初めての方のためのQ&A

​Q. クリスチャンではないですが、礼拝に参加できますか?

 

A.  もちろんご参加いただけます。礼拝に参加するのに、資格はいりません。

 教会は、初めて礼拝に来られる方を心より歓迎いたします。何故なら、一人でも多くの方に、神様の愛を知ってほしいからです。

 もし、あなたが、キリスト教に関心がある、あるいは、何か悩みがあって神様に祈ってみたいと思われるのであれば、それだけで十分です。

Q. 礼拝にはどんな服装で行ったらよいですか? 持ち物は何が必要ですか?

A. 服装に決まりはありません。どうぞ、普段着でお出かけください。

 また、礼拝に必要なもの(聖書・讃美歌・ルーテル教会式文)は、教会の受付で備え付けのものをお貸ししますので、 ご利用ください。

 もし、ご自分の聖書をお持ちでしたら、ご持参いただいてかまいません。

 (ちなみに当教会では、聖書は、日本聖書協会刊「新共同訳聖書」を、讃美歌は、日本基督教団出版局刊「讃美歌21」を使用しています)

Q. 入場料、あるいは参加費のようなものが必要ですか?

A. 入場料・参加費は、一切必要ありません。

 礼拝の中で、献金を集める時を持ちます。献金は、神様からの恵みに対する感謝の応答として献げるもので、主に教会の活動維持のために用いられます。(クリスマス等の特別な機会には、福祉施設や災害復興支援のために、献金を集めることもあります)

 献金は自由な意思でなされるべきもので、金額にも特に決まりはありません。

 ご用意がなければ、なさらなくても大丈夫です。

Q. 礼拝に行って、何をしたらよいか、まったくわからないのですが?

 

A. 教会に到着されたら、まず受付で、初めて参加することをお伝えください。

 受付では、お名前の記帳をお願いしていますが、もしも事情があって名前をお書きになりたくない場合は、受付係にそのように伝えてください。

 受付で、礼拝に用いる聖書、讃美歌、ルーテル教会式文と、週報(その日の礼拝プログラムとお知らせ)をお渡しします。

  初めてルーテル教会の礼拝に来られた方には、教会員がそばに付いてお教えしますので、ご安心ください。

 礼拝の中では、式文や讃美歌など、全員で、または牧師と交互に歌う場面が多くありますが、初めてのメロディーで歌えないと思われましたら、どうぞまず、歌詞とメロディーに耳を傾けてみてください♪

 毎月第1日曜日と第2日曜日は、礼拝の中で「聖餐式」が行われています。

 これは洗礼を受けたクリスチャンが、イエス・キリストを記念して、特別な意味を持ったパンとぶどうジュースを分けあう儀式です。洗礼を受けておられない方には、パンとぶどうジュースの代わりに、牧師が、お一人お一人のため、神様の祝福を祈ります。よろしければ、お受けください。

Q. 教会の礼拝に続けて通うためには、洗礼を受けなくてはなりませんか?

A. 必ずしも、その必要はありません。

 洗礼は、神様に信頼して神様と共に歩む、新しい人生を始める契機であり、そのこと自体すばらしい大きな恵みだと、私たちは考えています。

 しかしながらそれは、ご本人がまず、神の子イエス・キリストによって示された神様の愛を受け入れて、その教え(決して、厳しいものではありません)に従って生きることを、自らが望んで決心されるのでなければ、何の意味も持ちません。

 ただし、小さなお子さんは、保護者の方の信仰によって小児洗礼を受けることができます。

 洗礼を受けている・いないにかかわらず、神様はすべての人を愛されています。

 教会から、洗礼を受けるように無理にお勧めすることは、一切ありませんので、ご安心ください。

 もし礼拝に通われているあいだに、洗礼を受けたいという思いが沸いてきたら、牧師にお申し出ください。ご一緒に、洗礼を受けるための準備を始めましょう。

Q. 車椅子で、礼拝に参加することはできますか?

A. 私たちの教会は、古い建物なので、残念ながらバリアフリーではありません。

 入り口に段差がありますが、教会員手作りの、取り外しのできるスロープを設置して、車椅子でも礼拝堂の中に入れるよう、工夫しています。

 実際に、車椅子で礼拝に出席されている教会員の方もおられますので、どうぞ、安心してお出かけください。

 初めておいでになるときは、事前にお電話にてお知らせください。

Q. 牧師さんに、話を聴いてもらいたい事があるのですが。

A. 礼拝終了後に牧師に声をかけていただくか、お電話でお伝えください。

 礼拝が終わった後の時間は、ほかの方たちもおられますので、落ち着いてお話を伺うことが難しいかもしれません。木曜日か土曜日、もしくは日曜日の午前中ならば、ゆっくりお話をお聴きすることができます。

 とりわけ、深い悲しみや不安、人生の危機ともいえる状況におられる方のお話をお聴きし、なぐさめと希望と良い解決を求めて、ご一緒に考え、祈ることは牧師としての大事な務めですから、どうぞ遠慮なさらずにお申し出ください。