がある別れです。しかも残された弟子たちは置き去りにされるのではない。神様に至る道が示されているのです。「真理であり、命である」イエス様がその道であることが、示されているのです。
イエス・キリストの昇天、神様のもとへの帰還は、再び来たり給うキリストを迎える準備の時の始まりです。それ故に、私たちは「心騒がせずに」、この地上の世界に神の国が、神の支配が実現することを心から願い、神様の正義と公平が実現することを望みながら、再び来たり給うイエス・キリストを待ち続けるのです。

2023年4月30日
復活節第4主日
「主イエスの
守りと導き」
ヨハネによる福音書
10章 1~10節
復活されたイエス様は、天に挙げられる前に、弟子のペトロに向かって「わたしの羊を飼いなさい」と言って、地上に残される弟子たち、すなわち「イエス様を救い主(キリスト)と信じる者たちの群れ(教会)」を守ることを託していかれたと、ヨハネによる福音書の最後の章に書かれています。
「わたしの羊」という表現は、羊飼いが世話をしている自分の羊を慈しんで大切にするように、イエス様自身が、自分を信じる人々を愛し、見つめていることを、私たちに伝えてくれています。
今日の日課の中では、イエス様が、「羊」と「羊飼い」、「羊が出入りする門」という言葉を用いることで、イエス様自身と教会、あるいは信じる者たちの群れ(共同体)とがどのような関係にあるのかを、示しています。
ここでイエス様は、先ずしごくありふれた羊飼いの毎日の生活を語っています。
羊の囲いとありますが、それは簡単な柵をめぐらした放牧地のことではありません。そうではなくて、周囲が壁で覆われ、納屋や作業用の建物、住居などに囲まれた広い中庭で、そこには出入りするための門があり、門番がいます。昼の間放牧されていた羊たちは、夜になると、その中庭に集められ、朝まで過ごします。
朝になると、羊飼いがやって来ます。すると門番は門を開き、「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出」し、先頭に立って羊たちを導き放牧地に連れていきます。羊たちは羊飼いの声を知っているので、聞き分けてついていきます。羊飼い以外の人には、その声を知らないのでついて行かず、かえって逃げ去るのです。
さて、イエス様は、自分はこの羊を守る門であると言います。
「わたしは羊の門である。」この門を通って入る羊は、救われ、守られ、さらにはこの門を出入りして放牧地へと導かれ、命をつなぐ豊かな牧草を見つけるというのです。
この場合、門とは守りと安全の象徴です。この門によって羊たちは、獣の襲撃などの危険から守られて、夜を過ごすことができるからです。それは言い換えれば、イエス様を信頼して身を寄せる者は、神様の守りのうちにあるということを示しています。あるいはこうも考えられます。この門からのみ、「命」である牧草の茂る放牧地へと道が続いていると。その道とは、イエス様の言葉と教えに基づいた生き方、行動といえるでしょう。イエス様の教えと考え方に沿って、人生の道をたどっていくことが、「命」を豊かにする牧草地、神様の国への道に通ずることを意味しています。
さらに、この門で仕切られた囲いは、イエス様に従う群れ、キリストの共同体を意味するとも考えられます。
ここで羊飼いと対比されているのが、盗人、強盗です。彼らは門を通らずに(塀を乗り越えて)、囲いの中に不法に侵入しようとします。それは、すなわち、イエス様の示す生き方以外の道へと、羊である人々を惑わし、連れ出そうとする者たちのことです。
イエス様は、「わたしより前に来た者は皆」、盗人であり強盗であると語っています。非常にきつい言い方ですが、これは、イエス様が歴史に登場する以前に、「私が約束された救い主・メシア(キリスト)である」と宣言しては、人々を混乱させ、惑わせていた「偽メシア(キリスト)」たちのことを指すと考えられます。と同時にイエス様は、「わたしこそが、神様の示す命への道に至る門だ」、と宣言しているのです。すなわち、イエス様の教えやわざ、あるいはその生涯が示す生き方によらなければ、救いには至らず、それ以外の方法を示すことは(たとえそれが、旧約聖書の伝統から導き出されたものであっても)、「盗んだり、屠ったり、滅ばしたりする」ようなもので、人の命を損ない、傷つけ、失わせることになるというのです。
今日の私たちの状況でいえば、「私が再臨のキリストである」といい、聖書を自分たちに都合のいいように解釈して、宗教を名乗って、人々の不安を煽り、さらには付け込んで、金品を要求して、私腹を肥やしている集団は、さしずめここでいう「盗人、強盗」といえるでしょう。
ここで問題になってくるのは、イエス様の声を聴き分ける力を、「羊」である私たちが身に着けているだろうか、ということです。
現代は様々な情報が、正しいものも、また誤ったものも、選別されることなく混ざり合って、私たちの生活の中に溢れています。こうした情報を選り分け、正しいものを聞き取っていく責任は、私たち自身に課せられています。私たちが注意深く、賢く、聴くことをしなければ、私たちは、簡単に誤った道へと進んで行くことになりかねないのです。
私たちが生活の心配をしたり、不安の中にいる時ほど、私たちは注意しながら、イエス様の声を聴き分けなければなりません。たとえどんなに耳障りが良く、自分にとって有益に思われる言葉であったとしても、その言葉を語る者自身が、具体的に何を行うのかを見極めることが必要です。はたしてそれが、本当に、人の命を育み、生かし、大切に慈しむことにつながるのかどうかが、判断する基準になるのです。
イエス様の教えと配慮は、私たちの命を守り、育んでくれます。なぜなら、私たちの命を守るために、自分の命を十字架で捧げられた行為そのものがそれを表しているからです。イエス様の教えと言葉は、私たちの歩むべき道標です。私たちを慰め、労り、励ましてくれます。力を与え、生き生きさせてくれます。
私たちが迷った時には、イエス様の教えてくれたことが私たちの生き方を軌道修正して、私の命だけでなく、私の隣人の命をも損なうことからも守ってくれます。イエス様の声に聴き従うことで、自分の周りの環境をも変えて行くことができるのです。
「わたしは羊の門」という言葉は、来週の聖書日課に出てくる、「わたしは真理であり、道であり、命である」という言葉にも通じます。人の命を豊かにするイエス様の教えとわざ、生き方。
だとすれば、教会は、「門としてのイエス様」を、この世界に示すことがますます求められている、と思うのです。イエス様の教えとわざ、考え方に沿って道をたどっていくことが、「いのちを生かす」放牧地に通ずるのですから、教会はそのことを語り、そのような関係を築くことが、今このような状況、時代だからこそ求められているのではないでしょうか。
わたしたちもまた、「飼う者のいない羊」のような存在でした。しかし、イエス様の呼びかける声に応じることで、羊の門をくぐり、豊かな人生へと続く道を歩み始めたはずです。
私たちは、ただイエス様に守られ、世話をされて、その慈しみを受けるだけの存在ではありません。教会は、そしてキリスト者、イエス様に従う者は、冒頭にお話しした、イエス様がペテロに「わたしの羊を飼いなさい」と命じられたように、互いに「羊飼い」としての努めを果たすことが託されているのです。群れの他の羊たち、共同体に属する一人一人をかけがえのない存在として守り、愛し、育み、皆が豊かにいのちを受けられるように、力を尽くして働くことが求められているのです。
また同時に、忘れてはならないのは、このイエス様という羊の門が、常に外に向かっても開かれているということです。日課の少し後の箇所(十六節)には、「わたしには、この囲いに入っていない他の羊もいる。その羊をも導かなければならない」とイエス様が語ったことが書かれています。イエス様の呼びかける声は、特定の人たちにだけ向けられているのではありません。
この社会には、羊飼いを必要としている、「飼う者のいない羊」のような人々が大勢います。イエス様の声を聞く人々は誰でも、招かれているのです。囲いの外、枠の外にいるとかいないとかという基準で、排除されたりしないのです。イエス様という門を開け閉めする判断や基準は、ただイエス様の声を聞き分け、歩み出すかどうかにかかっています。
イエス様に従う群れであるキリストの教会は、閉ざされた集団であっては意味をなしません。私たちもまた、その中にとどまっているだけでなく、イエス様という門を通って外に出て行き、自分たちのこの世界や社会にたいする責任を引き受け、「語るべき時に」語り、「なすべき時に」行う心構えが必要です。そのために、聖書を読み、イエス様を想い、祈り求めていきたいのです。
最後に、「羊飼いは自分の羊を知って」いると、イエス様は語っています。言い換えるなら、イエス様は、私╲私たちの声を聞き分けているし、私╲私たちがいったい何者かということを、私自身が見失うときにも、ご存じである、そう聖書は語っています。
自分が一番自分のことを理解しているということが真実であるのと同じくらい、自分のことは自分にはわからないのも真実です。しかし、神様は私を知っておられる。イエス様の言葉は、それを示しています。
ドイツの神学者、ディートリッヒ・ボンヘッファーは、「わたしはいったい何者か」という詩を書いていますが、彼はその中で、他人の目に映る自分と、自分自身が感じている「わたし」とのギャップに揺れ動く「わたし」自身の心と、それでも神様が自分のことを知っておられることへの信頼を書き記しています。
イエス様は、私の声を聞き分けている。私がいったい何者かということを、私自身が見失うときにも、ご存じである、そう聖書は語っています。自分が一番自分のことを理解しているということが真実であるのと同じくらい、自分のとこは自分にはわからないのも真実です。しかし、神様は私を知っておられる。イエス様の言葉は、それを示しています。
神はわたしを知り給う。私はそのことに信頼します。
神はわたしを知り給う。神は私の声を聞き分けて下さいます。
だからこそ、私たちはイエス様の声を、教えと言葉、わざの意味を聞いていきたいと思います。その声を聞き分けて生きて行きたいと思うのです。そして、イエス様が命に至る道へと続く「門」であることを、世界に、社会に向けて証していきたいのです。

2023年4月23日
復活節第3主日
「寄り添う人
として」
ルカによる福音書
24章 13~35節
もしも人が、自分の目指していた将来への道を、突然、予期せぬ事情によって、断たれてしまったとするならば、その人は、どう感じるでしょうか。「それまで、自分が払ってきた自分の努力が少しも報われずに、一切を失ってしまった。今から、自分は何を目標にして、何を生活の支えにして生きて行けばいいのか。」 そう感じるかもしれません。
自分がすべての望みをかけていた何か(それは期待していた出来事かも知れませんし、あるいは頼りにしていた誰かかもしれません)が、思いもかけない仕方で失わてしまったとしたら、その人がそこにかけていた夢や期待が大きければ大きかったほど、それを失ってしまった時のダメージは、計り知れないものになるでしょう。そうした状態に直面した時、たいがいの人は、失望、あるいは絶望としか表現できない気持ちに囚われるでしょうし、生きる張り合いや気力も同時に失ってしまうかもしれません。
イエス様が、十字架によって処刑された時、弟子たちのほとんどが、同じような気持ちに襲われたのではないかと、想像してしまいます。今日の日課に登場する二人の弟子たちも、そうであったように思えるのです。
それは、「ちょうどこの日」、つまり、イエス様が復活して女性たちの前に姿を現したその日に起こりました。エルサレムの近くの村エマオへ向かって歩いていた二人の弟子たちは、その道中、「一切の出来事」、つまり、ここ数日の間に起きたイエス様の逮捕から処刑、埋葬、そして復活までの一部始終の出来事について、「話し合い、論じ合って」いました。
その弟子たちに見知らぬ旅人が近づいてきて、「何を話しているのですか」と尋ねたのです。「弟子は暗い顔をして立ち止まった」とあるのは、話していた内容が内容だっただけに、弟子たちは警戒したからかもしれません。「あなたはご存じないのですか」という質問は、そんな大きな事件を知らないということへの軽い憤りとも読めますし、あるいは相手が何を知っているかを探るような問いともとれますが、見知らぬ人の「それはどんなことですか」との問いに促されて、ともかく弟子たちは話し始めました。
そこで彼らが語ったのは、ナザレのイエスが、「行いにも言葉にも力のある預言者」であり、「あの方こそ、イスラエルを解放してくださる」と(彼らが)望みをかけていたのに、「祭司長や議員たち」が、「死刑にするために(ローマ総督に)引き渡して」、今から三日前に十字架に架けられて殺されてしまったことでした。ここで彼らは、自分たちの失意を明らかにしています。
と同時に二人は、イエス様の処刑後に起こった出来事、つまり、墓からイエス様の遺体がなくなり、天使が現れて「イエスは生きておられる」と墓に言った女性たちに告げたこと、仲間が確かめに墓に行ったが、墓が空であったこと、についても旅人に語りました。二人の弟子たちは、その報告にただ困惑していたのです。
するとその話を聞いた見知らぬ旅人は、弟子たちを軽く叱って、キリスト(救い主)の受難について、聖書全体にどのように書かれているのかを教え始めました。やがて彼らはエマオに到着しますが、なおも先に行こうとする旅人を弟子たちは引き留め、食事を共にするよう勧めました。そして一緒についた食事の席で、その旅人がパンをとって感謝して祈り、パンを裂いて弟子たちに手渡したとき、はじめて彼らは、その旅人がイエス様であったことに気づくのです。しかし、気づいたときにはイエス様は姿を消しています。
彼らはすぐにエルサレムに戻り、そのことを他の弟子たちに知らせますが、同時にまた他の弟子たちからも、復活されたイエス・キリストがシモン・ペテロの前に現れたことを、知らされるのです。
ここに登場する二人の弟子は、エマオに行く前に、「イエスは生きておられる」という証言を耳にしています。そのことに驚きつつも、彼らはまだその証言が語っている内容を理解できていません。何が起きたのかを理解してはいないのです。墓から遺体が消えたという出来事に驚いてはいても、それによって失意が癒えることはなかったでしょう。その時にはまだ、弟子たちの誰も、空になった墓で復活のイエス様に出会っていなかったので、彼らもまた、イエス様が復活されたことを、事実として信じることができなかったと思われます。しかし彼らは、「イエスは生きておられる」という証言を、否定しきってもいませんでした。おそらくは、多少の希望は、抱いていたかも知れません。こうした彼らの心の揺れ、半信半疑な状態が、彼らの目を曇らせています。
人が悲しみや失意、あるいは不安や困惑の内にあるとき、その人は目の前の出来事に気づかずにいることがあります。衝撃を受けた出来事に捕らわれすぎている弟子たち、そして気持ちが自分のことにだけ集中している彼らには、目の前にいる復活のイエス様は、それ故に隠されているのです。
こうした彼らの疑念、疑いや迷いを解いて、もう一度希望し、確信が持てるようにと促したのは、旅人の姿でイエス様が語った聖書の話、解き明かしでした。イエス様は、何かのしるしや奇跡を行ってみせることで、ご自分が復活されたことを彼らに知らせたのではなく、聖書の言葉を語ることで、気づかせていかれたのです。
人は、自分の気持ちだけに集中していると、考えが同じところをぐるぐると回ってしまうことがあります。そんな時、他の誰かから話を聞くことによって、少し自分を離れてものを眺めることが出来る、あらためて、新しく話を聞き直すことになるのです。それは新しい気持ちで、視線で物事を捉えることでもあるのです。たとえそれが今まで聴いたこと、すでに知っていることであったとしても、新しい気持ちでそのことと向き合えるのです。
二人の弟子たちは、旅人だと思っていたその人から、聖書の解き明かしを受けることで、生前のイエス様から教えてもらった言葉、あるいは言葉そのものよりも、イエス様から教えを受けた場面を思い出したのだと想像できます。イエス様と弟子たちの交流の記憶が、甦ってきたに違いありません。弟子の一人一人が、イエス様と個人的な出会いをしている。自分の思いを伝え、イエス様に聞いてもらいながら、イエス様から言葉をかけられた。笑いあい、また自分の至らなさを叱られたり、悲しんでいるときには慰められ、涙を流したかもしれません。弟子たちは、見知らぬ人から聖書の解き明かしを聞くことで、そのイエス様との交流の記憶を揺さぶられたのです。そして、イエス様とのふれあいの中で言葉を交わし、共に旅をしたという体験を思い出した時、弟子たちは「心が燃えた」と聖書に書かれています。だから知らず知らずの内にその見知らぬ人を引き留め、食事を勧めたのでしょう。
ここでもう一つのイエス様との交流の記憶、食事の、食卓の記憶が引き起こされていきます。見知らぬ旅人は、自ら招かれた者でありながら、食卓では主人(ホスト)として振る舞います。その姿から二人の弟子たちは、その人がイエス・キリストであったことに気づくのです。生前、イエス様がいつも食事を共にすることで、弟子たちを労い、弟子たちとお互いを認めあって、心を通わせられたこと、そしてそれを通して弟子たちの心が熱く燃えた、その体験と感動が思い起こされ、弟子たちは、目の前の旅人がまぎれもないイエス様本人であることを確信するのです。そして、それと同時に、墓に行った女性たちや他の弟子たちが語っていた、イエス様が復活されたという証言が、彼らにとっても真実となっていったのです。
失意と困惑の中にあった二人の弟子たちに、「自ら近づき」、彼らと「一緒に歩き始め」、彼らの「話を聞き」、彼らに「語りかけ」、彼らを、言葉を通して、また共にする食事によって「力づけ、励ます」。復活されたイエス様は、そのような仕方で姿を現しました。
そこに見られるのは、先の見えない不安の中にいる人に寄り添うイエス様の姿です。
人が、人生の挫折と言えるような経験をしたり、自信を失ったり、自分の価値や尊厳を見失ったりすることは、誰にでも起こりうることだといえるでしょう。しかし、その人が立ち尽くし、あるいはしゃがみこんでいるその場所で、イエス様は、寄り添い、慰め、その人を労り、不安を解きほぐし、一緒に歩み始めてくださる。エマオでの復活のイエス・キリストの顕現物語は、そのことを示しています。
イエス・キリストの復活の出来事の証言を聞くとき、私がいつも思うことは、「では、今の私たちは、復活のイエス・キリストとどこで出会うことができるのだろうか」ということです。私も、ある日突然イエス様の姿を見た経験がある訳ではありませんし、あるいは、イエス様が夢枕に現れた経験を持っているわけでもないからです。
エマオの途上で二人の弟子たちに出会われたイエス様は、まず聖書の解き明かしを話されました。私たちは聖書を開いて読む時、イエス様が何を語り、どう人々に接してこられたかを思い返すことができます。
そして、そうしたイエス様の言葉や行いを、それこそ思い起こすような、人との交流の記憶があるはずです。辛いときに、家族や友人の言葉によって癒されたり慰められたり、あるいは励まされた体験。そうした人との交わりを通して、イエス様は聖書の中だけでなく、実際に人々を通して、私自身に関わってくださることがわかるはずです。
夢や希望を見失ってしまった時に、かつて自分が大切にしていた何かを「思い出すこと」によって、また寄り添ってくれる人の言葉を「信じること」によって、再び立ち上がり、やり直す希望を持てることがあります。人との様々な出会いや関わり、語らいや共にする食卓での交わりを通して、癒され、慰められ、励まされ、また力づけられて来た経験を思い起こすことは、そこに復活の主が働いておられるということです。
しかし、あるいは絶望が大きすぎて、これまでのそうした経験が二度と信じられないという時もあるかも知れません。そうした人々にも、復活の主イエス・キリストはご自身で近づき、その人の歩く道のりを一緒に歩き、働きかけられます。それは、私たちを通してかもしれません。
主イエス・キリストは生きておられます。主は死から復活されました。そして、その復活のイエス・キリストは、私たちが困難の中にいるとき、身近にいる誰かという形で、あるいは見知らぬ誰かという形で、確かに私たちと共にいて、私たちを支え、導いてくださるのです。だから、私たちは、たとえ挫折を経験したとしても、何度でも自分の人生をやり直すことができるのです。復活を体験することができるのです。
「私は復活であり、命である。私を信じる者は死んでも生きる」(ヨハネによる福音書11章25節)

2023年4月16日
復活節第2主日
「閉ざされた
扉を開けて」
ヨハネによる福音書
20章 19~31節
もしも、人が、自分の身に何らかの危害が及びそうになった場合(若しくはその恐れがある場合)、その人は、先ずなによりも安全と思われる場所に避難し閉じ籠ることで、自分の身を護ろうとするでしょう。それが災害であれば頑丈なシェルターに逃げ込むでしょうし、それが人為的な力による危害であったとしたら、自分の家か部屋に閉じこもるか、もしくは誰にも知られていない場所に身を潜めるかもしれません。時には、人は、その避難場所をどこか特定の場所に求めるのではなくて、自分の心を外界に対して閉ざすことで、つまり自分自身の内側に閉じ籠るというやり方で、自分を護ろうとすることもあります。
苦痛を避けるために、恐れや恐怖から身を護るために、時として人は、何らかの仕方で、ある場所に「鍵をかけて」閉じ籠るのです。イエス様が十字架で死なれ埋葬された後、弟子たちもまた、そうした行動をとっていました。
イエス様は、復活されたその日の夕方、「ユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた」弟子たちの前に姿を現しました。その弟子たちは、イエス様が処刑された後、自分たちもまた「イエスの一党」として咎められ、「逮捕され、投獄され、拷問を受け、処刑されるかもしれない」という恐怖に怯えていました。この先どうなっていくのか、心配と不安、恐れがその場を支配していたことでしょう。そんな彼らの前に、その閉ざされた部屋の中に、突然イエス様が姿を現すのです。恐れを抱いて、ただ閉じこもっていた弟子たちのただ中に、復活されたイエス様が現れるのです。
「平安があるように。」 そう言ってから弟子たちに、イエス様はご自分の手とわき腹の傷跡を見せました。それは、自分が紛れもなく三日前に十字架で処刑されたことを示すためでした。弟子たちは、イエス様を「見て、喜んだ」と記されています。(今日の日課より前には、マグダラのマリアが、空になった墓を目撃し、その出来事を弟子たちに伝えたことと、復活されたイエス様に出会ったことが記されていますし、そのことを知らされた弟子たちの内には、墓が空になっているのを確かめながらも訝しんだ「ペトロ」と、「信じた」もう一人の弟子がいたことが報告されています。「イエス様が復活されたようだ」という情報は、弟子たちにも共有はされていたでしょう。そこに復活されたイエス様が姿を現した。だから、それを見て、半信半疑だった彼らも確信を得て、喜んだのではないでしょうか。) その弟子たちにイエス様は、「あなた方を遣わす」と言って、息を吹きかけて聖霊と「人々の罪を赦す」力とを与えたのです。その場面は、創世記の人間の創造を思い起こさせるものでもあります。人に息を吹き入れ命を与えられた神様。今弟子たちは、イエス様によって、息を吹きいれられ、聖霊を与えられることで、新たな命を与えられ、新たに派遣される者に、創造されたとも言えます。
ここで、注意したいこと、それは、たとえイエス様が弟子たちの所に現れたとしても、外で弟子たちを待ちうけている状況、ユダヤ当局が「イエスの残党」たる弟子たちを探している状況は、変わったわけではないということです。弟子たちの恐れの原因は、依然としてあります。イエス様が、外の世界にある弟子たちの恐れの原因を、全部きれいに取り除いてくれたわけではないのです。
ただ大切なことは、恐れが支配しているような世界にあっても、イエス様が確かに共にいて、祝福し、聖霊を与え、弟子たちを支えてくれるということです。「平安があなたがたにあるように」という呼びかけは、「恐れなくてもいい」という意味でもあります。それは、一つには、復活した「私」、イエスを見ることに恐れを抱かなくてもいい、ということであり、また、外の世界に対して恐れを持たなくてもいい、ということでもあります。イエス様は、恐れが弟子たちを支配したままでいることを、放ってはおかないのです。
「私は生きて、ここにいる」とイエス様は呼びかけます。「あなたがたのいる場所に、そこがどのような状況であれ、私はあなたがたと共にいる」と語りかけているのです。
さて、弟子の一人のトマスは、その場にはいませんでした。彼は後から、「イエス様が甦って、自分たちの前に現れた。イエス様は復活された」ことを他の弟子たちから聞きました。トマスは言います。「イエス様を自分の目で見て、その声を聞いて、話をして、その傷口を触って確かめない限り、あなたたちの話は信じない」と。
ここに登場するトマス、「疑い迷う人」、あるいは「疑い深い人」という印象を持たれがちです。しかしはたして、トマスは他の弟子よりも疑い深かったのでしょうか。他の福音書には、復活したイエス様に出会った女性たちが、そのことをペテロをはじめとした弟子たちに告げた時、弟子たちは「女たちがたわ言を言っている」と問題にしなかったと記されています。弟子たちは、やはり直接復活されたイエス様と出会うことで信じていった、とすれば実のところトマスと他の弟子たちもどっこいどっこい、「五十歩百歩」といったところでしょう。トマスが、「自分で傷口に触れなければ信じない」と語った裏には、単純に疑ったというだけでなしに、もう少し複雑な気持ちがあったとも考えられます。
イエス様の死は、彼に大きなショックを与えています。その事実を受け入れるだけでも、彼には大変な作業だったはずです。ところが今度はそのイエス様が生きかえった、と聞かされたのです。トマスが、すぐに自分の気持ちを切り替えることが出来ない、としてもおかしくはありません。イエス様が死んでいなくなったという事実と、もっと生きていて欲しかったという気持ち、それに折り合いをつけようとしていたトマス。そんな彼の気持ちを、「イエス様が復活した」という知らせは、激しく動揺させたといえるでしょう。だから彼は、整理のつかないないまぜになった気持ちから、「自分で傷口に触れなければ信じない」と言った、とも考えられるのです。「自分も、イエス様が復活され姿を現されたその現場に居合わせることができていたなら」という思いもあったでしょうし、「会えるものなら、会いたい」という切なる願いもあったでしょう。混乱した気持ちを抱えながら、トマスは、他の弟子たちが喜んでいるのを見ながらも、素直には一緒に喜べなかったのかもしれません。
常識的に考えれば、トマスが、傷口をこの手で確かめなければ信じないと語るのは、信じるための確証を求めることであり、ごく当たり前のことだと思うのです。
トマスが、イエス様が甦ったという事実を受け入れ、「信じる」ようになるためには、さらに決定的な後押しが必要でした。それがもう一度イエス様が姿を表すこと、顕現することでした。
「八日後」、また弟子たちはみんなで部屋に集まっていました。トマスも一緒に。その弟子たちの前にイエス・キリストが姿を表します。そしてトマスに向って「わたしの手の釘跡とわき腹の傷跡に触れてみなさい」と語ったのです。
トマスが疑ったのは、心のどこかでイエス様を求めていたからです。トマスもまた、イエス様の死という受け入れがたい出来事に遭遇して、自分の心の平静を護るために、心の「扉を閉めて」閉じ籠ることを選んだともいえます。イエス様と会いたいという思いと、それが報われないという現実に耐え難くて、「イエス様が復活した」という知らせを、すぐには受け入れられなかったと云えます。求めているがゆえにまた疑うことは、この場合、間違ってはいないのです。そのトマスの前にイエス様が姿を現し、彼に個人的に「わたしの手の釘跡とわき腹の傷跡に触れてみなさい」と語りかけたのです。その瞬間、トマスが持っていた疑いは消えてしまいます。「信じられるものなら信じたい」という気持ちが、「イエス様が確かに復活された」という「確信」に変わり、喜びがトマスを満たします。「聞いただけでは納得していない自分のために、イエス様が現れた」ことに、「私に個人的に呼びかけるイエス様」に、嬉しくなり、心が躍ったのです。それがトマスの「私の主よ」という信仰の告白につながっていきます。改めて弟子として歩んでいこうとするトマスの姿勢を呼び起こしていったのです。
イエス様の「見たから信じたのか」という言葉は、トマスが疑いを持ったことを非難し咎めた言葉ではないように思うのです。そうではなくて、トマスが疑いを持つことを見越している言葉とも取れます。「お前が疑いを持つとしても不思議ではない」、「疑ったとしても当然かもしれない」という言葉。それはイエス様のトマスへの愛情を表していると読むのは、読み込みすぎでしょうか。求めるがゆえに疑うトマス。そのトマスを、愛情を持って見つめて、なおも弟子として求めるイエス様。トマスにも復活の事実を受け入れて欲しいと願い、そのためならば何度でも姿を表そうとするイエス様。それは「あなたを愛しているよ。大切に思っているよ」というメッセージです。そのメッセージにトマスは気づいていったのです。
恐れを持つがゆえに閉ざされた扉。たとえそれが、自分から閉ざした扉であったとしても、それを中から、自分で開けるにはやはり勇気がいるし、開けても大丈夫と思える何かのきっかけが必要でしょう。ただ忘れてならないのは、その閉ざされた部屋の中、空間にも、復活したイエス様は共におられるということです。
復活されたイエス・キリストを空間や時間で縛ること、遮ることはできないのです。閉ざされた扉の中、恐れから人が自分の身体と心とを堅く縮めて、閉じ籠ってしまう場所であっても、イエス様は現れるのです。
しかも、私たちは、自分たちを取り巻く恐れの中で、不安を不安として祈っていいし、口にすることが許されています。
興味深いことですが、祈りの中で、恐れていることの原因を口にする、つまりその恐れに「命名」し名前を与えることで、私たちは反対に恐れを支配することを学ぶことができます。自分が何を恐れているかを口にするとき、私はその恐れと向き合うことができるのです。そして、その恐れに自分だけで立ち向かう必要はありません。復活されたイエス様がおられるからです。イエス様は、私たちに聖霊によって新しい命と力とを吹き込んでくれます。そして、閉ざされた扉を私たちが開けて、外に出るための勇気を下さるのです。外の世界に私たちを派遣するために。
復活のイエス・キリストは、どのような閉ざされた場所や状況の中にあっても、私たちのただ中に来て下さいます。そして、トマスの心の傷を癒し、愛して受け入れたように、私たちをも受け入れてくださいます。私たちを励まし、別な助け主を送り、力づけて下さいます。主イエス・キリストは生きておられます。
「見ないのに信じる人は、幸いである。」 私たちもまた、この言葉に信頼し、祝福を受けていきたいと思うのです。
2020年8月2日 (平和主日)
「平和の基」
ヨハネによる福音書
15章9節~12節
イエス様は、逮捕されて十字架に架けられ処刑される前に、弟子たちと共にとった食事の席で、告別の説教をされました。今日の日課は、その告別説教の一部です。
ここでイエス様は、弟子たちに先ず、「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい」と勧めます。次に、イエス様の「愛にとどまる」方法が明かされます。それは弟子たちが、イエス様の与える「掟」を守ることだと言うのです。
その「掟」とは、何でしょうか。それは、弟子たちが「互いに愛し合い、お互いを大切にする」ことだとイエス様は言われます。しかも、イエス様ご自身が弟子たちを愛されたように。またその前提として、イエス様から弟子たちに向けられた愛は、父なる神様がイエス様を愛するのと同じものだと、言われているのです。
イエス様は、弟子たち一人一人を大切に思い、受け入れ、「愛され」ました。
イエス様の言葉や教えをなかなか理解することができなかった弟子たち。しかも、イエス様が逮捕された後、否認したペテロをはじめとして、彼らは捕まるのを恐れて、逃げて姿を隠してしまった。にもかかわらず、イエス様は復活の後、弟子たちを再び集めると、イエス様の教えと「福音」を伝え、癒しのわざを行わせるために、聖霊を与え、派遣していくのです。
「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。」
それは、人が互いに尊敬を持ちあうことです。相手の存在を認めていくことです。また、お互いに、相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。
あるいは「他者のための存在」として生きるということです。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。」
人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で愛を示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して、神様の愛を示すことです。そして、「神様の正義と公正」が地上で実現することを求める生き方をすることです。
イエス様が示してくださった生き方、それは一つの理念とも言えるかもしれません。
「お互いに愛し合いなさい。」「あなたの敵を愛しなさい。」「あなた自身を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい。」
それらの言葉は、今現代の人間の厳しい現実の前では、無力にも感じられる時があります。今も昔と変わらずに、暴力が横行し、憎しみが連鎖する時代です。その中では、イエス様の言葉は、何の歯止めにもならないようにさえ感じる時があります。
しかし、イエス様はその生涯を通して、その「理念」を貫かれました。その頂点が十字架であり、復活であったわけです。そして、そのイエス様から力をいただいて、例えば、マーチン・ルーサー・キングは、黒人の人権のために、解放のために、「公民権運動」を闘って行きました。幾度も暗殺の強迫に曝されながら。
もちろん、注意しなければならないことはあります。
「互いに愛し合いなさい」という言葉を、人が狭い意味で理解するならば、単に自分たちの「仲間内のことだけ」を意味することに終わってしまいます。そうすると、自分の「仲間」でない者を、差別したり、排除することに簡単につながってしまいます。
最近の、黒人が警官に殺害された事件の後に起こった抗議のデモと、そのとき掲げられた「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンは、「公民権運動」から六十年も経過したのも関わらず、アメリカ社会の中で、黒人がいまだに社会の周縁に置かれている、あるいは「二級市民」としてみなされている現実を表しています。
と同時にそれは黒人だけに限られたことではなくて、ヒスパニック系の人たち、アジア系の人たちにも当てはまることでもあります。移民や難民という形でアメリカで生活している人たちの多くが、「黒人が生きることは重要だ」(Black lives Matter)というスローガンに共感しているのは、その事実を示しています。
「キリスト教」が建国の理念になっているはずのアメリカで、「互いに愛し合いなさい」というイエス様の教えが、特定の人種の仲間内でだけ通用する言葉になっていないかどうか、考えてしまいます。
「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」
日本の教会もまた、同様の問題を抱えています。私たち自身が、「お互いに」という言葉を、意識してか無意識のうちにかは別にして、仲間内にだけ限って使っていないかどうかは、省みる必要があるかもしれません。
「わたしがあなたたちを愛したように」という言葉は、なによりも、何ら条件なしに、そのままの私/あなたをイエス様が受け入れ、その思いと願いを聞き、「あなたは私の目に尊い」と認めてくださったということを意味しています。あるいは私/あなたの「罪」、「負債」、「重荷」から、私/あなたを解放し、自由にしてくださったことを意味します。そのようにイエス様から「大切にされた、愛された」私たちが、どうして私たちの出会う相手を、条件づけて制限したり、差別したり、はたまた排除することが赦されるでしょうか。
「わたしがあなたたちを愛したように、お互いに愛し合いなさい」
この言葉の意味を、何度も繰り返し、しっかりと噛み締めることが、キリスト者として生きようとする私たちには、必要であると思うのです。
私たちは、毎年この季節に、平和主日の礼拝を守ります。
それは、一つにはかつて起こった戦争を振り返り、その犠牲者を弔い、祈るためにです。そして、二つ目には、今の世界が平和になることを祈るためにです。
なぜなら、平和とはいえない世界が現実にあるからです。
日本社会は、そこで暮らす人々が、まだまだ安心して暮らせない状況にあるからです。
昨年の平和主日の際に、日本福音ルーテル教会では、社会委員会が作成した「平和への派遣を求める祈り」を、全国の教会で祈りました。
そこでは、次のような祈りがささげられました。
「平和をつくり出すどころか、現実から目をそむけ、平和から遠ざかろうとするわたしたちを強めて、わたしたちを平和のために遣わしてください。」
「軍備を増強し、特に沖縄では基地を拡張して、戦争が出来る国へあゆんでいこうとする力があります。」
「道徳の教科化をはじめ、教育によって子どもたちの心をコントロールし、偏狭な国家主義へと導こうとする力があります。」
「移民や難民の人たちを、ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばったまま、弱い立場に押し込めておこうとする力があります。」
「性的マイノリティであるために、社会から排除されたり、傷つけられたり、生きにくさを負わされている人たちがいます。」
「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけることによって、何かを守ろうとする人たちがいます。」
「原子力発電所の存在と事故のために、放射能の苦しみの中におかれた人たちがいるにもかかわらず、なお脱原発にむかえないでいる現状があります。」
「わたしたちが心を閉ざしている多くの課題があります。わたしたちが、知るべきことを知り、語るべきことを語り、変えるべきことを変えていくことが出来るように、わたしたちに勇気を与えてください。そうして、わたしたちとこの教会が、正義と公正にもとづく平和をつくりだすことができるように、あなたが、わたしたちを遣わしてください。平和の主、イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン」
「現実から目をそむけること」も、敵の存在を想定して「軍備を増強すること」も、「イエス様が愛されたように、お互いを愛すること」にはなりません。「偏狭な国家主義を唱えること」も、「移民や難民の人たち」や「性的マイノリティの人たち」を、「ともに暮らす仲間として受け入れず、権利や尊厳をうばい、弱い立場に押し込めておこうとすること」も、「お互いを愛すること」ではなくて、「社会から排除し、傷つけ、生きにくさを負わすこと」でしかありません。ましてや、「民族、国籍、宗教、また性別や障がいなど、異なった背景をもつ人たちに対する憎悪をあおり傷つけること」は、平和をもたらすことにはならないのです。
平和を創り出す者とは、「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」者である、と聖書は語ります。「イエス様が人々を愛されたように、人がお互いを愛すること」を平和の基として生きたいのです。
人の尊さを守り、神様の前に謙虚になって、イエス様が示してくださった姿勢と、その信仰に立ち返ること、それが平和を生み出していくのです。
「どうか私たちを平和の器として用いてください。」アーメン
2020年7月26日 (聖霊降臨後第8主日)
「天の国の実現」
マタイによる福音書
13章31節~33節
+44節~50節
イエス様は、福音書の中で、「神の国」あるいは「天の国」について、いくつものイメージを、譬えの形を取って示しています。因みに、ここで語られる「天の国」は、神様が支配される世界のことを言います。では神様が支配する世界とは、どんな世界なのでしょうか。
私たちは、「主の祈り」の中で、「み国を来たらせて下さい。み心が天においてと同じように地上でも実現しますように」と祈ります。ここでいう「天」とは、神様のみもとのことで、いわば神様の意図する世界が「天」では実現している。その神様の「み心」が実現している「天」がこの地上に到来して、神様の創造された全世界・全宇宙が「神様の正義と公正」、「神様の愛」に満たされるようにと願うことです。それが、「み国が来ますように」という祈りなのです。
イエス様が語る「天の国」。ただ、そこには、具体的に「天の国、神の国はこのような世界です」という言い切った形では、その姿は描かれてはいません。ほとんどが譬えで、漠然と示す表現でしかありません。今日の日課も、そうした譬えとして語られた「天の国」についてのお話です。
先ずイエス様は、「天の国」を「からし種」に譬えています
「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」
そこには、豊かなイメージがあります。本当に小さなからし種が畑に蒔かれて、芽を出して成長すると、大きな樹になっていく。その樹の上に鳥が巣を作る。
からし種は、いのちを秘めています。それは、成長して育っていく樹のいのちです。
讃美歌21に収められている、「球根の中には」という曲があります。
「球根の中には 花が秘められ、/さなぎの中から いのちはばたく。/寒い冬の中 春はめざめる。/その日、その時をただ神が知る。」
球根から花が咲くのも、さなぎの中から蝶が羽化するのも、それは、球根そのもの、さなぎそのものが秘めているいのちの力です。その力がどこから来るのかを人はまだ知りません。
からし種は、ゴマよりも小さな種です。それが大きな木に育つ。その種の中には、木のイメージがすでに組み込まれているわけです。その不思議さを思います。それは自然が起こす奇跡です。
次にイエス様は、「天の国」を「パン種」に譬えています。
「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」
人類の歴史上、小麦が栽培され始めたのは、紀元前一万五千年から九千年前といわれています。発酵させたパンが登場するのは、紀元前四千年から三千年前。それもエジプトで偶然誕生したようです。イエス様も、母マリヤが小麦粉に酵母を混ぜて捏ねていくのを見ていたのでしょう。そして焼かれた、発酵したパンを食べていたことでしょう。
パンを膨らましていく酵母・「パン種」。小麦粉と混ぜ合わされることで、パン生地を膨らましていく。小麦粉に「パン種」を混ぜるとどうして膨らむのか、一九世紀になるまで、その仕組みと理由は科学的には解明されていなかったといいます。
パンが発酵するのは、酵母(パン種)が、小麦粉の中の糖を取り込んで炭酸ガスとアルコールを発生させることで起こるといいます。でも、そのパン種・酵母が持っている力の源、酵母菌のいのちは、やはり謎といえば謎です。これも自然の起こす奇跡です。
「からし種」と「パン種」の譬え。どちらも表しているのは、いわば「天の国」の持つ、いのちの力です。「天の国」は、それ自体が生命力を持ち、小さなものから大きな存在へと自分から成長していくのです。そしてそれは、人が無理やり成長させたり、発酵させたりすることのできないものでもあるのです。
また、「天の国」は、「からし種」や「パン種」の譬えが示すように、豊かさをもたらします。樹の上で鳥が憩うように、他のいのちを養います。また、「パン種」は自分の姿を消しますが、小麦粉に作用して、生地を大きく膨らませ、そしてそれは、人を養うものへと変化していく。「天の国」、それはいのちをつなぐものでもあるかもしれません。
「天の国」、それはいのちに満ち溢れた世界を言うのかもしれません。樹々が生い茂り、その枝々で鳥が囀り、日の光がやさしく降り注ぎ、静かさと平安に満ちた世界。
もちろん、そこは貧しさや格差のない世界です。人が生まれや職業で差別されることのない世界です。
そこでは誰も泣くことがなく、傷つくこともなく、笑顔で過ごすことが出来ます。その世界は慰めに満ちて、傷ついた人が癒される世界です。一人ひとりがその存在を認め合い大切にする世界です。もちろん、戦争や争いのない、平和に満たされた世界です。
もしも、そのような世界に出会ったとしたら、たぶん私は何をおいてもその世界に住みたいと思うでしょう。
44節から続く「畑の隠された宝」と「真珠」の譬えは、このような「天の国」の持つ価値の大きさを表しているといえます。
二つの譬えとも、「農夫」と「商人」が、それぞれ価値のある何かを見つけるわけですが、一方は畑に埋まっていて、偶然、予期せぬ形で、しかも予想もしていなかった者の前に姿を表す「掘り出された「宝」であり、他方は「商人」が必死になって探し求めて、ようやく見つけ出される「真珠」という具合に、見つけ方は異なっています。しかし、どちらの譬えでも、「天の国」を見出した人々のとる態度は同じです。
つまり、その「天の国」は、それを目の当たりにした人々が、それまで培ってきたもの全てに匹敵するぐらい、あるいはそれを投げ出してもあまりある価値を持つものとして、姿を表す。あるいは、それぞれが持っている「天の国」のイメージや期待を、はるかに超えるものとして、姿を表すのです。
イエス様が描く「天の国」の豊かなヴィジョン。いのちが生き生きと活かされていく世界の実現。そのような「天の国」が、この地上に実現してほしいと願わざるを得ません。そんな世界が来ることを私は望みます。
現在の世界を眺める限り、そうした世界を望むことは、空想に近く、絵空事に響くかもしれません。生活の格差や不平等、貧しさや失業、飢餓に泣く人たち、苦しむ人たちがいます。病気や障碍を抱えた人たちが、まだまだ安心して暮らせない現実があります。むき出しの暴力が横行し、人がお互いに尊厳を保障され、平和に暮らせない世界がまだまだあります。
しかし、現実の世界がそうではないからといって、よりよい世界が実現することを思い描くのを、あきらめる必要はない。そう聖書は語っています。私たちには、天の国を求めることが許されているし、何よりも、天の国が来るという、神様の約束のもとに生きているからです。
「天の国」のヴィジョンが、私たちに与えられています。神様が望まれるような、人と人との関係や社会を造り出していくこと、イエス様が示された生き方を生きようとすること、神様が創造された世界・環境を守り保っていこうとする働き。それらはすべて「天の国」のヴィジョンを望み見るものです。
日々の暮らしの中で、この世界が良くなること、自分たちの環境や境遇が変化すること、そして、人の命を守り、育てていくことを望んでいる人たちがいます。実に、「天の国」の始まりは、そこここに、実に私たちの生きているすぐそばにあります。
「天の国」の成就は、福音書によれば、「球根の中には」の歌詞に詠われているように、「その日、その時をただ神が知る」のです。ですから、私たちもまた、「世の終わり」のその時まで、「天の国」が実現することを祈り、その兆しを見つけたいし、あきらめずに、求めていきたいと思うのです。
2020年7月5 日 (聖霊降臨後第5主日)
「生き直すということ」
マタイによる福音書
11章28節~30節
人が自分の人生を生きるということは、なかなか大変なことです。自分が思い描いたようには、人生の歩みは進まないのも事実です。常に順風満帆ということはあり得ません。大なり小なり、問題に直面します。そうした問題は、自分で招いたこともあれば、向こうから勝手にやって来るようなこともあります。
競争を強いる社会の中で生きなければなりません。ストレスも感じます。生活の心配があります。病気の心配もあります。何かの生き辛さを抱えて、いじめや差別を受けている人がいます。ある人は、家族関係の葛藤や問題を抱えています。またある人は生きがいが見つからずにいるかもしれません。いろいろな理由で周囲から孤立し、孤独を感じている人がいるかもしれません。
行き詰って袋小路に迷い込んだり、思いがけない失敗の前で、頭を抱え込んでしまう人がいるかもしれません。
生きる上で抱えてしまう様々な心配や課題は、誰にでもあるというわけです。
「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう。わたしの軛(くびき)をとって自分に負い、わたしから学びなさい。なぜならわたしは柔和で心が低く、あなたたちは自分の心に安らぎを見出すであろうから。わたしの軛は担いやすく、わたしの荷は軽いからである」。
今日の日課は、イエス様の招きの言葉です。
軛(くびき)は、家畜(牛や馬、ロバなど)をつないで、畑を耕すための農具や荷車などを引かせる道具のことです。通常、二頭の動物を左右に並べて担わせます。
ユダヤ教の世界では、この軛(くびき)を、知恵、もしくは律法の譬えとして用いてもいます。旧約聖書外典のシラの書には、「足に知恵の足枷をかけ、首に知恵の首輪をはめよ」(六:二四)とか、「軛の下にお前の首を置き、魂に教訓を教え込め。知恵はすぐ身近にある」(五一:二六)という言葉があります。
つまり、「律法を学び、預言者の言葉に耳を傾け、また共同体の長老たちの言葉を心に留めなさい。父祖が重ね培ってきた経験から教訓を学びなさい。それは、生活に指針を与え、平安をもたらすだろう」ということです。ユダヤ人の共同体が、生活する上で必要な共通のルールであり、お互いの自由と生命を保障するもの、それが律法と伝統の知恵、「軛」として譬えられているのです。
ではイエス様の言葉は、この軛としての伝統の知恵を学べと語っているのでしょうか。模範的に律法に従えと勧めているのでしょうか。ここで注意したいのは、イエス様が「わたしの軛をとって自分に負い、わたしから学びなさい。」と語っていることです。
「わたしの軛」とイエス様が語る時、そこでは律法学者や祭司といった人たちが理解してきた律法や伝統とは別の軛、「知恵」、生活の規範がイメージされています。そして、それは「柔和(謙虚)で心が低く」、「担いやすく」、「軽い荷を」運ぶものだといわれるのです。
旧約聖書の律法は、はじめユダヤ人の共同体が、特にエジプトの支配から脱出して、カナンの地(パレスティナの土地)で農業を営み、腰を落ち着けて生活するために、共同体に属する一人一人が、お互いの自由と生活を保障しあうルールとして、神様から与えられたものでした。それはまた共同体の結束を強めて、助け合うためにも必要なものでした。律法とその解釈の伝統は、ユダヤ人社会に生きる人々の行動の判断の基準となっていったのです。
ただ、法律や規則は常に二面性を持ちます。共同体の自由を保障する一方で、共同体のメンバー一人ひとりの生活を束縛する側面も持つからです。律法と解釈の伝統が積み重なり、微に入り際にわたり人々の日常生活に適用されだすとき、それはよりはっきりとなってきます。そして、人が規則や伝統、慣習から逸脱すると、それは共同体の中で罪とされ、咎められたり、罰せられることになっていくのです。
イエス様の目には、このような律法と伝統が、多くの人たち、特に貧しい人たちにとって、生活する上でも、気持ちの上でも、重荷になっている、と映るのです。日々の暮らしの中では、必ずしも律法や細かな規則を守ることが出来ないことも起こります。生活上止むを得ない営みの中で、たとえば「安息日」や「清め」の規定を守らなかった、あるいは守れなかった人々が、律法学者や祭司たちによって、罪人として非難される。イエス様は、そんな律法学者や祭司たち、高い教育を受けた「知恵ある者や賢い者」たちを批判します。
本来人を自由にすべき宗教が、人を不自由な存在においている、と。「人は律法のために生きるのではなく、人が生きるために律法があるのだ。」という福音書の中のイエス様の言葉は、その批判をはっきりと表しています。
イエス様が招きの言葉で用いられる軛という言葉は、一方では人に対して課せられる負担や隷属した状態をも表しています。そして、イエス様は、この招きを通して、先ず何よりも、こうした人々に負担や隷属を強いる律法やこの世(当時のユダヤ人社会)の尺度から、人々が自由になること、解放されるべきことを語っているのです。
と同時に、この世界で生きていくために、この世の尺度に代わる別の軛、生活の規範、つまり新しい生き方を、イエス様に倣って身につけて行きなさいということを示しています。
「わたしの軛をとって自分に負う」こと、それは、イエス様が自ら示した生き方を生きるということです。
それは、たとえばイエス様がそうであったように、「飼う者のない羊のような有様」の人々を見て、はらわたの底から痛みを感じ、人々の感じている痛みや苦しさを、取り除けようとすることです。
それはまた、「互いに愛し合いなさい。大切にし合いなさい」とイエス様が弟子たちに勧められた生き方です。人が互いに尊敬を持って、相手を敬い、大事にすること、愛し合うことをいいます。また、お互いに相手の負っている問題や課題といった重荷を担い合うことです。労苦を分かち合い、理解し合い、互いのために祈り、心身共に支え合おうとすることです。
あるいは「他者のための存在」として生きるということです。人々の負債を贖うために、自ら十字架に架かるという仕方で示されたイエス様に倣って、弟子として、キリスト者として生きていくことです。自分の人生を通して神様の愛を示すことです。そして、「主の祈り」にあるように、神様の正義と公正が地上で実現することを求める生き方です。
またこうも言えます。「イエス様と一緒に軛を担うこと」とは、古い自分をイエス様の前に素直に投げ出し、また明け渡していくことです。自分と人とに向き合う新しいあり方を身に着けていくことをいいます。それは知識や学識、知的な理解によるのではなく、神様の前に謙虚になり、「幼子のように」自分の感情を正直に認め、受け入れることから始まります。それが自分の心を縛っている古い価値観や先入観、偏見などから自由にされ解放されていくことにつながるのです。そのとき、私たちは、イエス様から示される「柔和で心が低く謙遜な」生き方を見出すことが可能になるのです。
イエス様が呼びかけていること、それは、様々な困難な状態にいる人たちに、あるいは何かの生き辛さを感じて問題を抱えている人々に、「わたしに従って、自分の人生を生き直しなさい」ということです。新しい価値観を持って、世界を新しい目で眺めて、歩みなさいということです。
「わたしのもとに来なさい。労し、重荷を負ったすべての者たち。そうすればこのわたしが、あなたたちに安らぎを与えよう」。
この言葉は、そうした問題や課題を抱えた人たちにこそ向けられています。
生き直すことはできます。人が、イエス様の示す新しい生き方に従うとき、「イエス様の新しい軛」を背負っていくとき、誰にでも、いつでも、その可能性は開かれています。目の前の課題や問題、困難はこれからも続くでしょう。でもその大変さをイエス様は、その「イエス様の軛」を負う私たちと一緒に、分け合いながら担い続けてくださいます。
だからこそ私たちは安心して信頼し、それこそ「安らぎを覚えながら」、私たちの人生の道を、それこそ「生き直す」ことができるのです。
だから、自分を変えたいと思い、自分の道を見出したいと思っている人は、イエス様の招きの声に耳を傾けていいのです。
2020年6月28 日 (聖霊降臨後第4主日)
「あなたが花束」
マタイによる福音書
10章40節~42節
「花束」という歌があります。サンボマスターというバンドが、歌っています。歌詞の内容は、次のようなものです。
歌い手は、「あなたに」花束を届けたいと歌います。
「この花束を あなたに贈りたいんだ」/「この花束を 今すぐ届けたいんだ」と歌います。
それは、その相手を励ましたいからです。
「あなた」は、泣いているんでしょうか。落ち込んでいるんでしょうか。どんな状態にいるのかは分かりません。でも、歌い手は、「あなた」が「アスファルトの固さを つき破りだして/のびてく草木のように 強い君だったはずさ」と信じています。
歌い手は、「あなた」が「ぬくもり取り戻せる人」であり、「愛しさ抱きしめる人」だと「昔から気づいていた」のです。「あなた」のもともと持っている強さを信じています。だから「くよくよするなよ」 と、「あなた」に呼びかけるのです。その「あかしに」花束を、「いろんな色の」花束を贈りたいというのです。
歌い手にとっても、たぶん「あなた」にとっても、今まで歩んできた人生は、「たくさんのさびしさ悲しさを/抱きしめ」て、「たくさんの捨てちまいたい/夜を数えた」ものだったようです。けれど、それを歌い手は変えたいと思っています。
「あなた」に花束を贈ることで、歌い手はその状態が変わると信じています。
「今あらたな 想いがうまれそうさ/今あらたな 想いがうまれそうなのさ/気づかずに過ごしてきたのさ 今まで」。
その気づかずに過ごしてきた「あらたな想い」を伝えるために、花束を「あなた」に送りたいと思うのです。「まだ間に合うだろうか いやきっと間に合うはずさ」と期待を込めて。
歌い手は「この世には たくさんのさびしさ悲しさが/あふれてるけど それでも生きようよ」と、「あなた」に呼びかけます。花束はそのあかしなのです。
そして、次に、実はその「あなた」自身が、歌い手にとって花束である、といいます。「あなた」の存在そのものが歌い手「わたし」にとって、花束なんだと歌います。
「あなたは花束 さびしさにさよなら 大丈夫なんだから」「あなたは あなたは 花のように咲きほこる人」「あなたが花束」と。
この曲のプロモーションビデオの中で、「今あなたが花束を贈るとしたら、誰に贈りたいでしょうか。」という質問が、それこそ、いろんな人たちに向けてなされていました。
いろいろな答えがありました。「妻に」、「お母さんに」、「亡くなった母に」というのもありました。また「成人した妹に」、「認知症で頑張っている母に」、「この間結婚した友人に」、そして「死んでしまった犬に」というのもありました。
自分を支えてくれた人、存在に対して感謝の気持ちを、あるいは励ましを伝えたいと思う。だから、花束を贈りたい。
そのとき、その想いの詰まった花束は、ただの花束じゃなくなります。想いを伝えたいと願うその人自身をその花束は表している。そして、もしその人が、自分自身で花束を届けるなら、その人自身が花束になっていく。
「あなたが花束」になっていくのです。
「あなたがたを受け入れる人は、わたし(イエス様)を受け入れ、わたしを受け入れる人はわたしを遣わされた方(神様)を受け入れるのである」(40節)。
今日の福音書の日課が示していること、そこには、二つの意味があります。
ひとつは、派遣される弟子たち、「あなたがた」を受け入れる人は、イエス様を受け入れるということを意味し、またそれはイエス様を遣わされた神様をも受け入れるということを意味するのだというのです。別な言い方をするならば、弟子たちは、イエス様の代理であり、また神様の代理にもなるというのです。それはまた、弟子たちと共に、キリストが、そして神様がおられるということをも意味します。
そして、この弟子たちは、派遣された場所によって、様々な役割や務めを託されています。
「預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。」(41節)
「預言者」も「正しい者」も、弟子たち中で、異なった務めを担っている者を表しています。人が、その務めを担っている人を尊敬(リスペクト)の思いを持って受け入れていくとき、人は、神様から「報い」、つまり祝福と恵みを受け取るといわれています。それは、次の言葉にも表されています。
「はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」(42節)
この場合、弟子は必ずしも信仰の強い人、信念のある人、信仰深い人を意味しません。「小さな者」という表現は、その働きにおいて目立たない人であるかもしれません。世間の目からは、目立たない小さな務めをコツコツと果たしている人かもしれません。でもその「小さな者」を気遣い、ささやかな助けを与える人には、神様からの恵みと祝福が与えられると福音書は語ります。
弟子たちに向けて人が行ったことは、実はイエス様に向けて、あるいは神様自身に向けて行ったことになるからなのです。
二つ目の意味は、派遣される弟子たちが、神様からの手紙だということです。
使徒パウロが、コリントの信徒への手紙二の3章2~3節でこう書いています。
「わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、私たちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です」。
パウロは、誰かが書いた推薦状よりも、コリントの教会の人々、同じ信仰に支えられている会衆・信徒の姿こそが、パウロの行った宣教のわざを具体的に表現し、他の人々に対してパウロを推薦してくれているのだと語っています。コリントの教会員の生き方そのものが、推薦状となると語っているのです。
福音書の日課に戻れば、ですから弟子たちは、いわばイエス様と神様からの生きた手紙そのものだということです。
もちろん、だからといって、この場合、弟子たちが完全な存在であるという意味ではありません。
たとえば文字で書かれた言葉には、ある種の限界があります。ラインやメール、ツイッターなどは、言葉足らずになりがちで、誤解を生じることもあります。書き言葉は難しいと思います。その言葉を発した人の表情が見えないし、言葉に込められた思いの一部しか伝わらないもどかしさもあります。それでもていねいに書き綴られた手紙の文章は、書いた人の心を表します。
生きた手紙である弟子たちもまた、ある種の限界をもっていました。弟子たち一人一人の性格の違いもあるでしょう。育ってきた環境や経験も違いました。それぞれの言葉遣い、態度や振る舞いも違ってきます。まったく同じではありません。弟子たち一人一人が違った形で、異なったやり方で、イエス様の言葉とわざとを伝えていくことになります。熱く語る弟子もいれば、静かに穏やかに伝える者もいるでしょう。訥々(とつとつ)と話す者もいたかもしれません。でも、大事なのは、弟子のそれぞれが、彼ら自身が、生きた言葉なのだということです。手紙に書き手の個性が出るように、弟子のありようそのものが、伝え手である弟子の個性が出た手紙であるといえるのです。
弟子たちが神様からの生きた手紙であるとするならば、それは、現代の教会、私たちも同じです。私たち自身の存在が、そのままイエス様を表すことになるのです。私たち自身が神様からの、この世界への生きた手紙であるのです。
教会の私たちを見て、この世は、判断します。キリストの愛が、神様の心が何であるかを判断するのです。私たちもまた、この社会に、この世界に派遣されています。イエス様から、神様から、この世界に届けられる「花束」として。世の人を労り、慰め、勇気づけ、また神様の愛を伝えるために。
それが、弟子の使命です。
どうか現代の弟子である私たちが、イエス様が示す道を歩み、また神様のみ心に適った言葉とわざを行えますように。
2020年1月26日
「天の国は近づいた」
マタイによる福音書4章12~18節
韓国の詩人、金明植(キム ミョンシュク)さんが書いた「共に生きる町」という詩があります。
共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか
共に平和をつくり 共に生きる その町で
平和の花を植え 花のかおり共に かぎながら
貧しいものもなく 地位の高いものもなく その町で
平和の糧食共に 平等に分かち合い 小さな美しい夢を育てる その町で
私たちの労働が お祭りになる その日に向かって
共に生きる町 小さくても 美しい町
共に生きる町は ないんですか 共に生きる町は ないんですか
教えてください 教えてください 共に生きる町を
詩人は、「共に平和をつくり」「平和の花を植え」る町を探しています。花を愛し、貧しさも生活の格差もない町を夢見て、人と人が平等に生活に必要なものを分かち合い、「美しい夢を育てる」町を願う。その町では、自分たちの労働が、苦しみを意味するのではなく、「祭り」になる。そんな日を詩人は夢見ます。
その町に住んでいる人は、それぞれに様々な歴史を持って生きている。詩人は、その誰もがお互いに差別することなく、「人を人として」尊厳を認め合える、人が「共に生きる町」を探しています。「その町はないのでしょうか。この地上にはまだ出現していないのでしょうか」と。
この詩人が詠う「共に生きる町」は、二つのことを表しています。
一つは、彼が探している「町」は、現実にはまだ存在していないということです。彼が目の当たりにしている「町」の姿は、実際には、「共に生きる」こととは程遠い人々の日常です。生活の格差は依然としてあり、貧しさに耐える人たちがいて、働くことが苦しみに思えるような世界、一人一人が大事にされなくて、「平和」や「平等」という言葉が実は青臭く、甘っちょろい空想に感じられる世界に、詩人は生きている。
と、同時に、二つ目の意味は、彼は、その現実の中で、なおも「共に生きる」ことをあきらめない、ということです。人がその厳しい現実に打ちひしがれて、その場所に止まってしまうのではなくて、その境遇と状況を乗り越えていくことを、詩人は心から願っている、ということです。「町」は実現しなければならない、と彼は祈っているのです。
この詩が書かれたのは、1983年ごろで、その当時、明植さんは留学で日本に滞在し、東京の三鷹に住んでいました。彼は一時、私が学んでいた神学校の寮に間借りしていたこともあり、私と彼とは親しくなりました。
八〇年代、全国的に大きな運動が起こりました。「指紋押捺拒否」闘争です。永住権を持っているにもかかわらず、国内で様々な差別を受けていた在日外国人、特に在日コリアンの二世・三世の人たちがいます。外国人登録証への指紋押捺は、その差別の象徴的な制度でした。日本政府の在日外国人への差別的処遇と、人権を訴えるために、在日コリアンが中心となって起こしたのが、外国人登録証への指紋押捺の拒否だったのです。
このとき、明植さんもこの運動に連帯し色々な集会やデモに参加していたようです。八六年春、私が神学校の仲間たちと日比谷の法務省前での抗議デモに参加した時も、明植さんはそこにいました。
「共に生きる町」は、すでに活字になっていましたが、デモの参加者の一人がその詩二曲をつけたと云って、明植さんに聴かせていたのを今でもはっきりと覚えています。
明植さんの母国韓国の八〇年代は、朴正熙(パクチョンヒ)大統領射殺事件に続く光州での民主化運動の弾圧と虐殺から、この時もまだ全斗煥(チョンドファン)軍事政権が続いていました。
勝手な推測でしかないのですが、この詩を明植さんが詠んだとき、彼の眼には人権を訴える在日コリアンや在日外国人の姿と共に、母国韓国の民主化を求めている人々の置かれた状況が見えていたの
かもしれません。
いいかえれば、「共に生きる町はないんですか」と呼びかける明植さんの言葉が、やさしい言葉づかいと同時に、切実さを漂わせるのは、彼を取り巻いているその現実を見る目と、彼の祈りが感じられるからだと思えるのです。
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」今日の日課のこの言葉をもって、イエス様はおよそ三年間にわたる宣教のわざを始められました。
「イエスは(洗礼者)ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。」
その宣言の時は、洗礼者ヨハネが逮捕された後でした。イエス様の公的な活動は、その時から始まりました。それは、あたかも、洗礼者ヨハネの活動を引き継ぐかのようでした。ヨハネが口にした言葉をイエス様は語ります。「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」
イエス様は、家族の住む故郷の村ナザレを後にします。そして、ガリラヤ湖畔のカファルナウムに拠点を移すのです。それはイザヤが預言したことの成就でした。
「暗闇に住む民は大きな光を見、死の影の地に住む者に光が差し込んだ。」
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから。」この言葉を語るイエス様の眼には、ガリラヤに住む人々の姿が映っていたことでしょう。
ガリラヤ、それは、首都であるエルサレムから遠く離れた地方です。地主のもとで働いている小作農とその家族たち、日々の暮らしに苦労している職人たち、病に苦しみ、また病ゆえに差別されていた人々、そんな現実の中で悩み助けを求めている人たち。そのようなたくさんの救いを求め願う男も女も、若者や子ども、年寄りの姿。それをイエス様は見ていた。そしてその現実を前にして、そこに集まった人たちに向けて語った言葉。それが、「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」であったのです。
具体的な人々の生活を前に、イエス様が感じたのは、「天の国、神の国」すなわち「神様が公平と正義を持って支配する世界」から程遠い世界です。
不正義と不公平が現実にあり、苦しむ人々がいるという世界です。
それゆえに人々に必要なのは、「悔い改めること」「神様に向かって生き方の方向を転換すること」でした。
悔い改めるとは、ただ反省するという意味ではありません。自分の立っている場所を変えること、視点を変えることを言います。それは、自分の今の視点よりも下に立って見直すこと、低い場所に立って物事を見直すことを言います。視線を低くして自分の身の回りを眺めれば、世界は変わって見えてくる。そして、神様に向かって姿勢を変えること、生き方を変えていくことは、やはり世界を変えて見ることにつながるからです。
この「悔い改めること」を求めるのは、洗礼者ヨハネと同じです。しかし、洗礼者ヨハネが、天の国が到来することで起きる裁きを語り、いわば脅しの言葉をもって、「悔い改め」を迫ったのに対して、イエス様の呼びかけは異なります。イエス様の語る「天の国」とは、人を縛りつけている色々なしがらみや負担、「罪」の思いから解き放ち、自由にしてくれる時を意味します。「その日は、近い」とイエス様は語ります。いや、その時はすでに来ている。私(イエス)が地上に来たことによって、すでにそれは始まっている。そうイエス様は宣言しています。「天の国」は、私の、私たちの可能性としても示されています。「神の国はあそこにある、ここにあるというものではない。実にあなたたちのただ中にあるのだ。」というイエス様の言葉がそれを示しています。
「悔い改めよ、天の国は近づいたのだから」という言葉には、それゆえに、イエス様が自分の周りに広がっている現実を見て、その現実は変えられなければならない、克服されなければならないと感じている祈りと、その日は決して遠くないし、不可能ではないという希望が込められているのです。
私たちは、主の祈りで、「み国がきますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈ります。神様の国が、神様の支配する国が、今来て下さいと祈るわけですが、その祈りは、イエス様の「悔い改めよ、心の向きを変えよ、天の国は近づいた」という声に応えようとするものです。「私たちもまた、神様に顔を向け直します。どうぞ、神様あなたのみ国を地上に実現してください」と願う祈りなのです。今、私/私たちが、目の当たりにしている現実をしっかりと見据えて、乗り越えたいと願うことなのです。
大阪の釜ヶ崎で働かれているフランシスコ会の本田神父は、イエス様の語る福音は、教会という枠組みの中だけにとどまっているのではなくて、世界のそこここで、色々な取り組みの中で実現しているし、しつつあると語ります。
それは、例えば、不当に扱われている人々の権利を回復する、ということであるかも知れません。人々の生活を経済的に縛りつけ、文句を言わせないようにする企業への抗議の中に見え隠れしているかも知れません。沖縄の基地の問題があります。福島原発の事故によっていよいよ浮かび上がってきた原発の問題。古くは足尾銅山の鉱毒被害、チッソによる水俣病などの公害問題があります。あるいは、福祉や教育を巡る問題が起こっています。
それらの問題に取り組む中で、「闇に座す民」や「死の影の地に座す民」、社会の外側(周縁)に追いやられた人々、闇に住む人々に光を当て、掬うことが目指されているとするならば、そこにイエス様の福音は、働いていると語るのです。
確かに、それらの問題は、未だ解決していません。その意味では、福音は未だ成就していないとも言えます。しかし、それらは、解決への予感をはらみつつ、そこに起こっています。そして、イエス様の教えとわざが、どのように、誰に向けてなされたか、を基準にして眺めて見るならば、私たちは、そこで起こっている福音の働きの可能性を、また実現しつつある福音を、見いだすことが出来るようにも思うのです。
「福音は実現しつつある。今実現する。天の国は近づき、実現するのだ。だから、悔い改めなさい。」この言葉は、私たちに問うています。「共に生きる町はないんですか/教えてください」と。
「共に生きる町はないんですか/教えてください」と呼びかける詩人の眼に映る風景と時代が、「小さな夢を育てる/共に生きる町」になるように求めていきたいと思うのです。
「み国が来ますように、み心が天で行われるように地上でも実現しますように」と祈り、行う者でありたいと思います
(2020年1月26日)